上 下
15 / 24

15

しおりを挟む
 アメリは涙目でじっとシメオンを見つめ目で訴えたが、シメオンは動じる様子もなく言った。

「デザートも用意してある。何時間かかろうと私は構わない」

 そして、楽しそうにパンを小さくちぎると、アメリの顔に近付けた。

「ほら、アメリ、口を開けてごらん」

 そう言ってアメリの唇に手に持っているパンを優しく押し当てる。アメリはそんな強引なシメオンに気圧され、抵抗することを諦めて口を開けた。

 そうしてシメオンは、パンもスープもゆっくりと一口づつアメリの口へ運び、口元にスープがこぼれると、それを指で拭き取り自身の口へ運んだ。

「いけません、お願いですからそのようなことはなさらないでください! シメオン様、こんなことをして楽しいのですか?」

「うん、楽しいよ。食べるという行為を、こんなにもあでやかに感じたのは初めてのことだ」

「あ、あでやか?!」

 思わず声が上ずった。

「君はバロー家でしっかり教育を受けているだろう? だから上品な所作が自然と身に付いている。そういったことは、自分では気づかないものだから驚くのも無理はないかもね。さぁ、食事を続けるよ」

 シメオンは微笑むと、デザートの葡萄を一粒アメリの口に入れた。

 朝食が済んだ後も、シメオンがアメリを放すことはなく、アメリはずっとシメオンの膝の上で過ごした。

「シメオン様、今日のご予定は? ここにいらして大丈夫なのですか?」

「今日は君を探しに外へ出ていることになっているから、問題ない。君が屋敷を出ると置き手紙してくれていて助かったよ」

 アメリは責められているような気になった。

「も、申し訳ありません」

「なぜ謝る? 君が私を捨てようとしたから?」

「捨てるなんてそんな!」

「じゃあなぜ出て行こうとしたんだ?」

 アメリは黙り込んだ。その様子を見て、シメオンはアメリの頬を撫でて言った。

「君が非道な人間じゃないことはわかっている。なにか理由があるんだろう? いつか私にその理由を話してくれると良いんだが。まだそこまで信頼してくれていないのだね。そういった意味では私はまだ君を守りきれていないな……」

「ごめんなさい」

「君は謝ってばかりだね」

 そう言うと悲しそうに微笑んで、アメリを抱きしめた。

「君の母親が事故に合ったあの日、静かに私の胸の中で泣く君を見て思ったんだ。これからは、この世のすべての苦しみから君を守ろうと。だから、なにか悩んでいたり、心に抱えているものがあるなら私にすべて話してくれないか」

