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 ベッドに横たわり、ふかふかで寝心地のよい寝具に感謝しながら手足を伸ばすと翡翠はあっという間に眠りに落ちた。

 気がつくと翡翠はイーコウ村のジェイドの家の前に立っていた。

 不思議に思いながら、ドアを開けて中へ入るといつもの定位置にエクトルが座っている。

「父さん?!」

「翡翠、帰ったのか。待ってたよ。さぁ、ここに来て座りなさい」

 驚きながら中へ入ると、エクトルに促されるまま椅子に座った。

「父さん、体は大丈夫なの? いつここに戻ったの?」

 すると、エクトルは朗らかに笑った。

「そんなことはどうでもいいだろう。それより、お前は今つらい思いをしているんじゃないか?」

「えっ? なんでそう思うの?」

「そりゃ娘のことだからな、なんでもお見通しだ。それにな翡翠。お前はなにも悪くないんだ、そんなに心配することはないぞ?」

「なんで? どうしてそう言えるの? 私、悪いことしたんだよ?」

 すると、エクトルは首を横に振った。

「馬鹿なことを言うな。お前は悪いことなんてなにもしていないだろう?」

「でも……」

「大丈夫、みんなを信じなさい」

 そう言われた瞬間に翡翠は目が覚めた。

「夢? そうよね父さんが私を翡翠って呼ぶわけないもの」

 思わずそう呟いた。だが、エクトルは自分のことを心配して会いに来てくれたのかもしれないと思った。

「父さん、ありがとう」

 翡翠は涙をぬぐうとそう呟いた。

 エクトルの夢を見たせいか、今までの暗い気持ちが少し晴れて気持ちのよい朝を迎えることができた。

 すぐに起きあがると、素早く身支度を整え窓を開け放ち外の空気を吸った。

 本当にエクトルの言ったとおり、すべてがよい方向へいくような、なにかよいことがありそうなそんな気持ちになっていた。

 そのときドアがノックされ、翡翠は慌てて外套を着るとフードを深くかぶり、返事をしながらドアを開けた。

 すると、そこにラファエロとカーレルが立っていた。驚いて呆気にとられていると、ラファエロは無言で部屋に入ってきた。

「お前が翡翠か?」

 問い詰めるようにそう言われ、思わず後退りをする翡翠にラファエロはにじり寄ると、翡翠がかぶっていたフードを取った。

 その瞬間、ラファエロはとても嬉しそうな顔をすると、翡翠の顔を両手で包みこむようにつかんで瞳を覗き込んだ。

「ジェイド? 本当にジェイドなんだな?」

「ラ、ラファエロ様?」

 そう答えると、ラファエロは翡翠を強く抱きしめて叫ぶ。

「絶対に会えるって信じてたぜ!」

「あの、ちょっと待ってください」

 翡翠は戸惑い、ラファエロから離れようとするが、さらに強く抱きしめられみうごきがとれなかった。

「く、苦しいです……」

 そのとき、カーレルが翡翠とラファエロのあいだに入って二人を引き離した。

 そしてカーレルはラファエロの襟口をつかむと、そのまま力任せに壁に体を押し付け顔を近づけた。

「ラファエロ! お前、正気か?!」

 するとラファエロはニヤリと笑った。

「正気だが? なにか文句があるのか?」

 カーレルはじっとラファエロを睨みつける。そこで翡翠が慌てて声をかけた。

「あの、殿下、私は大丈夫です」

 カーレルは横目で翡翠を見たあとラファエロに視線を戻し、吐き捨てるように言った。

「そういう問題じゃない」

 その答えを聞いて、カーレルは翡翠の心配をしたわけではなく、ラファエロが翡翠という危険人物にそんな態度をとることに対し『正気か?』と言ったのだと気づいて思わずうつむいた。

 カーレルはしばらくラファエロをそうして睨んでいたが、翡翠がうつむいたのに気づくと、手を緩めラファエロを解放した。

 ラファエロは、つかまれて乱れた襟元を整え挑発的な笑みを浮かべた。

「じゃあ、どういう問題なんだ? お前は気にくわないみたいだが、俺が今日からジェイドの護衛に加わるのは上からのお達しだからな」

 そう言うラファエロに素早くカーレルは反応する。

「ジェイドではなく、翡翠だ」

「そうだったな、今は翡翠か」

 そう答えラファエロはあらためて翡翠に近づくと、目の前に立った。翡翠が思わず構えると、優しく翡翠の頭を撫でる。

「翡翠、さっきは悪かった。会えて嬉しくて思わずな。今日から護衛に加わるからよろしく」

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 翡翠がそう答えると、カーレルが横から翡翠の肩を抱いて引き寄せ、翡翠の頭を撫でるラファエロの手を払った。

「あまりそういうことをするな」

「あー、はいはい。お前、本当に昔からそういうところが変わらないな」

 そう言うと翡翠に向かって微笑む。

「今も昔も、苦労させられてるな。俺にしておけばこんなことで煩わせたりしないんだが」

 カーレルはラファエロの視界から翡翠を隠して言った。

「翡翠、あいつの言うことは本気にするな。それより朝食の準備ができてる。行こう」

 そう言ってカーレルは翡翠をエスコートして食堂へ向かった。

 昔から二人は仲が良いのか悪いのかわからないところがあったが、ここまでカーレルがラファエロに過剰反応するのは初めてだった。

 考えてみれば以前と状況が変わっている。以前に、この三人で一緒に行動をしていたのは学校内の話であり、さらに言えばそのころのジェイドは要注意人物ではなかった。

 今では翡翠は信頼ならない相手であり、旅をすればするほど記憶を取り戻しさらに危険人物になるのだから、カーレルが神経を使うのも当然だろう。

 翡翠は慌ててフードをかぶると、フードの縁を引っ張りさらに深くかぶった。

 カーレルに肩を抱かれたまま食堂へ行くと、朝食の準備はできているとのことで中へ通される。

 その食堂は角部屋で、外に面する場所には綺麗な細工ガラスの窓となっており、そこから朝日が差し込んでいた。

 そしてテーブルには色とりどりの花が飾られ、綺麗な食器に美しい盛り付けの食事が並び、とても幻想的な空間が演出されていた。

 その美しさと、久しぶりのまともな朝食を嬉しく思いながら、翡翠はカーレルから一番離れた席に座ろうとした。

 ところがそれを制され、隣に座らされる。そうして当然のようにカーレルと反対側の席にラファエロが座った。

 翡翠は二人に挟まれ、緊張しながら朝食を取り始めた。

 そこまでしなくても、食事中には逃げたりしないのに。

 そう思っていると、ラファエロが翡翠のフードを取った。驚いて再びフードをかぶろうとすると、それをカーレルが止めた。

「ここには誰も来ないように言ってある。フードを取って食べて構わない」

「わかりました、お気づかいありがとうございます」

 そう言って二人に頭を下げると、オレンジジュースのコップに口をつけた。

 そのときラファエロが体をこちらに向けて頬杖をつき、翡翠を見つめていることに気がついた。
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