『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第一章

第七話

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 帰宅する前に一か所だけ寄ってもらった。自分やレイジの目立つ服装を変装して。
 スラムで寄せ集めの瓦礫で作られた家々の前を歩く。時折、浮浪者の顔が物陰からこちらを見るが、がたいの良いレイジに気が付けば、皆慌てたように逃げて去っていく。良い魔除けだなと思った。
 やがてたどり着いたのは、テント前だ。赤い布地がかけられたテントをくぐれば、その先に居たのは高価そうな椅子に座った老婆だった。
 白髪交じりの紫の髪を後ろで団子にし、見慣れない花柄の布を胸元でクロスさせた東地方の着物というもの。タバコを咥え、エルの存在を見る。そして、紫色の唇から、ふーっと空に煙を吐いた。
 刻まれたしわを濃くして、老婆は楽し気に笑った。

「なんだい。しばらく見ないと思ったのにさ」

 エルは彼女に近寄っていき、カウンターとなっていたテーブルの前に添えつけられた椅子にどしっと足を開いて座った。

「悪かったな。生きていて。情報が欲しくてさ」
「そっちの身なりのよさそうなのは?」

 彼女は警戒したようにレイジを睨む。しかし、レイジは動じず、騎士の礼をする。
 それだけで彼女には身分がすぐに分かったようだ。ふうんと何でもないように言う。

「こいつは俺の依頼人。でも、聞きたい情報とは無関係よ」

 金コインを一枚渡せば、彼女は偽物かどうか調べてから、それを懐にしまい込んだ。

「サマリー孤児院の情報をくれ」
「こんな高い金でそんな安い情報をかい?」
「ああ。狸のこと教えてくれよ」

 エルはぐっと身を乗り出せば、老婆は呆れたと呟いてから、レイジをじっと見つめる。
 意味がわからないといった顔のレイジにエルが伝える。

「レイジ、そこのテント塞いでくれ」
「はい」

 カーテンが閉じられ、日差しが消える。しかしながら、暗闇は訪れなかった。
 暗くなったことで、隠れていた床に描かれていた魔法陣が浮かびあがったからだ。魔法陣の明るさが辺りをほんのり照らす。

「サマリー孤児院の狸のアルバ・レリアンは政治にも通じてるよ。税金の抜け道として使われているが、王家の権力とも近い。まあ、今のアンタの居場所だろうがね」
「情報が早いな」
「まあ、お聞き。孤児院は子供を里親に出すと言っておきながら、実際は労働場所に送り込む悪質な場所でもあるよ。何せ、スラムに近いしね。極悪な環境下で育て上げている。スラムで生きていた孤児や親のいなくなった子供が消えたって、誰も気が付きはしない。過酷な労働で亡くなる子も多い。連れて行かれるのは、ゾゾの魔鉱山が多いかね」
「ふうん」
「なんだい。顔が曇ったね?」

 老婆の指摘にエルは何でもないと言わんばかりに笑って見せた。

「まったく。一応、あんたはここの情報屋で一番情報をくれていたから、あんたの情報は売らないが……騎士さんよ。あんまり、こいつに無茶させるのはお良し」
「はい」

 老婆は「ん」と言って再びレイジを顎で指した。察したレイジがテントを開ければ、再び日差しが入り、魔方陣が消えた。

「あんがとよ」
「あんたは巻き込まれ体質だね」
「仕事なもんで」

 呆れたと老婆は頭をかいて言う。エルがゆっくりと立ち上がれば、「待ちな」と老婆が背中に声をかける。
 ぽいっと投げ渡されたものをエルは慌ててキャッチする。それは魔石だった。見た目はその辺に転がる水色の石だ。しかし、魔石を太陽の光に照らせば、石の中は水中にいるようにきらきらと瞬いていた。

「これは?」
「使い道は考えな」
「サンキュ」
「髪色に気をつけなよ」
「へーい」

 エルはテントから出ながら、老婆に手をひらひらとさせて店を出て行った。
 レイジも律儀にお辞儀をして場を後にする。二人がテント地から出れば、真っ先に声を発したのはレイジだ。

「彼女は?」
「情報屋の婆さん。ハルとかいう名前だったはず。みんな、ハルさんとか言ってる。なんか、口うるせぇんだよ」
「まるで、母親みたいでした。眼差しが母親が俺を見る目に似ていました」
「はん。歳が離れすぎだろ」

 ケラケラとエルが笑う。レイジの見つめる眼差しが優しいものになっており、エルは「なんだよ?」と不機嫌そうな表情を向けた。

「いえ。貴方は帰る場所があるのですね」
「あの婆さんのところってか? やめてくれよ」

 すたすたと歩を早めるエルにレイジが追う。やがて、エルは魔石を宙に掲げる。
 太陽と青空の向こうに広がる水中に、エルは少しだけ曇った表情を作り上げた。
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