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第一章
第一話
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腹部が蹴られた。鈍い痛み。蹲って耐えた。
これは夢だ。過去の断片が、記憶がそう告げていた。
だからこそ、次に来る一言が手に取るように分かった。
「お前は一族の恥だ!」
叫んだのは父親だった人だ。自分で作っておいて何を言っているやら。
喚き散らす様はみっともない。黒髪をオールバックにした父親だったやつが杖で俺を叩いてきた。
蹲って必死で耐える。言葉を発すれば、更に痛みは増すので何も言わないでおいた。
「まあ、貴方。そんな私生児に構っては貴方が穢れてしまいます」
傍らで金色の髪を持つ女がそんなことを言った。もう穢れているだろうが。
濃い化粧に緑のアイライン。煌びやかなドレスを纏って、扇子で口元を隠した。
嘲る目元は隠すことはできない。
「お父様、お母様。そんな乞食みたいなやつより、私を見てくださいな」
そう言って二人の腕を引いたのは愛らしい金髪の少女だった。
その傍らには金色の髪の少年もいる。全員、自分のピンクローズ色の目とは違い、エメラルドの瞳を持っていた。
誰もが汚らわしいものをみる目だった。全員がそんな目でこちらを見ていた。
自分が汚い屋根裏部屋に取り残される。家族たちは暖かな瞳でお互いを見ながら、遠ざかっていった。
幼い頃は、その怜悧な瞳が慈愛に満ちた瞳に変わることを望んでいた。
今ではそんなことは一切望んでいない。彼らとは住む世界が違うのだから。
人に愛されたい。人を愛してみたい。
けれども、結局は人を愛することはできなかった。
腹部に痛みを感じ、目を開いた。
煌びやかに飾られた天井のシャンデリア。雨の音は未だに続く。
夢の中で見たような気がする貴族が住むような天井。
「あ……?」
寝かされているのは幼い頃ですら寝たことがない高級ベッド。
背中や腰回りがやけにふかふかしており、身体が沈んでいるのを感じる。
「なんだ、ここ」
「気が付いたか」
「うわっ!?」
扉の方から聞こえた声。視線をそちらに向ければ、黒い髪にアイスブルーの瞳。
腰の剣、そして冷たい氷みたいな瞳。確か、名前は――。
「レイジ・アルヴァードだったか」
「はい。貴方と雇用契約をした者です」
「あのなぁ。あれは拉致っていうんだよ。拉致!」
ゆっくりと体を起こして、小さくため息をつく。
ずぶ濡れだったのが乾かされており、彼が介抱してくれたのだと知る。
「貴方はいつもあんな危険を?」
「お金さえ貰えば俺は何でもやるんだよ。アンタみたいに選り好みしない」
「本当の名前は?」
「……ねぇよ」
少しの間の後に息をついて答える。彼は小さく頷くと書類の束を取り出してきた。
「では、早速依頼の話を」
「おい、受けるとはまだ言ってねぇぞ」
男――レイジが金貨を取り出す様子を横目で見ながら、身体を再びベッドに沈めた。
「貴方は第五皇子をご存じですか?」
「誰だよ、そいつ」
「第五皇子エル・ラ・ローレン様です」
「しらね」
俺はため息をつく。貴族やら王族やら、俺は関わり合いたくなかった。
男が指で金色のコインを弾く。見事なコイントス。パプなどにいたら、誰かが口笛でも吹いただろうか。ぼんやりそんな事を思っていれば、小気味よい音を響かせ、金貨は自分の傍に落ちた。
裏だった。何となくそれを手に取り、偽物か本物かを眺めた。重さ、硬さ。そして、細工。どうやら、本物のようだ。
これ一枚あれば、一か月は食費には困らないだろう。
「それは一週間の契約料金です。一か月で四枚から五枚の金貨の支払いになります」
「はぁ!?」
馬鹿じゃないのかコイツ。王宮騎士とは言え、金払いが良すぎる。
