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翡翠はカーレルが機嫌を悪くしたと思い慌てた。
「いえ、あの、ひやかすつもりはありません。ただ、素敵な二人だと……」
「そうか、だがそれは間違いだ。それだけわかってくれればいい」
それを聞いてあまりミリナとの関係に口出しされたくないのかもしれないと考えた。
そんなことを考えてぼんやりしていると、カーレルが翡翠の顔を覗き込んだ。
「少しは疲れが取れたようだ。今日は血色がいい」
そう言って微笑み、翡翠の手を取るとソファーに座るように促してその隣に座った。
「朝食をすませていない、付き合えるか?」
そんな時間があるのだろうかと思いながら、翡翠はうなずいた。
新鮮な卵で作ったスクランブルエッグと、厚切りベーコン。それにバターの香りがする焼きたてのクロワッサンが目の前に並んだ。
「とても美味しそうですね」
「そうか、よかった。遠慮なく食べてくれ」
「はい、いただきます」
翡翠はそう言って手を合わせてからクロワッサンを手に取り、ちぎって口に運んだ。そこで、不意にミリナは朝食を食べなくてよいのだろうかと疑問に思った。
「殿下、ミリナ様のお食事は?」
「彼女は先にすませている。気にする必要はない。ところでこれからの予定だが……」
そう言って今後の話をしだした。それを聞きながら翡翠は思う。
ミリナが朝食を食べたのならカーレルも一緒に食べるのが普通である。だが、ミリナにだけ先に朝食を食べさせたということは、もしかするとカーレルは翡翠と一緒に朝食を食べるため待っていてくれたのかもしれない。
そう思った瞬間、慌ててそんな考えを打ち消す。
そして、すぐに『もしかして……』と自分のいいほうへ期待してしまう自分が嫌になり、そんな甘い考えを振り払うとカーレルの説明に集中した。
「昨日学校の案内は終わっている。次はジェイドの赴任先だったフィーアタール区域へ行く予定だ」
「わかりました。よろしくお願いします」
そう言うと、朝食をすませ翡翠たちは出発の準備をした。
この世界の馬車馬には馬が早く走れるような魔力を込めた魔具を装着させ、途中回復魔法を使用しながら進むので早く長距離を走ることができる。
特に王宮が所有する馬車は一級品が使われているので、どの馬車よりも早く走ることができた。
それでも今回の旅はサイデューム国内を縦断し他国へ行くことになるので、かなりの長旅になるだろう。
そんなことを考えながら、カーレルにエスコートされ馬車へ乗り込む。すると、カーレルも翡翠と同じ馬車に乗り込んだ。
「あの、この馬車は殿下の馬車ですか? 申し訳ありません。今すぐに降ります」
そう言って降りようとする翡翠をカーレルは止めた。
「いや、君は私と同じ馬車に乗るんだ」
「私が殿下と同じ馬車にですか?」
「もちろんそうだ。一緒に旅をするのだから当然だろう」
それを聞いて翡翠は驚いてカーレルの顔を見つめた。本来未婚の男女が同じ馬車に乗るなどありえないことだったからだ。
当然翡翠はカーレルと一緒の馬車に乗ることになるとは思っていなかったので、狭い空間で長時間二人きりになることに戸惑った。
殿下は何を考えて私と同じ馬車に?
