9 / 59
第一章
第八話
しおりを挟む
城に帰る頃にはすっかり日が暮れて、日付が変わりそうな時間。
メイドや騎士たちからひそひそと陰口を叩かれることには随分と慣れていた。
第五皇子がやっと帰宅だと囁く声。今度は何を壊す、今度はなにをやってきた。そんな陰口ばかりだった。後ろにはレイジが伴って歩き、やっと室内に戻って来た。
疲れたとそのままベッドに沈めば、体中の力が抜ける。足の先まで力が抜けた時だった。
「そのまま眠ると、服がしわになりますよ」
「貴族様はそういうところを気にする」
「今の貴方は皇子になってもらってますから」
「へいへい」
ゆっくりと起き上がり、億劫ながらも着替えをすまし、再びベッドに沈んだ。
レイジがくすりと笑った気がした。
「では、おやすみなさい」
レイジが部屋を出て行ったことを確認し、本当の意味で安心できる環境に小さく息を零す。
「疲れた……」
広い空間は嫌いだった。そう思って、ぺたりと両足を床におろした。毛布を手に取って、うとうととする視界を頼りに歩き出す。
小さくてこじんまりしたところが良い。
見つけたのはタンスだ。そこを開けば、たくさんの服が揃っていた。それらをかき分け、下に毛布を入れる。
そして、その上に寝っ転がり、タンスの扉を閉め、エルは本当の意味で深い眠りについた。
「エル皇子! エル皇子!」
朝だろうか。血相変えたメイドの声。ばたばたと走り回る足音。
普段はレイジが支度を手伝いに来るのに。彼はどこにいったのだろうか。ぼんやりとそう思って、少しだけタンスの扉を開ける。
まだ夜だった。月夜のせいか、室内は少しだけ明るく見える。
それだけならまだ良かった。
自分の仮の名前を呼びながら、自分を探すメイド。彼女が手に持っていたのは大きなナイフだった。部屋は荒らされたように、ぐちゃぐちゃにされていた。
――どういう、ことだ。
メイドが布団をひっくり返し、ベッドの下を覗き込む。自分を探しているのは分かるが、手に持っている怜悧なものはなんだと。
そうは言ってやりたいが、ここから出て叫ぶ元気などあるはずもなく。
エルは護身用に持っていたナイフを握り締めて、隙を伺う。
すると、メイドの視線が蛇のようにこちらを見た。どうみても、その辺で人の陰口を言うような素人メイドではない。もっと何か上の。下手すれば、暗殺ギルドで雇われたぐらいの人材だ。
メイドがゆっくりとタンスの方へ近づいてきた。エルはやばいと思いながら、毛布の中に入り込んだ。
小声でミラージュと呟き、エルの姿が一瞬にして透過した。
「ここですか」
少しだけ空いていたタンスが開き、メイドがエルのすぐ傍らに来た。
息を吸う事も、吐くこともできず。ただ、息を殺して、メイドが立ち去るのを待つ。
「外しましたか」
メイドが舌打ちをし、エルの顔横すぐ傍にナイフを突き立てた。
声を出しかけたが、エルは何とか堪え、銀色のナイフが木製のタンスから引き抜かれる姿をただただ黙って見つめていた。
すべてが去った後、エルがゆっくりとタンスの中から出ていく。
ドキドキとした心臓の音が激しむ胸を打つ。レイジは何しているんだ、と思いながらも。
そう思って、ゆっくりと扉に手をかけた瞬間だった。
「ぎゃああああああっ!」
女性の悲鳴だった。エルが慌てて廊下に駆けだせば、見るも無惨な状態となり廊下に転がる女性の姿があった。剣で切られたらしい跡が残っていた。
「殺してやる、殺してや……」
呻く女性にとどめを刺したのはレイジだった。冷淡な目で、いつもと変わらない声で彼は言う。
「無事でしたか」
茫然と立ち尽くしているエルに「部屋に戻っていてください。ここは危ないです」とだけ伝え、彼は慣れたように女性の死体を抱えて廊下の向こうに消えていった。
エルは頭を抑えて、そのままベッドの上に座る。もう二度寝する気分にはなれなかった。
