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第一章
第五話
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孤児院の庭は荒れていた。
子供が走る庭にしては大きい小石がごろごろとしており、走れば転んで危ないようにも思える。
雑草は引きちぎられてはいるが、綺麗に刈ったようには見えなかった。
まるで、子供がわざと抜かずに残したような印象も伺え、エルは周りの景観を眺める。
レンガの壁は所々壊れており、修理は施されていないようだった。
「エル?」
「はい」
ハウリアに名を呼ばれ、彼の傍に駆けていく。その後ろをレイジがゆっくりとした足取りでついて来た。
「君は君のペースでいいからね。周りが何を言おうとも、君は君でいるといい」
「はぁ……」
彼は優しい眼差しのままだった。後ろのレイジを振り返れば、彼はこくりと頷いた。
これはレイジと交わしたサインの確認だ。彼が失踪前のエルと同じ態度を変えていなければ、頷いてくれる。
こんなに優しい兄貴がいるのに、どうして、エルは逃げ出したのだろうか。
不思議に思いながらも、孤児院の中に入った。
建物の中は外見とは裏腹に清潔にされているようだった。ただし、礼拝堂の祈りの場も清潔にされているが、サマリー教と書かれた赤い教典の上には微かな埃も見え、エルは不思議に思う。
そんな考えを途切れさせるかのように、扉の開く音と靴を踏み鳴らす音が響き渡った。
「ようこそ。ハウリア様、メルディ様、エル様! 我が、サマリー教会へ」
出迎えてくれたのは黒いコートに金色のボタンが光る恰幅の良い男だった。
髭を整え、頭には黒いシルクハットを一つ。エルが感じたのは見るからに怪しそうな男だということ。
「いつも、出迎えありがとうございます。早速ですが、こちらが今回の寄付金となります。三名合わせての金額となりますが、こちらの子供たちに美味しいものを食べさせてあげてください。女神サマリー様のご加護を」
「ありがとうございます。サマリー様もお喜びになることでしょう」
男は嬉しそうに笑う。エルは周りを見回した。そして、気が付く。扉を開けて子供たちがこちらを見ていることに。
しかし、その顔は嬉しそうには見えない。何よりも目の奥に見えた怯えに気が付く。
エルの視線に気が付いたのだろう。メルディがあっと大きな声をあげる。
「子供たちだ!」
「ああ、病気の子がいるから、今は近づかない方がいいでしょう」
「そっか。残念……また今度ぜひ会わせてください。前にあった子たちとお話したいです」
「流行り風邪ですか?」
「そうです。王族の方に移ったら大変ですからね」
申し訳ありませんと男は続けた。エルは再び子供たちを見る。
彼らは扉の奥に消えてしまっていた。
普通なら、お客さんと駆けだしてきそうなのにとエルは思う。
「王族の方々はこちらに……今後のお話を」
奥の部屋を勧める男に続くハウリアとメルディ。エルは外で待っていると丁寧に断る。
男が二人を見る目とエルを見る目が違うということもあったが。どうやら、悪評はここでも尽きないらしい。
「エル、本当にいいのかい?」
「外で待ってます」
「わかった。気を付けて待っていてくれ」
二人が男と一緒に部屋の奥へ消えていく。エルはレイジと共に外へ向かった。
「一緒に行かなくてよかったのですか?」
「ああ。少し空気が悪い」
小さく息をつき、古びたベンチに腰を下ろそうとすれば、レイジが引き留めた。不似合いな水色のハンカチを敷いてくれた。
驚きつつ、礼を言ってハンカチの敷かれたベンチに腰を下ろす。
「王族から資金を貰っているのに随分と寂れているな」
小声でレイジに伝えれば、「それは私も思っておりました」と答えた。
あの男も何だか狸臭いと言えば、レイジは「狸とは?」と小首を傾げた。冗談は通じないらしい。
思わず笑えば、彼はむすっとして黙り込んでしまった。
「本気にすんなよ。はー、お前っておもしろ」
「意外と笑うんですね」
「人間だし、当たり前だろ」
何を当たり前のことを言うんだよ、こいつ。
「まさか、俺を人造人間か何かだと思ってるのか? だとしたら、それは間違いだぜ」
「それは意外でした」
「それをあんたに言われるとはちょっとショックだな」
ため息をついてやれば、彼は謝罪してくる。別に気にしてないと伝えてやれば、少しほっとした様子が伺えた。
無口だが、意外と表情に出るじゃんと思いながら、こちらに近づいてくる小さな足音に気が付いた。
「お兄さんたち」
「ねえ、マリ。やめようよ。ばれたら怒られるよ」
「ん?」
近づいてきたのは二人の子供だった。栗毛を三つ編みにした強気な少女と後ろに隠れている臆病そうな少年だった。
「ねえ、お城から来たんだよね」
「こちらの方は第五皇子。エル・ラ・ローレン様です」
二人の子供の顔が驚きに変わる。そして、二人は顔を見合わせて、それから必死な顔でエルを見た。
「お願い、助けて!」
「お願い、助けてください!」
二人が必死にエルにしがみつこうとして、レイジが慌ててそれを制した。
