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第一章
プロローグ
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炎が大きな屋敷を燃やしていた。
ぼやではない。大規模な火災だ。星空の下、野次馬が集まっていた。小さな子供はすっぽりと毛布を被って、遠くからその様子を眺めていた。
ただ、子供は悲しそうな顔は一つもしていなかった。
子供を虐げてきていた家族も野次馬となって叫んでいたし、子供を知らない人々は子供のことを見向きもしない。誰も子供に対して、気にも留めていなかった。
――自由だ。もう自由なんだ。
子供は目を見開いて、これから始まるであろう喜々に想像を膨らませていた。
プロローグ
『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』
数年後、冷たく激しい雨が王都カルマに降り注いでいた。
雨が多い地域だが、国民はそれに慣れている。しかし、終われるこの身にとっては邪魔者以外の何物でもない。
「逃げたぞ!」
「あっちだ! あっちに逃げたぞ!」
フードをすっぽりとかぶった男が灰色のレンガ道を走っている。スラムと呼ばれる地域で、身寄りのない浮浪者が昼間から酒瓶を空けていたり、空腹で動けない子供が壁際に倒れていたりもする。
「あっちだ!」
「しつけぇな……」
フードを被った男は小さく舌打ちを一つ。堅気ではない男たちから逃げて息を切らしていた。フードを被った男は追われて走ることにも慣れていた。
曲がり角に入り、すぐ傍らにあった街角の残飯入れの中へ隠れる。臭くて真っ暗な空間の中に入れば、男たちの声が遠ざかっていった。暫くすれば、雨の音だけが聞こえる静寂が残るだけ。
息を殺して、ごみ箱の蓋を開けて外を眺める。周りには誰もおらず、男は安堵のため息をつく。
「行ったか……よいこらしょっと」
悪臭立ち込める残飯の入ったごみ箱から出て、雨の街に再度降り立つ。小さく息をついた時だった。
背後から感じた殺気に深いため息をつく。
視界の端に現れた濡れた怜悧な剣。動けば殺すと言わんばかりの行動。
無駄な抵抗はしませんと示すために、フードを被った男は両手を上に挙げた。
「男、お前が何でも屋だな?」
「ははは、俺がそう見えるのかよ?」
首元に剣がつけられ、血が少し流れた。
「お前に仕事の依頼がある。拒否権はない」
「そりゃ、脅しってやつだろ……うっ」
見れば、傍らで剣を首元に突き付けてきていたのは若い男だった。
アイスブルーの冷たい瞳にずぶ濡れの黒い髪。そして、装飾の施された騎士の制服。
思わず口笛を吹いた。
「王宮騎士じゃねぇか。ドブネズミの俺にどんな依頼を?」
「お前は俺の依頼を受けるだけでいい。そうすれば、その宝石を盗んだ罪や過去の罪状は許す」
「はぁ……。わかったよ。でも、何でもって言われても、俺は何でもやるってわけじゃねぇよ。殺人、貴族に尻尾を振ったり、戦争加担はしないし、ケツを売るわけでもない……いで!?」
男にフードを外され、後ろで適当に結んでいた髪を引っ張られた。
見慣れた自分自身の赤い髪が端に見えたかと思えば、隠し持っていたナイフが叩き落とされる。
カランッ!
