『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

文字の大きさ
上 下
11 / 59
第一章

第十話

しおりを挟む
 エルはレイジと共にサマリー孤児院にやってきていた。
 応接室は孤児院の外見とは裏腹にとても豪華仕様だった。大理石のテーブルに真っ赤な絨毯。どうやら、ドラゴンの皮素材を使用されたソファのようだ。
 エルはソファに腰掛けると、ふわりとした感触に目を見開いた。こんな贅沢なものに座ったことがなかった。思わず顔を埋めてみようと思ったが、すぐに振り払って冷静さを取り戻した。
 食料品の引き渡しの手続きを行っている。
 こちらを見て怪しむ様子の男――アルバ・レリアン。エルはにっかりと笑ってみせた。

「エル様がまさか独自で考えて食料品を提供していただけるとは……」
「子供を拝見させてもらった際に少し痩せ細っているのが気になりましてね」
「そ、それは……ははは。若いのに洞察力が良くて、素晴らしいです」

 にっこりと笑顔で返事を返せば、相手はそれだけで萎縮してしまった。
 裏を返せば、金をたくさんあげてるのに何でこんなに痩せているんだと非難に近い言葉だ。
 そして、一枚の羊皮紙を取り出し、ぽんっとテーブルの上に置いた。

「これは陛下が管理している書類でな。ちょっとまずい事に陛下が寄付を減らそうか考えているらしい。何でも、鉱山資金で何かあったみたいでな」
「えっ」

 相手の顔が蒼白になっていく。エルはじっと相手の目を見て、ほくそ笑んだ。

「まあ、俺は噂通りそういった経済は全くわからない。陛下がこの羊皮紙の書類を俺に託した意味も良くわからない」

 レイジの方を見る。彼はいつも通りの無表情だったが、瞳は少しだけ驚いたようにこちらを見ている気がした。
 羊皮紙にもう一度手を伸ばし、ざっと書面を広げて見せた。そこに書いてある項目には資金の流動が書かれている。しっかりと国王印も入っており、エルはわざとらしく、「へぇへぇ、なるほど」と全く分かってなさそうに言った。

「鉱山関係の金額支出を抑えたいみたいでな? 来月の数値から監査に入るそうだ」

 羊皮紙を手渡せば、アルバは慌てたように書類を眺めだし、真っ赤になったり、真っ白になったりと表情が忙しなく動く。
 エルは狐のようにくつりと笑うと、わざとらしく、大理石のテーブルに靴を乗せた。
 ガンッ!
 思ったよりも音が出たことに内心驚きつつも、酷く驚くアルバを眺めながら、「陛下から、今まで子供たちの面倒を見て貰っていたから、今回の件は大目に見るが……次はない、だそうだぞ?」とエルは低く哂った。もちろん、陛下はそんなことは言っていない。はったりをかけたのだ。

「んー、それにしても暇だな」
「へ?」

 エルはちらっとアルバを眺める。顔面蒼白になりながらも、こちらの一手を伺うアルバ。エルはにちゃあと笑う。
 動揺を隠せない男を見下ろしながら、エルは「良いものみ~つけた」と歌うように言った。

「玩具は……お前にしようかな?」
「え?」








「ちょっと! あんた何てことをしてくれたの!?」

 帰宅し、部屋でのんびりとレイジの淹れた紅茶をいただいている時だった。
 ずがずがと部屋に入ってきたのは、第六王女ことメルディだ。急いできたせいか、髪はぐちゃぐちゃで、ドレスも乱れていた。彼女は口を風船のようにパンパンに膨らませ、仁王立ちしてエルの前に立っていた。

「何」
「何ってこっちの台詞です! 私がお世話している孤児院のアルバさんをよくもめちゃくちゃにしたわね!」
「誰だっけ?」
「この間、一緒に行った孤児院のオーナーよ!」
「あー」

 エルのなんともないような言葉にメルディの瞳に涙が浮かんでいく。

「なんだよ。ちょっと遊んでやっただけだろ」
「第五皇子にやられたって、私のところに泣きついてきたんですよ!」
「ただ、立派に整えていた髪と髭を綺麗に剃ってやっただけじゃねぇか。子供たちも一緒に楽しんでたし、いいだろ?」
「良くないわよ!」

 小さな手で胸ぐらをつかまれ、エルはため息をつきながら、そっぽを向いた。

「こらこら、メルディ。やめないか」

 優しい声色にメルディがそちらに駆けて行った。そこに居たのは第二皇子ことハウリアだった。彼は困った顔をしながらも、優しい穏やかな笑みを携えている。

「だって、エル兄さまが!」
「ほら、お部屋に戻ってきなさい。私が話をしておいてあげるから」
「はい。兄さま」

 メルディがとぼとぼと出て行き、扉からエルへ視線を移すと、あっかんべーっと舌を出して逃げて行った。
 あのやろうと内心思っていれば、ぽんっと頭に手が乗ったことに気が付く。

「え……」
「メルディには不正使用のことは伏せたんだ。すまなかったね」
「俺は何も知らねぇって」
「今回、私が同行したのは不正を知り、内部を事情を知るためだったのだけど……」

 手を軽くあしらえば、ハウリアは困ったように微笑んでいた。しかし、その赤い目はすぐに細くなった。優しい兄だと思っていた目は一瞬にして蛇のように、表情は真面目なものへ豹変する。

「君はどこでその情報を掴み、手柄を自分のものにしたのだろうね?」

 じっと探るような視線。エルは動かず何も言わない。

「まあ、過大評価かな。これは……偶然が重なったということにしておくよ」

 彼はそう言うと、ゆっくりとした足取りで去っていく。早く行けと内心思っていれば、彼は扉に手をかけ、ぴたりと動きを止めた。

「子供たちを使った頭の丸刈り逆襲話は楽しませてもらったよ。またね」

 そう言い放った兄の姿はもう優しい兄の表情に戻っていた。立ち去る姿に閉まる扉。遠ざかっていく足音。
 それらが全て消えた瞬間、エルは「ああ、もう」と深いため息をつき、ソファに腰を深く落とした。

「怖すぎる」
「良く耐えましたね」
「お前が言うか?」

 レイジに視線を移せば、彼は平然とそこに待機していた。

「陛下からの許可がもらえたから、まあ、今回は助かった」
「陛下の書状にして、陛下の手柄にしようと思いましたね。普通の皇子たちなら、自分の手柄にしたがります」
「そんなもんあっても、俺には何の得になるかって。普通に余裕ある生活を送れればいいの。今のうちに親父からの評価を上げて、俺は辺境地の領地を貰う。んで、そこで交代して後は楽々生活してもらう。俺は莫大な資金を貰う。これが一番だろ」

 寝て起きて、ご飯が出てくる。そんな環境、どれだけ素晴らしいことか。
 誰とも会わず、のんびりする時間。寝る場所、食べる場所、自分が一切攻撃されない安全地帯。それだけあれば、贅沢の極み。
 ノックと共にレイナが現れ、「おやつです!」と出してきたケーキ。ガトーショコラ。ほくほくとした暖かな空気。フォークを手に取る。初めて食べるケーキにるんっと気持ちが明るくなる。
 しかし、レイジの「あっ」という言葉に現実に戻されることになる。

「そういえば……陛下が来週の夜にお会いしたいとのことです」
「ナンダッテ?」

 それはフォークを突き刺し、チョコレートが流れ出た瞬間だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい

桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

処理中です...