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そこでカーレルはふと気づいたように翡翠に尋ねる。
「彼は君を知っているようだったが、会ったことが?」
翡翠はどうごまかそうか考えながら答えた。
「えっと、詳しくは思い出せませんけれど、ジェイドのころ確かにティヴァサ国の森の近くで彼に会ったと思います」
「そうか、ティヴァサ国の近くか。では、ティヴァサ国の『スタビライズ』を停止した前後に会ったのだな」
きっとカーレルは今『スタビライズ』を停止したことを責めているわけではないのだろうが、翡翠はその言葉に一瞬ドキリとしながら答える。
「わかりません。そうかもしれません」
「そうか……」
カーレルはそう呟き、翡翠を見て心配そうな顔をした。
「どうした? なんだか元気がないようだ」
「え? いえべつにそんなことはありません。大丈夫ですよ?」
するとカーレルは、翡翠の瞳の奥を覗き込むように見つめたあと残念そうに言った。
「君はもう少し私に甘えても良いと思うのだが……」
「いえ、とんでもないです。いつも甘えさせてもらってます」
それを聞いてカーレルは悲しそうに微笑んだ。
翡翠は自分が悪いことをしたはずなのにこんなに優しくしてもらうのが申し訳なくなり、思わず黙ってうつむいた。
その横でラファエロが膝に頬杖をついて呆れたように言った。
「おーい、俺のことは無視か? この狭い空間で二人の世界を作らないでほしいね」
「ご、ごめんなさい! 二人の世界とか、そんなことはありません!」
慌てて翡翠がそう答える横で、カーレルは不機嫌そうに言った。
「お前が邪魔なだけだ、嫌なら降りろ」
「はぁ? 忘れてないか? 俺は護衛なんだよ。お前のほうこそ自嘲しろ。ったく、やってらんないぜ」
ラファエロがそう返したところで、馬車は動き出した。
こうしてファニーに遭遇した以外、特に問題なく蒼然の森を抜けることができた。
ミデノフィールド区域に入るとすぐに村があり、その日はその村で一晩休むとのことだった。
先に馬車を降りたラファエロが、後方を見つめて言った。
「あのファニーとか言う変人たちもここで休憩するみたいだ」
「そうだろうな。目的地が一緒ならずっと一緒に行く事になるだろう」
そう言いながらカーレルは馬車を降り、翡翠に手を差し延べた。
その手を取ろうとした瞬間、遠くから聞き覚えのある声がした。
「カーレル殿下!!」
声の方を見るとそこには、こちらに全速力で駆け寄るミリナがいた。
なぜここに彼女が?!
そう思っていると、ミリナはカーレルに飛び付いた。
そんな二人を見て翡翠は手を引っ込めると、そっと馬車から降りた。
カーレルは少し迷惑そうにミリナを自分の体から引き離し、そんな様子を見ていたラファエロは呆れたような顔をした。
「お前、全然変わらないな」
ミリナはラファエロに気づくと、カーレルから離れぴょんぴょんと跳び跳ねる。
「ラファエロ! あなたもいたのね!」
「いたら悪いか?」
「もう! いっつもそんな言い方するんだから! 可愛くないわね!」
「可愛くなくて結構」
三人とも顔見知り、というよりは旧知の親友のように親しい間柄のようだった。
もしかして、ラファエロがカーレルに絡むのはミリナが関係あるのかもしれない。
そんなことを思いながら、翡翠はそっと後退りするとその場から離れたところにあるベンチに腰かけた。
そのとき、馬車から降りてきたファニーと目が合った。
翡翠は見てはいけないものを見てしまったような気がして、慌てて視線を逸らすとうつむいた。
「エンジェル! 君なんで一人なのさ!」
やはり翡翠に気づいたファニーに声をかけられる。
「いえ、あの、みんな忙しくて……」
「はぁ?! ありえなーい!! でもぉ、考えてみればそれって僕がエンジェルを一人占めできるってことだよね!」
そう言うと、翡翠の隣に座った。
「その外套、いかしてるね!」
突然そう言われ、翡翠は自分の姿を見て苦笑する。
「そうでしょうか? 私はとにかく殿下にいただいた物を着ているだけなので」
「だよね~。あの根暗王子ってばさぁ、見かけによらず結構独占欲が強いよね!」
この世界では、伴侶や恋人にはドレスを贈る風習がある。それは、この女性は私のものですと誇示する目的もある。
だが、この外套は翡翠が用意できなかったから仕方なしにカーレルが用意してくれたもので、そこに特別な意味などなかった。
「ファニーさん、あの、なにか勘違いされているみたいですけれど、この外套はそういった意味でプレゼントされたものではないのです」
するとファニーは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「えっ? そういった意味以外でこんな外套プレゼントする王子なんているの?!」
「えっと、言っている意味がよくわかりませんがそういうことになります」
するとファニーは驚いた顔のまましばらく翡翠を見つめ、楽しそうに笑った。
「あはははは! エンジェルってば最高~! 本当に可愛いねぇ。あんな王子に捕まっちゃって可哀そうだけどさぁ」
翡翠はそんな様子のファニーを見て苦笑した。
「あの、ファニーさんはドレスのデザインに詳しいのですか?」
そう質問すると、ファニーはピタリと笑うのを止め満面の笑みで答える。
「流石エンジェル~! やっぱりわかるぅ? 僕ってば多才でさぁ、色んなことに興味があるわけ~。それでなにをするか迷っちゃっててさぁ~。だって、どの分野でも僕ってば必要とされてんじゃん?!」
「あの、はい……」
「はぁ~、本当に天才ってつらいよねぇ」
そう言ってファニーは大きくため息をついた。
翡翠はなんと答えてよいものかわからず、困惑したがファニーが女性のドレスを目で追っているのに気づいて言った。
「でもファニーさん、やっぱりドレスが好きなんですね」
「そりゃあね! 女の子ってさぁ、ドレス一つでその日の気分も変わるじゃん! それにドレスって、ただ着飾るだけのためのものじゃないんだよねぇ~」
「確かに言われてみるとそうですね。でも、そんなふうに考えられるなんて素敵ですね」
そう答えると、ファニーはじっと翡翠を見つめたあと突然叫んだ。
「あー! 僕ってばなんか今、閃いたかもしんない!!」
なにを閃いたのだろう?
驚きながらファニーを見つめていると、向こうからカーレルが翡翠を呼ぶ声がした。
そちらを見ると、カーレルが慌ててこちらに駆け寄って来るところだった。
「翡翠! すまない、君を一人に……。ファニー、貴様もいたのか」
そう言ってファニーに警戒しながら翡翠に近づくと手を取り、立ち上がらせて自分の方へ引き寄せた。
ファニーは楽しそうにベンチからぴょんと立ち上がると敬礼をした。
「エンジェルのことはぁ、僕がお守りしてました~! 目を離しちゃいけません!」
そう言われカーレルは面食らったような顔をしたが、ハッとして翡翠に向き直って言った。
「確かにそのとおりだ、すまない」
翡翠は首を横に振る。
「いいえ、私も勝手にそばを離れたのがいけませんでした」
そのとき、カーレルの背後から肩越しにミリナが顔を覗かせた。
「私が殿下に会いにきちゃったからだよね、ごめんね」
翡翠はミリナに微笑んで返す。
「違いますよ、そんなに気を使わないでください」
すると、カーレルはミリナの視界から翡翠を隠し、優しく微笑んだ。
「それより翡翠、疲れただろう。宿泊先の準備はできてるようだ。さぁ、行こう」
そう言って翡翠の腰に手を回すとエスコートした。
仕方なくとはいえ、ミリナに対しこの状況を申し訳なく思いそちらを見ると、ミリナは翡翠の視線に気づいて楽しそうに微笑んだ。
そんなに余裕でいられるのは、ミリナとカーレルがお互い深く信頼しているからに他ならない。
そう考え、翡翠は嫌な考えに襲われそうになりそれを必死で振り払った。
翡翠たちが歩く後ろをファニーも付いてきたので、ラファエロが声をかける。
「お前、なにどさくさに紛れて付いてきてんだ?」
「ひっどいな~、その言い方! 違うよぉ、僕も君たちと同じ宿なんです~! だってこの村、宿は一ヵ所しかないも~ん」
「そうかよ」
