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 役割を果たすために最後の『スタビライズ』がある場所へ行くとしても、それはとても遠い場所にあり、何日も旅しなければならないだろう。

 もしも『ジェイド』が消えずにもとの場所にあったなら、接触し力を取り戻してすぐにでも最後の『スタビライズ』に向かい停止できたかもしれない。

 だが、それが叶わないとわかった今、翡翠に残された選択は彼らに従うことだけだった。

「わかりました。よろしくお願いいたします」

 翡翠が頭を下げるとオオハラは微笑んだ。

「よかった。では、これからはカーレル殿下が案内してくれますから彼に従ってください」

 驚いた翡翠は、カーレルを見つめて言った。

「あの、ですがこのかたは王族のかたなのですよね? そんなかたが私を案内するだなんて」

「私は翡翠と一緒にいたい。嫌か?」

 思いもよらぬカーレルの問いかけに翡翠は驚き即答する。

「いえ、嫌なわけではありませんが」

「そうか、なら問題ないだろう」

 そう言ってカーレルはほっとしたように微笑んだ。それを見て翡翠はさらに驚く。ジェイドのころ、カーレルがそんなふうに柔らかく微笑むのを一度も見たことがなかったからだ。

 きっとミリナの影響だろう。

 そう思い至ると、ジェイドにはできなかったのにミリナはカーレルを変えることができたのだと気づいて、その事実につらくなり思わずカーレルから目を逸らした。

 それにカーレルは本当に翡翠と一緒にいたいわけではない。突然翡翠が記憶を取り戻したとき、翡翠から市民を守るために一緒に行動するのだろう。

 翡翠は自分に言い聞かせる。優しくされても勘違いしないようにしなければ。カーレル殿下たちはジェイドを裏切り者と思っているのだから、と。

 そしてそこまで考え信用されていない現状では、自分の役割や『ジェイド』のことを話したとしても信じてはくれないだろうと思った。

 とにかく『ジェイド』を見つけ、ミヒェルが姿を表したところで真実を話すのが一番効果的だろう。

「では、よろしくお願いいたします」

 翡翠はあらためてカーレルに頭を下げた。

「わかった」

 オオハラは二人の様子を見て頷くと、カーレルに言った。

「では殿下、まずは学校を案内してはどうでしょうか?」

「そうだな……」

 そう言うと、カーレルは翡翠を見つめる。

「だが、この格好では目立ちすぎる」

 オオハラも翡翠を見つめた。

「そうですね、確かに目立ちます」

 服装も目立つが、何より翡翠そのものがジェイドに似ているから目立つということなのだろう。

 もし、市民に見つかればただではすまされない。特になんの力もない今の翡翠では、なにかあったとき自分の身すら守ることもできない。

 そう思っていると、カーレルがメイドに目配せした。

 メイドは慌てて奥から黒い大きなフードのついた外套を持ってきた。

 その外套にはサイデューム国独特の紋様が刺繍されているが、そこまで派手ではなくとてもシックなものだった。

「その服の上からこれを羽織ればいい。これはアジャスト素材で作らせたものだ」

 そこでオオハラが口を挟む。

「殿下、今の彼女にはすべて説明しなければなりません」

「そうか、すまない。暑さや寒さを勝手に調節してくれる素材でできてるから、寒くなることも暑くなることもないだろう」

 アジャスト素材はとても高価な代物だった。まさかそんな高価な品物を準備してもらえるとは思わず、驚きながら頭を下げた。

「そんなに高価そうなものを、ありがとうございます」

 翡翠はありがたくメイドからそれを受けとると羽織って見せた。すると、それを見たオオハラが驚いてカーレルを見つめる。

「殿下、これは……」

 その反応を見て翡翠はオオハラに訊く。

「なんですか? どこかおかしいのですか?」

 不安になり、翡翠は着ている外套を自分でも見てみるが特に変わったところはない。オオハラはしばらく考えてから答えた。

「いえ、王家に詳しい者にしかわからないことですから。問題ないでしょう」

 そしてカーレルの顔を見て苦笑した。

 翡翠がカーレルの方を見るととても嬉しそうに翡翠を見つめ、目が合うと優しく微笑んだ。

「とても似合っている。ただ、外を歩くときはフードを被ったほうがいいだろう」

 そう言って、翡翠にフードを被せると手をつないだ。

「あの、カーレル殿下。手を繋ぐ必要がありますか?」

 驚いてそう尋ねると、カーレルは冗談っぽく微笑んで言った。

「もちろんだ、案内中に逃げられては困るからね」

 翡翠はその笑顔に一瞬ドキリとする。だが、冗談っぽくは言っているものの、それがカーレルの本心だと気づいてうつむく。

「そうですか、ではよろしくお願いいたします」

 そう言ってもう一度頭を下げると、顔を見られないようにフードをさらに深く被った。

 以前のカーレルなら女性と手を繋ぐなど考えられないことだったが、やむ終えないということなのだろう。

「じゃあ、まずは私たちが通っていた学校に案内する」

 そう言ってカーレルは歩きだしたので、翡翠はうつむいたまま黙ってそのうしろに続いた。

 ちょうど学校が休みの日なのか、誰もいない校内をゆっくり案内してもらうことができた。

 カーレルは一ヵ所一ヵ所、丁寧に案内してくれたので、翡翠はカーレルと過ごした日々を思い出していた。

 教室の案内が済むと屋上へ上がった。

「ここにはほとんど生徒は来ない。だが、ジェイドもここには来たことがあるはずだ」

 そう言われ、翡翠はジェイドだった頃カーレルの誕生日にプレゼントをするため放課後にここに来てほしいと手紙を書いたときのこと思い出す。

 あれは一か八かの賭けで、来てくれないと思いつつ『もしかしたら来てくれるかもしれない』と賭けにでたのだ。

 だが、何時間待ってもカーレルが現れることはなかった。

 そのときのことを思い出していると、カーレルがすぐに声をかけてきた。

「どうした? なにか思い出したのか?」

 翡翠は努めて平静を装うと言った。

「あの、この景色を見たことがあるような気がしたので……」

 すると、カーレルは翡翠のフードを取り、翡翠を見つめて言った。

「私もここの景色は気に入っている。いつか一緒に見たいと思っていた。だが、その機会を踏みにじった」

「ごめんなさい」

 翡翠はうつむくと、小さくそう呟いた。

 学校に通っていたころ、少しはジェイドのことを信頼しそんなふうに思ってくれていたこともあったと言うことだろう。だが、ジェイドはその気持ちを裏切ってしまったのだ。

 翡翠は下唇をかみしめたあと、思い切り笑顔を作って見せた。

「すみません。これ以上はなにも思い出せそうにないので、次の案内をお願いします!」
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