上 下
42 / 48

41

しおりを挟む
 カーレルは翡翠にいつも着ていた外套を差し出した。翡翠は驚いてそれを受けとると、カーレルに尋ねる。

「わざわざここまで持ってきてくださったんですか」

「そうだ。その、君にはこれを着ていてほしい」

 恥ずかしそうにカーレルにそう言われ、翡翠はカーレルがこの外套をそういった意味でプレゼントしてくれていたのだと、このときやっと気づいた。

「わ、わかりました」

 翡翠は顔を赤くしながら、なんとかそれだけ答えると外套を受け取りすぐに着替えた。

「似合っている」

 そう言われ、翡翠はこの外套を着ることでカーレルに抱きしめられているような気持ちになった。

 そんなやり取りをしている二人を見て、ファニーが苦笑して言った。

「あ~、二人ともさぁ、回りに僕たちがいるの忘れてるよね~」

 それを受けて周囲の者たちがクスクスと笑うと、翡翠はうつむいたがカーレルは平然とした顔で言った。

「これが日常になるのだから、問題ない」

 その台詞に、さらに恥ずかしくなった翡翠は我慢できずに手で顔をおおった。




 もう昼を過ぎていたため、今日はフルスシュタットへ戻りそこでゆっくりすることになった。

 フルスシュタットへの帰りの道中、オオハラが申し訳なさそうに翡翠に微笑みかけると言った。

「先ほどは驚かれたでしょう? 僕が裏切ったのではないかと」

 翡翠はうなずく。

「もう、本当に終わりかと思いました」

「すみません。もっと穏便な作戦を模索していたのですが彼女、なかなか尻尾を出さなくて。かなり狡猾な女性でしたからね」

 そこでカーレルが説明し始めた。

「実は旅の途中、何度も妨害にあった」

「そうなんですか? まったく気づきませんでした」

 するとラファエロがそれを聞いて驚いた顔をした。

「じゃあ、なぜ途中から俺が旅に同行したと?」

「それは、その、私の監視かと……」

「なんだって? そりゃないだろ」

 そう言ってラファエロは苦笑する。一方カーレルはとても悲しそうに微笑んで言った。

「私は君にずっとそんなふうに思わせてしまっていたのか……。だからいつもつらそうな、それでいて悲しそうな顔をしていたのだな」

 翡翠は驚いて、カーレルの顔を見つめる。

「なぜそう思うのですか?」

「学校でどれだけ私がジェイドを見ていたと思う? 君のことならよくわかっている」

 そんなことを言われ、翡翠は恥ずかしくなり慌てて視線を逸らすとうつむいた。

 カーレルはそんな翡翠の顔を覗き込んで言った。

「今は恥ずかしいからうつむいているね? 恥ずかしいときは無意識に手をぎゅっと握る癖がある」

 そう言われて、翡翠は思わず握っていた手のひらを見つめていると、その横でカーレルは嬉しそうに話を続けた。

「それに君が『大丈夫ですよ?』と言ったときは大丈夫ではないし、怒ったときはなにも言わずに落ち着くまで距離を取って自分の中で折り合いをつけてしまう。悲しいときや不安があるときはうつむいたあと、突然顔を上げて微笑んだり……」

 黙っていればカーレルはいつまでもこの話を続けそうな勢いだったので、翡翠は慌ててカーレルを制した。

「も、もういいです!! もう十分かりましたから」

「そうか、まだあるんだが……。そうそう、君の口癖は『あの』だ」

 自分でも気づいていないことまで言われ翡翠はあまりの恥ずかしさに、顔から火が出そうだった。

 翡翠としてサイデュームに戻ってきてから、カーレルに観察されているのは気づいていたが、それは監視しているからだと思っていた。

 だが、監視ではなくそういった対象として見られていたのだ。

 しかも、まったくこちらに関心がないと思っていたジェイドのころから、ずっとそういった気持ちでカーレルがこちらを観察していたと知って、嬉しいやら恥ずかしいやらで落ち着かない気持ちになった。

 そのとき、ラファエロが声を出して笑った。

「ジェイドはやっぱり気づいてなかったか。どれだけカーレルがジェイドに執着していたかなんて」

 翡翠は驚いてラファエロの顔を見る。

「いえ、あの、執着していたのは私のほうで……」

 否定しようとする翡翠を遮って、ラファエロは続ける。

「いやぁ、ちがうちがう。ジェイドは気づいていなかったがジェイドが俺と話をしてるとき、いや、俺以外にも異性と話をしているときは、そのうしろですごい顔で牽制していた」

