『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第六章

第五十一話

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 誰かの声が響いていた。
 真っ黒な空間の中、エルは誰かの声を聞いていた。
 泣きじゃくる声、悲しむ声。誰かを罵倒している声。エルはその声に向けてただ歩き続けるしかない。傍には誰もおらず、ただエルは歩を進めていった。自分が歩いているのかも、先に進めているのかもわからない。
 けれども、真っ暗な空間をエルはただ何となく進んでいく。

「私は、私は生きていたいのに」

 そんな声がはっきりと聞こえた時、正面が白く発光した。エルが立ち止まり、光に向けて手を伸ばした。
 光はエルの手元に集まり、エルの手がほのぼのと周囲を照らしている。

「残滓だけか」

 声が微かに聞こえる。エルは安心したように微笑むと、来た道を引き返していく。その時だ。
 背後に気配を感じ、エルは小さくため息をついた。

「帰ル?」
「ああ。俺は元の世界に帰る。こいつも」
「一緒にイたいのに、消えちゃっタ」
「魔族と人間は一緒にはいられない。ダメ」
「何デ?」

 魔族の声がする。悲しみに暮れる声だった。

「俺らとは住む世界が違うから」
「君モ一緒にはいられなイ?」
「そうかもしれないな。そもそも、比べる土俵が違う」

 魔族は「ふぅん……君も一緒にはいられなイんだ」と悲しそうな返事を出す。エルは何も言わず元の黒い空間を歩いて行った。
 きっと、あの火事の時から、路はすれ違っていたのかもしれない。
 エルとレンは違う。レイジは妖精の悪戯によって、入れ替えられた。けれども、エルとレンは人間によって取り換えられた。大きな立場もあれば、立場がない場合もある。
 居場所があった人、居場所がなかった人。エルはふと立ち止まって、ここが最終到着点だと感づいた。ひたひたと魔族の気配が後ろからまだしている。

「ついてくるのか?」
「ううん。僕はココにいル。レンと一緒にいたイけど、もういい」
「そうかよ。お前はこの黒い世界にレンといたかったんだな」
「独りぼっちは怖イけど、レンはここに存在できなイ。だったラ、諦めル」

 魔族は悲しそうに言うと、そのまま、黒い世界の何処かへ消えていった。エルはそれを確認すると、手を伸ばした。ゆっくりと黒い世界に白いものが混ざるように、ぐにゃりと歪んでいった。
 黒い世界が完全に消えた時、世界は真っ白い光に包まれた。








 エルが立っていたのは遺跡だった。両手にはレンを抱えた状態で、魔法陣の上に立っている。
 周りには誰もおらず、しんっとした室内がただ広がっているだけだった。エルはレンをそっと魔法陣から壁際に座らせる。恐らく、アルトがかけた魔法が解けたのだろう。
 金色の髪はエルが欲していたものだった。家族だと思って接していた人たちの髪色。そのことに気が付いて、エルはふっと笑みを作った。

「今度は違えるなよ」

 レンはまだ眠りについているようだった。エルは手を伸ばし、腰を下ろし、彼女の目元の涙を拭うとその場を立ち去ろうと歩き出す。

「おっと、お待ちください」

 老人の声が響いた。エルははっとしたように立ち止まる。
 振り返れば、遺跡の祭壇の裏から老人がゆっくりと出て来た。

「怪しいものではないです。アンバーと言います」
「お前、あの時のだろ」

 ハウリアを拉致した人間だ。エルは彼を睨みつけ、杖を取り出した。

「ははは、まさか、本当に王族だったとは。しかも、三つの目を出入りできる。この数値化したデータが何よりも証拠となる。あなた、魔族の血も混ざっているのですか?」

 うっとりとした老人――アンバー。彼は空間に魔力のパネルのようなものを浮かべて、データを指ではじいている。エルは小さく舌打ちをした。

「いや、魔族だけじゃない。バグった数値が何よりも恐ろしい結果を出している」
「それが?」
「ああ、恐ろしい」

 老人は顔を抑え、やがて、うっとりとした表情でエルに問う。

「貴方、一体……何人食べたんです?」
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