『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第二章

第十九話

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 窓で星と月を眺めていたエル。響いたノックにはっとする。

「どうぞ」

 伝えれば、扉が開く。顔を出したのはレイジだ。普段の堂々としている彼とは変わり、エルの様子を伺っているようだった。

「夜遅くにすみません」
「いや……何かあったか?」

 レイジは躊躇った後で、小さく頷いた。

「お礼を言いに来ました」
「お礼?」

 彼は頷いた。緊張した面持ちで、それでも彼は深々と頭を下げた。
 その事に驚いたエルは目を見開いて、「おいおい、俺なんかに頭を下げるのはやめとけって」と言った。

「いえ。貴方だからこそでしょうか」

 彼はそう言いながら、ゆっくりと頭を上げる。

「権力には逆らわない。命令は全て聞く。そうすれば、誰も傷つかない」

 淡々としたレイジの言葉にエルはむっとした顔を作る。

「それは、弱者のやることだ。スラムなら、逃げるか戦うかだ」
「私は今まで権力に倣って生きてきました」
「お前……」

 レイジは己を馬鹿にするように哂った。雰囲気の変わった彼を眺め、エルはやれやれと肩をすくめた。

「そりゃ、生きづらそうだな」
「ええ。そうやって生きてきた理由は育ての母でした」

 話が見えて来ず、エルは「育ての母さん? どうしてそう思うようになった?」と話を促すように伝える。

「長くなりますよ」
「別に気にしない」

 エルは肩を竦めた。

「妖精の取り換えっこをご存じですか?」
「小さい頃に聞いたことがある。妖精が別々の家庭の赤ん坊を入れ替えるやつだろ」
「そうです。今となっては、元の家に戻って、こうして贅沢な暮らしをさせていただいてます。ですが、昔は違った」

 レイジは過去を思い出すように、どこか遠い目をしていた。

「昔、私はスラム近くで過ごしていました。母子家庭で兄弟はなく。母と二人で生きてきました」
「レイナが言ってたのは……」
「聞いたのですね。私は取り替えられた子供でした。私が十歳になると、本当の両親を名乗る新しい家族がやってきました。育ての親と私は引き離され、私は貴族の屋敷に連れてこられました。その後は貴族としての振る舞いを得るため、たくさんのマナー講習や勉強漬けの毎日を送りました」
「きつそうだな」

 レイジは「それは、とても」と頷いた。

「それが毎日、毎月続いて……私は母親に会いたいと本当の両親に伝えました」
「許してくれないだろ。スラムと貴族なんて」
「はい。当初、勉強がとてもきつく。母親にも会いたかった。でも、泣くことはできずに。その数週間後に私は家を抜け出しました。走って、走って……なんとかスラムについて」

 言葉を切るレイジ。エルは何も言わずに彼の言葉を待つ。
 レイジは珍しく、何かに悩むようにため息をついてから、ふっと鼻で笑った。

「育ての母親はいなくなっていました。建物も取り壊されていました。まるで、誰もいなかったように」
「いなくなってた?」

 エルは何も言わず、彼の言葉を待つ。

「そして、私と入れ替えられた子と共に姿を消して……裏切られた気持ちにもなりました。けれど、幸せならそれでいいかと」
「そう、だな」

 レイジは両手で顔をおおい笑っていた。

「女々しいと思うでしょう」
「俺には家族がいないから、その気持ちがわからない」
「そうですか。けれど、ここで終わってくれたら、私だって彼女たちは幸せに暮らしていると……そう思って生きてこれたのに」

 彼は首元からネックレスを取り出した。衣服の中に入れていたらしい。取り出したのは女性に好まれそうなデザインのもの。しかし、安物だ。ネックレスにつけられた十字架が、祈りを連想させた。

「私が騎士として活躍する最中、別のスラム地で市民の暴動を抑え込むことがありました」
「おいおい、まさか」
「話は少し戻りますが、育ての親は本当の両親からの資金を拒否し、無理やり連れていかれた私を返してほしいと何度も訴えていたそうです。けども、スラムの家を壊されて、彼女は別のスラムに移るはめになったそうです。これはその別のスラムに居た老婆が教えてくれました。私の育ての親はその暴動のせいで亡くなったそうです。その時の遺品がこれです」

 エルは何も言えなかった。レイジは過去を吐き捨てるように、小さく息をつく。

「父親につめかけると、私が会いたいと言ったから、そのうち居なくなってしまうのではないかと。それが怖くて、そのようなことをしたそうです。私のたった一言で、彼女の人生は変わってしまった」
「それは、お前のせいじゃない」
「そう思うでしょう? でも、権力がなければ、力がなければ……やられるだけだ。騎士になった後も、何度も痛感した」

 淡々としたレイジの言葉。そして、エルの方をじっと見つめる。

「私は貴方が羨ましい。自由で、まるで何も持たず、考えずに羽ばたく鳥のようだ」
「なんか、貶されてる気がするんだが」
「いいえ。褒めているのです」

 エルは「どうだか」と肩を竦める。

「お礼を言いたかったのです。私には守るものが多い。けれども、貴方を見ていると……別の道を見つけれそうです。では、遅くにすみません」
「別に気にしてねぇよ」

 レイジがふっと笑い、いつもの仏頂面に戻った。しかし、彼の表情が「おや?」と驚きに変わった。意図が理解できず、エルは首を傾げた。

「なんだよ?」
「いえ、貴方の目の色が……いや。気のせいですね。失礼します」

 レイジが部屋を出ていった。エルはと言うと、「まったく」とため息をつくだけだった。

「俺はそんな大層な者じゃねぇよ」
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