25 / 59
第三章
第二十四話
しおりを挟む
「あんた以外にここを使ってる人はいるのか?」
「ええっと、ここを管理している者が一人と、薬草を仕入れしてくれている陛下の側近さん、あとは部屋を掃除しているメイドたちでしょうか」
じっとエルを見つめる視線。エルを見ているようで、見ていない。視線はエルの更に奥。そこで、エルは違和感に気が付いた。レイナも気が付いたのだろう。エルを守る様に前に出て、エルの背後にいる存在を見た。
「おやおや、警戒されて悲しいですね」
響いたのはテノールの声。エルが勢いよく振り返る。そこに居たのは肩につくかつかないかぐらいの茶髪の髪を後ろで束ねた男性だった。青い瞳はじっとエルを見つめていた。
悲しいと言う割には楽しそうな笑顔をしている。
「アルト様」
「エル皇子、記憶を失ってからは初めましてでしょうか。私はここの管理を任されているアルト・ポリス。神様や女神などは信じていませんが、陛下の命令でここの管理を任されてしまいました。気軽にアルトと呼んでください」
「もう、私の前でそのようなことを言わないでください! エル皇子、初対面になりますね。私はレティシア。女神サマリー様に仕える神官です。レティシア・アージェスと言います。以後、お見知りおきを」
エルの目が開かれる。
朝方、レイジがラムダと呼んでいた少女ではなかったらしい。ミドルネームかと思っていたが、違った。恐らくは別人だ。
しかし、エルが驚いたのはそのことではない。
「アージェス」
エルがぽつりと呟く。エルが私生児として過ごしたアージェス家の記憶。記憶に残っている金髪の少女。何とか、表情を隠し、「よろしく」とぶっきらぼうに伝えた。
「エル様は恥ずかしがり屋さんですねぇ」
アルトは楽しそうに笑う。しかし、目は笑っていない。食えないやつ、とエルは彼を軽く睨みつけた。
「おやおや。嫌われてしまいましたか」
「別に」
アルト・ポリスにレティシア・アージェス。特に後者の名前は思い出したくはなかった。
アージェス家。自分が私生児として育った貴族。そして、あんなやつはどうでもいいから、私を見てと嘆いていた幼い女の子。嫌な記憶を思い出したとため息をつく。
「あんたが俺の部屋にアンダーカバーを?」
「おや。今日放ったばかりだったのですが、気が付いてしまわれたのですね」
「レイナが掃除してくれた」
アルトはふふと笑って、レイナを見た。ナイフを構えたレイナを見て、アルトは「別に喧嘩をするために放ったわけではありません」と淡々と言う。
「陛下から護衛を依頼されたのです」
「護衛? 護衛という名の監視だろ?」
「お話が早くて助かります」
アルトは食えない表情で答えた。何を考えているか分からない。エルは舌打ちを一つする。
「レティシア様。ラムダ様が探しておりましたよ」
「え、あ……」
ラムダという単語が出た瞬間、レティシアの顔色が曇った。エルは不思議に思うが、彼女はすぐに笑顔を取り戻し、「失礼しますね」と慌てたように駆け足で去っていった。
「レティシア様とラムダ様? やっぱり二人いるのか?」
「おや。ラムダ様の方にもお会いしたのですね」
レイナに振った話題だったが、アルトが答えた。眉をひそめたエルだったが、小さく頷いた。
「レティシア様が妹、ラムダ様が姉。二人は双子になります。まあ、見分けをつけるのは難しいですが。喋り方や雰囲気でしか、見分けがつきません」
「双子?」
アージェス家の中で過ごした際、双子の女の子はいなかったはずなのに。エルは顎に手をあて、少しばかり過去の記憶を紐解く。しかし、思い出したくもない父親の顔が微かに浮かび上がり、思わず首を振った。
「アージェス家に関しては、代々聖女の家系です。治癒術としての才能を持ち合わせた家系ですよ」
「私もたまにお世話になるのですが、レティシア様は本当にすごい治癒術士なんですよ! 平民貴族と隔てなく接する姿がまた美しくて」
レイナがにこにことした笑顔で話す。
「へぇ」
「そのせいでしょうかね。本来、アージェス家は一番目の子が女の子として生まれます。強い魔力の秘めた子が生まれるといいますが、ラムダ様はあまり魔力量に恵まれなかった」
エルは目を見開いて、アルトへ視線を送る。彼は当事者のように困った顔をしている。目はエルを試すように見つめていた。
「平民の間はレティシア様を聖女にという声が多いです。確かにレティシア様は魔力量も人格も良いでしょう。ですが、ラムダ様は魔力量がない分、努力をして地位と人脈を築いています。貴族たちはラムダ様、平民はレティシア様を。二人の聖女の関係は亀裂となり、最悪な関係に……」
困ったと言わんばかりにアルトは言う。エルはため息を再びついた。
「対してそう思ってないくせに」
「おや。分かってしまいましたか」
「あんたが嬉しそうに言うからな」
エルの冷たい目線とアルトの穏やかで読めない目線が交差した。その時だ。扉が勢いよく開いた。
全員の視線が扉の方に向かう。そこに居たのは物凄く怒った表情でいるレイジだった。
