『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第四章

第三十五話

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 焼き台が置かれ、エルやルファ、メルディが離れたところでメイドたちが昼食の準備をする様子をぼんやりと眺めていた。エルの傍らにはマルクスが控えており、ルファがぶすっとした表情で様子を眺めていた。

「父上、最近エルばかり贔屓ではないですか?」
「ははは。ルファはお兄さんだから、我慢できるだろ?」
「それはそうですが。他の兄弟は黙ってませんよ」

 今にでも短気を起こしそうな彼だったが、「別に我慢ぐらいできます」とだけ言う。マルクスはくすくすと笑い、「今度、二十歳のお祝いとして、サマリー教会本部に行こうか」と言った。

「それって、俺に王位を!?」
「ああ。そろそろ決めようと思っていた。エルも帰ってきたしね……ただし、ハウリアにはまだ言わないことだ。彼には時が来たら話そうと思っている。賢いハウリアのことだから、もう察してはいるかもしれないが」
「あの件は解決したのですか?」
「いや、アルトがやってくれたはずだよ」
「そうですか」

 ルファが残念そうに肩を落とす。話を聞いていたメルディが「あの件ってなんですか?」と尋ねた。
 ぎくりと肩を大袈裟に動かしたのはルファだ。なぜか、エルをちらっと見てから、メルディへ向き直る。

「ばっか! お前そりゃ」
「あの件?」
「ああ、もう! ちょっと待ってろ!」

 ルファは苛立ちながら立ち上がると、焼き台に立っていたレイナに対し声をかけた。そして、二人は護衛騎士を伴って、屋敷の中へ戻っていった。
 きょとんとしたメルディは「お父様、私はおかしなことを言いましたか?」と問う。

「んー。まあ、本当はもうちょっと後の方がよかったかな」

 マルクスはくすりと笑う。エルは良く分からず、「俺に関係することですか?」と聞いた。

「まあ。少し待っていたまえ。君、すまないけれど、スターチェリーをお願いできるかな?」
「はい!」

 エルはスターチェリーという単語を聞いて驚いた顔をする。

「どうしました?」
「いや、スターチェリーは王族が好まないと聞いていたから。ほら、スラムとかの場合は」
「それはお酒ですよ。マルクス陛下は果物のとき美味しくいただいてますよ」

 とレイジが言う。
 焼き台の準備をしていたメイドも屋敷に戻っていく。誰もいなくなった焼き台の前にマルクスが立ち、並べられていた食材を見て、「今日も良いものを……ありがたいね。感謝を」と笑っていた。
 エルとメルディが傍に寄り、並ぶ食材を見て目を輝かせた。

「メルディ、これ食べたい!」
「おお、シラバの肉だね。これは柔らかくて、本当に美味しいんだ。エルもどうだい?」
「え、はい……」

 聞いたことはある。シラバという羊の魔獣の肉だ。北の地方に居るシラバは放牧されて、身が冬で締まるという話。自分には一番程遠いと思っていたものだ。
 網の上にシラバの肉が乗せられ、じゅうと音が響いた。煙が舞い、香りが漂う。エルとメルディがつばを飲み込んだ。

「メルディ、シラバがいい!」
「わかったよ。ちょっと待っておくれよ」
「マルクス陛下、調理を変わりましょうか?」

 声をかけたのはレイジだ。マルクスは「俺は遠征経験もあって慣れてるから大丈夫だよ。メルディのたれを作ってくれるかい?」とほほ笑んだ。
 レイジがたれを作っている最中、エルはきゅっと口を結ぶ。そういえば、こうやって海に来て、焼き物をする経験も初めてだった。よだれが出てしまいそうで、思わず表情を引き締めた。

「うわぁ、良い香り!」
「美味しそう……これって、ヒルガのきのこ?」
「だろう? エル、自分の好きな食材を選んで焼くといい。お肉は焼いておくから。メイドたちがいたら、好きにできないからね」

 マルクスにウインクで返され、思わず赤くなる頬を隠そうとそっぽを向く。

「それとも、私が焼こうか?」
「お、俺がやる」

 そんなことまでさせられないとエルが食材を眺めた。見慣れないものばかりだ。野菜も新鮮で、お肉もどれも高そうで霜が降ったものなど、高価そうなものばかり。エルは困惑しながら、手前の野菜を手に取り、焼き台の上に並べた。
 その様子を見ていたマルクスが面白そうにクスクスと笑っている。

「なんだよっ」
「一番安いものを選んで、まったくかわ……いや、何でもない。ほら、エル。焦げてしまうよ」
「う、うるさい!」
「ほら、メルディ。あーん」
「あーん!」

 マルクスによって、ふぅふぅとされたお肉がメルディの口の中に入る。すると、メルディが嬉しそうに目を輝かせた。幸せそうに咀嚼するメルディ。
 その様子を見ていたエル。今度はマルクスがエルに向き直る。シラバの肉を箸でつかんでいるマルクス。差し出された肉。

「ほら、エル。あーん」
「ば」

 馬鹿と言いかけ、陛下に馬鹿はマズイとエルが口を閉ざす。ほらほらと言わんばかりに肉が揺れ、エルは覚悟をして、口に入れた。肉汁がじゅわりと舌から口全体に広がった。次にとろける程の柔らかさが伝わる。そのまま、つるんと喉を通って胃に入っていた。食べたことのない食感と味に驚愕すれば、マルクスが面白おかしく笑った。

「美味しいだろう? 私が領地で一番好きなお肉なんだ。ホルスのワインとなら、いくらでもいけるぐらいにね」

 生まれて初めて食べる肉の旨味にエルが口元を隠して思わずしゃがみこんだ。

「エル、大丈夫かい? 熱かったかい?」

 違う、と言葉にならなかった。あまりに美味しすぎて、変な顔をさらしてしまいそうだった。何とか表情を隠して立ち上がる。そして、そっぽを向いたまま伝えた。

「おいしかった……ものすごく」
「それは良かった。ほら、もう一枚。レイジもお食べ」
「はい!」
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