『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

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第六章

第五十四話

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 月のない夜だった。
 レリアン家は偵察に来た時と同じく荒れに荒れていた。草木が多い茂り、まるで、魔女の館だ。また、屋敷は立派だが、真っ暗で窓ガラスも所々割れて居たり、エルは夜になるとまた怖いなと内心苦笑した。
 そっと窓から室内を覗き込むが、明かりすらない。そんな荒れた屋敷を見て、エルはため息をつく。情報によると、ここ数年は人の出入りがないとのことだ。
 玄関へ向かえば、黒い扉がまた怖さをさそう。そっとドアノブに杖を置き、「セット」と呪文を唱える。カチャと控えめな音が響き、エルは扉を回した。
 室内は真っ暗だ。しかし、明かりをつければ、誰かに見られてしまうかもしれない。エルは用心しながらも、真っ暗な廊下を歩き出した。

「にしても、暗いな……」

 仕方ないと再び杖で魔法を唱えようとした時だ。黒い何かが伸び、エルの手を掴んだ。悲鳴をあげかけたエルだったが、刹那、部屋の明かりが魔法で灯された。

「ははは、にしても、こんなに簡単に騙されるとは」
「は?」

 目の前にいたのはアルトだった。その横には笑いをこらえるレイジ。
 では、この手はと視線を移せば、エルの手を掴むマルクスがいた。優しく手を掴んでおり、エルの視線に気が付くとウインクしてきた。困惑するエルをよそにアルトが小さく咳払いをした。

「ようこそ。レリアン家へ。私、当主がお出迎えに参りました。ほしい情報は何でしょうか……ぷっ」

 ハキハキと答えたかと思えば、最後には肩を震わせて笑いだすアルト。わなわなと震えるエルの肩に手を置いたのはマルクスだった。

「騙す形ですまないな。でも、こうでもしないと逃げてしまいそうだったんだ」
「何で!? どうして、ここに!?」
「いや。約束しただろう? しっかりとデータを見て君を連れ戻しに行くと」

 驚くエルをよそにレイジが「陛下はあの後、しっかりとデータを確認されました。そして、私に貴方を簡単に捕まえる方法を聞いてきたのです」と頭を下げる。
 エルは深いため息をつく。だから、情報屋の婆さんが絡んでいたのかと。

「騙された」
「エル様!」

 明るい声が響く。振り返れば、そこにはレイナが立っていた。驚くエルにレイナが小さく頭を下げる。

「お別れの挨拶ができず、寂しい気持ちでいっぱいでした。でも、またここに来てくださって、私はとても嬉しいです」
「レイナ……」
「だから、もう逃げるのはやめてください。皆さん、とても悲しみますから」

 エルはため息をつく。

「やられた」
「城で皆さんが待ってます。さあ、行きましょう。私は貴方の護衛騎士なのですから」

 そんなエルにレイジが声をかける。エルは諦めたように覚悟を決める。

「本当に俺で良かったのか」
「何のためにこんな茶番まで用意したと思っているんだい? ほら、行くよ」

 マルクスが肩を抱き寄せながら、ゆっくりと歩き出す。真っ暗な室内の中、「待って」と少女の声が響いた。
 エルが振り返れば、そこには金色の髪の少女――レンがいた。緑色の瞳がじっとエルを見つめている。
 彼女は小さくため息をついて、そっと手を伸ばしてきた。エルは驚いて、マルクスへ視線を移した。彼は再びウインクし、そっとエルの背中を押し支えた。彼女は小さく咳払いをした。

「改めて……私はレン。レン・ラ・ローレン。一応、貴方と双子という設定になるわ。血の繋がりはないかもしれない。けれど、貴方さえよかったら、もう一度私にチャンスをください。私のしたことは、貴方の汚名に繋がるかもしれない。だからこそ、たくさんの方に正直に話して謝った。残るのは貴方だけで……だから」
「俺はエル・ラ・ローレン。君とは運命だとは思ってる」

 二人の間に握手が交わされる。驚くレンは緑色の瞳をエルに向ける。

「別に血の繋がりはなくてもいい。君があの家で育ってなくても、俺が城で育ってなくても……きっと、俺たちはまたどこかで出会っていたと思う。これから、よろしくお願いする」
「はい」

 涙を浮かべて、少女は俯いてしまった。エルは苦笑いをすると、レイジを見つめる。彼は困ったように目を逸らした。

「よろしく、俺の新しい姉貴」
「よろしく、私の新しい弟くん」

 ぎゅうっと再度強く握られた手。マルクスは「二人とも、さあ、行こうか」とほほ笑んで見せた。
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