モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー

文字の大きさ
上 下
3 / 6

3

しおりを挟む
 案内が終わると、カリールは部屋を去っていった。これから今度はシャンディを案内して歩くのだろう。
 王太子殿下も大変だと思いながら荷解きをした。

 そのあとで、部屋に侍女がやってくると今後の予定を説明された。
 一日の過ごし方や、今後の行事などここに滞在する二週間しっかりスケジュールが組まれていた。

 ケイトには個人的に教師がつくことになっていて、それはおそらく婚約者候補が少ないため、一人一人につけるのかもしれなかった。
 とにかく、ケイトはシャンディと顔を会わせなくてすむだけでも有り難いと思った。

 教育内容はもちろん礼節から始まり、ダンスレッスンに外交時の礼儀や、他国の歴史、文化、そして、この大陸における自国の立ち位置など、たかが候補にそこまで教えてもよいのか? と思うような内容まで教わった。
 夜は、外交時の対応を学ぶために実際に夕食をとりながらマナーを一から学んだ。

 そしてどんなに忙しくとも、必ずカリールと共に過ごす時間が用意されていた。それは中庭であったり、客間であったりと色々な場所で調度品などの説明を受けながらお茶を楽しんだ。

「大変ではないか? 疲れてはいないか?」

 そう言ってカリールは、いつもケイトを気づかってくれていた。
 ケイトは初めて学ぶ内容が楽しくて仕方がなかったので、正直にそう伝えるとカリールは満足そうに頷いた。

 最初の頃、ケイトはカリールと話すときにとても緊張した。だが、カリールはそんなケイトに優しく朗らかにいつも面白い話をしてくれたので、緊張せずに話せるようになってきていた。

 そして、そんなカリールにケイトはだんだんと心惹かれていった。





 そんなある日のこと、別棟の近くを通ったときにばったりシャンディに出くわしてしまった。

「あら、貴女まだ王宮にいましたのね。別棟にいないからわたくしてっきり、貴女はもう帰ったのだと思っていましたわ。別棟にもいれてもらえないだけでしたのね。そうそう、わたくし毎日殿下にお会いしてますのよ? わざわざわたくしの顔を見にお立ち寄りになられて下さるんですの。お忙しくなさっておいでなので、すぐに戻られてしまいますけれど。貴女は殿下にお会いになったことがありまして?」

 ケイトはカリールとは毎日お茶を楽しんでいるとは口が裂けても言えないと思い、しどろもどろになった。

「いいですわ、無理しなくても。わかってますわ、お会いになったことがないのですわよね? 仕方のないことですわ。それに、貴女マナーが悪くて毎日徹底的にマナーを学ばされているんですって? もちろんわたくしにはそんな必要ありませんもの、教育は免除になりましてよ? ふふふ、なにをやっても無駄でしょうけれど、貴女もせいぜい頑張ったらいいですわ」

 シャンディはそうやって好き放題言うと、満足したのか去っていった。

 ケイトはどういうことなのだろうと混乱した。優しいカリールは、選ばれるはずもないケイトに同情して、毎日相手をしてくれているのだろうか。

 ヒロインではないケイトが選ばれるはずもなく、考えても答えはでなかった。

 とりあえず、教師がケイトにしかついていないことには納得した。

わたくしってば物知らずで、マナーも悪かったんですのね」

 思わずそう呟いた。




 教師から色々学び、普段では滅多に会うことのできないカリールとお茶の時間を過ごしたりと、ケイトはここで過ごした二週間を、あっという間だったと思った。

 最初は乗り気ではなかったが、今ではここの生活を楽しいとさえ思い、帰るのを少し残念に思った。
 なによりも、これでカリールとお別れなのだと思うと、それがなによりもつらかった。
 だが、カリールが自分の婚約者を決めるのは泣いても笑っても明日と決まっている。

 ケイトは潔く自分の荷物をまとめるように、王宮のメイドたちにお願いした。
 メイドたちは鍵を取り出すと、壁にあるカリールが必要になったら使うと言っていたドアを開けた。そして、そこから笑顔でどんどん荷物を運び出していった。
 その様子をみて、ケイトはあのドアは外か裏口にでも繋がっていて、ここを出るときに使うものだったのかとぼんやり思った。

 有能なメイドたちにより、あっという間に室内は元の客室に戻った。
 明日にはあのシャンディとカリールが結ばれるのだ。そう考えると、胸の奥がギュッとしめつけられるような感覚に襲われた。
 たった二週間という短い間だったが、カリールに優しくされ毎日数時間共に過ごすうちに、ケイトはカリールに恋していた。

 結ばれなくても良い。そもそも最初から結ばれることはないとわかっていた。だから、潔くあきらめてここを去ろう。ケイトはそう思いながらベッドに潜った。

 翌朝、いつものように準備された朝食を取ると、午前中にカリールとのお茶の時間がもうけられていたので、部屋でカリールが来るのを待った。

 いつものように部屋に現れたカリール。

「今日は候補として会うのは最後だ。私は君に特別なことをしたいと思う。一緒に宮廷内を散歩しないか?」

 ケイトはあまり優しくされると、別れるのがつらくなると思いながらも頷き差し出されるカリールの手を掴んだ。

 カリールにエスコートされ、どこへ向かうのだろうと思いながら黙ってついて行くと、裏庭に出た。

「君の部屋からも見えると思うが、改めて案内させてもらおう。最後の特別な日に、ここを案内したかった」

 そう言われて裏庭を見渡すと、手入れされた庭は色とりどりの花々が咲き乱れ、庭師により丁寧に借り上げられた垣根は、芸術的と言う言葉がしっくりくるぐらいモダンで、見ていて飽きることのないものだった。

 ケイトはぼんやりと、昔この庭を散策したくて親と一緒に訪れたお茶会で忍び込んだことを思い出す。
 あの時、兵士に捕まっていたらただ事ではすまなかっただろう。
 鉢合わせしてしまったカリール本人もお忍びであったことは、ケイトにとってついていたかもしれないなどと思い返す。

「本当に素敵なお庭ですわね、わたくしこうして殿下とここを歩いたこと、こんなわたくしにもお心を砕いて下さったこと決して忘れませんわ」

 ケイトがそう言ってカリールを見つめると、カリールも熱のこもった眼差しで見つめ返す。

「私も君との出会いをずっと忘れないだろう」

 しばらくそうして庭園で見つめ会ったのち、お互いに微笑み合った。

 ケイトは、これは二人の特別なお別れの挨拶なのだと思った。

 そして、自分の手を掴むこの手の温もりを自分は一生忘れないだろう。そう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

悪役令嬢は楽しいな

kae
恋愛
 気が弱い侯爵令嬢、エディット・アーノンは、第一王子ユリウスの婚約者候補として、教養を学びに王宮に通っていた。  でも大事な時に緊張してしまうエディットは、本当は王子と結婚なんてしてくない。実はユリウス王子には、他に結婚をしたい伯爵令嬢がいて、その子の家が反対勢力に潰されないように、目くらましとして婚約者候補のふりをしているのだ。  ある日いつものいじめっ子たちが、小さな少年をイジメているのを目撃したエディットが勇気を出して注意をすると、「悪役令嬢」と呼ばれるようになってしまった。流行りの小説に出てくる、曲がったことが大嫌いで、誰に批判されようと、自分の好きな事をする悪役の令嬢エリザベス。そのエリザベスに似ていると言われたエディットは、その日から、悪役令嬢になり切って生活するようになる。 「オーッホッホ。私はこの服が着たいから着ているの。流行なんて関係ないわ。あなたにはご自分の好みという物がないのかしら?」  悪役令嬢になり切って言いたいことを言うのは、思った以上に爽快で楽しくて……。

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位) 第12回ネット小説大賞 小説部門入賞! 書籍化作業進行中 (宝島社様から大幅加筆したものを出版予定です)

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します

nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。 イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。 「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」 すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。

処理中です...