3 / 4
3
しおりを挟む
屋敷へ戻ると、すぐに自室に戻りベッドへ潜り込んだ。ソントの頭の中はアレクのことでいっぱいだった。
舞踏会の招待状がきたのも、侍女を伴うように書いてあったのも、全てはカーリーに会いたいがためだったのだろう。
考えてみれば、アレクに会ったとき侍女のことを訊いてくることがあった。どこかでカーリーを見初めたアレクが、わざわざ自分に近付いたのだろう。
「それなのに、勘違いして……」
ソントはひとり呟き、つくづく自分が情けなくなった。それでも、親に決められた結婚をする前に少し夢を見れたと思えば、この胸の痛みも悪くないと自分に言い聞かせた。
ほとんどの令嬢は恋愛結婚などできない。親に決められた相手と結婚し、添い遂げる。恋も知らずに結婚し、家庭に入る女性もいるのだ。
ソントは常々、それでも自分なりに幸せを見つけられれば良いと思っていた。それが恋をすることができたのだ。もちろん誰と比べて幸せとか、不幸なんて考えながら生きるのは、それこそ不幸だろう。
だから比べるわけではないのだが、この胸の痛みも自分にとっては、きっと良い経験になる。それだけだ。
だが、今すぐにカーリーを祝ってあげられるほど、ソントも懐の深い人間ではない。今まで通りアレクと顔を合わせることもできない、と思った。
部屋のドアをノックする音がした。部屋にこもっているソントのところに、母親のテロールがやってきたのだ。
「ソント、そんなに落ち込むなんてなにかあったの?」
ソントは黙って首を振る。テロールは優しく微笑んだ。
「話したくないなら話さなくてもいいわ。ねぇ、ソント、しばらく伯父様のところに遊びに行かない? 気晴らしにもなると思うのよ?」
テロールは恐らく、自分よりカーリーが選ばれたことに、自分が落ち込んでいると思っているのだろう。半分正解で半分外れだが、確かに失恋には時間の経過が必要だ。伯父様のところに身を寄せるのも良いかもしれない。そう思った。
そう考えていると、テロールは少し逡巡したのち言った。
「実は伯父様からあなたに、紹介したい人がいるそうなの。あなたも知っている人よ。覚えているかしら、昔遊んだベンのこと」
ソントはベンのことを覚えていた。子供の頃、一緒になって畑で土だらけになってかくれんぼやかけっこをした友達だった。ベンのことは嫌いではない。逆にアレクのことがなければ、この話に飛び付いたに違いなかった。
だがソントは、誰かに振られたからじゃあ次の人。と、割りきって考えられる性格ではなかった。
黙っていると、何かを察したテロールがソントの頭を撫でながら言った。
「すぐに返事をする必要はないの。伯父様のところに身を寄せてしばらく一緒に過ごせば、自然と答えが出るはずよ。それからでも遅くないわ。あなたはまだ若いのだから」
ソントも時間が過ぎれば良い思い出にできるだろうと思った。それなら断らず、時間が解決してくれるのをまって、ベンと結婚すれば幸せになれるのではないかと思った。
「お母様、ベンのことはまだわかりませんけれど、伯父様のところには行こうと思います」
テロールはソントを抱き締めた。
それからソントは、意識してアレクにカーリーのことだけ書いた手紙を送ることにした。
アレクも嬉しそうにそれに返事をしていたので、やはりアレクはカーリーが好きなのだと実感した。
そんな中、今度は王宮からお茶会の招待状が届いた。しかもそれはソントに宛てたものではなく、カーリーに宛てたものだった。
その日は、ソントが伯父のところへ出発する日だったので、きっとアレクがソントのいなくなる日を狙ったのだろうと考えた。
最後にアレクにお別れぐらいは言いたかったと思っていたところ、アレクから会えないか? と手紙が来た。それはちょうどお茶会当日の早朝だったので、ソントは気持ちだけ伝え、カーリーとの仲を邪魔しないことを話そうと思った。
待ち合わせ場所に行くと、すでにアレクは来ていた。
「おはよう。今日の君も素敵だね。それにしても君は、プレゼントされたものを身に着けたりはしないのか?」
ソントはアレクの言っている意味がわからなかった。誰かから、ソントにプレゼントが贈られたと噂でもあったのだろうか?