「シメオン様、ごめんなさい」

 そうアメリが呟くと、シメオンは優しくアメリの頭を撫でた。

 こんなにも優しいシメオン様に、心から愛する女性であるリディではなく、自分を愛して欲しいなんて言えるはずがない。

 アメリは、自分さえこの状況を受け入れ我慢すれば良いことなのに、邪な気持ちを抱えているばかりにみんなを不幸にしていると罪悪感を覚えた。

 それでもきっと、シメオンが目の前で他の女性と過ごしているのを見たら、きっとシメオンを恨むようになるだろう。

 だから離れなければならない。

 アメリはそう自分に言い聞かせた。

 そうしてアメリはシメオンと二人きりでその部屋で甘やかされ続けた。その間決心が何度も揺らぎそうになり葛藤しながら過ごしていた。

 シメオンの甘やかし方は相当なものだった。

 二人でいる時は必ずシメオンがアメリに食事を食べさせ、アメリの身の回りの世話は着替えも髪をとくことも、すべてシメオンがこなした。

 言っても無駄だろうと思いながらも、何度か今まで自分でやっていたことは、自分でやりたいと訴えてはいたが、当然聞き入れてもらえなかった。

「君は私から楽しみを奪うの?」

 アメリの訴えにシメオンは笑顔でそう返した。

 そんな日々の中、屋敷を出ようという決心がゆらいできたある日、窓の外をぼんやり眺めていると突然シメオンが背後からアメリを抱きすくめ、アメリを窓から引き離した。

「また出て行くことを考えてたのか?!」

「シメオン様、違います! 私はただ外の景色を眺めて考え事をしていただけで……」

「考え事? どうやったらここから出られるかってことを考えてた?」

 アメリは自分を抱きしめるシメオンの腕にてを添えた。

「本当に、そんなことは考えておりません。ただ」

「ただ?」

「もうそろそろ庭師のリコが、花壇に新しい花を植える頃だろうと見ていただけです」

「本当に?」

「本当です」

 そう言ってアメリはシメオンの頭を撫でた。シメオンはその手を取ると、頬擦りして手のひらにキスして言った。

「すまない」

 アメリは自分がこんなにもシメオンを不安にさせてしまっていることを、申し訳なく思った。

 これだけ大切に扱われて、なんの不満があるというのか。アメリは覚悟を決めて答えを出さなければと思うようになった。

 そんなある日、シメオンは部屋を出る前にドアの前で立ち止まると、振り向きつらそうな顔をしてじっとアメリを見つめた。

 どうしたのだろうかとアメリも見つめ返していると、不意にシメオンは言った。

「アメリ、愛してる」

 そうして悲しげに微笑むと、部屋を出ていった。

 その瞬間アメリの心臓は早鐘のように打ち始めた。もちろん、シメオンの言っている『愛している』という言葉がアメリの期待するものではないことはわかっている。

 だが、これだけ自分を思ってくれているのなら妹でも構わないではないか。シメオンが女として見てくれなくても、私たちは他の人とは違う絆のようなものがあるではないか。

 そう思うと、アメリは決心した。こうして求められる限り一生そばにいよう。

 シメオンが出ていったドアを見つめながら、アメリは自分の気持ちをすべてシメオンに告白することを決意していた。

 そう決めるとアメリは居ても立ってもいられず、室内をうろうろしながらシメオンがもどってくるのを待った。

 シメオンがもどってくる数時間がアメリにとっては数日のように感じられた。

 そして、ようやくシメオンが戻ってくるとアメリは笑顔で出迎えたが、シメオンはつらそうな顔をして目を逸らした。

 アメリは困惑しながらシメオンに尋ねる。

「シメオン様、どうかされたのですか? あの私、大切なお話があるのですが……」

「そうか、私も君に大切な話がある。きっと君にとって朗報だろう」

 朗報なのに、なぜつらそうな顔をしているのだろうと思いながら、シメオンに尋ねる。

「なんでしょうか?」

 するとシメオンはソファーに座るようアメリを促した。そうして並んで座ると、シメオンは口を開いた。

「実は君は何者かに命を狙われていたんだ」

「私の命を、ですか?」

「そうだ。覚えているか? バッカーイの森で私たちが毒矢に射たれそうになった時のことを」

「もちろんです」

「あの時確実に矢は君を狙っていた」

 なぜ?

 アメリは戸惑いながら自分にそこまで恨みを持つものがいるのかとショックを受けた。

 するとシメオンはアメリを慰めるかのように、アメリの肩をさすった。そして、話を続ける。

「それで君に外に出る時は報告するように言っていた。しかも、君が出て行こうとしたからこんな手荒な真似をした。本当にすまなかった」

 アメリはこの時、シメオンが決定的ななにかを言おうとしていると予感しながら尋ねる。

「では、その話を今するということは犯人は見つかったと言うことですか?」

「いや、まだだ。だからこそ君はここにいないで、出て行った方がいいと考えた。私は君を解放したい」

 その言葉にアメリは目の前が真っ暗になった。シメオンは、拒絶を繰り返すアメリに見切りをつけたのだろう。

 一介のメイドであるアメリを狙うものなど、いるはずがない。遠回しに言っているが、屋敷から出て行けということなのだ。

「そう、ですか」

「私も君には出ていってもらいたくないと思っている。だが、私は君の意思を尊重したい。君は出て行きたいのだろう?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...