『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第二章

第十七話

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 どれぐらい歩いただろうか。
 エルは後ろからついて来るレイジを横目で見ていた。
 浮かない顔の彼。エルは小さく息をつく。

「仕方ない。あまりこれをしたくはなかったが」

 エルはポケットから一本の小瓶を取り出す。ピンク色の液体が入った小瓶。ひとさし指に魔力をこめて、こつんと小瓶を小突いた。
 白い魔力が小瓶の回りに浮かび上がると、ピンク色の液体は青色に変わった。そして、小瓶を開けて、エルは周囲に振りかけた。

「何をしているのですか?」

 レイジはエルが小瓶の液体を撒いている様子を眺め小首を傾げた。

「俺のマップだと、求めているやつがこの辺りにいるはずだ」

 一滴も漏らさずに撒き終わり、エルは小瓶をポケットに戻す。
 レイジが怪訝そうにエルを見ている。恐らく、呆れながらも心配しているのだろう。もう、表情を隠すことをやめたらしい。それだけでエルの気分は良いものに変わる。

「来ないなら呼ぶだけさ。お前は泣きわめいてもいいし、俺を罵倒してもいい。逃げるなら、今の内だぜ」
「何を――」

 レイジがはっとしたように言葉を止めると同時だった。

「ギャウウウウッ!」

 雄叫びのような声をあげ、突如木影から現れたのは黒い獅子のような影だ。まっすぐにエルを狙ってきている。
 レイジが剣を抜き、エルへ振りかざされた黒い獣の手を剣で抑える。体重のかかった力に押されながらも、しっかりとレイジの体ほどある獣の腕をしっかりと防いでいた。人の手のひらよりも大きな爪。真っ赤な口元から垂れる涎。大きな犬と言うには怖すぎる真っ黒な災厄。

「これは……! フェンリル!?」

 レイジが舌打ちする。
 黒い毛並みに、グルルルと理性なく漏れる低い唸り声。フェンリルはそして、一手足りないと思ったのだろう。黒い獣は大きく跳躍し、後ろに仰け反った。
 そして、今度こそエルに襲いかかろうとした。

「逃げろ! 貴方では勝てない!」

 レイジが叫ぶ。しかし、エルは逃げなかった。フェンリルが地を駆け、剣を向けたレイジの横を抜けてエルに向かう。真っ青になり、剣を握って追いかけたレイジがフェンリルの背中とエルを見る。

「逃げ――」

 真っ赤な口がエルの顔面を襲おうと大きく開いた。
 しかし、エルはニヤリとほくそ笑んでいた。今まさにエルを食らおうと、フェンリルの真っ赤な口が首元に狙いを定めた時だ。
 ガキィイン!

「逃げるわけないだろ」

 地から現れた真っ黒な鎖がフェンリルに巻き付いていく。鎖がガラガラと音をたてた。地面から伸びたソレ。
 絶句して、それでもエルを守ろうと駆けてくるレイジ。そんな彼をエルは手で制した。

「見てろって」

 エルは笑う。鎖が抑えている存在をようやく目が捉える。真っ赤な目がエルを捉えている。噛み殺そうと。しかし、それは叶わない。

「魔法使いは下準備が大事だ。料理と同じく。下準備で全て決まる。詐欺師みたいでもあるよな」

 エルがそう唄うように呟くと、そっとフェンリルの下顎を撫でる。激しく、「ギャウウウ!」と声を荒げ、涎を巻き散らす。エルにかかるが、彼は拭うことはしない。エルのローズピンクの瞳はフェンリルを見つめている。

「危ないから離れてください! 後は私に任せてください!」

 レイジが剣を握り締め、早足でエルに駆け寄ってくる。

「大丈夫だよ。こいつはもう……俺の手の中だ」

 エルはその反応に満足し、ふっと微笑んだ。
 そして、フェンリルを愛おしい相手のように優しく撫でて、「さようなら。すまないな。死んでくれ」と愛を吐くように呟く。
 エルの離れる手。彼の一歩後退する足。獣と人の距離がゼロからイチへ。
 そして、エルは不適に笑んだ。離れる手は拳を作り、まるで、演説をするかのように、激しく振り下ろされる。

「アイス・ブレイク!」

 バキン!
 まるで、世界が早送りにされるようだった。
 フェンリルが巨大なつららに包まれると同時にそれは砕け散る。
 肉片が飛び散り、エルがミラージュで作り上げた第五皇子としての真っ白な髪や顔、そして衣装を真っ赤に汚した。
 そんな出来事を一瞬で目の当たりにしたレイジ。彼が絶句する様子を眺めながら、エルは顔についた血を袖で拭う。

「だから言っただろ?」

 レイジの前にゆっくりとした足取りで向かう。
 そして、目の前に立ち、エルはレイジの顔を覗き込んだ。レイジの動揺する瞳。エルはにっこりと笑顔になる。

「その顔、最高だよ」
「貴方は……何者ですか?」

 レイジは放心から解放されたのか、絞り出すようにエルを見つめる。
 困惑と驚き。そして、疑問。それらの集約した視線にエルは困ったように、笑うしかない。

「俺はお前の第五皇子だよ」
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