何か裏があるのではと男とコインを見比べてしまう。
コインは本物。細工も何も見当たらない。レイジは一切表情は変えない。ただ、氷の目が、こちらを見つめているだけだ。
「おいおい、スラムに住むドブネズミの俺に何させようとしているんだよ」
「それには口止め料も含まれています。秘密は絶対に守って貰います。もし、口外した場合、命はありません」
表情を変えずにレイジはさらっと怖いことを言う。
迂闊なことを言えば、腰にある剣で一突きされ、俺の人生終わってしまいそうだ。
俺は小さく息をつき、ごろんと寝返りをうった。はいと返事してしまうには、あまりにもリスクが高すぎる。
髪留めは寝かせる時にレイジが外してくれていたのだろう。ベッドの傍らに置いてあった。そのせいか、見たくもない禁忌の朱が布団上に散らばった。
「これだから身分のあるやつは嫌いだ」
俺は小さく息をつくと、胸が苦しくなった。彼らとは住む世界が違うのだから。そんなことを思いながら、意識せずに自分の赤い紐の髪留めを握りしめた。
「変装、偽装、何でもやるの俺に何の御用で? 前の依頼人の情報を欲しいというのは……無しというか、依頼人が直接顔を出すってことはないからな。スラムでばったり会ったなら別だが。体を売ることも、殺人も無しだ。臓器売買はもっての他。あんたみたいに拉致するやつは初めてだ」
「こちらの書類にサインを」
「おい、人の話を聞け……ん?」
差し出された書類。確認しようとゆっくりと起き上がる。そこには第五皇子の名前が記されていた。
そして、皇子の名前と男の身分を記す書類を何度も見つめる。そこには皇子の写真が写っていた。白い髪にどこかで見た顔。
「貴方には失踪した第五皇子が見つかるまで、影武者として第五皇子エル様に成り代わってもらいます。拒否権はありません。改めて、第五皇子の資料をお渡しします」
「おい、この写真は何だ!?」
何言ってるんだこいつ。
真面目な表情で淡々とペンを差し出しながら、氷の騎士様は言い放ったのだ。
「早くサインを」
「はぁー!?」
これは夢だ。過去の断片が、記憶がそう告げていた。
だからこそ、次に来る一言が手に取るように分かった。
「お前は一族の恥だ!」
叫んだのは父親だった人だ。自分で作っておいて何を言っているやら。
喚き散らす様はみっともない。黒髪をオールバックにした父親だったやつが杖で俺を叩いてきた。
蹲って必死で耐える。言葉を発すれば、更に痛みは増すので何も言わないでおいた。
「まあ、貴方。そんな私生児に構っては貴方が穢れてしまいます」
傍らで金色の髪を持つ女がそんなことを言った。もう穢れているだろうが。
濃い化粧に緑のアイライン。煌びやかなドレスを纏って、扇子で口元を隠した。
嘲る目元は隠すことはできない。
「お父様、お母様。そんな乞食みたいなやつより、私を見てくださいな」
そう言って二人の腕を引いたのは愛らしい金髪の少女だった。
その傍らには金色の髪の少年もいる。全員、自分のピンクローズ色の目とは違い、エメラルドの瞳を持っていた。
誰もが汚らわしいものをみる目だった。全員がそんな目でこちらを見ていた。
自分が汚い屋根裏部屋に取り残される。家族たちは暖かな瞳でお互いを見ながら、遠ざかっていった。
幼い頃は、その怜悧な瞳が慈愛に満ちた瞳に変わることを望んでいた。
今ではそんなことは一切望んでいない。彼らとは住む世界が違うのだから。
人に愛されたい。人を愛してみたい。
けれども、結局は人を愛することはできなかった。
腹部に痛みを感じ、目を開いた。
煌びやかに飾られた天井のシャンデリア。雨の音は未だに続く。
夢の中で見たような気がする貴族が住むような天井。
「あ……?」
寝かされているのは幼い頃ですら寝たことがない高級ベッド。
背中や腰回りがやけにふかふかしており、身体が沈んでいるのを感じる。
「なんだ、ここ」
