『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo

文字の大きさ
上 下
1 / 59
第一章

プロローグ

しおりを挟む
 炎が大きな屋敷を燃やしていた。
 ぼやではない。大規模な火災だ。星空の下、野次馬が集まっていた。小さな子供はすっぽりと毛布を被って、遠くからその様子を眺めていた。
 ただ、子供は悲しそうな顔は一つもしていなかった。
 子供を虐げてきていた家族も野次馬となって叫んでいたし、子供を知らない人々は子供のことを見向きもしない。誰も子供に対して、気にも留めていなかった。

 ――自由だ。もう自由なんだ。

 子供は目を見開いて、これから始まるであろう喜々に想像を膨らませていた。








プロローグ
『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』









 数年後、冷たく激しい雨が王都カルマに降り注いでいた。
 雨が多い地域だが、国民はそれに慣れている。しかし、終われるこの身にとっては邪魔者以外の何物でもない。

「逃げたぞ!」
「あっちだ! あっちに逃げたぞ!」

 フードをすっぽりとかぶった男が灰色のレンガ道を走っている。スラムと呼ばれる地域で、身寄りのない浮浪者が昼間から酒瓶を空けていたり、空腹で動けない子供が壁際に倒れていたりもする。

「あっちだ!」
「しつけぇな……」

 フードを被った男は小さく舌打ちを一つ。堅気ではない男たちから逃げて息を切らしていた。フードを被った男は追われて走ることにも慣れていた。
 曲がり角に入り、すぐ傍らにあった街角の残飯入れの中へ隠れる。臭くて真っ暗な空間の中に入れば、男たちの声が遠ざかっていった。暫くすれば、雨の音だけが聞こえる静寂が残るだけ。
 息を殺して、ごみ箱の蓋を開けて外を眺める。周りには誰もおらず、男は安堵のため息をつく。

「行ったか……よいこらしょっと」

 悪臭立ち込める残飯の入ったごみ箱から出て、雨の街に再度降り立つ。小さく息をついた時だった。
 背後から感じた殺気に深いため息をつく。
 視界の端に現れた濡れた怜悧な剣。動けば殺すと言わんばかりの行動。
 無駄な抵抗はしませんと示すために、フードを被った男は両手を上に挙げた。

「男、お前が何でも屋だな?」
「ははは、俺がそう見えるのかよ?」

 首元に剣がつけられ、血が少し流れた。

「お前に仕事の依頼がある。拒否権はない」
「そりゃ、脅しってやつだろ……うっ」

 見れば、傍らで剣を首元に突き付けてきていたのは若い男だった。
 アイスブルーの冷たい瞳にずぶ濡れの黒い髪。そして、装飾の施された騎士の制服。
 思わず口笛を吹いた。

「王宮騎士じゃねぇか。ドブネズミの俺にどんな依頼を?」
「お前は俺の依頼を受けるだけでいい。そうすれば、その宝石を盗んだ罪や過去の罪状は許す」
「はぁ……。わかったよ。でも、何でもって言われても、俺は何でもやるってわけじゃねぇよ。殺人、貴族に尻尾を振ったり、戦争加担はしないし、ケツを売るわけでもない……いで!?」

 男にフードを外され、後ろで適当に結んでいた髪を引っ張られた。
 見慣れた自分自身の赤い髪が端に見えたかと思えば、隠し持っていたナイフが叩き落とされる。
 カランッ!
 金属の床に落ちる音が耳に居心地悪く響いた。今度こそ俺は諦めざるを得なかった。

「思ったより幼いな? 十代後半ってところか。実績や風貌からおじさんかと思っていたが」
「失礼な……わかったよ。ただ、殺人だけはやらない。これだけは譲れねぇぞ」

 すると、剣が引いた。その事に驚いていれば、黒髪の騎士は髪を掴んでいた手も放してくれた。
 やっと解放されたと肩を鳴らして、男と対峙しようとした時だ。
 男が動いたかと思えば、腹部に強い衝撃を感じた。

「かはっ!?」
「峰打ちです。無礼をお許しを」

 崩れ落ちながら、雨に濡れた顔で男を見上げた。男はまるで氷像のように表情一つ変えなかった。その冷酷さに恐怖と怒りを感じた。
 思い出した。黒い髪にアイスブルーの瞳。表情の変わらない氷の騎士。その綺麗な外見から女性にちやほやされても、にっこりもしない。
 確か、レイジ・アルヴァード。王家の犬。そして、貴族上がり実力派の騎士。
 腹部からは鈍い痛みが走り息が詰まる。雨粒が顔に当たる感覚も、鼓動も、意識も遠ざかっていく。傍で雨の音だけが冷たく響いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい

桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

処理中です...