「ええっと、ここを管理している者が一人と、薬草を仕入れしてくれている陛下の側近さん、あとは部屋を掃除しているメイドたちでしょうか」
じっとエルを見つめる視線。エルを見ているようで、見ていない。視線はエルの更に奥。そこで、エルは違和感に気が付いた。レイナも気が付いたのだろう。エルを守る様に前に出て、エルの背後にいる存在を見た。
「おやおや、警戒されて悲しいですね」
響いたのはテノールの声。エルが勢いよく振り返る。そこに居たのは肩につくかつかないかぐらいの茶髪の髪を後ろで束ねた男性だった。青い瞳はじっとエルを見つめていた。
悲しいと言う割には楽しそうな笑顔をしている。
「アルト様」
「エル皇子、記憶を失ってからは初めましてでしょうか。私はここの管理を任されているアルト・ポリス。神様や女神などは信じていませんが、陛下の命令でここの管理を任されてしまいました。気軽にアルトと呼んでください」
「もう、私の前でそのようなことを言わないでください! エル皇子、初対面になりますね。私はレティシア。女神サマリー様に仕える神官です。レティシア・アージェスと言います。以後、お見知りおきを」
エルの目が開かれる。
朝方、レイジがラムダと呼んでいた少女ではなかったらしい。ミドルネームかと思っていたが、違った。恐らくは別人だ。
しかし、エルが驚いたのはそのことではない。
「アージェス」
エルがぽつりと呟く。エルが私生児として過ごしたアージェス家の記憶。記憶に残っている金髪の少女。何とか、表情を隠し、「よろしく」とぶっきらぼうに伝えた。
「エル様は恥ずかしがり屋さんですねぇ」
アルトは楽しそうに笑う。しかし、目は笑っていない。食えないやつ、とエルは彼を軽く睨みつけた。
「おやおや。嫌われてしまいましたか」
「別に」
アルト・ポリスにレティシア・アージェス。特に後者の名前は思い出したくはなかった。
アージェス家。自分が私生児として育った貴族。そして、あんなやつはどうでもいいから、私を見てと嘆いていた幼い女の子。嫌な記憶を思い出したとため息をつく。
「あんたが俺の部屋にアンダーカバーを?」
「おや。今日放ったばかりだったのですが、気が付いてしまわれたのですね」
「レイナが掃除してくれた」
アルトはふふと笑って、レイナを見た。ナイフを構えたレイナを見て、アルトは「別に喧嘩をするために放ったわけではありません」と淡々と言う。
「陛下から護衛を依頼されたのです」
「護衛? 護衛という名の監視だろ?」
「お話が早くて助かります」
アルトは食えない表情で答えた。何を考えているか分からない。エルは舌打ちを一つする。
「レティシア様。ラムダ様が探しておりましたよ」
「え、あ……」
ラムダという単語が出た瞬間、レティシアの顔色が曇った。エルは不思議に思うが、彼女はすぐに笑顔を取り戻し、「失礼しますね」と慌てたように駆け足で去っていった。
「レティシア様とラムダ様? やっぱり二人いるのか?」
「おや。ラムダ様の方にもお会いしたのですね」
レイナに振った話題だったが、アルトが答えた。眉をひそめたエルだったが、小さく頷いた。
「レティシア様が妹、ラムダ様が姉。二人は双子になります。まあ、見分けをつけるのは難しいですが。喋り方や雰囲気でしか、見分けがつきません」
「双子?」
アージェス家の中で過ごした際、双子の女の子はいなかったはずなのに。エルは顎に手をあて、少しばかり過去の記憶を紐解く。しかし、思い出したくもない父親の顔が微かに浮かび上がり、思わず首を振った。
「アージェス家に関しては、代々聖女の家系です。治癒術としての才能を持ち合わせた家系ですよ」
「私もたまにお世話になるのですが、レティシア様は本当にすごい治癒術士なんですよ! 平民貴族と隔てなく接する姿がまた美しくて」
レイナがにこにことした笑顔で話す。
「へぇ」
「そのせいでしょうかね。本来、アージェス家は一番目の子が女の子として生まれます。強い魔力の秘めた子が生まれるといいますが、ラムダ様はあまり魔力量に恵まれなかった」
エルは目を見開いて、アルトへ視線を送る。彼は当事者のように困った顔をしている。目はエルを試すように見つめていた。
「平民の間はレティシア様を聖女にという声が多いです。確かにレティシア様は魔力量も人格も良いでしょう。ですが、ラムダ様は魔力量がない分、努力をして地位と人脈を築いています。貴族たちはラムダ様、平民はレティシア様を。二人の聖女の関係は亀裂となり、最悪な関係に……」
困ったと言わんばかりにアルトは言う。エルはため息を再びついた。
「対してそう思ってないくせに」
「おや。分かってしまいましたか」
「あんたが嬉しそうに言うからな」
エルの冷たい目線とアルトの穏やかで読めない目線が交差した。その時だ。扉が勢いよく開いた。
全員の視線が扉の方に向かう。そこに居たのは物凄く怒った表情でいるレイジだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい
桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる