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 子どものころ、父親の仕事の手伝いを終えて近所を走り回っていたときのことだった。ジェイドは茂みの陰にうずくまっている男の子を見つけた。

「どうしたの? お腹が痛いの?」

 男の子は顔を上げずに首を振ると言った。

「かぁさまが、かぁさまが……」

 それを聞いて、その男の子は母親を亡くしたのだろうと考えたジェイドは、なにも聞かずに男の子の隣に静かに座った。

 それぐらいしか自分にできることがなかったからだ。

 そのうち男の子が母親の色々なことを話だしたので、ジェイドは黙って聞いていた。

 そうして二人で何時間か一緒にすごすと、別れ際に男の子はまた会いたいと言った。

 だが、その男の子はどう見ても貴族の子どもで、ジェイドは庶民の自分とはもう会うことはないだろうと思った。

 それでも傷ついているその男の子を突き放すことはできず、ジェイドは少し考えて自分が持っているペンダントの片割れを彼に渡した。

「これを持っていれば、きっとどこかで会えると思う。それに、ペンダントを見れば会ったときにお互いわかるはずでしょ?」

 そのペンダントは二つを近づけると、柔らかな光を放つ不思議なものだった。

「こんなの、初めて見た!」

 男の子はそれを見て嬉しそうに微笑んだ。




 それから十数年後、その男の子にジェイドは再会することになった。それは、王立アロイス魔法学校の入学式でのことだった。

 教師からカーレル・フィリクス・フォン・サイデューム王太子殿下から新入生代表のスピーチがあると紹介があり、壇上に目をやるとそこにあの男の子がいたのだ。

 立派な青年になってはいたが面影があり、絶対に見間違えなんかではないとジェイドは確信していた。

 タイミングをみて話しかけたが、カーレルはジェイドと昔会ったことを覚えていないようだった。

 しかも話の流れで過去の話に触れたさい、カーレルはこう言ったのだ。

「昔の自分は弱く、当時のことは思い出したくもない」

 ジェイドは自分のことも否定されたような気になり、一人落ち込むとそれ以来ペンダントを付けることはなくなり奥へしまい込んでしまった。

 きっとカーレルも、あのペンダントのことは忘れてしまっただろう。

 一方のジェイドはあれからカーレルのことを忘れたことはなく、淡い恋心のようなものを抱いていたのでこれはとてもショックだった。

 だが、カーレルのそばにいられるならそれでいいと思った。

 そもそも、相手は王太子殿下である。きっと将来はどこかの王女か貴族の令嬢と結婚するだろう。

 でも今は学校で一緒に机を並べて学ぶことができるのだから、その立場を利用してなるべくカーレルと行動をとりそばにいようと思った。

 カーレルはとても無口で、いつも不機嫌そうにはしていたが、ジェイドが一緒にいても嫌がることはなかった。

 それをいいことに、ジェイドはことあるごとにカーレルのそばにいて気持ちを伝え続けた。

 そんなジェイドにカーレルは呆れたように返事をするか、興味なさそうにそっぽを向いているかがほとんどだった。

 他の学友たちは王太子殿下という立場に恐れをなしてか、それともカーレルが不機嫌そうにしているからか近づいてくることはなかった。

 唯一カーレルとジェイドに話しかけてくる人物がいた。それはラファエロ・カスタニエ公爵令息だった。

 彼は地位も高いせいか、まったくカーレルに物怖じすることなく会えば声をかけてきた。

 特にカーレルよりもジェイドによく声をかけてくれた。

 カーレルとラファエロはあまり相性がよくないのか、ラファエロに声をかけられるとカーレルはとくに不機嫌そうにしていた。

 こうして学校生活を過ごし、無事に魔術師の資格を取り卒業式を迎えたその日、王太子殿下であるカーレルに会うことができるのは今日で最後だろうと思い、卒業祝いのダンスパーティーで最後にもう一度告白するつもりでジェイドは会場へ向かった。

 だが、そこで見たのはとても美しい女性がカーレルに抱き付いているところだった。

 唖然としていると同級生が、ジェイドに耳打ちした。

「グリエット伯爵家の令嬢ですって。婚約者なんじゃないかって噂になってる」

「そう……」

 ミリナ・グリエット伯爵令嬢のことは、以前からカーレルの婚約相手として噂で聞いていたので名前だけは知っていた。

 こうなることはわかっていたとはいえ、現実を目の当たりにしたジェイドはショックを受け、そのまま後退りして会場をあとにした。

 次の日、ジェイドはカーレルに挨拶することもなく赴任先のフィーアタール区域へ向かった。





 フィーアタール第三師団に赴任してから、魔術師として慣れないながらもなんとか日々の仕事をこなし、毎日が忙しくあっという間に過ぎていった。

 だが、そのお陰でジェイドはカーレルのことを考えずに過ごすことができた。

 そんなある日、突然ジェイドの働いていたフィーアタール区域に大規模なモンスターによる襲撃があった。

 この世界では、モンスター対策として各々区域で強固な壁が設置されており、時折飛来するモンスターも騎士団によって退けられるので街までモンスターが侵入することはほとんどない。

 だが、時々大規模にモンスターが襲撃してくることがあった。そのためにいつも騎士たちは備えているものの、今回の襲撃はいつもの比ではなくあっという間に街に攻め込まれてしまっていた。

 市民の命を守ることが第一任務である騎士団は、そのほとんどが街の防衛に出てしまっていたため騎士館の留守を守っていたジェイドたちは隙をつかれて一気にモンスターに攻めこまれた。

 建物内が激しく破壊され、追い討ちをかけるかのようにドラゴンが火を吹くと、強固な騎士館もついに一部崩落し始めた。

 その崩落に巻き込まれたジェイドは、瓦礫に足を挟まれてしまい逃げることもできなかった。

 そのとき、他の区域からやってきた増援の騎士たちが騎士館へなだれ込んで来るのが見えた。

 ジェイドがほっと胸を撫で下ろしていると、前方をミリナが通過していくのが見えた。

 なぜここに伯爵令嬢が?

 そう思い困惑していると、ミリナがこちらを見た。その瞬間、彼女は上を見上げるとなにかに驚き瓦礫に足を取られ派手にころんだ。

 ジェイドがミリナの視線の先を見ると、今にもバランスを崩して落ちてきそうな大きながれきの破片が目に入った。

 ジェイドはミリナに逃げるように叫ぶと、横から誰かが駆け足でやってきてミリナを庇った。それはカーレルだった。

 ジェイドは一瞬カーレルと目が合うと思いきり叫んだ。

「逃げて!」

 次の瞬間上から瓦礫が落ちてくると土埃で視界がふさがれ、今度こそ自分は死ぬのだと覚悟し固く目を閉じた。

 だが、しばらくまってもなんの衝撃もない。恐る恐るそっと目を開けると、ラファエロが瓦礫からジェイドを守ってくれていた。

「ジェイド、大丈夫か?」

「ラファエロ様? どうしてここに?!」

「どうして? ってそりゃ俺は騎士団の人間だ。居て当然だろう。それより、早くずらかろう」

 そう言ってラファエロは瓦礫を払いのけるとジェイドを肩に担いだ。

「あの、カーレル様とミリナ様が瓦礫の向こう側に!」

「あぁ、奴らなら大丈夫だろう。他人の心配してる場合か。行くぞ」

 ラファエロは瓦礫の上を行くと、崩れた壁の穴から外へ出てモンスターを倒しながら街外れの安全な場所へジェイドを運んだ。

「ここまで来れば大丈夫だろ」

 そう言ってジェイドを降ろすと、目の前に屈んで怪我がないか確認し足首が腫れているのに気づいて舌打ちをした。

「怪我してんのかよ」

「えっ? あ、はい。ごめんなさい」

「謝ってんじゃねーよ。お前に怒ってるわけじゃない」

 そう言うと、ラファエロはジェイドに治癒魔法を施してくれた。

「ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですよ? 自分でしますから」

「いいから黙って治療されてろ」

 ラファエロはそうしてジェイドの治療を終えると立ち上がり、ジェイドに手を貸し立ち上がらせると街の方角を見つめた。ジェイドもその視線の先を追って街を見つめる。

「ラファエロ様、私は本当にもう大丈夫なので街へ戻ってください」

 するとラファエロはジェイドに視線を戻して言った。

「本当に大丈夫か?」

「はい。怪我も治りましたし、私は私にできることをします」

 ラファエロはジェイドをじっと見つめると、頬を撫でジェイドの額にキスをした。

「あとで会おう」

 二人はそこで別れ、ラファエロは騎士館の方向へ戻って行き、ジェイドは街へ戻ると人々が逃げるのを手伝った。

 モンスターたちは街の中心に集中していると思い、ジェイドは街外れで怪我人に治癒魔法をかけて一度街の外へ逃げるように誘導して回っていた。

 ところが、そこでモンスターの群れに遭遇する。

 なんとか逃げることもできるが、ここでジェイドが戦わなければ、きっとこのモンスターたちは街に侵入するだろう。

 ジェイドは杖を握りしめ、覚悟を決めた。
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