上 下
24 / 48

24

しおりを挟む
 こうしてみんなに気を遣ってもらい楽しい時間を過ごし、翌朝は早くに屋敷を出てヘルヴィーゼの首都フンケルンへ向かった。

 ヘルヴィーゼ国は国土がとても小さく、夕方には首都であるフンケルンへ到着した。

 国境付近の街並みは、サイデュームとあまり変わらなかったがフンケルンに入ると一気に雰囲気が変わった。

 フンケルンはサイデューム国と違い丸みを帯びた白亜の建物が多く、その形も独創的なものが多い。

 そしてブルーを好む傾向にあるのか、建物内部の装飾はほとんどがブルーで統一されていた。

 比較的温暖な地域だが湿度が低いのか空気がカラッとしており、どの屋敷もドアを開け放って外の空気を取り入れるだけで涼しく過ごせる。

 そして、どの屋敷も中が見えないよう入口にブルーの布がかけられているため、夕日に染められた白亜の建物から、ブルーの長い布が風ではためいていてとても美しい光景だった。

 そんな美しい街並みを馬車の中から眺めていると、翡翠たちは間もなく首都にあるニクラスの屋敷へ到着した。

 ニクラスの屋敷も例に漏れず白亜の丸みのある建物で、庭の装飾のほとんどがブルーで統一されている。

 ジェイドだった頃は急いでいたため、街中をこうしてじっくり眺める時間はなく、あらためてここに来られて感激していた。

 屋敷内に案内されると、国境付近の屋敷で受けた以上の最上級のもてなしを受けた。

 屋敷内の美しいヘルヴィーゼ・ブルーの装飾品を見せてもらい、その美しさに魅了されているとラファエロが翡翠に耳打ちする。

「ニクラスのやつ、こうやって国力を見せつけているんだろうな。きっと俺らは、国内のどこでも素晴らしいもてなしを受けられるはずだ」

 すると、ニクラスはそれに気づいたのかラファエロを見るとにっこりと笑った。ラファエロは呆れたように呟く。

「嫌みなやつだな」

 そんな中カーレルはいつもと変わらぬ様子で翡翠をエスコートしており、どう思っているのかはその表情からは読み取れなかった。

 部屋へ案内され、引き続きエミリアが身の回りの世話をしてくれたので、翡翠はほっとしたのと同時にゆっくりくつろぐことができた。

 目的であるフンケルンの『スタビライズ』には次の日に訪問する予定だったので、翡翠は早々に休ませてもらうことにした。

 翌朝、早めに朝食を終えて支度をすると、お茶を飲んで出掛ける時間までゆっくりとしていた。

 そこへ、ニクラスが一人で訪ねてきた。

 今までニクラスと会うときはカーレルやラファエロが一緒だったが、翡翠一人でニクラスに会うのはこれが初めてで、なにを言われるのかと少し不安に思った。

「翡翠、おはようございます。お茶を楽しんでいたのですか?」

 ニクラスはそう言って優しく微笑んだ。

「はい、お茶もお菓子もとても美味しいです。それに私がくつろげるようみなさん親切に最大限のもてなしをしてくれているので、居心地がいいんですよ?」

「それはよかった。なにか困ったことがあれば仰ってください。ところで『スタビライズ』には二人で行くことになりました」

 翡翠は首をかしげる。今までカーレルが翡翠になにも言わずにそばを離れたことはない。

 それに、カーレルが離れるときは必ずラファエロが同行していた。カーレルもラファエロも抜きにどこかへ出かけるなど考えられなかった。

「あの、このことはカーレル殿下はお許しになってくださったんですか? いえ、ブック首相を疑っているわけではありません。ただ、カーレル殿下には勝手に行動するなと注意されているので」

 すると、ニクラスは苦笑して答える。

「もちろん許可してくれましたよ。そもそもヘルヴィーゼ国では『スタビライズ』を置いている中央制御室に国家機密となる物が多く置かれていますから、外部の者は立ち入りを禁じているのです」

 それを聞いて翡翠は納得した。確かにジェイドのころ訪れたとき、『スタビライズ』から力を抽出するために様々な機械が取り付けられているのを目にした。

 しかも、それらには一見してかなり高度な技術を使っているのもわかった。

「そうなのですね、わかりました。私はカーレル殿下がお許しになったならそれに従います」

 そう答えると、ニクラスが差し出した手を取った。

 ヘルヴィーゼ国ではサイデューム国と違い、『スタビライズ』を教会が管理しておらず、国の研究機関が管理し専門の研究所に保管されている。

 翡翠はニクラスにエスコートされその研究所へ向かった。

 向かう途中、ニクラスは優しく翡翠に言った。

「この国では、そのフードをかぶらなくても大丈夫です。堂々となさってください」

 だが、翡翠にとって街中でフードを取るなどとんでもないことだった。

 それはニクラスもわかっているはずなのに、なぜそんなことを言うのだろうと翡翠は不思議に思いながらニクラスを見つめた。

 すると、その翡翠の様子に気づいたニクラスが苦笑して答える。

「この国には、元首が連れて歩く人物に対して失礼な態度を取るような愚か者はいません」

 その一言でこの国でのニクラスの権力がどれほど強大なものなのかがうかがわれた。だが、それでもフードを取らない翡翠を見て、ニクラスは付け加える。

「それにあなたはなんら恥じる行動は取っていないではないですか」

 確かに、と翡翠は思う。だが、それは翡翠のことであってジェイドのことではない。

「すみません、フードをかぶっていると安心するので」

 そう答えると、ニクラスは悲しそうに微笑んだ。

「あなたがそうおっしゃるなら」

 研究所に入ると『スタビライズ』の保管場所まで何ヵ所かのセキュリティを通過することになったのだが、もちろんニクラスはチェックを受けることなくそれらを通過し進んでいく。

 そして。その先に『スタビライズ』はあった。

 停止されているとはいえ、いまだに研究が続けられているようで、何人かの研究者や技術者らしき人々が『スタビライズ』を囲んでいた。

 ニクラスはそこにいる研究者や警備の者に下がるように命令すると、翡翠に向き直る。

「今は動きを停止していますが、これがフンケルンの『スタビライズ』です」

 翡翠はそっと『スタビライズ』に触れた。そして当時のことをまざまざと思い出していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)

夕立悠理
恋愛
 伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。 父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。  何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。  不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。  そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。  ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。 「あなたをずっと待っていました」 「……え?」 「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」  下僕。誰が、誰の。 「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」 「!?!?!?!?!?!?」  そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。  果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

処理中です...