『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第四章

第三十九話

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「ハウリア皇子、ご苦労様です」

 ハウリアがはっとしたような表情を作った。そこには白い髪の少女が佇んでいる。ピンク色の瞳はじっとエルを見つめていた。メイドの衣装を着こなし、少女は一礼してみせた。
 胸元の青い石がこの屋敷の関係者だと知らせている。ただ、エルが覚えている範囲では、彼女のようなメイドは出会ったことがない。

「お前は……?」
「はじめまして、ですかね。エル皇子。私は名乗るほどでもありませんが」

 ハウリアが警戒を強め、エルを守る様に立ちふさがる。しかし、すぐに少女が動いたと思えば、ハウリアの首元に剣が突きたてられた。その速さにハウリアが見開いた。
 エルは何とか呼吸を落ち着かせようとしたが、それは叶わない。

「本当は混乱を生ませて、色々やる予定でしたが……手間が省けました。ね、ラムダ?」

 少女の後ろにいたのは怯えた表情を見せるレティシアそっくりな少女――ラムダだった。

「も、もうやめましょう! 王家の牢から脱走なんて、やってはいけない。下手をすれば……私たちの命が!」
「良いんですか? 貴方は聖女じゃないって、世間全体に知らしめてさしあげますよ。貴方の妹にも」
「やめて! レティシアは関係ない!」

 エルが驚く。そして、呼吸を整えながら、杖を手にしようとする。
 しかし、白髪の少女は「動かないで」と淡々とした声で言った。

「おかしな魔法を使う人だとは思っていたのよ。それに魔法石をつけていないのをみると、王族関係者でしょうしね。それとも、過去のマルクス陛下関係者かしら。ラムダ、ハウリアと彼を連行して」
「私は……」

 怯えた表情のラムダがエルの方を見る。やがて、意を決したようにエルの傍に近寄って来た。それでも、怯えだけは隠せない。ラムダの手がエルへゆっくりと伸びる。
 呼吸が落ち着かず、スターチェリーワインの蒸気のせいか、めまいすらしてくる。くらっとして、倒れかけたところをラムダに支えられた。
 その仕草にハウリアがはっとした表情を作った。しかし、白い髪の少女が「動かないで!」と叫んだ。

「やめろ! エルは関係ないだろう!」
「エルでしたっけ? まあ、貴方に恨みはないの。でも、私たちの姿を見られても困るのよ。少し黙っていてほしいわ。ブラバ!」

 ブツンッと音が鳴り響いたと同時に、エルの意識も遠のいた。







 夢のせいか、景色が安定しない。レンガ道だったり、暗闇の中だったり。ただ知っているのは、全ての景色がスラムで見て来た光景だった。そんな景色の中でエルはなぜかもういないはずの師匠を探していた。

「師匠ー?」

 崩落したレンガの家々。ゴミ箱を漁る子供たち。目の前で女の子が捕まって連行されたり。空き瓶を探して回る浮浪者。道の片隅でぴくりとも動かなくなった老人。それを袋に入れる騎士たち。街の汚い部分だけが凝縮された吹き溜まりばかり。
 幼いエルは一冊の本を持って走り回っていた。師匠を探さなければと、エルは思いながら駆けていた。
 景色は本をめくるページのように次々に変貌を遂げていく。
 そして、次に異変が起きたのは自分自身だった。赤い髪が揺れたと思えば、次には白い髪が揺れる。赤と白が繰り返され、自分の姿に違和感を感じ、ぴたりと足を止めた。

「師匠?」

 振り返った瞬間だった。
 真っ赤な部屋が一つ浮かんだ。そこの中心には黒い人影がいくつも積み重なり、その中に見慣れた姿があった。その姿は盗賊だったり騎士だったり、様々だ。
 そのうち、折り重なる中でたった一人。見知った姿に気がついたエルは慌てて駆け寄り、黒い人だったであろう人物に触れた。すると、その人物の手がぴくりと動く。

「し、師匠! 師匠っ!」

 顔だけがゆっくりとあがった。真っ黒で感情も読めない嘘だらけの顔。
 もう恐らくは死んでいるであろうその姿。エルの目が見開かれ、表情は恐怖で歪む。
 真っ黒な顔は真っ赤な口を開いて、甲高い奇声を上げた。

「この嘘つき! あんたのせいで私たちは死んだ! お前のせいで!」

 言葉を言い終えると同時に、じゅわわあああと音が響く。黒い影たちは黒い霧となって溶けていく。あっという間に黒い人影たちが赤い空間を真っ黒に塗りつぶしていった。
 言葉を失くしていたエルの肩に誰かの手が置かれた。

「エルッ!」
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