あまりの切羽詰まった様子にエルは驚いた様子で二人を見つめる。
「お、おう?」
子供が走る庭にしては大きい小石がごろごろとしており、走れば転んで危ないようにも思える。
雑草は引きちぎられてはいるが、綺麗に刈ったようには見えなかった。
まるで、子供がわざと抜かずに残したような印象も伺え、エルは周りの景観を眺める。
レンガの壁は所々壊れており、修理は施されていないようだった。
「エル?」
「はい」
ハウリアに名を呼ばれ、彼の傍に駆けていく。その後ろをレイジがゆっくりとした足取りでついて来た。
「君は君のペースでいいからね。周りが何を言おうとも、君は君でいるといい」
「はぁ……」
彼は優しい眼差しのままだった。後ろのレイジを振り返れば、彼はこくりと頷いた。
これはレイジと交わしたサインの確認だ。彼が失踪前のエルと同じ態度を変えていなければ、頷いてくれる。
こんなに優しい兄貴がいるのに、どうして、エルは逃げ出したのだろうか。
不思議に思いながらも、孤児院の中に入った。
建物の中は外見とは裏腹に清潔にされているようだった。ただし、礼拝堂の祈りの場も清潔にされているが、サマリー教と書かれた赤い教典の上には微かな埃も見え、エルは不思議に思う。
そんな考えを途切れさせるかのように、扉の開く音と靴を踏み鳴らす音が響き渡った。
「ようこそ。ハウリア様、メルディ様、エル様! 我が、サマリー教会へ」
出迎えてくれたのは黒いコートに金色のボタンが光る恰幅の良い男だった。
髭を整え、頭には黒いシルクハットを一つ。エルが感じたのは見るからに怪しそうな男だということ。
「いつも、出迎えありがとうございます。早速ですが、こちらが今回の寄付金となります。三名合わせての金額となりますが、こちらの子供たちに美味しいものを食べさせてあげてください。女神サマリー様のご加護を」
「ありがとうございます。サマリー様もお喜びになることでしょう」
男は嬉しそうに笑う。エルは周りを見回した。そして、気が付く。扉を開けて子供たちがこちらを見ていることに。
しかし、その顔は嬉しそうには見えない。何よりも目の奥に見えた怯えに気が付く。
エルの視線に気が付いたのだろう。メルディがあっと大きな声をあげる。
「子供たちだ!」
「ああ、病気の子がいるから、今は近づかない方がいいでしょう」
「そっか。残念……また今度ぜひ会わせてください。前にあった子たちとお話したいです」
「流行り風邪ですか?」
「そうです。王族の方に移ったら大変ですからね」
申し訳ありませんと男は続けた。エルは再び子供たちを見る。
彼らは扉の奥に消えてしまっていた。
普通なら、お客さんと駆けだしてきそうなのにとエルは思う。
「王族の方々はこちらに……今後のお話を」
奥の部屋を勧める男に続くハウリアとメルディ。エルは外で待っていると丁寧に断る。
男が二人を見る目とエルを見る目が違うということもあったが。どうやら、悪評はここでも尽きないらしい。
「エル、本当にいいのかい?」
「外で待ってます」
「わかった。気を付けて待っていてくれ」
二人が男と一緒に部屋の奥へ消えていく。エルはレイジと共に外へ向かった。
「一緒に行かなくてよかったのですか?」
「ああ。少し空気が悪い」
小さく息をつき、古びたベンチに腰を下ろそうとすれば、レイジが引き留めた。不似合いな水色のハンカチを敷いてくれた。
驚きつつ、礼を言ってハンカチの敷かれたベンチに腰を下ろす。
「王族から資金を貰っているのに随分と寂れているな」
小声でレイジに伝えれば、「それは私も思っておりました」と答えた。
あの男も何だか狸臭いと言えば、レイジは「狸とは?」と小首を傾げた。冗談は通じないらしい。
思わず笑えば、彼はむすっとして黙り込んでしまった。
「本気にすんなよ。はー、お前っておもしろ」
「意外と笑うんですね」
「人間だし、当たり前だろ」
何を当たり前のことを言うんだよ、こいつ。
「まさか、俺を人造人間か何かだと思ってるのか? だとしたら、それは間違いだぜ」
「それは意外でした」
「それをあんたに言われるとはちょっとショックだな」
ため息をついてやれば、彼は謝罪してくる。別に気にしてないと伝えてやれば、少しほっとした様子が伺えた。
無口だが、意外と表情に出るじゃんと思いながら、こちらに近づいてくる小さな足音に気が付いた。
「お兄さんたち」
「ねえ、マリ。やめようよ。ばれたら怒られるよ」
「ん?」
近づいてきたのは二人の子供だった。栗毛を三つ編みにした強気な少女と後ろに隠れている臆病そうな少年だった。
「ねえ、お城から来たんだよね」
「こちらの方は第五皇子。エル・ラ・ローレン様です」
二人の子供の顔が驚きに変わる。そして、二人は顔を見合わせて、それから必死な顔でエルを見た。
「お願い、助けて!」
「お願い、助けてください!」
二人が必死にエルにしがみつこうとして、レイジが慌ててそれを制した。
あまりの切羽詰まった様子にエルは驚いた様子で二人を見つめる。
「お、おう?」
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