金属の床に落ちる音が耳に居心地悪く響いた。今度こそ俺は諦めざるを得なかった。
「思ったより幼いな? 十代後半ってところか。実績や風貌からおじさんかと思っていたが」
「失礼な……わかったよ。ただ、殺人だけはやらない。これだけは譲れねぇぞ」
すると、剣が引いた。その事に驚いていれば、黒髪の騎士は髪を掴んでいた手も放してくれた。
やっと解放されたと肩を鳴らして、男と対峙しようとした時だ。
男が動いたかと思えば、腹部に強い衝撃を感じた。
「かはっ!?」
「峰打ちです。無礼をお許しを」
崩れ落ちながら、雨に濡れた顔で男を見上げた。男はまるで氷像のように表情一つ変えなかった。その冷酷さに恐怖と怒りを感じた。
思い出した。黒い髪にアイスブルーの瞳。表情の変わらない氷の騎士。その綺麗な外見から女性にちやほやされても、にっこりもしない。
確か、レイジ・アルヴァード。王家の犬。そして、貴族上がり実力派の騎士。
腹部からは鈍い痛みが走り息が詰まる。雨粒が顔に当たる感覚も、鼓動も、意識も遠ざかっていく。傍で雨の音だけが冷たく響いていた。
ぼやではない。大規模な火災だ。星空の下、野次馬が集まっていた。小さな子供はすっぽりと毛布を被って、遠くからその様子を眺めていた。
ただ、子供は悲しそうな顔は一つもしていなかった。
子供を虐げてきていた家族も野次馬となって叫んでいたし、子供を知らない人々は子供のことを見向きもしない。誰も子供に対して、気にも留めていなかった。
――自由だ。もう自由なんだ。
子供は目を見開いて、これから始まるであろう喜々に想像を膨らませていた。
プロローグ
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数年後、冷たく激しい雨が王都カルマに降り注いでいた。
雨が多い地域だが、国民はそれに慣れている。しかし、終われるこの身にとっては邪魔者以外の何物でもない。
「逃げたぞ!」
「あっちだ! あっちに逃げたぞ!」
フードをすっぽりとかぶった男が灰色のレンガ道を走っている。スラムと呼ばれる地域で、身寄りのない浮浪者が昼間から酒瓶を空けていたり、空腹で動けない子供が壁際に倒れていたりもする。
「あっちだ!」
「しつけぇな……」
フードを被った男は小さく舌打ちを一つ。堅気ではない男たちから逃げて息を切らしていた。フードを被った男は追われて走ることにも慣れていた。
曲がり角に入り、すぐ傍らにあった街角の残飯入れの中へ隠れる。臭くて真っ暗な空間の中に入れば、男たちの声が遠ざかっていった。暫くすれば、雨の音だけが聞こえる静寂が残るだけ。
息を殺して、ごみ箱の蓋を開けて外を眺める。周りには誰もおらず、男は安堵のため息をつく。
「行ったか……よいこらしょっと」
悪臭立ち込める残飯の入ったごみ箱から出て、雨の街に再度降り立つ。小さく息をついた時だった。
背後から感じた殺気に深いため息をつく。
視界の端に現れた濡れた怜悧な剣。動けば殺すと言わんばかりの行動。
無駄な抵抗はしませんと示すために、フードを被った男は両手を上に挙げた。
「男、お前が何でも屋だな?」
「ははは、俺がそう見えるのかよ?」
首元に剣がつけられ、血が少し流れた。
「お前に仕事の依頼がある。拒否権はない」
「そりゃ、脅しってやつだろ……うっ」
見れば、傍らで剣を首元に突き付けてきていたのは若い男だった。
アイスブルーの冷たい瞳にずぶ濡れの黒い髪。そして、装飾の施された騎士の制服。
思わず口笛を吹いた。
「王宮騎士じゃねぇか。ドブネズミの俺にどんな依頼を?」
「お前は俺の依頼を受けるだけでいい。そうすれば、その宝石を盗んだ罪や過去の罪状は許す」
「はぁ……。わかったよ。でも、何でもって言われても、俺は何でもやるってわけじゃねぇよ。殺人、貴族に尻尾を振ったり、戦争加担はしないし、ケツを売るわけでもない……いで!?」
男にフードを外され、後ろで適当に結んでいた髪を引っ張られた。
見慣れた自分自身の赤い髪が端に見えたかと思えば、隠し持っていたナイフが叩き落とされる。
カランッ!
金属の床に落ちる音が耳に居心地悪く響いた。今度こそ俺は諦めざるを得なかった。
「思ったより幼いな? 十代後半ってところか。実績や風貌からおじさんかと思っていたが」
「失礼な……わかったよ。ただ、殺人だけはやらない。これだけは譲れねぇぞ」
すると、剣が引いた。その事に驚いていれば、黒髪の騎士は髪を掴んでいた手も放してくれた。
やっと解放されたと肩を鳴らして、男と対峙しようとした時だ。
男が動いたかと思えば、腹部に強い衝撃を感じた。
「かはっ!?」
「峰打ちです。無礼をお許しを」
崩れ落ちながら、雨に濡れた顔で男を見上げた。男はまるで氷像のように表情一つ変えなかった。その冷酷さに恐怖と怒りを感じた。
思い出した。黒い髪にアイスブルーの瞳。表情の変わらない氷の騎士。その綺麗な外見から女性にちやほやされても、にっこりもしない。
確か、レイジ・アルヴァード。王家の犬。そして、貴族上がり実力派の騎士。
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