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 そう答えながらも、誰かの手柄だとしてもきっとカーレルが間接的に関与しているに違いないと思った。

 そんな会話をしているうちに翡翠たちの馬車は国境を越え、そこで窓の外に不思議な光景を見つける。

「あの、あそこに楽団がいるようですが......」

 カーレルは翡翠の肩越しに窓の外を覗き込む。

「あぁ、どうやら出迎えてくれているようだ」

「出迎え?」

 その質問にラファエロが答える。

「隣国の王太子殿下と賢人が訪問するんだ、出迎えがあって当然だろう」

「えっ?! 今回はお忍びの訪問なのではないのですか?」

 翡翠が驚くとラファエロは苦笑した。

「こちらがそれで構わないと言っても、向こうはそれでは済まさないだろうな」

 質問すればするほど謎が深まるばかりで、翡翠が困惑していると急に馬車が止まった。どうしたのかと訝しんでいると、カーレルがぼそりと呟く。

「来たぞ」

 そして馬車のドアノブに手をかけ、一息置いてからドアを開けると言った。

「ブック首相、わざわざここまで出迎えてくれてありがとう」

「よく来てくれた。待っていた」

 ニクラスが何人かの大臣を引き連れ出迎えていた。翡翠はそんなニクラスと目が合うと、慌てて視線を逸らしてうつむいた。

 楽団が荘厳な音楽を奏でる中、カーリルは素早く馬車を降りると作り笑顔でニクラスと握手しながら言った。

「出迎えとは嬉しい限りだが、わざわざ君がここまで来なくともヘルヴィーゼの首都へ向かうと伝えたはずだが?」

 するとニクラスはカリールの手を強く握り返し、満面の笑みで答える。

「翡翠がいらっしゃるなら私はどこへでも出迎えるといったのを、君に断られしょうがなく自国で出迎えたのだよ。なんなら君の国へ出向くと言ったのにね。さぁ、翡翠に挨拶をさせてくれ」

 そう言って馬車を覗き込むと、翡翠に向かって手を差し出し優しく微笑む。

「翡翠、お待ちしておりました。私はあなたに会えることをとても待ちわびていたのですよ」

 そう声を掛けられ翡翠は自分の立ち位置がよくわからず戸惑っていると、カーレルが翡翠を背後に隠して言った。

「ブック首相、彼女が戸惑っている」

 ニクラスはカーレルを一瞥する。

「どうやら君は彼女を独り占めするつもりらしい」

 そう言って、翡翠に差し出した手を引っ込めた。カーレルは作り笑顔を崩さずに、ニクラスに答える。

「そういう問題ではない。これはデリケートな問題だと理解してもらいたい」

「わかっている。だが、それでも最初から君一人で彼女に同行することを私は納得していないことを覚えておいてほしいものだ」

 その会話から、ニクラスが翡翠の正体を知っているのだと分かった。だとしたら、ニクラスの言わんとしていることは理解できる。

 おそらくジェイドの生まれ変わりである翡翠が召喚されると知ったとき、ニクラスは『スタビライズ』を停止するという大罪を犯した翡翠を引き渡すように要求したのかもしれない。

 だが、カーレルはそれを突っぱねてくれたということなのだろう。

 そう思いながら二人を見ると二人とも口元だけ笑ってはいるが目が笑っておらず張り詰めた空気が流れた。

 せっかく友好的になっていた関係が、自分のせいで緊張関係に戻ってしまうのではないかと翡翠は不安になる。

「カーレル殿下、もし私の身柄を引き渡すことで問題が解決するのならば、私のことは構わず国益を優先させてください」

 見ていられずにそう訴えると、カーレルは慌てて振り返えり翡翠を見つめて言った。

「その必要はない。君を引き渡すなんてとんでもないことだ」

 するとニクラスもカーレルの言葉に頷く。

「そのとおりです。無理強いなどしたくありませんから。もしご自身の意思で我が国へいらっしゃるなら、そんなに光栄なことはありませんが」

 翡翠はニクラスのその温和な雰囲気に驚いた。以前会ったときのニクラスならば地位と力を求め、先ほどの翡翠の意見に賛成していただろう。

 それが今は翡翠を気遣うようなそぶりを見せている。

 それでも、ニクラスはヘルヴィーゼ国の元首を務めている存在だ、相手に見せたい自分を演じるのは容易いことだろう。翡翠はそう考え油断しないことにした。

 ニクラスはそのまま翡翠に優しく微笑むと言った。

「ここまで出迎えたのは、翡翠に長旅の疲れを癒してもらいたかったからです。このすぐ先にゆっくり休める場所を準備しています。まずはそこへ案内しましょう」

 そう言うと、もう一度翡翠に手を差し伸べた。翡翠はここでその手を拒めばカーレルの立場が悪くなるかもしれないと考えその手を取り馬車から降りた。

 するとニクラスは嬉しそうに微笑み、翡翠の腰に手を回すと用意されている大きな馬車にエスコートした。それに続いてカーレルとラファエロも馬車に乗り込む。

 国境を超える手前の村もそうだったが、ヘルヴィーゼ国がわも検問所前は大きく様変わりしていた。

 道は美しいタイルで整備され、手前側は市場などでにぎわい露店が並び、その奥へ進むと大きな屋敷が立ち並んでいた。

 馬車が走る道の両脇には民衆たちが深々と頭を下げて立っている。

「彼らもみな翡翠が来るのを歓迎しているのですよ」

 ニクラスにそう耳打ちされ、カーレルといい民衆たちに翡翠のことをどう説明しているのか不思議に思った。

 そのまま大通りを進んでいくと、明らかに他の屋敷より大きなお屋敷があり馬車はその屋敷の敷地に入っていく。

「ここは私の屋敷です。心置きなくゆっくりしていらしてください」

 そうしてやっと馬車が屋敷の前に着くと、ニクラスは先に降りて翡翠が馬車から降りるのを手伝ってくれた。

 カーレルもそれに続き馬車から降りると、素早く翡翠の手を取り腰に手を回し自身の方へ翡翠を引き寄せて言った。

「ここから先は、私が翡翠をエスコートする」

 ニクラスはそれを見て苦笑する。

「わかった」

 そう言うと後ろからやってきたファニーを一瞥しカーレルに質問する。

「あれは道化師? 君たちは宮廷道化師を連れ歩いているのか」

「そうだ。あんな外見だが、役に立つこともあるのでね」

 ファニーはそんなことを言われているとは気づきもせず、ニクラスの部下に何やら話しかけては大笑いしている。ニクラスはそんなファニーをしばらく観察したあと言った。

「なるほどな」

 そう一言呟くと、翡翠に向き直り屋敷へ入るように促した。
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