「うるさい、黙れラファエロ」

 そう言い返すカーレルの顔を翡翠がそっと盗み見ると、以前学校でもしていたようにそっぽを向いていた。

 翡翠はこれはカーレルが機嫌を悪くしたときのサインだったことを思い出し、慌てる。

「殿下、申し訳ありません。そんな、殿下が私に執着していたなんて、そんなことは絶対にあり得ないことだとわかっていますから」

 そう言うと、カーレルは前方を向いて咳払いをしたあと、しばらくして決心したようにこちらを見て照れくさそうに言った。

「いや、違う。ラファエロが言ったことは本当だ。私は君にやや執着しすぎていたようだ」

 それにラファエロが返す。

「ややだって? お前、あれはややなんてもんじゃなかっただろう。お陰で俺以外は誰もジェイドには近づけなかったんだから」

「ラファエロ、余計なことを言う必要はない」

 カーレルはそう言うと、またそっぽを向いた。

 そのときカーレルの耳が赤くなっていることに気づいた翡翠は、昔カーレルにジェイドが気持ちを伝えたときに、同じような反応をしていたことを思い出す。

「殿下、もしかして今照れていますか?」

 翡翠がそう質問するとオオハラが苦笑しながらカーレルに声をかける。

「殿下、こういうときにしっかり気持ちを伝えないと、また翡翠が誤解してしまいますよ」

「わかっている」

 カーレルは不機嫌そうにそう答えると、恥ずかしそうに翡翠に向き直った。

「翡翠、私はだな、君に……、君に自分の弱さを見せたくない。だからこんな顔を見られるのが嫌なだけだ」

「は、はい」

 そこでカーレルははっとして付け加える。

「言っておくが、私が弱くなるのは君のことだけだ。君以外のことでこんなにも感情に振り回されることはない」

 そう言われて翡翠の心臓は一気に脈打つのを早めた。それはつまり、カーレルが翡翠に特別な感情を抱いているということだからだ。

 翡翠は顔が焼けそうだと思うほど赤面しながら答える。

「は、はい。もうわかりましたから……」

 そして翡翠はいたたまれなくなりうつむきフードの縁を引っ張り深くかぶり直す。

 すると、カーレルがそのフードを取った。

「殿下、なにを!」

「このフードはもう必要ないだろう」

「でも、突然そんなことを言われても。あの恥ずかしいので……」

 翡翠が戸惑っていると、カーレルは翡翠に優しく微笑む。

「なにも恥ずかしいことはない。君は堂々としていていい」

 そういう意味じゃないんです!

 翡翠は心の中でそう叫んだ。どうやらカーレルは、自分が言ってしまったことの意味をわかっていないようだった。

 そんなことを話しているうちに、翡翠たちはフルスシュタットに到着し借りているという屋敷へ向かった。

 エントランスに入るとカーレルが呟く。

「少しこの街でゆっくりするのもいいかもしれない」

 カーレルがそう言うと、ファニーが慌てた様子で言った。

「ちょっと待って!! そんなにゆっくりなんてしてられないって~。だってさぁ~、キッカでいろいろ準備が進んでるでしょう? エミリアたちだって大急ぎで準備して待ってるよぉ~」

 するとカーレルが慌てた様子で言った。

「まて、それはまだわからない。本人に確認をしていないからな」

「え~、もうそんなの確認しなくても~。あっ! でもそうだよねぇ、ちゃんと気持ちを伝えないと! こういうのって、乙女にとってはとても大切なことだもんねぇ」

 そう言って翡翠を見つめる。カーレルは慌てて答える。

「それ以上はなにも言うな、黙れ、ファニー」

 ファニーは翡翠の顔を見て、意味ありげな笑みを浮かべていた。翡翠は訳がわからず、カーレルとファニーの顔を交互に見つめた。

「翡翠、今の話は気にしないでいい。ファニーはもう部屋に戻ったらどうだ?」

「は~い。んじゃ僕は先に部屋で休ませてもらうねぇ~」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

原作ゲームで闇堕ちして死んだ推し(ラスボス)の少年時代が落ちてたので、愛でて貢いで幸せにする

チャトラン
BL
不遇な少年時代を送ったせいで闇落ちし、勇者に殺されるという運命を辿った推し(ゲームのラスボス)。 そんな推しが少年時代を過ごした牢獄と、推しの死に嘆き苦しむ強火モンペファンの自宅押し入れが繋がった。なんで? 理屈は何も分からないけど、凍えて飢えて苦しんでいる推し(少年のすがた)(ベリベリキュート)が目の前にいるんだから思いっきり貢いで愛でて、なんなら原作で仕入れた情報を吹き込んで、悲しいラスボスなんかじゃなく健やかハッピーなイケメンに育て上げるしかないな……と好き勝手やっていたら、死にかけていた推しはすくすくラスボス系美丈夫に育ったし、周りの人にはなんか気まぐれで未来予知をしていくすごい神様扱いされていた社畜お兄さんの話。 ♢♢♢♢ ラスボス系美少年(成長します)×黙ってれば美人系メンタルムキムキ強火モンペファンのお兄さん 推しを養いたい、推しの幸せを一番近くで見たい、推しの望むもの全てをあげたい。そんなお兄さんが、気がついたら自分の人生丸ごとあげちゃうまで……を書く予定です。 どうか深く考えずに読んでください。 ざまぁ展開はほぼない。R展開もだいぶ後。 他サイト様にも公開しています。 ブクマ、感想などいつもありがとうございます。

ハルシャギク 禁じられた遊び

あおみなみ
恋愛
1970年代半ば、F県片山市。 少し遠くの街からやってきた6歳の千尋は、 タイミングが悪く家の近所の幼稚園に入れなかったこともあり、 うまく友達ができなかった。 いつものようにひとりで砂場で遊んでいると、 2歳年上の「ユウ」と名乗る、みすぼらしい男の子に声をかけられる。 ユウは5歳年上の兄と父親の3人で暮らしていたが、 兄は手癖が悪く、父親は暴力団員ではないかといううわさがあり、 ユウ自身もあまり評判のいい子供ではなかった。 ユウは千尋のことを「チビ」と呼び、妹のようにかわいがっていたが、 2人のとある「遊び」が千尋の家族に知られ…。

絶倫獣人は溺愛幼なじみを懐柔したい

なかな悠桃
恋愛
前作、“静かな獣は柔い幼なじみに熱情を注ぐ”のヒーロー視点になってます。そちらも読んで頂けるとわかりやすいかもしれません。 ※誤字脱字等確認しておりますが見落としなどあると思います。ご了承ください。

アルファポリスでホクホク計画~実録・投稿インセンティブで稼ぐ☆ 初書籍発売中 ☆第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞(22年12月16205)

天田れおぽん
エッセイ・ノンフィクション
 ~ これは、投稿インセンティブを稼ぎながら10万文字かける人を目指す戦いの記録である ~ アルファポリスでお小遣いを稼ぐと決めた私がやったこと、感じたことを綴ったエッセイ 文章を書いているんだから、自分の文章で稼いだお金で本が買いたい。 投稿インセンティブを稼ぎたい。 ついでに長編書ける人になりたい。 10万文字が目安なのは分かるけど、なかなか10万文字が書けない。 そんな私がアルファポリスでやったこと、感じたことを綴ったエッセイです。 。o○。o○゚・*:.。. .。.:*・゜○o。○o。゚・*:.。. .。.:*・゜。o○。o○゚・*:.。. 初書籍「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」が、レジーナブックスさまより発売中です。 月戸先生による可愛く美しいイラストと共にお楽しみいただけます。 清楚系イケオジ辺境伯アレクサンドロ(笑)と、頑張り屋さんの悪役令嬢(?)クラウディアの物語。 よろしくお願いいたします。m(_ _)m  。o○。o○゚・*:.。. .。.:*・゜○o。○o。゚・*:.。. .。.:*・゜。o○。o○゚・*:.。.

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

βの花が開くまで(オメガバース)

赤牙
BL
大学での寮生活が始まり、ひょんなことからアルファであるアランのルームメイトとなったベータのケイ。 アメリカから留学してきたばかりのアランとの生活に当初は戸惑うが、持ち前の明るさとアランの優しい性格により楽しい二人暮らしが始まる。 大学生活も順調だったある日、アランがオメガのフェロモンにあてられ帰宅する。 ラット状態のアランは、ケイに助けを求めてきて…… オメガバースの世界のお話です。 ベータの青年ケイくんが、アルファのアランに愛されまくってベータ→オメガに変化する後天性オメガの設定となっています。 留学生アルファ×もさもさちびっ子ベータ

私を狙う男

鬼龍院美沙子
恋愛
私はもうすぐ65になる老人だ。この私を欲しがる男が告白してきた。

処理中です...