「気が付いたか」
「うわっ!?」
扉の方から聞こえた声。視線をそちらに向ければ、黒い髪にアイスブルーの瞳。
腰の剣、そして冷たい氷みたいな瞳。確か、名前は――。
「レイジ・アルヴァードだったか」
「はい。貴方と雇用契約をした者です」
「あのなぁ。あれは拉致っていうんだよ。拉致!」
ゆっくりと体を起こして、小さくため息をつく。
ずぶ濡れだったのが乾かされており、彼が介抱してくれたのだと知る。
「貴方はいつもあんな危険を?」
「お金さえ貰えば俺は何でもやるんだよ。アンタみたいに選り好みしない」
「本当の名前は?」
「……ねぇよ」
少しの間の後に息をついて答える。彼は小さく頷くと書類の束を取り出してきた。
「では、早速依頼の話を」
「おい、受けるとはまだ言ってねぇぞ」
男――レイジが金貨を取り出す様子を横目で見ながら、身体を再びベッドに沈めた。
「貴方は第五皇子をご存じですか?」
「誰だよ、そいつ」
「第五皇子エル・ラ・ローレン様です」
「しらね」
俺はため息をつく。貴族やら王族やら、俺は関わり合いたくなかった。
男が指で金色のコインを弾く。見事なコイントス。パプなどにいたら、誰かが口笛でも吹いただろうか。ぼんやりそんな事を思っていれば、小気味よい音を響かせ、金貨は自分の傍に落ちた。
裏だった。何となくそれを手に取り、偽物か本物かを眺めた。重さ、硬さ。そして、細工。どうやら、本物のようだ。
これ一枚あれば、一か月は食費には困らないだろう。
「それは一週間の契約料金です。一か月で四枚から五枚の金貨の支払いになります」
「はぁ!?」
馬鹿じゃないのかコイツ。王宮騎士とは言え、金払いが良すぎる。
何か裏があるのではと男とコインを見比べてしまう。
コインは本物。細工も何も見当たらない。レイジは一切表情は変えない。ただ、氷の目が、こちらを見つめているだけだ。
「おいおい、スラムに住むドブネズミの俺に何させようとしているんだよ」
「それには口止め料も含まれています。秘密は絶対に守って貰います。もし、口外した場合、命はありません」
表情を変えずにレイジはさらっと怖いことを言う。
迂闊なことを言えば、腰にある剣で一突きされ、俺の人生終わってしまいそうだ。
俺は小さく息をつき、ごろんと寝返りをうった。はいと返事してしまうには、あまりにもリスクが高すぎる。
髪留めは寝かせる時にレイジが外してくれていたのだろう。ベッドの傍らに置いてあった。そのせいか、見たくもない禁忌の朱が布団上に散らばった。
「これだから身分のあるやつは嫌いだ」
俺は小さく息をつくと、胸が苦しくなった。彼らとは住む世界が違うのだから。そんなことを思いながら、意識せずに自分の赤い紐の髪留めを握りしめた。
「変装、偽装、何でもやるの俺に何の御用で? 前の依頼人の情報を欲しいというのは……無しというか、依頼人が直接顔を出すってことはないからな。スラムでばったり会ったなら別だが。体を売ることも、殺人も無しだ。臓器売買はもっての他。あんたみたいに拉致するやつは初めてだ」
「こちらの書類にサインを」
「おい、人の話を聞け……ん?」
差し出された書類。確認しようとゆっくりと起き上がる。そこには第五皇子の名前が記されていた。
そして、皇子の名前と男の身分を記す書類を何度も見つめる。そこには皇子の写真が写っていた。白い髪にどこかで見た顔。
「貴方には失踪した第五皇子が見つかるまで、影武者として第五皇子エル様に成り代わってもらいます。拒否権はありません。改めて、第五皇子の資料をお渡しします」
「おい、この写真は何だ!?」
何言ってるんだこいつ。
真面目な表情で淡々とペンを差し出しながら、氷の騎士様は言い放ったのだ。
「早くサインを」
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