『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第三章

第二十話

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 カーテンから漏れる光に、朝だと気がつく。ベッドの上で寝ていたせいか、意識こそはすっきりしている。
 しかし、身体は思うように動かず、エルは「うぅ」と声をあげるしかできなかった。
 なんとかゆっくりと上半身を起こし、ベッド横のテーブルに添えられていた水差しを手に取る。
 それを口に含もうとすると、手を滑り、手差しは落下した。パリーンと小気味良い破砕音。同時に自らの体も支えきれなくなり、床にたたきつけられた。

「エル皇子!?」

 扉が勢いよく開け放たれ、顔を出したのはレイジだった。
 ズガズカと室内に入ってきたかと思えば、すぐに体を起こされる。そして、ベッドに戻された。

「立ち上がれませんか? 熱が……?」

 問題ないとぼやけば、レイジが「少し待っていてください」と外へ出て行った。
 どれぐらい経過しただろうか。慌ただしく現れたのは一人の女性だった。白衣のような神官のような服を着ており、自分の顔を見れば顔を真っ青にして立ち止まってしまう。

「だだだだ第五皇子!?」
「すみませんが、診てあげてください」
「は、はい!」

 金色の長髪。エメラルドグリーンの瞳。どこかで見たことがある気がし、エルは困惑する。
 記憶を手繰り寄せ、なんとか思い出そうとする。
 彼女の手は白い魔力が宿され、そっとエルの額に触れた。ぽかぽかとした光に、エルは彼女が王宮の治癒魔導士なのだと悟る。

「流行り病でしょう。症状が良く似ています」
「そうですか。命に別状はないのですね?」
「はい。王宮でも病気が流行っていますし、お薬を出しておきますので。そちらを服薬してください。あら……?」

 レイジもはっとしたようだった。
 ぼんやりとした頭で原因を探るが、エルには二人の困惑が分からない。
 彼は「新しく買った魔法の目薬でしょうね」と言い、エルの胸元を探ると小瓶をいくつか取り出した。
 エルは俺のだぞと言いかけたが、それを遮ったのはレイジだ。

「若い方の間では魔法薬が流行っているといいますもの。では、お大事にしてください」

 ぺこりと頭を下げていく女性。エルは困惑をしながらも、目の前のレイジを見た。
 女性の姿が完全になくなると、レイジは小さく息をついた。

「その目、どうしたんです?」

 そう言われ、エルは合点がいった。

「ダブルムーンの日……」
「そういえば、今日でしたね。それと何の関係が?」

 エルは咳込みながら、枕に顔を埋めた。これは言いたくなかった。
 レイジは少し傷ついた表情をしたが、それ以上追及はせず、「レイナにお粥を作ってもらってきます。少し休んでいてください」と言い残すと部屋を出て行った。








 これは自分がスラムに入ったばかりの過去の夢だ。
 自分がベッドに臥せた時、師匠は笑っていた。盗賊頭でもあり、母のような盗賊の頭。スラムで縄張りを守る鷹の目と呼ばれる盗賊団。
 紫色の髪をバンダナですっぽりと隠して、露出の高い服を好んで着ていた。夢でも変わらない過去の姿にエルはほっとしている。

「なんだい。あんたは妖精と人間のハーフなのかい?」

 そんなことを言って笑う師匠は盗んだ酒を煽りながら豪快に笑った。
 ダブルムーンの日。妖精たちの力は強くなり、彼らは人間たちに悪戯をする。そうすることで、妖精たちは魔力の調整を行う。
 鏡に悪戯をして若い人の姿を老人の姿として移したり。生まれて間もない赤ん坊を入れ替えて遊んだり。もっと酷いところでは、一国を亡ぼすようなことさえやってしまう。
 妖精たちは危ない存在だった。

「俺はこんな血なんていらない」
「それで生まれてきたんだ。諦めな。もっと、その力を有意義に考えなよ」
「でも、この血のせいで……」
「馬鹿だね。その血のおかげであんたは生き延びたんだよ」

 エルのローズマリー色の瞳を眺めながら、「あんた、その眼のことは人に話すんじゃないよ。今のあんたは利用されてポイさ」と彼女はころころと笑った。

「妖精眼は真実を視る瞳。誰にも知られちゃいけないよ」
「どうして、知られちゃいけないの?」
「妖精眼は真実や嘘を司る。その眼の力が欲しいなら、妖精に協力をしてもらえばいい。けれども、妖精と人間は相反する者さ。妖精を捕まえて、人間の言いなりにはできない。妖精たちは嘘が好きだからね」

 そう言って再び酒を飲み、瓶を一つ開けてしまう。

「でもね。妖精は強いけれども、人間はそうじゃない。人間はとても弱い存在だからだよ」

 彼女は寂しそうな顔をしていた。金色の瞳が悲しそうに歪む。

「だからね。知られてはいけないよ。君を守るためにも」
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