「いいえ、そんなことはありませんわ。それよりアレクに大切な話がありますの」
ソントが真面目な顔になったので、アレクは不安そうな顔になって、ソントの言葉を待った。
「アレク、私今日向こうにたちますの。だからその前に言わなくてはと思って」
するとアレクは頷き、ソントの頬を撫でる。
「わかっている、心配しないで。全て知っているんだ。今日は緊張しないで私に全て任せるんだよ」
そう言った。ソントはアレクがカーリーのことを言っているのだと思った。
スマートに自分の思いと別れを告げようと思っていたソントも、最後の最後まで想い人が違う女性の心配をしていることにショックを受け涙があふれた。
アレクは驚いて、ソントの瞳を覗き込んだ。
「お願いだから不安にならないで」
そう言って指で涙を拭いた。ソントはその手をつかんで、自身の顔から遠ざけると言った
「私はアレクを愛しておりました。でもそんなに気を遣っていただかなくとも、カーリーとの仲を邪魔したりいたしません。今日、伯父のところに向かいます。あちらで幼馴染みのベンと結婚しようと思ってます。今日は、ちゃんとお別れを言うために来たのです。今までありがとう、幸せになって下さい。さよなら!」
そう言うとその場から駆け出した。全速力で走り抜け、なんとかエルビー家の門までたどり着いた。思わず振り向いたが、アレクは追いかけてこなかった。
朝早くから出掛けたソントを心配して出てきていた、執事が出迎えてくれた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
そう言ってソントの顔を見ると
「お出掛け前に湯浴みをなさいますか?」
と訊いた。思い切り泣き顔のソントに理由を訊かず、湯浴みをすすめてくる優しさに涙がこぼれそうだったが、ぐっとこらえた。
「そうね、そうするわね。ありがとう」
その後ゆっくり湯浴みをして、最終的に荷物のチェックをした。
舞踏会の招待状がきたのも、侍女を伴うように書いてあったのも、全てはカーリーに会いたいがためだったのだろう。
考えてみれば、アレクに会ったとき侍女のことを訊いてくることがあった。どこかでカーリーを見初めたアレクが、わざわざ自分に近付いたのだろう。
「それなのに、勘違いして……」
ソントはひとり呟き、つくづく自分が情けなくなった。それでも、親に決められた結婚をする前に少し夢を見れたと思えば、この胸の痛みも悪くないと自分に言い聞かせた。
ほとんどの令嬢は恋愛結婚などできない。親に決められた相手と結婚し、添い遂げる。恋も知らずに結婚し、家庭に入る女性もいるのだ。
ソントは常々、それでも自分なりに幸せを見つけられれば良いと思っていた。それが恋をすることができたのだ。もちろん誰と比べて幸せとか、不幸なんて考えながら生きるのは、それこそ不幸だろう。
だから比べるわけではないのだが、この胸の痛みも自分にとっては、きっと良い経験になる。それだけだ。
だが、今すぐにカーリーを祝ってあげられるほど、ソントも懐の深い人間ではない。今まで通りアレクと顔を合わせることもできない、と思った。
部屋のドアをノックする音がした。部屋にこもっているソントのところに、母親のテロールがやってきたのだ。
「ソント、そんなに落ち込むなんてなにかあったの?」
ソントは黙って首を振る。テロールは優しく微笑んだ。
「話したくないなら話さなくてもいいわ。ねぇ、ソント、しばらく伯父様のところに遊びに行かない? 気晴らしにもなると思うのよ?」
テロールは恐らく、自分よりカーリーが選ばれたことに、自分が落ち込んでいると思っているのだろう。半分正解で半分外れだが、確かに失恋には時間の経過が必要だ。伯父様のところに身を寄せるのも良いかもしれない。そう思った。
そう考えていると、テロールは少し逡巡したのち言った。
「実は伯父様からあなたに、紹介したい人がいるそうなの。あなたも知っている人よ。覚えているかしら、昔遊んだベンのこと」
ソントはベンのことを覚えていた。子供の頃、一緒になって畑で土だらけになってかくれんぼやかけっこをした友達だった。ベンのことは嫌いではない。逆にアレクのことがなければ、この話に飛び付いたに違いなかった。
だがソントは、誰かに振られたからじゃあ次の人。と、割りきって考えられる性格ではなかった。
黙っていると、何かを察したテロールがソントの頭を撫でながら言った。
「すぐに返事をする必要はないの。伯父様のところに身を寄せてしばらく一緒に過ごせば、自然と答えが出るはずよ。それからでも遅くないわ。あなたはまだ若いのだから」
ソントも時間が過ぎれば良い思い出にできるだろうと思った。それなら断らず、時間が解決してくれるのをまって、ベンと結婚すれば幸せになれるのではないかと思った。
「お母様、ベンのことはまだわかりませんけれど、伯父様のところには行こうと思います」
テロールはソントを抱き締めた。
それからソントは、意識してアレクにカーリーのことだけ書いた手紙を送ることにした。
アレクも嬉しそうにそれに返事をしていたので、やはりアレクはカーリーが好きなのだと実感した。
そんな中、今度は王宮からお茶会の招待状が届いた。しかもそれはソントに宛てたものではなく、カーリーに宛てたものだった。
その日は、ソントが伯父のところへ出発する日だったので、きっとアレクがソントのいなくなる日を狙ったのだろうと考えた。
最後にアレクにお別れぐらいは言いたかったと思っていたところ、アレクから会えないか? と手紙が来た。それはちょうどお茶会当日の早朝だったので、ソントは気持ちだけ伝え、カーリーとの仲を邪魔しないことを話そうと思った。
待ち合わせ場所に行くと、すでにアレクは来ていた。
「おはよう。今日の君も素敵だね。それにしても君は、プレゼントされたものを身に着けたりはしないのか?」
ソントはアレクの言っている意味がわからなかった。誰かから、ソントにプレゼントが贈られたと噂でもあったのだろうか?