そう思った瞬間に気づく。きっとカーレルは翡翠を監視するためにこんな方法を取ったのだと。
翡翠はそこまで信頼されていないのかと少し落ち込んだが、それを悟られないように無理に笑顔を作った。
「では旅の道中、よろしくお願いします」
それだけ言うとなるべく意識しないよう、話しかけられないように窓の外を見て過ごすことにした。
外を見ると翡翠がジェイドだったころからたった数か月しか経っていないのに、街並みはだいぶ様変わりしていた。
建物は何ら変わりないがとにかく活気があり、人も増えたようだった。
街中の雰囲気を懐かしいと思って眺めていると、カーレルが翡翠の背後から一緒に窓の外を覗き込んだ。
「少し、建物の説明をしよう」
そう言ってカーレルは建物を指差しながら、丁寧に説明して聞かせてくれた。最初はカーレルとの距離が近くて緊張していた翡翠も、説明の内容を聞き入るうちにカーレルを意識しなくなってきた。
治安もよく、紛争もない。それは現王がとても上手に統治しているということを物語っている。
「これだけ国民に活気があるのは、きっと現王がそれだけ素晴らしいということですね」
そう言って振り返った翡翠は、真剣にこちらを見つめるカーレルの視線にぶつかり驚いて窓の外へ視線をもどした。
「国王だけの功績ではない。影の功労者たちの活躍あってこそ今がある」
翡翠はうつむきながら答える。
「は、はい。そうですよね。それを忘れてはいけませんよね」
しばらくしてちらりとカーレルの方を見ると、カーレルは窓の外へ視線をもどしていたので翡翠はそのまま寝たふりをすることにした。そうしてカーレルと距離を取りながら過ごした。
途中小さな村に寄りながら馬車に揺られること三日、やっとフィーアタール区域の騎士館へ到着した。
馬車が止まると、外れていたフードをもう一度深くかぶりなおし、先に降りていったカーレルを追いかけて馬車を降りた。
外に出て思い切り伸びをすると、フードの下からフィーアタール騎士館を見上げた。
モンスターの襲撃があったあの日も、こんなふうに雲一つない天気で午前中にやらなければならない掃除や、道具の点検に追われていたことを思い出した。
そうしてぼんやりしている翡翠の手をとり、カーレルは騎士館へ入っていった。
翡翠は自分がジェイドだとばれてしまうのではないかとひやひやしたが、カーレルが出迎えた騎士たちに翡翠のことを偉大な賢人だと紹介したお陰で、ジェイドだとばれることなく手厚くもてなされた。
「私は賢人を案内しなければならない。お前たちは私たちに構うな」
カーレルがそう命令すると、案内中騎士たちは誰もこちらに構うことはなかった。その代わりすれ違う時は深々と頭を下げていた。
騎士館は壊滅的な損害を受けたとは思えないほど修復されていた。
「本当に美しい場所ですね。私のいた世界でもこんなに格式のある美しい建物はあまりないんですよ」
そう言って隅々まで見て回る。
内装は一新され、ジェイドが働いていたころとはだいぶ違ってしまっていたが、それでも所々そのまま残っている場所もあり懐かしく思いながら見て回った。
そしてついにジェイドが瓦礫に足を取られ、死を覚悟したあの場所へ来た。そこは寄宿舎と本館をつなぐ廊下が伸びている場所で、ジェイドは寄宿舎側にいた。
そこでふと、モンスター襲撃直後になぜあんなにすぐにカーレルたちが現れたのか不思議に思った。
「殿下、ここで私はモンスターに襲われました。あの時なぜあんなに早く増援の騎士たちは駆けつけることができたのでしょう」
カーレルはその質問に驚き、翡翠の顔を見つめた。
「思い出したのか?!」
「はい、少しだけ。死を覚悟したあのとき、増援が来たことに気づいてとてもほっとしたんです」
「では、そのあとの事も?」
翡翠は首を振った。
「いいえ、その後のことは……。ですが、そのあと私は助けられたのですよね?」
そう翡翠が答えると、あきらかにカーレルはがっかりしたような顔をして答える。
「そうだ」
それを受けて翡翠は微笑むと、もう一度質問する。
「それで、どうしてあんなにタイミングよく増援できたのでしょう?」
「モンスターの大群がフィーアタール区域へ向かっているのを察知したからだ」
「そうだったのですね、さすが騎士団と言ったところでしょうか」
そう答えながら、当時カーレルがミリナを庇った姿をまざまざと思い起こす。
あのあと、少しでもカーレルはジェイドのことを心配してくれただろうか? いや、カーレルはジェイドのことなど気にすることなくさっさと自身の職務をまっとうすることに尽力しただろう。
そんなことを考えていると、カーレルがおもむろに言った。
「実は、私は用事があってこちらに向かっているところだった。それでモンスターの大群を察知し、大急ぎでここへ向かった」
「では、私たちはついてたのですね。増援が間に合ったからこそ助かったんですから」
そう言って微笑んだが、カーレルはつらそうな顔で答える。
「いや、あのときは間に合わなかった」
それを聞いて翡翠は訝しむ。
殿下はなにを言っているのだろう? ミリナ様をしっかり守ったではないか。
「いえ、あの、ひやかすつもりはありません。ただ、素敵な二人だと……」
「そうか、だがそれは間違いだ。それだけわかってくれればいい」
それを聞いてあまりミリナとの関係に口出しされたくないのかもしれないと考えた。
そんなことを考えてぼんやりしていると、カーレルが翡翠の顔を覗き込んだ。
「少しは疲れが取れたようだ。今日は血色がいい」
そう言って微笑み、翡翠の手を取るとソファーに座るように促してその隣に座った。
「朝食をすませていない、付き合えるか?」
そんな時間があるのだろうかと思いながら、翡翠はうなずいた。
新鮮な卵で作ったスクランブルエッグと、厚切りベーコン。それにバターの香りがする焼きたてのクロワッサンが目の前に並んだ。
「とても美味しそうですね」
「そうか、よかった。遠慮なく食べてくれ」
「はい、いただきます」
翡翠はそう言って手を合わせてからクロワッサンを手に取り、ちぎって口に運んだ。そこで、不意にミリナは朝食を食べなくてよいのだろうかと疑問に思った。
「殿下、ミリナ様のお食事は?」
「彼女は先にすませている。気にする必要はない。ところでこれからの予定だが……」
そう言って今後の話をしだした。それを聞きながら翡翠は思う。
ミリナが朝食を食べたのならカーレルも一緒に食べるのが普通である。だが、ミリナにだけ先に朝食を食べさせたということは、もしかするとカーレルは翡翠と一緒に朝食を食べるため待っていてくれたのかもしれない。
そう思った瞬間、慌ててそんな考えを打ち消す。
そして、すぐに『もしかして……』と自分のいいほうへ期待してしまう自分が嫌になり、そんな甘い考えを振り払うとカーレルの説明に集中した。
「昨日学校の案内は終わっている。次はジェイドの赴任先だったフィーアタール区域へ行く予定だ」
「わかりました。よろしくお願いします」
そう言うと、朝食をすませ翡翠たちは出発の準備をした。
この世界の馬車馬には馬が早く走れるような魔力を込めた魔具を装着させ、途中回復魔法を使用しながら進むので早く長距離を走ることができる。
特に王宮が所有する馬車は一級品が使われているので、どの馬車よりも早く走ることができた。
それでも今回の旅はサイデューム国内を縦断し他国へ行くことになるので、かなりの長旅になるだろう。
そんなことを考えながら、カーレルにエスコートされ馬車へ乗り込む。すると、カーレルも翡翠と同じ馬車に乗り込んだ。
「あの、この馬車は殿下の馬車ですか? 申し訳ありません。今すぐに降ります」
そう言って降りようとする翡翠をカーレルは止めた。
「いや、君は私と同じ馬車に乗るんだ」
「私が殿下と同じ馬車にですか?」
「もちろんそうだ。一緒に旅をするのだから当然だろう」
それを聞いて翡翠は驚いてカーレルの顔を見つめた。本来未婚の男女が同じ馬車に乗るなどありえないことだったからだ。
当然翡翠はカーレルと一緒の馬車に乗ることになるとは思っていなかったので、狭い空間で長時間二人きりになることに戸惑った。
殿下は何を考えて私と同じ馬車に?