ラファエロはそう答えると無言で歩き始めた。
「彼は君を知っているようだったが、会ったことが?」
翡翠はどうごまかそうか考えながら答えた。
「えっと、詳しくは思い出せませんけれど、ジェイドのころ確かにティヴァサ国の森の近くで彼に会ったと思います」
「そうか、ティヴァサ国の近くか。では、ティヴァサ国の『スタビライズ』を停止した前後に会ったのだな」
きっとカーレルは今『スタビライズ』を停止したことを責めているわけではないのだろうが、翡翠はその言葉に一瞬ドキリとしながら答える。
「わかりません。そうかもしれません」
「そうか……」
カーレルはそう呟き、翡翠を見て心配そうな顔をした。
「どうした? なんだか元気がないようだ」
「え? いえべつにそんなことはありません。大丈夫ですよ?」
するとカーレルは、翡翠の瞳の奥を覗き込むように見つめたあと残念そうに言った。
「君はもう少し私に甘えても良いと思うのだが……」
「いえ、とんでもないです。いつも甘えさせてもらってます」
それを聞いてカーレルは悲しそうに微笑んだ。
翡翠は自分が悪いことをしたはずなのにこんなに優しくしてもらうのが申し訳なくなり、思わず黙ってうつむいた。
その横でラファエロが膝に頬杖をついて呆れたように言った。
「おーい、俺のことは無視か? この狭い空間で二人の世界を作らないでほしいね」
「ご、ごめんなさい! 二人の世界とか、そんなことはありません!」
慌てて翡翠がそう答える横で、カーレルは不機嫌そうに言った。
「お前が邪魔なだけだ、嫌なら降りろ」
「はぁ? 忘れてないか? 俺は護衛なんだよ。お前のほうこそ自嘲しろ。ったく、やってらんないぜ」
ラファエロがそう返したところで、馬車は動き出した。
こうしてファニーに遭遇した以外、特に問題なく蒼然の森を抜けることができた。
ミデノフィールド区域に入るとすぐに村があり、その日はその村で一晩休むとのことだった。
先に馬車を降りたラファエロが、後方を見つめて言った。
「あのファニーとか言う変人たちもここで休憩するみたいだ」
「そうだろうな。目的地が一緒ならずっと一緒に行く事になるだろう」
そう言いながらカーレルは馬車を降り、翡翠に手を差し延べた。
その手を取ろうとした瞬間、遠くから聞き覚えのある声がした。
「カーレル殿下!!」
声の方を見るとそこには、こちらに全速力で駆け寄るミリナがいた。
なぜここに彼女が?!
そう思っていると、ミリナはカーレルに飛び付いた。
そんな二人を見て翡翠は手を引っ込めると、そっと馬車から降りた。
カーレルは少し迷惑そうにミリナを自分の体から引き離し、そんな様子を見ていたラファエロは呆れたような顔をした。
「お前、全然変わらないな」
ミリナはラファエロに気づくと、カーレルから離れぴょんぴょんと跳び跳ねる。
「ラファエロ! あなたもいたのね!」
「いたら悪いか?」
「もう! いっつもそんな言い方するんだから! 可愛くないわね!」
「可愛くなくて結構」
三人とも顔見知り、というよりは旧知の親友のように親しい間柄のようだった。
もしかして、ラファエロがカーレルに絡むのはミリナが関係あるのかもしれない。
そんなことを思いながら、翡翠はそっと後退りするとその場から離れたところにあるベンチに腰かけた。
そのとき、馬車から降りてきたファニーと目が合った。
翡翠は見てはいけないものを見てしまったような気がして、慌てて視線を逸らすとうつむいた。
「エンジェル! 君なんで一人なのさ!」
やはり翡翠に気づいたファニーに声をかけられる。
「いえ、あの、みんな忙しくて……」
「はぁ?! ありえなーい!! でもぉ、考えてみればそれって僕がエンジェルを一人占めできるってことだよね!」
そう言うと、翡翠の隣に座った。
「その外套、いかしてるね!」
突然そう言われ、翡翠は自分の姿を見て苦笑する。
「そうでしょうか? 私はとにかく殿下にいただいた物を着ているだけなので」
「だよね~。あの根暗王子ってばさぁ、見かけによらず結構独占欲が強いよね!」
この世界では、伴侶や恋人にはドレスを贈る風習がある。それは、この女性は私のものですと誇示する目的もある。