「いいえ、そんなことはありませんわ。それよりアレクに大切な話がありますの」
ソントが真面目な顔になったので、アレクは不安そうな顔になって、ソントの言葉を待った。
「アレク、私今日向こうにたちますの。だからその前に言わなくてはと思って」
するとアレクは頷き、ソントの頬を撫でる。
「わかっている、心配しないで。全て知っているんだ。今日は緊張しないで私に全て任せるんだよ」
そう言った。ソントはアレクがカーリーのことを言っているのだと思った。
スマートに自分の思いと別れを告げようと思っていたソントも、最後の最後まで想い人が違う女性の心配をしていることにショックを受け涙があふれた。
アレクは驚いて、ソントの瞳を覗き込んだ。
「お願いだから不安にならないで」
そう言って指で涙を拭いた。ソントはその手をつかんで、自身の顔から遠ざけると言った
「私はアレクを愛しておりました。でもそんなに気を遣っていただかなくとも、カーリーとの仲を邪魔したりいたしません。今日、伯父のところに向かいます。あちらで幼馴染みのベンと結婚しようと思ってます。今日は、ちゃんとお別れを言うために来たのです。今までありがとう、幸せになって下さい。さよなら!」
そう言うとその場から駆け出した。全速力で走り抜け、なんとかエルビー家の門までたどり着いた。思わず振り向いたが、アレクは追いかけてこなかった。
朝早くから出掛けたソントを心配して出てきていた、執事が出迎えてくれた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
そう言ってソントの顔を見ると
「お出掛け前に湯浴みをなさいますか?」
と訊いた。思い切り泣き顔のソントに理由を訊かず、湯浴みをすすめてくる優しさに涙がこぼれそうだったが、ぐっとこらえた。
「そうね、そうするわね。ありがとう」
その後ゆっくり湯浴みをして、最終的に荷物のチェックをした。
237
お気に入りに追加
432
あなたにおすすめの小説
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。
その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。
学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために
ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。
そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。
傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。
2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて??
1話完結です
【作者よりみなさまへ】
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
婚約者が私にだけ冷たい理由を、実は私は知っている
黎
恋愛
一見クールな公爵令息ユリアンは、婚約者のシャルロッテにも大変クールで素っ気ない。しかし最初からそうだったわけではなく、貴族学院に入学してある親しい友人ができて以来、シャルロッテへの態度が豹変した。

婚約者である皇帝は今日別の女と結婚する
アオ
恋愛
公爵家の末娘として転生した美少女マリーが2つ上の幼なじみであり皇帝であるフリードリヒからプロポーズされる。
しかしその日のうちにプロポーズを撤回し別の女と結婚すると言う。
理由は周辺の国との和平のための政略結婚でマリーは泣く泣くフリードのことを諦める。しかしその結婚は実は偽装結婚で
政略結婚の相手である姫の想い人を振り向かせるための偽装結婚式だった。
そんなこととはつゆ知らず、マリーは悩む。すれ違うがその後誤解はとけマリーとフリードは幸せに暮らしました。

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

「婚約の約束を取り消しませんか」と言われ、涙が零れてしまったら
古堂すいう
恋愛
今日は待ちに待った婚約発表の日。
アベリア王国の公爵令嬢─ルルは、心を躍らせ王城のパーティーへと向かった。
けれど、パーティーで見たのは想い人である第二王子─ユシスと、その横に立つ妖艶で美人な隣国の王女。
王女がユシスにべったりとして離れないその様子を見て、ルルは切ない想いに胸を焦がして──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる