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 宮廷に向かう馬車の中で、ケイトはあのシャンディと対峙しなければならないことを考えると、暗い気持ちになった。

 宮廷には婚約者候補のための別棟があり、ケイトたち婚約者候補はそこに集められるだろう。そうなれば、同じ棟内であのシャンディと生活しなければならない。

 婚約者候補は今回は少なくケイトとシャンディしかいなかった。これもゲームとは違っていた。

 ゲーム内ではヒロインのシャンディは、ライバルである他の五人の令嬢と競い合いながら、カリールや他の攻略対象と仲良くなり誰かと結ばれるといった設定だった。
 攻略対象には一人づつライバルがいて、それが他の候補の令嬢だったはずだ。

 やはり現実はゲームとは違うのだと、ケイトは改めて思った。

 宮廷の中に通され、部屋へ案内されるとそこにシャンディがいた。愛くるしいという言葉がぴったりの彼女は、まさにヒロインといった感じであった。

「あら、ごきげんよう。貴女が選ばれましたのね。早めに他の候補者は選ばれないよう、先手を打っておいてよかったですわ。残った令嬢は貴女ぐらいしかいませんでしたのね」

 そう言って、ケイトを上からしたまで見ると、鼻で笑った。

わたくしが選ばれたも当然ね」

 ケイトはシャンディはあんなに可愛らしいのに、なぜこんなに辛辣なことを言うのだろうと、ガッカリした。
 そして、絶対に関わりたくなかったので消極的に動くことを心に誓いながら、シャンディに頭を下げると、シャンディから一番離れた目立たない場所にある椅子に腰かけ、呼ばれるのを待った。

 すると、部屋がノックされ侍女が入ってきた。

「ヒロイエン公爵令嬢、別棟のお部屋へご案内致します」

「あら、殿下はいらせられませんの?」

「はい。王太子殿下はのちほどお会いになられるそうです」

「そうなんですの、わかりましたわ」

 そう言うと、侍女に気づかれないようケイトを小馬鹿にしたような笑いを向けたあと恭しく言った。

「では、サンクーネ男爵令嬢、お先に失礼させていただきますわね?」

 ケイトもお辞儀を返し、シャンディを見送った。シャンディがいなくなったことで、室内が少し快適になった気がした。

 大きく伸びをするとケイトは改めて室内を見渡し、宮廷になど滅多にこれるものではないし、せめてこの雰囲気だけでも楽しむことにした。

 するとそのときノックもなくドアが開いた。

 ケイトは慌てて立ち上がりそちらを見ると、カリールがそこに立っていた。それに気づくと、ケイトは慌ててカーテシーをする。それを見てカリールは微笑んだ。

「こんにちは、ケイト。よくきたね。君は疲れているだろうが、これから宮廷内を案内しようと思っている」

「お気遣い有り難く存じます。疲れてはおりませんので、大丈夫でございます」

 誰が案内してくれるのだろうと思い、頭を下げていると、目の前に手を差し出されたのでケイトはその手を取って顔をあげた。すると、それはカリールの手であった。

 驚きのあまり、手を離そうとするがその手はカリールに強く握り返される。

「君はもう逃げられないよ?」

「あの、逃げるつもりはございません、ただ王太子殿下自ら案内されるのかと思い、驚いてしまっただけで……。不快な思いをされたのなら、申し訳ございませんでした」

 カリールはそれを聞いて嬉しそうに笑った。

「いや、逃げるつもりがないのならいい。謝る必要はない。では、行こう」

 そう言ってエスコートし始めた。ケイトは驚いてカリールに訊く。

「お、恐れながら申し上げます」

「なんだい?」

「あの、本当に王太子殿下が案内を?」

 カリールは立ち止まると、ケイトに向き直る。

「だからそう言っている。もしかして、嫌なのか?」

 カリールは少し不安そうな顔をした。

「いえ、とんでもないことでございます」

「そうか、ならいい」

 そうして、微笑むとカリールは楽しそうに宮廷内を案内してくれた。
 一つ一つ丁寧に部屋の用途についても教えてくれたので、こんなことまで自分に話してしまって大丈夫なのだろうか? と、少し心配したほどだった。
 一番最後にケイトがこれから使う部屋に案内される。それは宮廷の一階の角部屋で、窓が広く裏庭の庭園が良く見える部屋だった。

「気に入ってくれると良いのだが」

「ありがとうございます。裏庭が見えてとても素敵なお部屋で気に入りました」

 そう答えると、カリールは満足そうに頷いた。

「そうか、君は花が好きなようだからね」

 そこで、ケイトは恐る恐る質問する。

「あの、婚約者候補は別棟の部屋ではないのですか?」

 カリールは苦笑いをする。

「うん、本来はね。だが、君にはここを使ってもらうことになった」

 よくはわからないが、数合わせで候補に入ったので他の令嬢とは違うのかもしれないと思った。
 そして不意に、寝室に続いている扉とは違う壁にもドアがついているのを見つけた。

「そうなのですね。ところであちらは、どの部屋に続いているのでしょうか?」

「そのドアは鍵がかかっていて、開かないようになっている」

「そうなんですのね」

「そう、今はね。そのうち必要になれば、そのドアを使うようになるだろう」

 ケイトはなんのことだかわからなかったが、とりあえず頷き笑顔で答える。

「わかりましたわ」

 すると、カリールはケイトの手をとりその指先にキスをした。

「この二週間を、私はものすごく楽しみにしていた。君にも楽しく過ごして欲しい」

 ケイトを熱のこもった眼差しで見つめると、カリールは嬉しそうに微笑んだ。ケイトにはその笑顔がとても眩しく感じた。
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