『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第一章

第八話

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 城に帰る頃にはすっかり日が暮れて、日付が変わりそうな時間。
 メイドや騎士たちからひそひそと陰口を叩かれることには随分と慣れていた。
 第五皇子がやっと帰宅だと囁く声。今度は何を壊す、今度はなにをやってきた。そんな陰口ばかりだった。後ろにはレイジが伴って歩き、やっと室内に戻って来た。
 疲れたとそのままベッドに沈めば、体中の力が抜ける。足の先まで力が抜けた時だった。

「そのまま眠ると、服がしわになりますよ」
「貴族様はそういうところを気にする」
「今の貴方は皇子になってもらってますから」
「へいへい」

 ゆっくりと起き上がり、億劫ながらも着替えをすまし、再びベッドに沈んだ。
 レイジがくすりと笑った気がした。

「では、おやすみなさい」

 レイジが部屋を出て行ったことを確認し、本当の意味で安心できる環境に小さく息を零す。

「疲れた……」

 広い空間は嫌いだった。そう思って、ぺたりと両足を床におろした。毛布を手に取って、うとうととする視界を頼りに歩き出す。
 小さくてこじんまりしたところが良い。
 見つけたのはタンスだ。そこを開けば、たくさんの服が揃っていた。それらをかき分け、下に毛布を入れる。
 そして、その上に寝っ転がり、タンスの扉を閉め、エルは本当の意味で深い眠りについた。








「エル皇子! エル皇子!」

 朝だろうか。血相変えたメイドの声。ばたばたと走り回る足音。
 普段はレイジが支度を手伝いに来るのに。彼はどこにいったのだろうか。ぼんやりとそう思って、少しだけタンスの扉を開ける。
 まだ夜だった。月夜のせいか、室内は少しだけ明るく見える。
 それだけならまだ良かった。
 自分の仮の名前を呼びながら、自分を探すメイド。彼女が手に持っていたのは大きなナイフだった。部屋は荒らされたように、ぐちゃぐちゃにされていた。

 ――どういう、ことだ。

 メイドが布団をひっくり返し、ベッドの下を覗き込む。自分を探しているのは分かるが、手に持っている怜悧なものはなんだと。
 そうは言ってやりたいが、ここから出て叫ぶ元気などあるはずもなく。
 エルは護身用に持っていたナイフを握り締めて、隙を伺う。
 すると、メイドの視線が蛇のようにこちらを見た。どうみても、その辺で人の陰口を言うような素人メイドではない。もっと何か上の。下手すれば、暗殺ギルドで雇われたぐらいの人材だ。
 メイドがゆっくりとタンスの方へ近づいてきた。エルはやばいと思いながら、毛布の中に入り込んだ。
 小声でミラージュと呟き、エルの姿が一瞬にして透過した。

「ここですか」

 少しだけ空いていたタンスが開き、メイドがエルのすぐ傍らに来た。
 息を吸う事も、吐くこともできず。ただ、息を殺して、メイドが立ち去るのを待つ。

「外しましたか」

 メイドが舌打ちをし、エルの顔横すぐ傍にナイフを突き立てた。
 声を出しかけたが、エルは何とか堪え、銀色のナイフが木製のタンスから引き抜かれる姿をただただ黙って見つめていた。
 すべてが去った後、エルがゆっくりとタンスの中から出ていく。
 ドキドキとした心臓の音が激しむ胸を打つ。レイジは何しているんだ、と思いながらも。
 そう思って、ゆっくりと扉に手をかけた瞬間だった。

「ぎゃああああああっ!」

 女性の悲鳴だった。エルが慌てて廊下に駆けだせば、見るも無惨な状態となり廊下に転がる女性の姿があった。剣で切られたらしい跡が残っていた。

「殺してやる、殺してや……」

 呻く女性にとどめを刺したのはレイジだった。冷淡な目で、いつもと変わらない声で彼は言う。

「無事でしたか」

 茫然と立ち尽くしているエルに「部屋に戻っていてください。ここは危ないです」とだけ伝え、彼は慣れたように女性の死体を抱えて廊下の向こうに消えていった。
 エルは頭を抑えて、そのままベッドの上に座る。もう二度寝する気分にはなれなかった。
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