『魔王は養父を守りたい』

odo

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第一章

第八話

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「遅くなってすまない。アラン、先ほどは助かった。テリーも色々とありがとう」
「ほっほ、スープは飲めますかな?」
「ああ。ぬるめでお願いしたい。パンは少し重いから今はいらない……アラン?」

 アランははっとする。ビルシュは心配そうにアランの表情を覗き込んでいた。
 わなわなと震えるアランに気が付くと、ビルシュは困った顔をする。

「ビルシュ様、アラン様は心配しているのですよ。もう少しご自愛ください」
「すまない……君の両親が亡くなった後だったから、刺激的だったか。成人を迎えるまではなんとしても頑張るから」

 そっと頭に添えられた手は優しくアランの頭を撫でていた。
 アランの目の前には何か言いたそうにしているテリーがいたが、アランは「違う」と伝える。ビルシュの表情は驚きに変わる。この言い方だと彼に伝わらないとアランは思う。
 少し考えて、目の前のビルシュをじっと見据えた。
 アランはふうとため息をつくと、隣の椅子を引き、ふらふらとしたままの彼をそのまま座らせた。
 彼が酷く驚いた表情をしたが、アランの知ったことではない。

「症状が出たらすぐ教えてください。俺が治しますから」
「だが、闇のマナは……」
「人の目がある、ですか?」

 ビルシュは少し考えてから頷いた。

「闇のマナは人という種族は持たないもの。父親のホーエンが人に好意的な魔族だったとはいえ、それを周りの者が見れば……君の立場は危ない」
「俺はビルシュさんたちに迷惑をかけないつもりです。何かあれば、すぐにいなくなりますし」

 しかし、ビルシュは「ダメだ」と首を振った。

「アラン、私は君の身に危険が起きてはいけないと思って」
「俺の闇のマナがあれば助けられるのに、貴方が苦しんでいるのを黙って見ていろと? 周囲の目だけで力を使うなと?」
「闇のマナや光のマナは異端とされているんだ。特に闇のマナは魔族が使うものだ……。君がどんな目に合うかわからない。君の身の危険を冒してまですることじゃない」
「俺を引き取っておいて、様々な制約を押し付けられた人がそれを言うんですか?」とアランが冷たい目で切り返す。

 ついに言葉が返せなくなったビルシュ。
 彼の眉が下がり、アランをたじたじと見つめた所で、様子を見ていたテリーが「ほっほ」と笑いながら、アランとビルシュにコーヒーを出す。

「確かにアデルライト家の財産を半分没収されたビルシュ様が言えたことではありませんなぁ?」

 テリーの切り返しに、「ぐっ」とビルシュがくぐもった声を漏らす。
 ビルシュが助けを求めるようにアランを見つめるが、アランはそっぽを向いた。
 そして、彼の前に出された冷まされたスープ。誤魔化すようにビルシュは手を合わせ、それをスプーンで救って食べ始めた。
 彼が軽く咽こんだ瞬間、アランやテリーの視線が突き刺さり、彼はふいっと目を逸らした。

「そ、それにしても……アランの学校を決めなくてはな」
「アラン様、興味のある分野はありますか?」

 学校、とアランは思う。
 実際、アランは一年後に留学をし、フォーバー国の騎士学校に入学している。
 そこで、レオンハルトと合い、二人で最年少で卒業を迎えている。
 しかし、養父の事を考えれば、フォーバー国に行くのはあまり得策ではない。
 もし、レオンハルトと会えないとなれば、未来は少し変わってしまうかもしれない。
 そこまで考え、アランは唇を噛んだ。彼との出会いがあったからこそ、今のアランが居るのだから。
 しかし、そっと唇に手を添えられ、アランは傍らの存在にはっとした。

「アラン、唇を噛んでは傷になってしまう。君の悪い癖だな」

 隣に腰を下ろしていたビルシュが光のマナを扱い、そっと唇の噛み痕に対し治癒術をかけている。
 痛みがひいていく事に気が付き、アランは唇を噛むことをやめた。

「……ありがとうございます」
「時間はまだたくさんある。ゆっくり決めると良い」

 アランは頷く。ビルシュは優しく微笑んでいた。その様子を見ていたテリーが不思議そうな顔をしている。

「そういえば、ビルシュ様。誤魔化しのミラージュの魔法はもういいのですか? 表情を隠そうと、あんなにこだわっておりましたのに」
「えっと……アランがこちらの方が良いと言ってくれたから。それに城に行く事もほぼもうないだろう」
「それは良い事です」