メイドや騎士たちからひそひそと陰口を叩かれることには随分と慣れていた。
第五皇子がやっと帰宅だと囁く声。今度は何を壊す、今度はなにをやってきた。そんな陰口ばかりだった。後ろにはレイジが伴って歩き、やっと室内に戻って来た。
疲れたとそのままベッドに沈めば、体中の力が抜ける。足の先まで力が抜けた時だった。
「そのまま眠ると、服がしわになりますよ」
「貴族様はそういうところを気にする」
「今の貴方は皇子になってもらってますから」
「へいへい」
ゆっくりと起き上がり、億劫ながらも着替えをすまし、再びベッドに沈んだ。
レイジがくすりと笑った気がした。
「では、おやすみなさい」
レイジが部屋を出て行ったことを確認し、本当の意味で安心できる環境に小さく息を零す。
「疲れた……」
広い空間は嫌いだった。そう思って、ぺたりと両足を床におろした。毛布を手に取って、うとうととする視界を頼りに歩き出す。
小さくてこじんまりしたところが良い。
見つけたのはタンスだ。そこを開けば、たくさんの服が揃っていた。それらをかき分け、下に毛布を入れる。
そして、その上に寝っ転がり、タンスの扉を閉め、エルは本当の意味で深い眠りについた。
「エル皇子! エル皇子!」
朝だろうか。血相変えたメイドの声。ばたばたと走り回る足音。
普段はレイジが支度を手伝いに来るのに。彼はどこにいったのだろうか。ぼんやりとそう思って、少しだけタンスの扉を開ける。
まだ夜だった。月夜のせいか、室内は少しだけ明るく見える。
それだけならまだ良かった。
自分の仮の名前を呼びながら、自分を探すメイド。彼女が手に持っていたのは大きなナイフだった。部屋は荒らされたように、ぐちゃぐちゃにされていた。
――どういう、ことだ。
メイドが布団をひっくり返し、ベッドの下を覗き込む。自分を探しているのは分かるが、手に持っている怜悧なものはなんだと。
そうは言ってやりたいが、ここから出て叫ぶ元気などあるはずもなく。
エルは護身用に持っていたナイフを握り締めて、隙を伺う。
すると、メイドの視線が蛇のようにこちらを見た。どうみても、その辺で人の陰口を言うような素人メイドではない。もっと何か上の。下手すれば、暗殺ギルドで雇われたぐらいの人材だ。
メイドがゆっくりとタンスの方へ近づいてきた。エルはやばいと思いながら、毛布の中に入り込んだ。
小声でミラージュと呟き、エルの姿が一瞬にして透過した。
「ここですか」
少しだけ空いていたタンスが開き、メイドがエルのすぐ傍らに来た。
息を吸う事も、吐くこともできず。ただ、息を殺して、メイドが立ち去るのを待つ。
「外しましたか」
メイドが舌打ちをし、エルの顔横すぐ傍にナイフを突き立てた。
声を出しかけたが、エルは何とか堪え、銀色のナイフが木製のタンスから引き抜かれる姿をただただ黙って見つめていた。
すべてが去った後、エルがゆっくりとタンスの中から出ていく。
ドキドキとした心臓の音が激しむ胸を打つ。レイジは何しているんだ、と思いながらも。
そう思って、ゆっくりと扉に手をかけた瞬間だった。
「ぎゃああああああっ!」
女性の悲鳴だった。エルが慌てて廊下に駆けだせば、見るも無惨な状態となり廊下に転がる女性の姿があった。剣で切られたらしい跡が残っていた。
「殺してやる、殺してや……」
呻く女性にとどめを刺したのはレイジだった。冷淡な目で、いつもと変わらない声で彼は言う。
「無事でしたか」
茫然と立ち尽くしているエルに「部屋に戻っていてください。ここは危ないです」とだけ伝え、彼は慣れたように女性の死体を抱えて廊下の向こうに消えていった。
エルは頭を抑えて、そのままベッドの上に座る。もう二度寝する気分にはなれなかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる