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オスカーside

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 オスカー・フォン・ミラー侯爵令息の前にガーネット・ディ・エバンズ侯爵令嬢が現れたのは七つの頃。両親が隣の領地に住んでいるエバンズ侯爵家のお茶会に誘われ、それについていった時だった。エバンズ家の庭で兄のハリーと遊んでいると、母親に呼ばれ

「エバンズ侯爵令嬢のガーネットちゃんよ、お隣同士仲良くしなさい」

 と、ガーネットを紹介された。ガーネットはオスカーを見ると驚いたように目を見開き、目をキラキラさせながら走り寄ると、オスカーの手を握り

「オスカーって言うのね? 宜しくね?」

 と言った。ガーネットの、真っ直ぐに向けられる好意のある眼差しに、オスカーは恥ずかしくて目を合わせることも出来なかったが、ガーネットはそんなことは関係ないとばかりに

「オスカーって、名前も姿もカッコいいのね! こんなに素敵な男の子と友達になれるなんて凄く嬉しい!」

 と、言った。その笑顔が眩しかった。
 それからは、ガーネットがよくオスカーの領地に遊びに来ることが増えた。
 オスカーは次男だったので、爵位を継ぐことができず、来訪者たちは軟派で女性の扱いも上手く、顔の整った兄のハリーにちやほやすることが多い中、ガーネットだけは、初めて会った時からオスカーしか眼中にないようだった。

 爵位を継ぐことのないオスカーが、出世するには王立の騎士団に入隊し、武功をあげ称号をもらうしかないのだが、それは茨の道だ。オスカー本人は特に出世欲はなく、騎士団に入りそれなりに生活ができればそれでよい、という考えだった。ガーネットも側にいてそれを知れば、オスカーには見きりをつけて、離れていくものだろう、オスカーはそう思っていた。だが数年経ってもガーネットの気持ちは変わらず、それどころか会うたびに

「オスカー様、今日も素敵です。そんなオスカー様がわたくしは大好きです」

 と、常日頃から言うようになり、積極的に距離を詰めてくるようになった。


 そんなある日オスカーは、騎士団に入隊するためにも、剣術を学ぶことになった。それを聞き付けたガーネットが

「オスカー様、最近剣を習っていらっしゃるとか。ならば、わたくしと一度手合わせをお願い致しますわ」

 と言い出した。いくらお転婆なガーネットとはいえ、女性を相手にするなど考えられないことだった。それに、貴族の淑女が剣の手合わせなど、聞いたことも見たこともない。いたずらに相手にして欲しくてそんなことを言い出したのだろう、と考えてオスカーは

「流石に女性の相手はできない。悪いが、どうしてもやってみたいというならば、女性同士でやってみたらどうだろうか?」

 と、やんわり断った。だが頑固なガーネットはそれでも引かず

「このお願いを聞いてくださったなら、二度と無理難題を申したりはしません」

 と言い、それを断ると、会うたびにお願いするようになった。

「一度だけ」

 そう言って何度も頭を下げるガーネットに根負けしたオスカーは、一度軽く手合わせをすれば大人しくなるのなら、と手合わせをすることにした。
 庭で待ち合わせ、いつものドレスではなく、男装姿で、髪をポニーテールにした姿で登場したガーネットを見て

「気合いが入っているね、まぁお手柔らかにお願いするよ」

 と少しからかう。ろくに剣を習ったこともないガーネットが、どのように仕掛けてくるのか、大したことはできまいと剣を構えて立った。ところが、だ。ガーネットが木刀を構えると、その所作の一つ一つがすでに美しく、剣を構えて面前に立たれただけで、オスカーは気圧された。そして、踏み込んで来る度に凄い気迫で

「ハッ!!  やぁ!!」

 と木刀を振るうガーネットに圧倒され、間合いや隙をつくタイミングなどどれ一つ取っても、オスカーがかなう相手ではないことに気づいた。だが、気づいた時には時すでに遅し。途中から本気で勝負に挑んだものの、オスカーは完敗してしまった。

 そして、驚いたことにガーネットは勝ったにも関わらず、礼儀正しく

「手合わせありがとうございました」

 と、頭を下げたのだ。オスカーは完全に感服し、それ以来ガーネットに一目置くことにした。それに女性に負けてしまったと言う悔しさから、自然と剣術に身が入るようにもなった。

 そして、剣術に身を入れ鍛練を重ねるうちに、オスカーがガーネットを負かすようになった。オスカーはさぞガーネットは悔しがるかと思っていたが、ガーネットは逆に喜んだ。そんな姿を見て、オスカーは完全に魅了されてしまった。

 それからは、自身が次男であることを呪い、とにかく武功を上げてガーネットと釣り合う地位に立ち、ガーネットと結ばれることだけを夢見て、がむしゃらに邁進した。

 オスカーは、ガーネットと会いたいばかりに、ガーネットの邸宅周辺をわざと散歩したりもした。すると窓辺でオスカーを見つけたガーネットが、さも自然に遭遇したかのように、オスカーに合わせて散歩しに出てくるようになった。

 ガーネットはオスカーに合わせて散歩していると思っていたようだが、その実、オスカーが彼女が散歩に参加し始めたのを良いことに、その時間に散歩をする事に決めただけだった。

 そして、逐一母親に今日の予定を報告すれば、仲の良い隣のエバンズ家に、全て筒抜けなこともわかっていて利用し、ガーネットにそれとなく自分の予定を伝えることにも成功した。そしてガーネットに近づく輩がいれば、徹底的に排除した。

 そうして知らぬうちにガーネットは、自分の意思で動いているつもりが、その実いつもオスカーの側にいるように仕向けられていた。

 ガーネットと一緒にいると、気持ちを素直に伝えてくるガーネットを、その場で抱き締めて、閉じ込めてしまいたい衝動に駆られた。
 オスカーはそんな気持を抑えつつ、ガーネットに嫌われないように紳士的に振る舞った。それはオスカーにとって、地獄のような日々だった。

 とにかく確固たる地位を確立し、いつかはこの可愛らしい、愛しい存在を自分の物にする。
 それだけを目標にオスカーは生きていた。

 そんなある日、オスカーに転機が訪れる。いつもの鍛練のため、山道を走っていると、山賊に絡まれてる紳士を目にした。相手は数人だったが、鍛え上げられているオスカーにとって、数人相手はさほど問題にならず、その紳士を助けるべく間に入った。
 山賊は数に物言わせ、余裕の表情で絡んできたが、日頃から鍛え、本格的な武術や剣術を学んでいるオスカーの相手になる訳もなく、あっという間に撃退され去っていった。紳士は必死に逃げたのか、衣服は乱れ靴も片方脱げている。オスカーは紳士に

「大変な目に逢いましたね」

 と、声をかけ自分の邸宅にきて一休みしないかと提案した。紳士は

「ありがとうございます」

 と、その提案を受け入れた。邸宅について身綺麗になった紳士を見て、オスカーは気づいた。それがディスケンス公爵だということに。
 こうして、ひょんなことからディスケンス公爵との交流が始まった。そして、ディスケンス公爵は

「君のような息子が欲しかった」

 と、言うようになり、社交界の一部上層部でもオスカーがディスケンス公爵に養子に入ると噂されるようになった。

 だが、そんなものは所詮噂話にしか過ぎない。オスカーは、まさかこんな侯爵家の次男が養子にしてもらえるなど本気で思ってはおらず、とにかく剣術に身を入れる日々が続いた。
 それもこれも、とにかくガーネットを迎えるに相応しい地位を手に入れ、堂々とプロポーズするためであった。

 そんな噂を聞きつけ言い寄ってくる令嬢もいた。特に気持ち悪かったのはパシュート公爵令嬢だ。兄のハリーと一緒に会った時は、ハリーにべったりして、私には目もくれなかったのに、突然言い寄り

「貴方は私への気持ちを隠してらしたのね? 私と釣り合うために公爵になるのでしょう? 今まで冷たくしたのは、貴方の競争心を掻き立てるためだったのよ?」

 と、潤んだ瞳で見上げ、意味不明なことをのたまった。オスカーは相手にせず、適当に受け流すようにしていた。

 その間もガーネットは、そんなオスカーの気持ちを知ってか知らずか

「オスカー様が冗談と受け取っても仕方ないと思いますが、わたくしは本気ですから。オスカー様が好きです。愛してます」

 と、言い出すようになった。
 その気持ちを直ぐにでも叶えたいのは私の方で、ガーネットは何もわかっていない。
 と、焦れったい気持ちを抱えつつ、もしも自分が武功を上げられず、ガーネットとの結婚が叶わなかった時に、ガーネットの縁談に響いてはならないと、曖昧に対応してのらりくらりかわしていた。

 ところがある日、そんな状況が一変する出来事が起きた。本当にディスケンス公爵家から正式にオスカーを跡取りとして養子に迎えると言う打診の話が来たのだ。
 もしも王太子殿下に弟でもいれば、こんなことにはならなかっただろう。
 その幸運に感謝しつつも、オスカーは慎重にディスケンス公爵に養子に入る条件を言った。これが叶わねば公爵の地位もオスカーにとってはなんの意味もなさなかったからだ。

「結婚相手はエバンズ侯爵令嬢しか考えていません。それが無理なら……」

 言い終わる前にディスケンス公爵はオスカーを制し

「もちろん、わかっている。君を見ていて、彼女を愛しているのには気づいていた。エバンズ侯爵令嬢を迎えるのも込みで君を養子にしたい。欲を言えば娘と結婚して欲しかったが、娘は王太子殿下に嫁ぐことになったしな。それに君ほど真面目で信用できる者はいない。公爵家の者として、王太子殿下を支える役目を、君なら出きるだろう、と思っている。エバンズ侯爵令嬢も素晴らしい娘だ。なんの不満もない。むしろ私はそんな息子や娘を迎えられて幸せ者だろう」

 と言った。驚いたが、オスカーは

「私のような者でお役に立てるなら」

 と、養子になることを快く承諾した。

 思えばガーネットに会っていなければ、不貞腐れて適当に剣術をこなし、騎士団に入隊できたとしてなんの生き甲斐もなく、ただただ時間を消費して生きていただろう。それが、今はどうだ? 体を鍛えていたお陰で公爵を救うことができ、それがきっかけで公爵家と懇意になれた。そして、その公爵家の養子に入ることも決まった。それもこれも全ての原点に、ガーネットの存在がある。ガーネットがいてくれたおかげでここまでこれた、と言っても過言ではないだろう。そして

 これでやっとガーネットに気持ちを伝えられる、オスカーはそう思うと、天にも昇る心地になった。

 ある日のこと、ガーネットがもじもじしながら

「もしも入隊してしまったら、簡単には会えなくなるのですから、今のうちにもっと一緒にお出掛けに付き合ってくれてもいいではないですか?」

 と誘ってきた。ガーネットにまでは、養子の噂は届いていないようだった。それにしても、いつも強気なのにこんなに恥ずかしがるなんて、なんと可愛らしい、オスカーはそう思った。そして幸いにも、デートを断る必要はもうない。オスカーは微笑んで

「わかった、剣の師匠には抗えないな。君の行きたいところにお供する。どこがいい?」

 と、その誘いに乗る。そんなオスカーにガーネットは一瞬戸惑っていたが、喜びを隠そうともせずに

「ではお買い物に付き合って欲しいです」

 と言った。オスカーはそんなガーネットに更に愛おしい気持ちが込み上げ、幸せな気持ちになった。これからはこんな日常がずっと続くのだ。オスカーは頷き

「それは楽しそうだ、いつにする?」

 と答える。その場で予定を決めるとガーネットは大喜びした。そんなガーネットを見て、幸せを噛み締めた。今まで気持ちに答えられなかったのだ。これからは精一杯愛そう。そう思った。

 デート当日。オスカーは、待ち合わせ時間を待てず、ガーネットのもとに訪れた。以前からエバンズ家とは懇意にしているので、ガーネットの部屋に行っても、なんら咎められることもなかった。
 部屋を除くと、鏡の前でガーネットが髪型と全身を念入りに何度もチェックしていた。そして、頷いている。それはまるで

 よし、大丈夫!

 とでも言っているようだった。そして、更に鏡の前でグルグル回る。可愛らしくていつまででも見ていられる自信があったが、それではガーネットが可哀想なので、そろそろ声をかけるか、とオスカーは咳払いをした。ガーネットは顔を真っ赤にし、頬の火照りを取るように両手で頬を押さえると

「オスカー様いつからそこに……」

 と言った。先程からずっと愛らしい君を見ていたけどね。そう思いながらオスカーは微笑み

「大丈夫、なにも見てない」

 と言ったあと、一礼し

「お嬢様、お迎えにあがりました。参りましょう」

 と言って手を差し出した。今日はこの愛しい存在と気兼ねなく一緒にいられるのだ。この時間を楽しもう。そう思った。ガーネットは小さく咳払いをして

「今日は宜しくお願い致します」

 と、カーテシーをして差し出されたオスカーの手を取った。お転婆ながら、その所作も美しい、彼女は完璧だ。公爵夫人となっても何も問題なく、自慢の妻になるに違いない。そんなことを思いながら、オスカーは頷き

「うん、今日の君も素敵だ」

 と、微笑んだ。ガーネットは顔を真っ赤にしている。そしていつものように

「いえ、オスカー様こそ今日も素敵です。大好きです。結婚してください」

 と返す。オスカーはスッと視線をそらした。なぜならプロポーズは、彼女が感動するようなそれに相応しい舞台を用意しようと思っていたからだ。今、衝動にかられて返事をしてしまう訳にはいかなかった。そして、オスカーは気持ちを抑えながら

「さぁ、行こう」

 と苦笑いした。

 オスカーのエスコートで、馬車に乗りお目当ての針子のいる店に馬車を向ける。せっかくガーネットと出掛けられるのだから、プロポーズの舞台である舞踏会で、プレゼントするドレスを作るために、彼女の好みを聞き出さなければ、とオスカーは考えていた。

 店内では店員が

「おっしゃってくだされば、お伺いいたしましたのに! わざわざお越しくださってありがとうございます」

 と驚きながらも接客する。オスカーはお伺いされてはガーネットの趣味がわからないから、訪ねるしかなかったのだ。と思いながら、試着室の隣の部屋で、ガーネットが好きなドレスを選んで試着して出てくるのをまった。
 ガーネットがドレスを着替える度に

「君は、そういった色が好きなのか?」

 や

「そういった形のドレスが好みなのか?」

 と確認する。ガーネットはどうやら淡い水色が好きなのだとわかった。そして、ドレスは無難に流行りの物を着こなすようだった。
 では、それで注文しようとオスカーは決めた。

 お店のエントランスへ出ると、パシュート公爵令嬢と鉢合わせした。パシュート公爵令嬢は突然オスカーに駆け寄ると

「オスカー様、いらしていたんですのね。私も次の舞踏会のドレスを作ってもらうために来たんですの。オスカー様も衣装の新調ですの?」

 と、目を潤ませ腕を絡ませる。以前は見向きもしなかった癖に、なんだこの変わり様は。と、気持ち悪く感じながらも相手は公爵令嬢、一緒にいるガーネットにも迷惑をかけるわけには行かず、優しく対応する。

「パシュート公爵令嬢、今日も美しいですね。私は今日は友人の付き合いで参りました。パシュート公爵令嬢も楽しんでいるなら幸いです」

 と答えた。恋人のガーネットなどと言って、ガーネットに何かあってはいけないので、仕方なくそう言った。そのうち婚約者と堂々と名乗れるのだ、問題はあるまい。だが、ガーネットは悲しい顔をした。オスカーは胸が締め付けられる思いがした。
 そして、パシュート公爵令嬢にドレスの新調と言われ、ガーネットのドレスを注文しなければ、と気づく。

「パシュート公爵令嬢、申し訳ありませんが、私は用事があるのです。少しこの場を離れることをお許しください」

 と、パシュート公爵令嬢に言ったあと、ガーネットに向かって

「すまない、少し待っていてもらえるだろうか?」

 と言ってお針子のところにもどった。ガーネットにプレゼントするドレスについて相談すると、お針子はガーネットの型紙があるので、こっそりガーネットに内緒でドレスを作ることは可能だと言った。
 ガーネットにばれないようにこっそり行動をおこす。プロポーズを演出するためにそれは大切な事だった。そして、お針子にガーネットの好みを取り入れつつ流行りのドレスを、と注文する。お針子は興奮しながら

「おまかせ下さい。なんて素敵なんでしょう」

 と、目をキラキラさせながら答えた。その反応に、オスカーは自分のやっていることに問題はなさそうだと認識した。後は宝飾品の好みを調べねば、そう思いながら急いでガーネットの所へもどった。すると、ガーネットは怪訝な顔をしてパシュート公爵令嬢を見つめていた。

「二人で何か話していたのかな?」

 と、オスカーが声をかけると、パシュート公爵令嬢は振り向き、頬を赤く染め媚びるように

「エバンズ侯爵令嬢に窘められていました、私少しいたらないところがあるものですから。これからは気をつけたいと思います」

 と、オスカーを気持ちの悪い上目遣いで見つめる。だが、オスカーは侯爵令嬢であるガーネットが、公爵令嬢であるパシュート公爵令嬢に意見したと言う事が誇らしく、また、ガーネットのような素晴らしい女性こそ、そんなこともできるのだろうと嬉しくなり、微笑むと

「そうなのか、まぁパシュート公爵令嬢もお気になさらずに。では失礼致します」

 と、ガーネットの手を取って歩き始めた。ガーネットは何故か心ここにあらずと言った感じだった。パシュート公爵令嬢に何か言われたのだろうか?と、この時少し不安になった。

 馬車に相乗りし、適齢期の男女が同じ馬車に乗車するなど、これはもう婚約者と公言しているものだと思いながら、小さな空間に一緒にいるガーネットをどうしても意識せずにはいられず、窓の外を見ながら気持ちを落ち着かせた。
 すると突然ガーネットが

「パシュート公爵令嬢は可憐で可愛らしくも美しい方ですね。オスカー様もやはりあのような方がお好きなのですか?」

 と言った。私の女神は君なのだが。そう思いながらオスカーはガーネットを見ると思わず照れ笑いをした。パシュート公爵令嬢には正直、嫌悪感しかない。だが、ここでパシュート公爵令嬢を悪く言って、ガーネットの心証を悪くする訳にもいかないと、パシュート公爵令嬢への不満を隠して

「確かに、パシュート公爵令嬢は美しいね。でも、私には高嶺の花だ」

 と言った。無難な答えだったと思ったが、ガーネットの顔色がみるみる曇り、自分の回答が良くなかったことを知った。そして、ついにガーネットは

「オスカー様、申し訳ありませんが少々疲れてしまったようです。今日はもう帰りましょう」

 と言いはじめた。オスカーは先程の失言がそんなにもガーネットを傷つけてしまったのか、と酷く後悔しつつ

「君と宝石を見るのを楽しみにしていた、だが疲れてしまったのならしょうがないね。残念だがすぐに戻ろう」

 と、馬車を邸宅に向かわせる。本当に具合が悪いのかもしれない。それなら心配だと不安になりながら、邸宅に戻るとオスカーは

「また今度、一緒にでかけてくれるね?」

 と言った。ガーネットはそれに返事はせずに、今日のお礼を言った。それは“また誘ってくださるの?“という返事を期待するオスカーを、酷く落胆させた。
 何がいけなかったのか、オスカーは考えた。確かにガーネットを落胆させるようなことを言ってしまったかもしれないが、今までガーネットの気持ちに答えられなかった間、あんなことは幾度となくあったことだ。それだけで、あんなにも落胆するとは思えなかった。

 その夜父親であるミラー侯爵より

「エバンズ侯爵は口の固い男だ、あいつにはお前が養子に出ることを話して、この幸せを祝いたい。今日の晩餐会で発表しようと思う」

 と話があった。ガーネットは体調が悪いと言っていたので、不参加かもしれないと思ったが、参加するとの事だった。それを聞いて会える嬉しさと、体調が悪いと言ったのは嘘で、やはりオスカーとの買い物から帰りたくて体調が悪いと言ったのかも知れない、と言う考えが頭をもたげた。

 晩餐の席で食事が進み、両親とミラー侯爵は楽しそうに会話を弾ませる。オスカーはいつもより大人しいガーネットが気になってしまい、発表のことなど関係なくガーネットばかりに目がいった。そして、必死に色々と話しかける。だが、ガーネットはオスカーに困惑した表情を浮かべると、ただ黙って微笑み返すだけだった。
 そんな中、ミラー侯爵が立ち上がると、あらたまって嬉しそうに話し始める。

「今日、皆さんをお呼びしたのは理由がありまして、えー、まだまだ内々の話なのだが、ディスケンス公爵家のルビー公爵令嬢が王太子殿下の婚約者に決まるようで、跡取りのいないディスケンス公爵家からオスカーを是非養子に、と言う話がきた」

 と言った。ガーネットを見ると持っているフォークとナイフをギュッと握りしめた。それを見て、今日パシュート公爵令嬢からこの事を聞いていたのか? と言う疑念をもつ。あの時パシュート公爵令嬢は、窘められたと言ったが、私が公爵家に養子に入ると勝手な噂を口にしたパシュート公爵令嬢を、ガーネットが窘めたのでは? と、思った。だが、なぜ私が公爵家に養子に入るこを、ガーネットは喜んでくれないのだろうか? と、疑問に思う。

 ガーネットは笑顔を作って食事を続けているが、長年の付き合いで彼女が何かにショックを受けていることは、オスカーにはすぐにわかった。そして、

「少し外します」

 と、ガーネットは立ち上がった。追いかけて、何があったのか聞かなければ。そう思いオスカーは、席を立とうとした。ところが

「お前には話がある」

 と、ミラー侯爵に呼び止められ、仕方なくその場にとどまった。

 ガーネットの両親は、オスカーとミラー侯爵を二人にするために執事とワインを見る、と言う名目で廊下に出ていった。
 ミラー侯爵はガーネットに聞かれてしまっても問題ないように、廊下にいるはずのガーネットの方に視線を送ると小声で

「おまえはこれから公爵となるのだ、あの侯爵令嬢のことはどうする?」

 と言った。もちろん婚約するのだろう? ハッキリせよ。と言う意味が含まれている。オスカーは

「やっと彼女に見合う地位に立てるのです。もちろん彼女に婚約を申し込もうと思っています」

 と、ハッキリ答えると、ミラー侯爵は酷く安心した顔をした。私がガーネットに心酔していることは、エバンズ家の人間もミラー家の人間も、ガーネット以外には全員周知の事実だったので、やきもきさせてしまったかもしれなかった。そして、急に怪訝な顔になり

「では、あの言い寄ってくる令嬢はどうする?」

 と聞く。もちろんパシュート公爵令嬢の事だ。公爵家に養子に入ると噂されてから言い寄られて困っていると、オスカーは父親に何度か相談していたからだ。
 だが、公爵となりガーネットと婚約するのだ、そうなれば彼女も口は出せまい。そう思いながら

「どうするもなにも、放っておきます。私が婚約すれば流石に諦めるでしょうし。それに婚約者との幸せなところを見せつければ、どんなに厚かましい彼女とて、きっと諦めるでしょう」

 と答えた。すると突然、廊下が騒がしくなった。そして、ガーネットの両親が部屋に戻ってくると

「申し訳ない、娘の具合が悪いようで一人で帰ってしまいました。心配なので私たちもこれで失礼させてもらおうと思う。お祝いの場なのに、とんだ失礼をしてしまって大変申し訳ない」

 と、深々頭を下げた。オスカーは、慌ててエバンズ侯爵に

「体調が悪い時に一人になるのは心細いものです。私のことは気にせず、ガーネット嬢の側にいてあげて下さい」

 と言った。ガーネットがこんな帰りかたをするなんて、恐らく体調が悪いと言うのは言い訳で何かあるに違いない、とオスカーは確信した。明日の散歩の時にでもそれとなく聞いてみよう、そう思った。

 次の日の朝、なんとなくそわそわしながら、いつものように散歩に出る。ガーネットには問い詰めないように聞き出そう。そう思いながら、いつもガーネットと出会う場所に差し掛かる。だが、ガーネットの姿がない。寝坊か? ガーネットにしては珍しい。そう思いながら30分ほどそこで待っていたが、出てこない。仕方がないので諦めて戻ることにした。

 どうしたのだろうか、やはり避けられているのか? だとしたらなぜなのか。自分が公爵家に養子入りするので、それでガーネットが気後れしてしまったのではないかと、帰りの道中そんなことをずっと考えながら歩いた。散歩から帰ったオスカーに、ミラー侯爵が

「婚約をするのなら、エバンズに早めに言った方が良いだろう。あちらも公爵となったお前が、それでも結婚を望むとは考えまい」

 と言った。やはりそう考えるのが普通だろう。オスカーは

「そうですね、ガーネット自身には私から伝えますが、その前に外堀を埋めてしまった方が良いと、私も思います」

 と言った。そして、その足でエバンズ家に向かった。エバンズ家に行くと、ガーネットがいたが目を合わせることもなく

「おじゃましてはいけませんので、わたくしは失礼致します」

 と、その場を離れようとした。オスカーは慌てて追いかけ

「ガーネット、待って、少し話がある」

 と声をかけた。やはり避けられている。そう思いながらガーネット見ると、少し身構えている。オスカーは努めて冷静に

「私が公爵家に養子に入るからとそんなに身構えなくとも、以前と同じように接してほしい。それに今朝は散歩にも来なかったね、どうしたんだ?」

 と言った。問い詰めるつもりはなかったが、思わず詰問するように言ってしまったことを少し後悔した。するとガーネットは

「そのように映ったなら申し訳ございません。そのようなつもりはありませんでした。それにわたくしもこれからは嫁入り修行のために刺繍など、家庭的なことを身に付けねばならないと思ったので、今朝は刺繍に励んでおりました」

 と答えた。オスカーは一気に舞い上がった。以前刺繍の苦手なガーネットに

「そんなことできなくとも、君はもっと素晴らしいことができるのだから必要ない」

 と言ったことがあった。もちろん本当にそう思って言ったのだが、自分と結婚するならそれは必要ない、と言う意味も含めて言った。

 だが、今はあの頃とは、状況が変わってしまっている。公爵婦人となるのだから、刺繍などする必要はなくとも、一通りの作法は覚える必要がある、と真面目なガーネットは考えたのだろう。良かった、やはり彼女は自分との結婚を考えてくれていたのだ。オスカーは

「嫁入り……そうか、嫁入りか、ならいいのだけど。そうそう、昨日は宝飾品を見に行けなかっただろう? いつなら見に行ける?」

 と笑顔で訊いた。婚約をするのだし、これからは特に必要なことだろう。ガーネットには好みの物を選んで欲しかった。するとガーネットは

「オスカー様はお優しいから、そうして誘ってくださるのですね。わたくし勘違いしていました、その優しさに甘えてはいけませんでしたのに」

 と微笑んだ。なんのことだかわからなかったが、少し考え、先程の刺繍の件といいこれからは公爵婦人となるのだから甘えてはいけない、とガーネットが己を律しているのかもしれないと思い、オスカーは感心した。次いでガーネットは、オスカーをまっすぐに見つめると

わたくしは宝石はいただかなくとも大丈夫です。いずれたくさん婚約者に買ってもらいますから。それと、宝飾品は突然プレゼントされると喜ばれますよ?」

 と満面の笑みを浮かべた。それがガーネットのおねだりだと気づくと、嬉しくなった。私の妻になる人は、なんと奥ゆかしいおねだりのしかたをするのだろう、そう思いながら

「そ、そうか、そういうものなのだな? わかった検討しよう」

 と、答えた。

 ちょうど王太子殿下の婚約者発表が行われる舞踏会が予定されていたので、オスカーはその時にガーネットにプロポーズするつもりで準備を進めてきていた。
 オスカーはガーネットの期待に応えて、その時とびきりの物を用意しよう。そう考え、ドレスを注文しているお針子の所に、ジュエリーデザイナーを呼ぶと、ドレスとお揃いのジュエリーをデザインするように頼んだ。
 すると、その意思に賛同したデザイナーや針子たちが、一致団結して思っていた以上の働きをしてくれた。

 その後、しばらくガーネットと会えておらず、やはり避けられているのでは? と、オスカーは不安な気持ちを抱えながら過ごしていた。考えられるのは、やはりオスカーが公爵となるので、ガーネットは気後れしてしまったのか、それともそんなオスカーには興味をなくしてしまったのかもしれなかった。だが、当然オスカーはガーネットを諦めるつもりは毛頭なかった。もしも、嫌われてしまったとしたら、それでも婚約し結婚するつもりだった。今度はオスカーからひたすら愛を囁こう。そう思った。そして、ガーネットに会いに行きたかったが、ディスケンス公爵家に養子に入る準備などに追われてしまい、エバンズ家を訪れる時間を作れなかった。


 いよいよ舞踏会の当日、気合いを入れすぎて肝心のドレスの刺繍が間に合っていなかった。エバンズ家に、ガーネットを待たせるように連絡を入れると、お針子たちが総動員でガーネットのドレスの仕上げにかかった。
 ギリギリなんとかドレスが出来上がり、エバンズ家に馬車を走らせるが、そこには困惑した顔のエバンズ侯爵と侯爵夫人が立っていた。

「オスカー、ごめんなさいね、あの子ったら何を思ってか、一人で会場に行ってしまったの」

 と言った。何と言うことだろう、サプライズが裏目に出てしまった。オスカーは後悔しながら

「とにかく会場に向かいましょう」

 と、馬車で会場へ急いだ。会場に着くと入り口にいた執事に、ガーネットが来ているか訪ねる。すると、すでに会場入りしてしまったとのことだった。エバンズ侯爵と共にガッカリしているところに声をかけられる。振り向くとディスケンス公爵夫人であった。

「どうしたのです? 何かお困りのことでもありましたの?」

 そう訊かれ、オスカーは経緯をディスケンス公爵夫人に洗いざらい話した。すると、ディスケンス公爵夫人は微笑み

「あら、まぁそうでしたの。そのようなことならばわたくしお手伝いできそうですわ。それに、わたくしの息子の危機ですものね、出来る限りのことはいたしましてよ」

 と言った。オスカーは驚いてディスケンス公爵夫人を見て

「ですが、もう彼女は会場に入ってしまっているのですよ?」

 と言った。ディスケンス公爵夫人は泣きそうな子供をあやすかのように

「大丈夫、大丈夫ですわ。王妃殿下にお頼みしてお部屋とメイドを借りれば良いのです。任せていただけるかしら?」

 と言うと、横にいた執事の耳元で二言三言囁やくと、執事は奥へ消えて行った。それを見届け、

「とりあえず中に入りませんこと? そうすればメイドたちに案内させます。ドレスと装飾品をメイドたちに預け、そこにガーネット嬢を呼び、後は全て任せてもらえれば、大丈夫ですわ」

 とにっこり微笑んだ。オスカーは今更ながらこの義母となる夫人が凄い人物であることを実感しながら

「ありがとうございます、宜しくお願い致します」

 と、言うとディスケンス公爵夫人は満面の笑顔で

「ふふふ、若いって素敵なことですわねぇ」

 と言って去っていった。会場に入ると先程の執事が寄ってきて

「ドレスと宝飾品をお預かり致します。支度ができましたらお呼びしますので、会場内でお待ちください」

 と、ドレスや宝飾品を持っていった。エバンズ侯爵夫人は、借りた部屋の場所ををメイドから聞くと、ガーネットを探して会場内を歩きだした。オスカーが遠くから見ていると、エバンズ公爵夫人が壁の花になっているガーネットを見つけ、グイグイと引っ張って行くのが見えた。
 一波乱あったものの、なんとかうまく行きそうだ。と、オスカーは胸をなで下ろした。しばらくすると執事が

「もうそろそろ支度が整いそうですので、こちらにいらしてください」

 と、声をかけてきた。それに従い一室のドアの前でガーネットが出てくるのを待つ。部屋から出てきたガーネットの美しさにオスカーは気圧され、惚れ惚れした。オスカーは上から下までガーネットを眺めると

「思っていた通りよく似合っている」

 と言った。そんなオスカーはガーネットと揃いの淡い水色のものを着用している。これは、オスカーがオーダーした通り揃いの衣装であった。自分と揃いのものを着ていることでガーネットを、自分のものである、と公言できてオスカーは嬉しかった。ガーネットを見ると恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。オスカーはそんなガーネットを心から愛しく思いながら、口元が緩んでしまうのを抑えきれずにいた。

 するとガーネットがオスカーに後ろを向かせると、グイグイと背中を押し始めた。きっと恥ずかしくてしょうがないガーネットが、どこか静かな所に移動しようとしているのだろう。と、思いながら

「今度はなんだい? どうした?」

 と訊いた。だが、ガーネットは無言で渡り廊下までオスカーを連れて行った。少し薄暗い渡り廊下にきた瞬間、ガーネットがオスカーの背中から手を離して

「さよなら」

 と呟き走り出そうとした。オスカーは慌てて振り向き、ガーネットを逃がすまいと、背中から抱きしめた。ここまでしたのに、と幾分腹を立てつつ

「どういうことだ! なぜ? どうして逃げる? 私のことが嫌になったのか? 侯爵家の次男坊の私には興味があっても、公爵家の跡取りには興味がなくなったのか?」

 と言い

「だが、逃げられると思うか? 今まで次男坊の私では君とは釣り合わないから、と努力してきた。騎士団に入りそれなりの地位になってから君に告白するために、それまでの我慢だと、ずっと自分に言い聞かせて生きてきた。君は、君が無防備に私に近づいて来るのを、どんな気持ちで私が見ていたと思っているんだ? それがやっと君に愛を伝えることができるようになったのに、やっと君に手が届くようになったというのに、逃がすものか!」

 と思わずガーネットを問い詰めてしまった。オスカーは、自分にはもうガーネットしかいない。この地位も何もかも、君のためのことなのに。散々好きだのなんだの言っておいて、全て遊びだったのか? だがもう遅い、絶対にこの手を離すものか、逃がしてたまるか。そう思った。
 ところがガーネットは意外な返事をした。

「嘘です! 厚かましいと思ってらっしゃるって、ミラー侯爵とお話ししていたのを知っているのです!」

 オスカーは拍子抜けし

「あれを聞いていたのか? 馬鹿な、あれはパシュート公爵令嬢のことだ」

 と言った。その瞬間、後方から叫び声がした。

「あんたたち、何やってんのよ! これからここで大切なイベントあるんだからどきなさいよ!!」

 その声にオスカーとガーネットの二人で振り向くと、パシュート公爵令嬢が顔を真っ赤にして叫んでいる姿が目に入った。
 パシュート公爵令嬢は振り向いたガーネットに気づくと

「ちょっと、なによ! さっきのダサいドレスはどうしたのよ!! それにそのデザインのドレス!! 私がオスカー様にもらうはずだったドレスじゃない! 返してよ!!」

 と、言うとオスカーが目の前に居ることに気が付き

「あら、やだ、オスカー様いらしたのね? オスカー様がその女を羽交い締めになさってるってことは、もしかして、その女が勝手にそのドレスを着たから、私のために取り返そうとしているところでしたのね?」

 と言った。そして呆気に取られているオスカーたちを横目に続ける。

「私、先日もガーネット様には注意したのですよ? オスカー様は私のことを想っていらっしゃるから、諦めるのが貴女のためですよって」

 と言って、上目遣いでオスカーを見た。オスカーは嫌悪感を覚え、心底腹がたった。ガーネットを無駄に傷つけ、散々自分たちの仲を引っ掻き回したのは、この媚びた目付きの公爵令嬢のだったのだ。彼女の存在がなければ、ガーネットとの仲がこんなにこじれることもなかったろう。
 しかも、ドレスや宝石をこの令嬢にだと? どう考えたらそんなことになるのか。オスカーは怒りを抑えきれず

「パシュート公爵令嬢、このドレスや宝石は全て私がガーネットに用意したものです。勘違いしないでいただきたい。それに貴女が余計なことをガーネットに言っていたのですね? そのお陰で私はガーネットに捨てられるところでした。後日パシュート公爵家には正式な抗議文を送らせていただきます」

 と言い放った。パシュート公爵令嬢は理解できていないようで、キョトンとしていた。それが余計にオスカーを苛立たせた。パシュート公爵令嬢は

「やだ、なんか、ガーネット様に気を使ってらっしゃるの? その必要はもうないのですよ?」

 と、この状況に至っても自分の置かれている立場に気づいていない様子だった。そして、オスカーに近づき手を伸ばしてきた。オスカーはゾッとしてその手を弾き

「触るな!!」

 と言った。ガーネットがびっくりしてオスカーを見あげていた。今までガーネットには良いところしか見せてこなかった。オスカーはガーネットを怯えさせたことと、自分の汚い部分を見られてしまったことに気づき

