『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第三章

第二十八話

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 連行というよりは、保護のようでもあった。あの胡散臭いアルトが辺りを警戒しながら、進んでいる様子をみるに何かあったのかもしれない。
 エルの部屋を出て、曲がり角に入った時だ。
 アルトがぴたりと足を止める。エルが彼の背中に顔を軽くぶつける。アルトは気にして振り返るが、すぐに正面へ視線を戻していた。正面に居たのは見慣れないメイド。自分の部屋の外にいた三つ目の足音があのメイドな気がした。
 ただ、持っている物はメイドが持つには少し物騒な剣。

「貴方は大人気ですねぇ」

 のんびりと答えるアルト。掴んでいたエルの腕を放し、自分の背後へ押しやる。護られる形となったエルは「アルト」と彼の名を呼んだ。刹那、メイドが勢いよくアルトへ駆け出し、剣を向けた。

「おやまあ……何処の殺し屋を雇ったのか。やれやれ!」

 アルトが氷の剣を作り出すと、メイドの剣を軽くいなした。カンッと小気味よい音が響き、メイドが間合いを取る。エルがトリネコの杖を取り出し、「スティール!」と術を放つ。刹那、メイドの持っていた剣がエルの手中へ納まった。
 アルトが眼鏡を手で直し、ふっと微笑んだ。

「ほぉ」

 武器を奪われたメイドは一瞬目を見開くと、エルへ向けて走り出した。エルは目を見開く。メイドがスカート下から短いナイフを取り出していた。エルは剣を握りなおし、殺意をむけてくるメイドを見て、顔を真っ青にした。

「させませんよ!」

 カンッとアルトの剣がメイドの隠しナイフを弾く。
 そして、彼の剣がメイドの胸元を鋭く突き殺す。一瞬驚いた顔を見せるアルト。彼の表情はすぐに戻る。
 吹き出る血が辺りに散り、エルの顔面すらを濡らした。廊下が真っ赤に染まる。
 アルトは淡々と剣についた血を持っていたハンカチで拭うと、それを片付けた。

「わざと死ましたか。やれやれ」

 真っ赤に染まった視界にエルは息を吐いては吸ってを繰り返す。倒れているメイドは起き上がることはない。苦痛を浮かべた表情で倒れ、エルを見る視線。心臓がバクバクと音を立てていた。

「これでは尋問できませんね。エル皇子、怪我はありませんか?」
「あ……」
「エル皇子?」

 座り込んだエルに対し、アルトが顔を覗き込んできた。そして、新しいハンカチを取り出すとエルの顔を拭った。エルの背中をぽんぽんと抑え、「落ち着いてください。息を止めて……吸って、吐いて」と優しい声色で言う。
 エルがこくりと頷く。アルトは「ふむ」と考え込む仕草をし、少しずつ落ち着いていったエルに対し、ぽんぽんと肩を叩いた。

「立てますか?」

 エルが首を横に振れば、アルトは何も言わずに肩を貸した。

「明日には掃除しますよ。今は黙ってついてきてください」

 その後、アルトに連れていかれた部屋は再びマルクスの部屋だった。
 まるで、猫のように再び部屋に戻され、そのままベッドの方に押し込まれた。

「アルトに……エルか? こんな夜中にどうした?」
「昼間からきちんと見ていなさいと言ったでしょう。やれやれ。私の虫がばれていなくてよかった」
「虫?」

 もぞもぞと頭の後ろがこそばゆいと思えば、パタパタとアルトの指先へ羽ばたいたのはもふもふとした蛾のような蝶のような虫だった。それに驚いていれば、アルトが微笑んでいた。

「言ったでしょう? 私の偵察虫は一匹だと」
「ありがとう。アルト」

 マルクスが深々と頭を下げる。アルトが指先で蛾をつつけば、白く発光して消えた。

「どういたしまして。まあ、差し向けたどんな人物かわかりましたが、あの白い髪の者は知っていますか?」

 アルトがじっとエルを見つめていた。エルは首を横に振る。じっとアルトが見つめるエルの顔。
 呼吸の落ち着いてきたエルは小さく息をついて、俯きがちに言う。

「知らない」
「解りました。マルクス、貴方はきちんと手綱を掴んでおくべきだ。手から抜けたものは二度と帰って来ない。それは知っているでしょう?」
「はぁ……お前に説教されるとはな」

 マルクスはため息をついた。アルトはやれやれと大袈裟に肩を竦める。

「一度、きちんとお話をされては?」
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