『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第二章

第十八話

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 魔物を殺すことには抵抗はない。だから、いいと何度も言い利かせてきた。でも、戦いは苦手だ。だからこそ、狙った魔物しか倒さない。それが、エルの信条だった。

「人盛りだな」

 会場に移されたフェンリルの亡骸に誰もが表情を真っ青にしていた。
 仕留められた魔物たちは魔法のタグをつけられる。その後、転送魔法で移動され、仕留めた魔物たちが並んでいった。
 人々はフェンリルを誰が仕留めたのかと気にし、ネームタグを見に来る者も多い。しかし、エルの名前を見ると、慌てて逃げていく者もいる。
 それを見たエルは「なんでだよ」と口を尖らせた。

「亡骸があまりにも無残だからでしょう。やりすぎです」

 淡々と述べたレイジにエルは「仕方ないだろ。加減かわかんねぇんだから。Sランクって聞けば、そうなっちゃうだろ」とそっぽを向く。しかし、その先で感じた強い視線。ハウリアだった。
 彼はエルの視線に気が付くと、逃げるように彼が仕留めたワイバーンの亡骸の傍へ行った。
 エルはその後姿にべーっと舌を出したい気持ちを抑え、狩猟大会が早く終わらないかとため息をつく。そんな時だ。

「な、なんだよこれ……」

 ふと聞こえた声。ルファがフェンリルの亡骸の前に居た。
 わなわなと震える彼は、エルの視線に気が付くと舌打ちを一つ。
 それを見たエルはニタァと笑みを零すのだった。

「ふふーん。約束、忘れてねぇよな?」
「お、お前がやったのか!? これを!? お前が!?」

 彼は顔を真っ青にし、フェンリルの残骸を眺める。エルはツカツカとルファに近寄り、ぐっと顔を近づけた。距離が縮んだところで、エルは怪しげな笑みを浮かべた。

「嘘だろおい。SランクのフェンリルはAランクのワイバーンが二十匹束になっても勝てねぇんだぞ!? それを、こんな……無残に!」
「お兄様、言う事があるだろ~」
「くっ!」

 ルファはぎりっと唇を噛み締め、レイジに向き直る。
 しかし、口元がとがったまま。一度、「す」と言いかけたが、彼の顔は怒りなのか、恥ずかしさなのか。顔は真っ赤に染まった。彼は「ああ、くそ!」と手で乱暴に頭をかき乱す。そして、ため息をついた。やがて、髪を整えて、レイジに真剣な表情で向き直った。

「お前を馬鹿にしてすまなかった」

 しっかり言い切られた言葉。レイジは驚いたように目を見開く。
 そして、ルファはエルの方を見る。咳払いをし、真剣な目でエルを見た。

「エル、お前にも悪いことを言った。悪かった。一度しか言わないからな! もうこの件はお終いだ! 次に言ったら、ぶったたく!」

 フンッと吐き捨てるようにルファは自分が仕留めたらしいワイバーンの方へ近寄っていった。
 驚いたエルは彼に話しかけようとしたが、ぐっと言葉をこらえた。これ以上相手にいう事はないからだ。
 そして、ルファは何事もなかったかのように、彼が仕留めたであろうワイバーンの亡骸に触れた。傷がなく、綺麗な状態のワイバーンはまるで生きているかのようだ。そのことにエルは素直に驚く。

「ルファ皇子はなんだかんだ言って優しいのかもしれないな。なあ、レイジ?」

 レイジの方を振り返る。すると、彼はエルの視線に気が付いたように、はっとする。

「どうした?」
「少しだけ驚いただけです」
「あのルファ皇子がいとも簡単に謝ったからか?」
「それもありますが」
「なんだよ?」

 エルが顔を覗き込む。

「いえ、貴方は本当に自由だなと思っただけです。貴方が羨ましい」

 レイジは口元にそっと手を添える。その口元は小さく笑っており、エルは目を見開く。
 しかし、すぐにそれはレイジの咳払いで隠された。彼はいつものレイジに戻っており、エルをただじっと見つめていた。
 エルが笑みについて問いただそうとレイジに話しかけようとした時だ。
 会場一帯に歓声と拍手が響いた。朝から始まっていた狩猟大会終了の合図だった。









 エルは自分の部屋に戻っていた。開け放たれた窓からは冷たい夜風が秋が近いことを知らせていた。
 狩猟大会の表彰式。表彰されたが、皆が求めていた答えではなかったのか。
 喜ばれることはなかった。誰もが困惑した表情をしていて。しかし、一番初めに拍手をしてくれたのは意外にもルファだった。仏頂面でお前なんて認めてやるかと言わんばかりの顔。
 しかし、彼は表情だけだった。ルファ自身とレイジだけが拍手していることに気が付いたのだろう。すぐにルファの表情が怒りに変わる。

『んだよ! 俺の弟を祝えねぇっていうのか!?』

 ルファの強い発言。誰もがはっとした表情を作る。次にハウリアが無表情で拍手した。瞳は冷たく、なぜお前がと言わんばかりの顔。
 それを見た周りの面子がぱらぱらと拍手を送り、最後にはしっかりと拍手に包まれる。
 とても不思議だった。とても。

「今日はダブルムーンか」

 開け放たれた窓から眺める外の景色。真っ暗な夜空。開け放たれた窓ガラスに映るエルは疲れた顔をしていた。髪の毛を解けば、ガラスの中に真っ赤な髪がさらりと揺れた。元々のエルの髪色が窓ガラス世界で魔法が解けてしまっている。ローズピンクの瞳は不安そうに揺れており、エルは小さくため息をつく。彼の視線が空にあがる。

「ついてねぇな。魔力がやっぱり酷くなってやがる」

 空には丸い月が二つ浮かんでいた。青白い光を持つ月とピンク色の淡い光を放つ小さな月。どちらも満月だ。
 小さく息をついて、目を閉じたエル。

「ミラージュ」

 と呟くエル。すると、再び魔法がまとわりつき、窓に映る彼の髪色が音もなく透き通って変化していった。深紅から白へ。魔法で隠していた髪が再び鏡の世界では真っ白に変わる。
 風がエルの真っ白な髪を撫でて、遠ざかって消えていった。
 ただし、肉眼で見る髪色は白いまま。鏡の中にいるエルもまた同じ白い存在になった。

「まあ、レイジもいるし……大丈夫だろ」

 次に瞳を開けた時、エルの瞳はピンクローズ色からローズマリーのような薄紫色に変化していた。しかし、それは一瞬の変化だった。
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