『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第二章

第十六話

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「ギェエエアアアアア!」

 木々を押し倒し、血まみれのワイバーンがなだれ込んできた。
 ワイバーンと共に現れた人々は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。どうやら、終われているようだった。しかし、逃げる者などワイバーンの目ではなかったらしい。立ち尽くしているエルとレイジに目をつけ、突進してきた。

「お逃げください!」

 レイジがエルの前に出て、庇う姿勢に入る。レイジが剣を抜き、ワイバーンの牙を防ぐ。
 エルはというと高々と跳躍し、傍にあった太めの木枝の上に足をつけた。それを確認したレイジは剣で牙を弾くと後ろへ後退した。反応の速さにエルは思わず口笛を吹いた。流石は氷の騎士様だ。

「レイジ、離れろ。俺が――」

 エルが魔法を使おうと手をかざした瞬間だった。
 人々をかき分け、黒い影が横切った。

「ハァッ!」

 剣の一太刀。一刀両断。ワイバーンの羽が落ちる。同時にそれの雄叫び。
 エルはその剣の捌きに目を見開く。
 次に銀色の横一刀はワイバーンの硬いウロコで覆われた首をはねた。首はエルが居る木の上の高さにまで飛び、すぐに地面に落下した。まるで、スローモーションのような光景。しかし、エルは茫然とするのではなく、すぐに視線を下へ向けた。もちろん、見たのはワイバーンを切り伏せた男だ。マントの布によって剣に付着した血が拭われ、腰に戻される剣。

「やれやれ。向こうやら獲物がやってくるとは。手間が省けたね」

 絶命し、ワイバーンの巨体が維持できなくなったのだろう。ズドォオオンと音を響かせ、倒れるワイバーンの巨体。その横で立つ、黒い髪の男。赤い瞳はしっかりと自分の手柄を見つめていた。
 エルは「ハウリア皇子……」と小さな声で呟く。

「君たち、怪我はないかい?」

 そこに居たのはハウリアだった。周りの人々の安全を確かめながら、彼はまるで英雄のように手を掲げてみたせた。
 同時に歓声と拍手。にっこりとした笑顔で彼はぺこりと頭を下げる。

「俺が取ろうとした獲物を取りやがって」
「おや、隠れるだけが趣味だと思っていたよ。ルファ」
「ふん……俺が隙を狙っていたのに、倒しやがって」

 木の影から現れたのはルファだ。嫌悪を隠せない表情。兄弟とは思えない不穏さだ。

「おや。見ているだけで倒せもしないルファ皇子が、私の仕留め方にケチをつける必要はないかと」
「ふん、どうせ芝居一つうったんだろう。本当なら、クズみたいな考え方しねぇのにな。仮面の下、どんな腹黒いことを考えているやら」

 ハウリアとルフェの二人の間にはバチバチとした亀裂が走り、「馬鹿が移る」と言い残したルファは姿を森の奥へ消えた。
 エルは木の枝にあがって正解だったと、あの場にいなくてよかったと息を吐いた。
 レイジは木下にやってきて、やめましょうと言わんばかりの表情を向けてくる。その情けない顔に、エルはむっとした。あの剣の反応の速さなら、レイジだってワイバーンを討伐できたはずだ。

「行くぞ。あいつらに獲物が盗られちまう」

 だからこそ、ぶっきらぼうにエルは応えた。軽々と人の身長よりも高い場所から草木の多い茂る地面へ着地する。
 ワイバーンよりももっと良いものを仕留めなければいけない。狙うのはフェンリルだ。
 先をみるエルは気が付かない。レイジが暗い表情のまま、エルを見つめていたことに。
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