『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第五章

第四十三話

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「ハウリア、お前は賢いとは思っていたが、そうでもないようだ! 行け!」

 老人の指示と同時にズズズズと何かを引きずるような音が響き、ハウリアがはっとした表情を作る。
 先ほど現れた化け物とは別の個体が、ハウリアの前に飛び出してきた。ハウリアは剣でガードをし、巨体を弾いた。細長い赤色の物体を眺めて、エルははっとする。

「ハウリア、下だ!」
「クソッ!」

 ハウリアが大きく飛び下がり、彼の足元からはいくつもの赤黒い手が伸びた。エルは杖を向け、詠唱を行った。

「ブレイク!」

 杖先から放たれた草木が赤黒い手を抑え、ハウリアの行く先を守った。着地したハウリアはミラージュ魔法を解いて、駆け寄るエルに舌打ちをした。

「お前早く逃げろ!」
「逃げるって、俺はここじゃないところに!」
「おや?」

 ハウリアとエルがはっとする。老人がじっとエルを見つめていたからだ。ハウリアはすぐにエルを背後に庇うと、「だから嫌だったんだ」と低く唸った。

「いいか、良く聞け。お前はマルクス陛下の所に行くんだ」
「だけど!」
「いいから聞け!」

 ハウリアの叫びにエルが動きを止めた。

「お前は間違いなく、マルクス陛下の子供であり、そして、俺の弟でもある。半端者の私とは違ってな」

 エルが目を見開く。ゆっくりと老人が近寄って来る。それに対し、ハウリアは更に顔を歪めた。

「頼む。俺を裏切者にさせないでくれ」
「それはどういう」

 しかし、言葉は続かなかった。真上から再び赤黒い手たちが伸びてきた。赤い巨体が上半身らしきものをあげて、赤黒い手らを伸ばす。

「ギェエエアアアア!」

 ハウリアはエルを背後に突き飛ばすと、それらを剣で薙ぎ払った。ブチンブチンと切れては血が舞う。

「早く行け!」

 ハウリアの叫びに、エルは唇を噛み締めて、こくりと頷いて駆け出した。遠くでは剣撃と化け物の雄叫びが響き渡る。エルは振り返らずに森を走り抜けた。
 走って、走って。エルは海岸に出た。
 荒げる息を整え、目の前に見えてきた白い屋敷を見て、その場に崩れ落ちた。髪が波に触れて、サァアアと波が引っ張っていく。そして、エルは顔を上げた。
 すでに周りは真っ暗だが、海岸にはぽつんぽつんと火の松明が浮かんでいる。

「俺は……エルじゃないのに」

 そう呟いて、エルはゆっくりと体を起こした。そして、屋敷へ走った。
 屋敷前ではマルクスとレイジが話をしているようだった。エルの存在に気が付くと、「エル!?」と声をあげる。

「お前、どこに行っていた!?」
「ハウリアが! ハウリアが危ない!」

 エルの慌てた様子を尋常ではないと思ったのだろう。マルクスとレイジが目を配らせた。

「エル、位置は解るか?」
「森の……南の幽閉所とここを一直線に結んだ森のところに」
「手配しよう。レイジ、救援を連れて向かってくれ!」

 マルクスの言葉に安心したエルはそのまま座り込む。喉が引っ付いたように言葉が出ず、喉や焼けるように痛む。なんとか、深呼吸を繰り返すが、肺に空気がうまく入っていかない。傍にいたマルクスは背中をそっと撫でてきた。
 エルは顔をあげ、マルクスを眺めた。心底心配するような表情にエルは首を横に振った。

「エル?」
「俺はエルじゃない。あんたの息子じゃない……」
「すまない。立てるか?」

 マルクスはエルに肩を貸すと、ゆっくりと歩き出す。

「ハウリアが、ゾゾ採掘場の話がしたいって。時が来るぞと言っていた」
「時が来る……」

 マルクスがぽつりと呟き、そして目を見開いた。

「アルト!」
「人使いが荒いですよ」

 すぐに屋敷の窓から顔を出したアルトは、やれやれと言わんばかりに肩を竦めた。突然現れたことに、エルは驚くが、アルトはにこりと笑うだけだ。

「私の父が絡んでいるのなら、まあ、そうなるだろうと予想はしていましたよ。対策もしていますが、陛下お忘れですか?」
「いや。第五皇子の件は任せた」
「やれやれ。レイジに任せようと思っていたのに」

 困惑するエルをよそにアルトとマルクスは話を進めていく。

「どこかの誰かは勘違いを起こして、外に逃げ出してしまったようですし? まあ、私にも責任はありますから。リオンを発動します」
「リオン?」

 エルが問いかけると、アルトは「作戦コードですよ」と楽しそうに笑った。
 アルトの周りに大人が手を伸ばす程の魔法陣が敷かれて、それがゆっくりと空へ上昇していった。
 それらは大きく広がり、この周囲をすっぽりと覆い隠して、そのまま、光は弾けるように消えていった。
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