「ガーネット、恐がらせてしまってごめん。でも君にそんなことを吹き込んでいた彼女を、私は許すことができそうにない」

 と言った。そして、パシュート公爵令嬢に向き直り

「二度とその姿を未来永劫、私の前に現すな!」

 と吐き捨てるとガーネットを抱き上げ、立ち尽くすパシュート公爵令嬢をその場に残し

「少し、テラスで話をしよう」

 と、ガーネットをテラスへ連れ出した。

「やっと君の謎の行動の理由がわかった。あれだけ私の側にいたというのに急に姿を見せなくなったのだから、私は本当に君が公爵家の跡取りとなった私に興味をなくしたのかと思ったよ」

 と笑った。そしてホッとしていた。ガーネットに嫌われた訳ではなかったのだ。一時期は本気で捨てられてしまったのかと思った。ガーネットは慌てて

「そんな訳ありませんわ! オスカー様は何をしていようとわたくしの好きなオスカー様に変わりありません」

 と、返した。そうだ、それでこそオスカーの知っているガーネットだ。ホッとしているオスカーをよそに、まだガーネットは不安そうに

「それよりも、本当にパシュート公爵令嬢は宜しいんですの?」

 と訊いてきた。オスカーはそれは絶対にあり得ないと思いながら

「勘弁してくれ、彼女は私本人ではなく公爵家を継ぐ私に興味があるだけなのだよ。しつこくて困った」

 と笑った。次いで

「それより君は、私が君のことを好きじゃないなんて、本気で思ったのではないだろうね?」

 と言った。ガーネットは思わず目を伏せる。オスカーは、まさか本当にそんなことを考えていたとは、と一瞬驚きガーネットにそんな不安を与えていたことに申し訳なく思いながら

「確かに、今まで私は君には釣り合わないと思っていたから、君からの真っ直ぐな気持ちに素直に答えられなかった。疑うのはしょうがないかもしれない」

 そう言うと自嘲気味に笑った。自業自得とはこの事だろう。だが、ガーネットには昔からオスカーが、彼女しか見えていなかったと言うことを、しっかりと伝えなければならない。オスカーはそう思いながら

「君は覚えているだろうか? 私は子供の頃に剣の勝負で君に負けた。その後、今度は私が君を負かした時に、君が言った言葉を」

 とガーネットに訊く。ガーネットは、首を振った。オスカーは微笑むと

「君は、僕に剣術で負かされたときに最高の笑顔で、こう言ったんだ『流石、それでこそわたくしのオスカーよ!』って」

 オスカーは当時のことを思い出していた。負けたにも関わらず、オスカーが勝ったことに対して本気で喜んでいるガーネットの顔。あの時彼女には一生かなわない、そしてそんな彼女と結ばれるためなら、どんなことでもしようと決心したのだ。オスカーは続けて

「そう言われたあの瞬間から、ずっと君に恋している」

 そう言うとガーネットに微笑んだ。

「それからは君に釣り合うようになるため努力を重ね、それが認められて公爵家の跡取りとして養子に入ることもできた。ここまでこれたのは、全て君のおかげであり、この地位を欲したのも君のためなんだ」

 オスカーはガーネットをそこに立たせると、目の前に跪きジャケットの内ポケットからリングケースを取り出し、中身をガーネットに見せながら

「エバンズ侯爵令嬢、どうか私と結婚していただけないでしょうか?」

 と言った。ガーネットは笑顔になりリングケースの中のダイヤの指輪を受け取ると

「はい!」

 と言って、両手を広げているオスカーの胸に飛び込んだ。オスカーはギュッとガーネットを抱き締め

「嘘みたいだ、君に触れることが許されるなんて。君と一緒になれるなんて。私では幸せにできないかもしれない、それでも私は強く君を欲した。いつもそばにいる君をどれだけ抱き締め、自分のものにしてしまおうと思ったことか」

 と言うと、ガーネットの瞳を見つめ、ガーネットに深いキスをした。最高の気分だった。やっとガーネットを手中に納めたのだから。そして今まで言えなかったことを、思う存分口にする。

「愛してる、愛している。君を愛しているよ。もう離さない」

 するとガーネットが

「オスカー様は間違ってます、わたくしは生まれる前からオスカー様を愛していたんですからね!」

 と言った。彼女が言うのならそれが本当なのだと思えた。ならばとオスカーは

「そうか、ありがとう。なら私はそれ以上にこれから君を愛し続けると誓おう」

 と言って、もう一度ガーネットにキスをした。

 その後、王太子殿下の婚約発表があったがオスカーにとってそんなことはどうでもよかった。 
 オスカーは箍が外れたかのようにガーネットを甘やかし、ガーネットが愛を囁く暇のないぐらいに、ガーネットに愛を囁いた。ガーネットが、恥ずかしがる姿を愛でながら

「今までのお返し」

 と言ってやった。変な虫がつかないようにと、オスカーとガーネットはすぐに結婚し、新しいオスカーの義両親のもとで、思う存分ガーネットに愛情を注ぐ生活を送った


 こうしてオスカーの物語は幕を閉じた。
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