だが、この外套は翡翠が用意できなかったから仕方なしにカーレルが用意してくれたもので、そこに特別な意味などなかった。
「ファニーさん、あの、なにか勘違いされているみたいですけれど、この外套はそういった意味でプレゼントされたものではないのです」
するとファニーは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「えっ? そういった意味以外でこんな外套プレゼントする王子なんているの?!」
「えっと、言っている意味がよくわかりませんがそういうことになります」
するとファニーは驚いた顔のまましばらく翡翠を見つめ、楽しそうに笑った。
「あはははは! エンジェルってば最高~! 本当に可愛いねぇ。あんな王子に捕まっちゃって可哀そうだけどさぁ」
翡翠はそんな様子のファニーを見て苦笑した。
「あの、ファニーさんはドレスのデザインに詳しいのですか?」
そう質問すると、ファニーはピタリと笑うのを止め満面の笑みで答える。
「流石エンジェル~! やっぱりわかるぅ? 僕ってば多才でさぁ、色んなことに興味があるわけ~。それでなにをするか迷っちゃっててさぁ~。だって、どの分野でも僕ってば必要とされてんじゃん?!」
「あの、はい……」
「はぁ~、本当に天才ってつらいよねぇ」
そう言ってファニーは大きくため息をついた。
翡翠はなんと答えてよいものかわからず、困惑したがファニーが女性のドレスを目で追っているのに気づいて言った。
「でもファニーさん、やっぱりドレスが好きなんですね」
「そりゃあね! 女の子ってさぁ、ドレス一つでその日の気分も変わるじゃん! それにドレスって、ただ着飾るだけのためのものじゃないんだよねぇ~」
「確かに言われてみるとそうですね。でも、そんなふうに考えられるなんて素敵ですね」
そう答えると、ファニーはじっと翡翠を見つめたあと突然叫んだ。
「あー! 僕ってばなんか今、閃いたかもしんない!!」
なにを閃いたのだろう?
驚きながらファニーを見つめていると、向こうからカーレルが翡翠を呼ぶ声がした。
そちらを見ると、カーレルが慌ててこちらに駆け寄って来るところだった。
「翡翠! すまない、君を一人に……。ファニー、貴様もいたのか」
そう言ってファニーに警戒しながら翡翠に近づくと手を取り、立ち上がらせて自分の方へ引き寄せた。
ファニーは楽しそうにベンチからぴょんと立ち上がると敬礼をした。
「エンジェルのことはぁ、僕がお守りしてました~! 目を離しちゃいけません!」
そう言われカーレルは面食らったような顔をしたが、ハッとして翡翠に向き直って言った。
「確かにそのとおりだ、すまない」
翡翠は首を横に振る。
「いいえ、私も勝手にそばを離れたのがいけませんでした」
そのとき、カーレルの背後から肩越しにミリナが顔を覗かせた。
「私が殿下に会いにきちゃったからだよね、ごめんね」
翡翠はミリナに微笑んで返す。
「違いますよ、そんなに気を使わないでください」
すると、カーレルはミリナの視界から翡翠を隠し、優しく微笑んだ。
「それより翡翠、疲れただろう。宿泊先の準備はできてるようだ。さぁ、行こう」
そう言って翡翠の腰に手を回すとエスコートした。
仕方なくとはいえ、ミリナに対しこの状況を申し訳なく思いそちらを見ると、ミリナは翡翠の視線に気づいて楽しそうに微笑んだ。
そんなに余裕でいられるのは、ミリナとカーレルがお互い深く信頼しているからに他ならない。
そう考え、翡翠は嫌な考えに襲われそうになりそれを必死で振り払った。
翡翠たちが歩く後ろをファニーも付いてきたので、ラファエロが声をかける。
「お前、なにどさくさに紛れて付いてきてんだ?」
「ひっどいな~、その言い方! 違うよぉ、僕も君たちと同じ宿なんです~! だってこの村、宿は一ヵ所しかないも~ん」
「そうかよ」
ラファエロはそう答えると無言で歩き始めた。
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