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 まさか、ラファエロも同じ馬車に乗るとは思ってもいなかった翡翠は、ラファエロが当然かのように同じ馬車に乗り込んだときとても驚いた。

 そんな翡翠を見て、ラファエロは微笑むと言った。

「俺は護衛なんだから同じ馬車に乗って当然だ」

 それを横で聞いていたカーレルは、わかりやすく大きくため息をついた。

 こうして三人での旅が始まった。

 カーレルとラファエロが言い合いをして、馬車内の空気が度々悪くなることもあったが、だんだんとそれにも慣れてしまい比較的楽しく過ごすことができた。

 それに実は、次の目的地であるミデノフィールド区域へ行くのを翡翠は少し楽しみにしていた。

 ジェイドだったころに、一度でもよいから行ってみたいと思っていた場所があったからだ。

『スタビライズ』を停止させるためにミデノフィールド区域へ行ったときは、観光などできるはずもなく当然その場所には立ち寄っていない。

 だが、今回はその場所の近くの村で休憩を取るとカーレルから聞いていたので、その場所に行くこともできるだろう。

 だが、ミデノフィールド区域に入る前に蒼然そうぜんの森という危険な森を通る必要があり、それだけが不安要素であった。

 蒼然そうぜんの森は、日中でも薄暗くモンスターの出没が多いため警戒して通る必要がある。

 ホークドライ区域でラファエロが旅に加わったのは、この森を抜けなければならないのも理由のひとつだろう。

「もうそろそろ森に入る」

 カーレルにそう声をかけられ、翡翠は少し緊張した。この時ほど己の無力さを呪ったことはなかった。

 緊張が伝わったのか、カーレルがそっと翡翠の手を握った。このときばかりは素直にカーレルの手を握り返した。

 カーレルの大きく、それでいて繊細な指が翡翠の手を包み込み、その温もりで安心することができた。

 しばらくは順調に進んでいたが、突然馬車が止まった。窓の外を見ても、モンスターに囲まれている様子もない。

 こんな森の真ん中で止まっていれば、モンスターたちの格好の餌食になってしまう。

 そう思っていると、カークがドアを叩いた。カーレルがそれに対応すると、カークはとても困った表情で報告した。

「殿下、大変申し訳ありません。道の真ん中に立ち往生している馬車がありまして、それをどうにかしなければここを通ることは難しいかと」

「仕方ない、手助けしてやれ」

「はい、承知しました」

 カークが走って戻って行くのを見送りながら、カーレルは呟く。

「なぜこんなところに人が?」

 すると、ラファエロが答える。

「山賊がこんなところにいるわけないしな。なんかきな臭いな」

「どういうことですか?」

 心配する翡翠を落ち着かせるようにカーレルは微笑んだ。

「大丈夫だ。なにかあっても君を守る」

 そのときドアが激しく叩かれる。

 何事かと思っていると、遠くからカークの声が聞こえる。

「お待ちください! その馬車には近づいてはいけません!!」

「え~! なんでぇ?! 僕はちょっとお礼を言いたいだけなんだけどぉ」

 その声にそっと窓の外を見ると、ピンク色の大きな羽がゆらゆら揺れているのが見えた。翡翠はその羽に見覚えがあった。

 もしかして、あのときの。

 そう思っていると、ドアが思いきりよく開かれた。

「あっ! 開いちゃったねぇ~。これは不可抗力だよ、僕がガチャガチャしたから開いたわけじゃないもん!」

 そこへ息を切らしたカークが押っ取り刀で駆けつけた。

「殿下、大変申し訳ございません。この者が立ち往生していた旅人でして、勝手に殿下にお礼を言いに行くと……」

 カークが説明しているのも構わず、旅人は被せて話し始めた。

「ってことは、あなたが王太子殿下?! わーお! あっ、自己紹介がまだだった~。僕は芸術をこよなく愛して放浪の旅をしているファニーと申します~。以後お見知りおきを」

 そう言ってオーバーに頭を下げた。

 ファニーは金髪碧眼で整った顔をしているが、ピンクの大きな羽のついたシルクハットにピンクの燕尾服を着た奇っ怪な人物だった。

 カーレルは鬱陶しそうに彼を見つめると、手で追い払うような仕草をした。

「うわぁ、根暗王子ってば酷くない? せっかくお礼を言いに来たのにさぁ~」

 カーレルは驚いてファニーを見つめて呟く。

「根暗……」

 しばらく気まずい時間が流れたが、突然ラファエロがこらえきれないとばかりに笑いだした。

「根暗ねぇ! 確かに違いない。こりゃ傑作だ! ファニー、俺はあんたを気に入った」

 翡翠も思わずそれにつられて笑ってしまった。すると、カーレルは驚いた顔で翡翠を見つめると微笑んだ。

「君がそんなふうに笑ってくれるのなら、この者の無礼も許そう」

 ファニーは嬉しそうに手をたたいた。

「さっすが~! やっぱり王子は懐が深いねぇ~。ね!」

 そう言ってファニーは翡翠の方を見たが、そのとき突然動きを止めた。そうしてそのまま数秒翡翠を見つめると、不思議そうに首をかしげる。

「あれ? エンジェルには前に会ったことがあるよねぇ? えっと、そうそうティヴァサの、国境近くの森で。あのときはさぁ、僕が山賊に絡まれてて~、そこにエンジェルが降臨して助けてくれたんだよねぇ?」

 すると、ラファエロが変なものを見るような目でファニーを見つめて言った。

「お前なに言ってんだ? 意味がわからない。エンジェルが降臨?」

「え~、だからぁ、そのまんまじゃん。僕が山賊に絡まれてたのを~、エンジェルが助けてくれたんだってば。ね!」

 そう話をふられどう返事をしたらよいか迷っていると、カーレルが自分の背中に翡翠を隠した。

「貴様の勘違いだ」

「いやいや、絶対そうだよぉ。今と少し雰囲気違うけどぉ、エンジェルを見間違うわけないも~ん」

 フードをかぶっているというのに、なぜファニーにジェイドだとばれたのか不思議に思いながらフードの縁を引っ張り深くかぶりなおすと、ファニーはそのまま不思議そうに翡翠を見つめて言った。

「なんで隠すのかわかんないけどさぁ、エンジェルがそうしたいなら僕もそうするね!」

 そう言って微笑んだ。

「とにかく、もういいだろう。礼はいらない」

 カーレルのその言葉でカークがファニーを無理やり連れていこうとした。

「ちょっ! やだやだ、ちょっと待ってよ! もうひとつお願いがあるんだってばぁ~」

 すると、カーレルは呆れたように訊く。

「今度はなんだ」

「この森ってば、超危ない森じゃん! でぇ、僕たちは手薄なわけ~。だからぁ、一緒に~、森を~、抜けたいなぁ~、なんて」

「勝手にすればいい」

「やった~、ありが……」

 カーレルはファニーのお礼を聞き終わる前にドアを閉めた。

「なんだって騒がしい奴だが、俺は嫌いじゃない」

 ラファエロが笑いながらそう言ったので、それを受けて翡翠はうなずいた。

「そうですね、とても怪しい感じはしますけど憎めないというか……」

 カーレルは大きくため息をついた。

「確かに、私もそこまで嫌いではない」

 それを聞いてラファエロが驚いた様子で言った。

「なんだ、珍しいこともあるもんだ。まぁ、そうじゃなけりゃ、あいつも命はなかっただろうしな」
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