『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

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第一章

第二話

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 結果として、俺はレイジが差し出した書類にサインをしてしまった。
 最初渋っていたが、レイジがコインをもう一つ見せびらかせてきた。一週間二枚です。そう言われてしまえば、万年貧乏な俺の返事は「喜んで」だ。

「では、改めて第五皇子の写真を見せましょう。まずは仕草の一致から。貴族としてのふるまいは記憶喪失を理由にしなくて結構です。皇子が見つかるまでの間の人形として貴方には動いてもらいます」

 次に差し出された写真に絶句していた。さきほどの書類よりも鮮明だ。白い髪にピンクローズの瞳。思わず、目の前のレイジを見た。

「おい、お前! これ! どうみても髪色の違う俺じゃねぇか!」
「はい。具体的には第五皇子のエル様です。貴方にはこの方の代役を務めていただきます」

 写真の中に居たのは白髪に変えた俺そのものだった。髪型は違うが、顔の形や輪郭、終いには目の色や形。俺そのものだった。違うのは髪色だけだろうか。

「嘘だろ」

 他人の空似というのは世の中探せば三人は見つかると、スラムの育て親は言っていた。
 しかし、出会う確率はとても低いという。絶句している俺に対し、「まずは髪を染めていただきたい。貴方は変装の名人だとも聞きました」と小首を傾げていた。

「ちなみに貴方が出身をばらしてしまえば、貴方や私は王族詐称の罪で国に殺されるでしょう」
「は!? なんで!?」
「王族への嘘は罪そのものです」
「いや、そうじゃなくて。俺がリスクを伴うのは解る。あんたがどうしてそこまでリスクを背負う!? 俺を切り捨てればいいだろ!」

 レイジはじっとこちらを見つめていたが、やがて、「それが私の仕事ですから」とはっきり言い切った。
 返事に驚いていれば、彼は当たり前のような顔で続けた。

「エル皇子はなかなか暴れん坊で手の付けられない方でした。朝昼夜と変わるレディに、尾ひれの付きやすい噂話。暴力的であり、短気な性格を持ち、使用人は次々辞めていきました。王家代々続く使用人を辞めさせてしまい、陛下ですら悩みを抱え、つい先日に次問題を起こせば、追放の身となる予定でした」
「おいおい」
「そんな彼が失踪したのです」
「あのよ。どうして、お前がそこまでしてやる? 追放ならそれでいいだろ。問題の多い皇子だったんだろ。帰って来ないかもしれない。世渡りが下手なら、死んでいるかもしれないのに」

 彼は一瞬考えて見せ、「私がお守りすると決めたのです」と言う。

「私は守るために騎士となりました。たくさんの人を守ってきた。一人の王族すら守れず、何が騎士なのでしょうか。やっとこれからお守りできるというのに」
「皇子が失踪したのにか」
「はい。それが今まで通りでも……場所を守りたいと思います」

 それはエゴじゃねぇのかよという言葉は飲み込んだ。
 依頼は依頼だ。

「言っておく。人を守るなら、場所や命を守るだけが救いじゃねぇんだよ」

 その場所が嫌で逃げた人だっているかもしれない。
 小さく息をつき、ゆっくりと起き上がる。
 ようやく、レイジと対面した。そこにいる男は初めて不思議そうな表情を見せた。
 氷の顔だけではないようだった。

「お前の立場は護ってやる。俺はそれ以下でも以上でもない。あんたを守るのが俺のルールだ」
「私の立場をですか?」
「ああ。いいか? 俺はエル皇子を守るために演技はしねぇ。変装もしねぇ。あんたを守るために、依頼を守るためにやる。いいな?」
「ええ。貴方が代役をしていただければ」

 俺は小さく息をつく。恐らく、根元からの反りが合わない。
 でも、それでいい。依頼主と雇用者の関係なのだから。

「んじゃ、俺の外見は黙っていてくれ。あんたみたいに拉致してくるやつは初めてだから。普段はスラムのパブのドア越しで依頼を受けるんだからな?」
「わかりました」

 俺はレイジから距離を取ると、ベッドから降りて部屋の隅に立った。彼と目が合わないように、壁に貼られた絵画や装飾品を見てごまかした。
 雑巾のような服と騎士のような服の対比。憧れていた父親に似た黒髪。羨ましい。その色が、喉から手が出るほど欲しい。けれども、生きる世界が違うのだから。

「ミラージュ!」

 呪文を唱えれば、辺りの魔力の源であるマナが穏やかな風を起こす。
 自分が一番嫌っていた朱の髪が巻き上げられ、レイジの騎士のコートも風で踊る。
 広げた手元に一度光が灯り、それは強く発光し、一瞬にして消えていった。
 発光と共に朱の髪色が一瞬にして美しい白髪に変わった。ふわりと魔力で浮いていた髪が戻る。目の前の男が酷く驚いていた。なんて情けない顔。
 してやったり。もしかすると、氷の騎士様を驚かせたのは俺がはじめてかもしれない。

「どうした。騎士様? 驚いたか?」
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