『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第三章

第二十五話

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「レイジ? どうして」

 どうしてここに来たんだと言いかけたが、それは言葉にならなかった。

「あなたと言う人は!」

 言葉よりも先に、大股で部屋に入ってきたレイジがエルの腕を強く捻ったからだ。

「いででで!?」
「朝方高熱が出ていたかと思えば、何でベッドで寝ていないんですか!? 馬鹿なんですか? そのせいで、私がマルクス陛下に怒られたではないですか!」
「馬鹿っていうな! ほ、ほら! 薬を貰いに。てか、なんであいつが怒るんだよ!」
「どこに薬が? どうみても、遊びに来たとしか思えません」
「違うって。ほら、レティシアってやつに薬を貰いに……あっ」
「どこにいらっしゃるんですか」

 レイジの冷たく呆れた表情がエルに突き刺さる。レイナに助けを求めるように見るが、彼女は微笑んでレイジを見つめていた。レイナはレイジの表情が変わる様になってから、こんな調子だ。話にならない。
 今度はアルトを見た。恐らく、彼はエルの助けを求めていることに気がついている。しかし、わざとらしく、笑顔を返してきた。分かっててやっている。まじでこいつむかつく。

「レイジ、話を……」
「ほら、行きますよ。熱をはかりましょう。薬も飲んでください。アルト様、失礼します」
「いえいえ、何でもかんでも首を突っ込む皇子の護衛は苦労しますねぇ」
「てめぇ!」
「ほら、行きますよ」

 レイジによって、後ろ襟を掴まれながらエルが部屋を退出しようとした時だ。アルトが「あっ」と声をあげた。レイジもエルも足を止めた。

「そういえば、一つ言っておきます。まあ、忠告といったところでしょうか」
「あ?」

 エルが振り返る。アルトは真剣な表情をしていた。眼鏡を指で押し上げ、位置を直す。その眼鏡の奥の目はレンズの光が反射し、見えなくなった。

「私が放った虫は一匹ですよ。まあ、貴方が何匹見つけて、何匹潰したかはわかりませんけどね?」

 目を見開くエルをよそに、レイジによって、扉が無常にもバタンと閉められた。
 それから、レイジにベッドへ押し込まれてしまった。
 昼と夜の食事はどちらもお粥。正直、お腹が空く。そう伝えればレイナが果物を切ってくれた。その後、彼女は別の仕事があると言い残し、部屋をなっている。
 レティシアとラムダ。考えることが多すぎた。アージェス家には幼い頃過ごしていたが、女の子が二人もいたという記憶はない。レティシアの性格を考えると、幼い頃、冷たくあしらうような性格ではないと思える。
 けれども、警戒すべき対象だろう。もし、幼い頃の容姿から、エル皇子の正体がばれてしまう恐れがある。

「なあ、レイジ」
「はい?」
「アージェス家の聖女候補二人って、魔導士としてのデビューはいつからだったんだ?」

 ふむ、とレイジが顎に手をあて考える素振りを見せた。

「確か、十五歳だったかと。二人は仲良く手を握って、現れたと思います」
「なあ……」
「はい?」
「アージェス家は長女が聖女になるって本当か?」
「そうです。アージェス家は女神サマリーを普及するかわり、一番初めの子供に対して神聖力を授けると約束してもらったそうです。それから、代々初めに女の子が生まれるようになったそうです。そして、十七年前に女の子を取り上げましたが、二人とも双子だった。ラムダ様は長女ですが、魔力は少なかった。けれど、妹のレティシア様は魔力が多かった。それだけの話ですね」

 エルは「そうかよ」とだけ答えた。

「もし、アージェス家に長男がいたらどうなっていたと思う」
「さあ……歴代初の男聖女でしょうか」
「ははは、笑えねぇ」

 何となく、あの父親が俺に対して辛辣だったのも察してしまう。まあ、お互い離れて正解だったはずだ。

「あと、アルト・ポリスって何者だ?」
「アルト様は陛下の右腕と呼ばれる方です。前回の戦争の時では、賢者様と皆から呼ばれていました」
「ふうん。あいつが賢者ね」

 賢者というには、少し胡散臭そうだ。

「あの方は信頼していいと思いますよ。胡散臭いですが」
「信頼していいって言うなよ」

 エルは思わず笑ってしまった。調べることがいっぱいだ、とエルは思う。

「あのよ、お願いしたいことがある」
「何でしょうか?」
「前に会った狸とアージェス家の関わりを調べてくれ。一応、陛下にも連絡しておいてほしい。俺の嫌な予感が当たらなければいいんだが」
「色々と貴方から陛下に言った方が喜ぶと思いますが。陛下への誕生日プレゼント集めているのでしょう?」
「何で知っているんだよ」

 ため息をつけば、レイジがくすりと笑った。

「もういいから早く行け。そして、さっさと帰れ」
「ちなみにアルト様ですが」
「ん?」
「俺の直属の上司ですので」
「はぁ!?」

 嫌な爆弾を一つ残して、レイジが去っていった。
 静かな空間になり、エルはぼんやりと過去を思い出す。
 私を見てほしいと必死に訴えていた金髪の女の子。俺のことを乞食呼ばわりし、それでも、必死に両親の愛を受けようとしていた。本当に二人いたのだろうか。
 屋根裏部屋の軟禁は俺だけだったはず。火事が起きた際、監禁されていたなら、逃げれなかったはず。
 そう考えた時に、エルはがばっと体を起こした。

「レイジ、ちょっと待ってくれ! 調べて欲しいことが!」

 エルがレイジの後を追い、部屋を出た瞬間だった。ドンッと誰かとぶつかり、エルが転がる。相手が動じていないところを見るに体格の差は歴然だった。

「痛っ! 誰だよ。なんで部屋の前に……」

 顔をあげれば、そこに居たのは見慣れない男性だった。茶色いシルクハットにスーツ。瞳孔の開いた青紫の瞳。癖っ毛のある黒髪。にやりと口元を笑ませ、気色の悪い目つき。目は魔物のようにギョロギョロと動いていた。
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