 テリーが微笑んだ。
 小さくくしゃみをするビルシュを眺めながら、アランはもやもやとそれを見つめる。
 どうみても薄手の服だ。テリーも何も言わないところを見ると、相当財政が厳しいのかもしれない。
 権力の種になるであろうアランを引き取った際に様々な制約が設けられたはずだ。
 そして、アランの部屋の家具の新調されている。
 それも考え、内心ため息をつく。まずやる事は別にありそうだ、とアランは思った。
 まずは、少しお金が欲しい。

「あの、少し辺りを見て来てもいいですか?」
「テリー、アランの護衛を頼めるか?」
「いや、あの……テリーはビルシュさんを見ていてほしいな、なんて」
「私の事は気にしないでほしい。常々体調が悪いわけではないから。今日は部屋で布団をかぶっておとなしくしている」

 テリーが外出準備をはじめる様子を眺め、アランはじっとビルシュを見た。
 彼はふふんと勝ったような表情をしている。
 もしかして、さっきの仕返しかとアランは思った。
 結果的にアランの企みは失敗に終わった。
 アランがやりたい小遣い稼ぎが執事連れでできるわけもなく、周りの町内をぐるりと案内されただけで失敗に終わった。
 自宅の庭を歩きながら、アランはたくさんの花が咲いている事に気が付く。

「これって……」
「ビルシュ様が孤児院の寄付先にと、育てております」

 振り返れば、テリーは少しだけ寂しそうな表情をしていた。

「テリーはあんまり乗る気じゃない?」
「ええ。ご自身を一番に考えて頂きたいのですが、ビルシュ様は夜な夜な外に出て世話をしてしまいますし。この中で咲く小さな黄色い花を持つニビルという花に関しては光のマナの元でなければ育たないそうで。高齢のこの執事が辞める様に口酸っぱく言っても聞く方ではありません」

 少し傍にいて解るが、養父は意外と負けず嫌いで頑固だ。
 アランは何も言えなかった。さらさらと風でなびく花を眺めていれば、テリーが「そろそろ、戻りましょうか」と声をアランにかけた。

 屋敷に戻れば、先ほどの客室にビルシュが居た。
 彼は書類を整理しているようで、二人が帰ってきた事に気が付くと、安心したように微笑んで迎えてくれた。

「おかえり」
「ビルシュ様、お部屋に居ると言っていませんでしたか?」

 休んでいると思ったのに、とアランが言う。
 ぎくりと彼が肩を動かした様子にテリーがやれやれと額を抑えた。

「アラン様、申し訳ございませんが、私は昼食の準備を致します。どうぞ、ビルシュ様とここでお待ちください」
「わかりました」

 つまりは見張っていてくれって事だろうなあとアランはぼんやりと客間を出ていく執事の背中を見て思った。
 ビルシュはすでに書類の作成を始めており、アランも彼の隣の椅子に腰を下ろし、様子を眺める。
 書類には様々な学校が書かれた用紙が置かれていた。アランは驚いて固まる。そこにはこの国以外の学校も書かれており、アランが通っていたフォーバー国の騎士学校の名前も記載されていた。

「ビルシュさん、これを作成してたんですか」
「ああ、少しでも君が迷わない様にって……これだけあったら迷ってしまうか」
「いえ、ありがとうございます」

 アランは書面に書かれている学校名を眺める。
 近辺に魔法学校がある事に気が付き、「ここは?」と声をかけた。
 ビルシュは書類を覗き込み、「ああ。一番近い学校だ。庶民向けの学校で、貴族や王族といったしがらみは少ないかもしれない。その分権力と関わることは少ないが」と言う。
 魔法学校、とアランは思う。
 レオンハルトには悪いが、とアランは思う。
 もしかするとアランが別の道を進む事で、傭兵として助けてきた人の歴史も変わってしまう恐れもある。けれど、とアランは思った。

「俺、一番近いここでいいです」
「そんなに早く決めて大丈夫か? 魔法学校なら、もっと良い場所もある」
「ここでいいです」

 徒歩で五分という項目も大きい。
 きょとんとしているビルシュ。

「お金とかは気にしないでくれ。君の学びたいものを学んで良いんだ」

 そうビルシュが言いかけたが、アランが「ここでいいです」と再度言えば、「そう……か」と腑に落ちないながらも納得してくれたらしい。
 小さく咳き込みながら書類にサインしていくビルシュ。アランはぼんやりとその様子を眺めていた。

「あの、ビルシュさん。もし、叔父に両親の財産を没収されてなければ、俺の家の鍵を少し貸してくれませんか? 忘れ物を明日取りに行きたいものがあるんです」
「これは元々君が持つはずだったものだ。君に貸しておこう。ただし、行く時はテリーと行ってほしい。あそこまでの道は子供一人だと少し危険だから」
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