『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第五章

第五十話

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 世界は金色だった。金色の都市、金色の城。誰もが一度は夢見るかもしれない黄金郷。
 そこにエルとレイジは立ち尽くしていた。辺りを見回すレイジの後ろでエルは肩で息をしていた。

「ここは……エル皇子!?」

 レイジの声を起点にするように、エルはその場に膝をついた。小さく息を整えながら、エルは呪文が間に合ったことに安堵していた。

「あいつ、魔法陣を発動させていた」
「先ほどの魔法陣は何なんですか? 私には魔法はさっぱりで」
「目って言われてる。俺にもよくわからないが、アルトなら知っていると思う。ここは妖精の世界だ。さっき、お前も門を潜らせた。人間の世界へ帰るなら、城の王座に腰かければ戻れる」

 申し訳なさそうにエルに対し、レイジは「目……扉なのですか?」と難しい顔をしてみせた。

「ああ。あの魔法陣は妖精の目、魔族の目、人の目。三つの世界の扉」

 エルが呼吸を整えて立ち上がった。黄金郷の空はここが遺跡だったと忘れるぐらいの青空が広がっている。

「ここはつまり妖精の?」
「そういうこと……こっちに」

 レイジの言葉にエルは頷いて、黄金郷を歩き出した。レイジは金色のレンガで出来た街並みを眺めながら、エルの後ろを追いかけだした。

「ここは貴方が作り上げたのですか?」
「違うよ。ここは妖精が作り上げた世界……世界というのが正しいのか、人間たちのいる世界とはまた別の世界だ。人間たちの居る物質世界、そして、妖精たちのいる創造の世界」
「もしかして、あの少女は」
「恐らく、魔族の世界に連れていかれただろうな」

 エルの言葉にレイジが小さなため息をつく。

「まずはマルクス陛下に合流しましょう」
「なあ、レイジ」
「はい?」

 ふと、エルが立ち止まる。レイジも足を止めれば、エルがレイジを振り返った。

「契約、もうやめようぜ」
「え」
「俺は元の場所に戻って、あの女の子も元の場所に戻る。それが一番良い方法だと思う」
「何を馬鹿なことを!」

 レイジがエルの肩に掴みかかる。しかし、エルは首を横に振るだけだった。

「だから、俺よりもあの子をお前は助けるべきだ」
「ふざけるな!」

 レイジの手がエルの肩に食い込む。しかし、エルは表情を変えずに、目の前のレイジを睨みつけるだけだ。

「ふざけているのはお前だ!」
「貴方が一番ふざけている! 陛下がどれだけの年数をかけて貴方を探していたと思っているのですか!? 誰もが必死だった! 誰もが必死に貴方を探していたのに!」
「そんなのお前らが勝手に探していただけだろ!」

 エルが勢いよくレイジの手を振り切った。驚くレイジに、エルは小さく舌打ちを一つした。

「柄じゃねんだよ! 家族ごっこにもうんざりだ! 俺は名無しで、スラムに居るただの汚い野良犬に過ぎない! 俺は俺で今までやってきたんだ!」
「貴方はマルクス陛下の子供で!」
「あの子がエル皇子で、俺はレンという名前を失った元貴族にすぎない! 俺があいつの居場所を奪ったら、あいつには何が残るんだよ!」

 エルに手を伸ばしたレイジ。その動きがぴたりと止まる。

「誰かの居場所を奪ってまで、そこに居たいとは思わねぇよ……」
「エル皇子」
「ふざけんな! その名前で呼ぶんじゃねぇ!」

 エルはそう吐き捨てるように言うと、黄金郷を走り出した。レイジが追いかけてくる気配はない。小さくため息をつき、エルは空を見上げた。
 めんどくさいと思われるかもしれない。けれども、誰かの居場所を奪ってまで、そこに居たいとは思わない。エルは黄金郷の路地裏に座り込んだ。消耗した体力を補うように、呼吸を整える。そして、聞こえない足音にどこか残念にも感じた。

「あー。やっちまった」

 恐らく、レイジは人間世界に戻るだろう。きっと、そっちの方が良い。あっちは綺麗な人間たちで、こっちにいる自分たちはスラムの路地裏でこそこそと日の目に浴びずに暮らす。

「でも、本当のエルだけでも返してやらねぇとな」

 エルはそう一人呟くと立ち上がる。そして、彼はゆっくりと城とは逆の方向へ歩き出した。
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