『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第三章

第二十四話

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「あんた以外にここを使ってる人はいるのか?」
「ええっと、ここを管理している者が一人と、薬草を仕入れしてくれている陛下の側近さん、あとは部屋を掃除しているメイドたちでしょうか」

 じっとエルを見つめる視線。エルを見ているようで、見ていない。視線はエルの更に奥。そこで、エルは違和感に気が付いた。レイナも気が付いたのだろう。エルを守る様に前に出て、エルの背後にいる存在を見た。

「おやおや、警戒されて悲しいですね」

 響いたのはテノールの声。エルが勢いよく振り返る。そこに居たのは肩につくかつかないかぐらいの茶髪の髪を後ろで束ねた男性だった。青い瞳はじっとエルを見つめていた。
 悲しいと言う割には楽しそうな笑顔をしている。

「アルト様」
「エル皇子、記憶を失ってからは初めましてでしょうか。私はここの管理を任されているアルト・ポリス。神様や女神などは信じていませんが、陛下の命令でここの管理を任されてしまいました。気軽にアルトと呼んでください」
「もう、私の前でそのようなことを言わないでください! エル皇子、初対面になりますね。私はレティシア。女神サマリー様に仕える神官です。レティシア・アージェスと言います。以後、お見知りおきを」

 エルの目が開かれる。
 朝方、レイジがラムダと呼んでいた少女ではなかったらしい。ミドルネームかと思っていたが、違った。恐らくは別人だ。
 しかし、エルが驚いたのはそのことではない。

「アージェス」

 エルがぽつりと呟く。エルが私生児として過ごしたアージェス家の記憶。記憶に残っている金髪の少女。何とか、表情を隠し、「よろしく」とぶっきらぼうに伝えた。

「エル様は恥ずかしがり屋さんですねぇ」

 アルトは楽しそうに笑う。しかし、目は笑っていない。食えないやつ、とエルは彼を軽く睨みつけた。

「おやおや。嫌われてしまいましたか」
「別に」

 アルト・ポリスにレティシア・アージェス。特に後者の名前は思い出したくはなかった。
 アージェス家。自分が私生児として育った貴族。そして、あんなやつはどうでもいいから、私を見てと嘆いていた幼い女の子。嫌な記憶を思い出したとため息をつく。

「あんたが俺の部屋にアンダーカバーを?」
「おや。今日放ったばかりだったのですが、気が付いてしまわれたのですね」
「レイナが掃除してくれた」

 アルトはふふと笑って、レイナを見た。ナイフを構えたレイナを見て、アルトは「別に喧嘩をするために放ったわけではありません」と淡々と言う。

「陛下から護衛を依頼されたのです」
「護衛? 護衛という名の監視だろ?」
「お話が早くて助かります」

 アルトは食えない表情で答えた。何を考えているか分からない。エルは舌打ちを一つする。

「レティシア様。ラムダ様が探しておりましたよ」
「え、あ……」

 ラムダという単語が出た瞬間、レティシアの顔色が曇った。エルは不思議に思うが、彼女はすぐに笑顔を取り戻し、「失礼しますね」と慌てたように駆け足で去っていった。

「レティシア様とラムダ様? やっぱり二人いるのか?」
「おや。ラムダ様の方にもお会いしたのですね」

 レイナに振った話題だったが、アルトが答えた。眉をひそめたエルだったが、小さく頷いた。

「レティシア様が妹、ラムダ様が姉。二人は双子になります。まあ、見分けをつけるのは難しいですが。喋り方や雰囲気でしか、見分けがつきません」
「双子?」

 アージェス家の中で過ごした際、双子の女の子はいなかったはずなのに。エルは顎に手をあて、少しばかり過去の記憶を紐解く。しかし、思い出したくもない父親の顔が微かに浮かび上がり、思わず首を振った。

「アージェス家に関しては、代々聖女の家系です。治癒術としての才能を持ち合わせた家系ですよ」
「私もたまにお世話になるのですが、レティシア様は本当にすごい治癒術士なんですよ! 平民貴族と隔てなく接する姿がまた美しくて」

 レイナがにこにことした笑顔で話す。

「へぇ」
「そのせいでしょうかね。本来、アージェス家は一番目の子が女の子として生まれます。強い魔力の秘めた子が生まれるといいますが、ラムダ様はあまり魔力量に恵まれなかった」

 エルは目を見開いて、アルトへ視線を送る。彼は当事者のように困った顔をしている。目はエルを試すように見つめていた。

「平民の間はレティシア様を聖女にという声が多いです。確かにレティシア様は魔力量も人格も良いでしょう。ですが、ラムダ様は魔力量がない分、努力をして地位と人脈を築いています。貴族たちはラムダ様、平民はレティシア様を。二人の聖女の関係は亀裂となり、最悪な関係に……」

 困ったと言わんばかりにアルトは言う。エルはため息を再びついた。

「対してそう思ってないくせに」
「おや。分かってしまいましたか」
「あんたが嬉しそうに言うからな」

 エルの冷たい目線とアルトの穏やかで読めない目線が交差した。その時だ。扉が勢いよく開いた。
 全員の視線が扉の方に向かう。そこに居たのは物凄く怒った表情でいるレイジだった。
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