そう思った瞬間に気づく。きっとカーレルは翡翠を監視するためにこんな方法を取ったのだと。
翡翠はそこまで信頼されていないのかと少し落ち込んだが、それを悟られないように無理に笑顔を作った。
「では旅の道中、よろしくお願いします」
それだけ言うとなるべく意識しないよう、話しかけられないように窓の外を見て過ごすことにした。
外を見ると翡翠がジェイドだったころからたった数か月しか経っていないのに、街並みはだいぶ様変わりしていた。
建物は何ら変わりないがとにかく活気があり、人も増えたようだった。
街中の雰囲気を懐かしいと思って眺めていると、カーレルが翡翠の背後から一緒に窓の外を覗き込んだ。
「少し、建物の説明をしよう」
そう言ってカーレルは建物を指差しながら、丁寧に説明して聞かせてくれた。最初はカーレルとの距離が近くて緊張していた翡翠も、説明の内容を聞き入るうちにカーレルを意識しなくなってきた。
治安もよく、紛争もない。それは現王がとても上手に統治しているということを物語っている。
「これだけ国民に活気があるのは、きっと現王がそれだけ素晴らしいということですね」
そう言って振り返った翡翠は、真剣にこちらを見つめるカーレルの視線にぶつかり驚いて窓の外へ視線をもどした。
「国王だけの功績ではない。影の功労者たちの活躍あってこそ今がある」
翡翠はうつむきながら答える。
「は、はい。そうですよね。それを忘れてはいけませんよね」
しばらくしてちらりとカーレルの方を見ると、カーレルは窓の外へ視線をもどしていたので翡翠はそのまま寝たふりをすることにした。そうしてカーレルと距離を取りながら過ごした。
途中小さな村に寄りながら馬車に揺られること三日、やっとフィーアタール区域の騎士館へ到着した。
馬車が止まると、外れていたフードをもう一度深くかぶりなおし、先に降りていったカーレルを追いかけて馬車を降りた。
外に出て思い切り伸びをすると、フードの下からフィーアタール騎士館を見上げた。
モンスターの襲撃があったあの日も、こんなふうに雲一つない天気で午前中にやらなければならない掃除や、道具の点検に追われていたことを思い出した。
そうしてぼんやりしている翡翠の手をとり、カーレルは騎士館へ入っていった。
翡翠は自分がジェイドだとばれてしまうのではないかとひやひやしたが、カーレルが出迎えた騎士たちに翡翠のことを偉大な賢人だと紹介したお陰で、ジェイドだとばれることなく手厚くもてなされた。
「私は賢人を案内しなければならない。お前たちは私たちに構うな」
カーレルがそう命令すると、案内中騎士たちは誰もこちらに構うことはなかった。その代わりすれ違う時は深々と頭を下げていた。
騎士館は壊滅的な損害を受けたとは思えないほど修復されていた。
「本当に美しい場所ですね。私のいた世界でもこんなに格式のある美しい建物はあまりないんですよ」
そう言って隅々まで見て回る。
内装は一新され、ジェイドが働いていたころとはだいぶ違ってしまっていたが、それでも所々そのまま残っている場所もあり懐かしく思いながら見て回った。
そしてついにジェイドが瓦礫に足を取られ、死を覚悟したあの場所へ来た。そこは寄宿舎と本館をつなぐ廊下が伸びている場所で、ジェイドは寄宿舎側にいた。
そこでふと、モンスター襲撃直後になぜあんなにすぐにカーレルたちが現れたのか不思議に思った。
「殿下、ここで私はモンスターに襲われました。あの時なぜあんなに早く増援の騎士たちは駆けつけることができたのでしょう」
カーレルはその質問に驚き、翡翠の顔を見つめた。
「思い出したのか?!」
「はい、少しだけ。死を覚悟したあのとき、増援が来たことに気づいてとてもほっとしたんです」
「では、そのあとの事も?」
翡翠は首を振った。
「いいえ、その後のことは……。ですが、そのあと私は助けられたのですよね?」
そう翡翠が答えると、あきらかにカーレルはがっかりしたような顔をして答える。
「そうだ」
それを受けて翡翠は微笑むと、もう一度質問する。
「それで、どうしてあんなにタイミングよく増援できたのでしょう?」
「モンスターの大群がフィーアタール区域へ向かっているのを察知したからだ」
「そうだったのですね、さすが騎士団と言ったところでしょうか」
そう答えながら、当時カーレルがミリナを庇った姿をまざまざと思い起こす。
あのあと、少しでもカーレルはジェイドのことを心配してくれただろうか? いや、カーレルはジェイドのことなど気にすることなくさっさと自身の職務をまっとうすることに尽力しただろう。
そんなことを考えていると、カーレルがおもむろに言った。
「実は、私は用事があってこちらに向かっているところだった。それでモンスターの大群を察知し、大急ぎでここへ向かった」
「では、私たちはついてたのですね。増援が間に合ったからこそ助かったんですから」
そう言って微笑んだが、カーレルはつらそうな顔で答える。
「いや、あのときは間に合わなかった」
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