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サファイアside
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サファイア・フォン・スペンサー男爵令嬢は、子供の頃から三つ歳の離れた兄の親友のカール・ディ・フォルトナム公爵令息に思いを寄せていた。
カールは公爵令息とはいえ気さくな性格で、誰にでも分け隔てなく優しく接する人物だった。もちろんサファイアにもとても優しく接してくれた。
とはいえカールは公爵家の生まれであり、男爵家のサファイアとは釣り合いが取れず、どんなに想いを寄せていてもこの恋は成就しないことはサファイア自身が一番よくわかっていた。
ところが、サファイアが十四になった頃、突然フォルトナム家からカールとサファイアとの婚約の話があがった。
フォルトナム家からの説明では、かねてからサファイアの兄であるオニキスとカールが親しくしており、スペンサー家とフォルトナム家の両家が懇意にしているから婚約を結びたい。というなんとも曖昧なものであった。
いくらなんでも息子達が親しいからと釣り合わない家の娘を婚約者としてもらうなど、ありえない話だ。
だが、サファイアの両親は反対する理由もなく、すぐに婚約を受ける返事を出した。
トントン拍子に話が進み、婚約は早急に取り交わされることとなり、スペンサー家はフォルトナム家に招待された。
両家の両親と当人同士が集まり書類にサインをし、契約を交わすその瞬間にサファイアは妙な既視感を覚えた。
私はこのシーンや会話の内容を知っている、読んだことがある。でもどこで? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった。
カールはそんなサファイアの様子に気づき、声をかけてきた。
「緊張したのだろう? 顔色が悪い。君は少し休んでおいで」
そう言って、空いている部屋にサファイアを案内し休ませてくれた。ソファーに腰掛け猛烈な目眩と戦いながらも既視感の原因を頭の中で探っていると、突然霧が晴れたように前世での記憶が流れ込んできた。
そして気づく、この世界は前世で読んだライトノベルのスピンオフの短編の世界だということを。
そのライトノベルの物語のあらすじはこうだ。主人公であるリアン・ディ・パシュート公爵令嬢は、幼馴染のカールとお互い好き合っていたが、ある日カールらリアンが王太子殿下と近々婚約するとの噂を聞いてしまう。
カールは絶望し、なかば自棄糞で昔から知っている、親友の妹の男爵令嬢に婚約の申し入れをしてしまう。
それにショックを受けたリアンは、本当に王太子殿下と婚約してしまいそうになる。だが、やはりカールを諦めきれずに思いの丈をぶつけ、お互いが愛し合っていることを再確認する。
それを見ていた男爵令嬢は愛しているフォルトナム公爵令息のため自ら身を引き、二人はハッピーエンド。と言う話だった。
前世では二人のすれ違う恋心が刺さって、どハマリした小説だった。だが自分が男爵令嬢の立場だと思うと一気に気分が沈んだ。
王太子殿下が可哀想だ、と王太子殿下の人気が一番高い中サファイアはそれでもフォルトナム公爵令息推しであった。
なのに、自分はその最推しに土壇場で捨てられる男爵令嬢なのだ。
せっかく転生したのによりによって当て馬モブの、名前すらないキャラクターに転生してしまうなんて。
サファイアは愕然としたが、どうやってもこの現実は変えられないだろう。
それならば婚約者として生で推しを愛でられる現状を思う存分堪能しながら、婚約解消のあとのことを考えよう。と、頭を切り替えるように努めた。
それに小説の中でも、優しいカールはちゃんと男爵令嬢を愛そうと努力していた。そんな優しさも知っていたので、彼には幸せになって欲しかった。
婚約を交わしてからのカールは、更にサファイアのことを大切にしてくれた。流行のお菓子があればそれを取り寄せ、休みの日には必ずデートに誘ってきた。
もちろん誕生日にはたくさんの宝石や花のプレゼントにメッセージカードももらった。サファイアは全てが嬉しくて、花は全てドライフラワーにしてとっておいた。
結局振られてしまうのだから、今のうちにこの大切な思い出を、一つ一つ心に刻んでおこうと決めていた。
ある日、二人でお茶をしながら、サファイアは、うっとりとカールを見つめていた。それに気づいたカールはサファイアを見つめ返した。
「君はいつも私を見つめているだけで、なぜなにも要求しないんだ? たまには我儘を言ってくれてもいいんだよ?」
そう言って優しく微笑んだ。
サファイアは、キャー! カール様優しい! 素敵すぎる! もうその存在が尊いです! と、心の中で叫びながらも、この先のことを考えると胸の奥が締め付けられた。するとフォルトナム公爵令息はそんなサファイアを心配そうに見つめた。
「ほら、またそんなに悲しい顔をして。どうしたら私は君を笑顔にできるのか……」
そして、サファイアの頬を優しく撫でた。サファイアは自分でも顔が赤くなるのを感じながら思う。
とんでもない! なにもしなくとも、カール様はやっぱり最高です! 大丈夫です! これを思い出に生きていきますから!
心にそう誓っていると、カールは追い討ちをかけるように言った。
「顔を赤くして、可愛いね」
そう甘く囁きサファイアの髪を一束すくうとそこにキスをした。
ひぃーっ! と、思いつつサファイアはなんとか答える。
「か、可愛くないです! それにフォルトナム公爵令息様のほうがかっこ良くて素敵すぎます!!」
カールは苦笑した。
「お褒めに預かって嬉しいよ。だが、私たちは近い将来夫婦となるのに、その他人行儀な呼び方はやめないか? カールでいい」
その一言にサファイアは現実に引き戻された。カールの言っている『近い将来』はやって来ないことを、サファイアは知っているからだ。
サファイアは一気に気落ちし、落ち着きを取り戻すと微笑んだ。
「はしたないところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。名前をお呼びするのは、結婚してからの楽しみにしておきますわね」
カールも微笑み返すとサファイアに尋ねる。
「君がそう言うなら。それにしても、楽しみにしておくってことは、君も私たちの結婚について、楽しみにしてくれていると考えていいんだよね?」
「もちろんですわ」
と答え、それが本当に実現するのなら、と心の中でつぶやく。
その時不意に、カールのジャケットの袖口の小さなくるみボタンが一つ取れてなくなってしまっているのが目に入った。
「フォルトナム公爵令息、袖口のボタンが……」
そう言うとカールは自分の袖口を見て、サファイアに視線を戻しはにかんだ。
「これは、恥ずかしいね。実はこのジャケットを気に入っていてね、何度も着ているから取れてしまったのだろう。ボタンを全て替えなくては」
そんな照れ笑いの笑顔も眩しい。サファイアはそう思いながら、カールに訊いた。
「あの、恥を承知で申し上げるのですが、ボタンを替えるのなら使ったあとのボタンをいただけないでしょうか?」
カールは怪訝な顔をした。
「使用済みを? このボタンが気に入ったのなら、新しいものを君の邸宅まで届けさせよう」
サファイアは首を振る。
「フォルトナム公爵令息の使用されてたものが欲しいのです!!」
言ったあと、とてつもなく恥ずかしいことを言ってしまったことに気づき、顔を赤くして俯く。
「は、はしたないことを言ってしまいました。忘れて下さい……」
だが、カールは嫌な顔ひとつせず微笑んだ。
「いいよ、わかった。交換したら使用したものを君の屋敷へ届けさせるよ」
サファイアはフォルトナム公爵令息が寛容な人で良かったと、胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます、大切にします」
カールはそんなサファイアの顔をまじまじと見つめる。
「そんなものでいいのか? 私は君が欲しいと言うなら夜空の月ですら手に入れる努力を惜しまない」
サファイアは、カール様、私を殺す気ですか! 嗚呼、興奮してぶっ倒れそう……と、思いつつ答える。
「ありがとうございます。ボタンがいいのです。それを側に置き、いつもフォルトナム公爵令息を感じていたかったので」
そう言って満面の笑みを返した。言った後でカールが引いてしまうのではないかと心配したが、彼は笑顔を返すのみで気にしている様子はなかった。
後日、言っていた通りくるみボタンが屋敷に届いた。黒地に刺繍が施されており、合わせようと思えば何にでも合いそうだった。
両親にこのボタンを使ってドレスやそれに合わせた小物を作りたいとおねだりすると、父親は難色を示したが母親は優しく微笑んだ。
「あら、まぁ、なんて可愛いこと。サファイアもお年頃ですものね、ふふふ。私は良いと思いますわ」
そう言って父親を説得してくれた。早速懇意にしている針子を呼んで色々相談しながら、お散歩用のドレスに髪飾りのリボン、日傘やバッグにボタンをアレンジして作るように依頼した。
恥ずかしいので、カールと出かける時にボタンが使用されているものを身に着けることはなかったが、突然カールが屋敷へ訪れサファイアを散歩に誘うこともあり、何度か身に着けているのを見られたことがあった。
そんな時、カールはただ一言だけ
「ボタン、気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」
と、言うだけだった。
そんな優しい日々の中でも、サファイアは自分に言い聞かせる。
この人はどんなに私に優しくても、今この瞬間もリアンを思っているのだ。それを忘れてはならない。
それに、今までは活字の中の存在だったのが、目の前にいてこうして触れることもできるのだ。こんなに贅沢なことはないのだから、これ以上求めてはいけないのだ、と。
それでも、カールの優しさにもしかして本当に私を愛してくれているのではないか? と、時々勘違いしそうになった。
そんな日々も終わりに近づいていた。
ついに、サファイアが婚約解消を告げられる舞踏会の招待状が届いたのだ。招待状の中をメイドが読み上げると母親が言った。
「サファイア、きっとフォルトナム公爵令息にも招待状が届いているでしょうね。ドレスの相談をフォルトナム公爵令息となさいな」
惨めに婚約解消されるというのにカールと衣装を合わせるなど、とてもできたものではないと思った。
サファイアはなるべく感情を表に出さぬように答える。
「お母様、この舞踏会は私の婚前に参加する最後の舞踏会ですわ、揃いではないのですがどうしても着てみたいドレスがありますの」
母親は一瞬困った顔をしたが微笑むと言った。
「しょうのない子ね」
基本サファイアに甘い母親に内心感謝した。
舞踏会当日、サファイアが着たのは黒いドレスだった。迎えに来たカールはドレスを見ると一瞬ハッとしたが微笑んだ。
「君は今日も美しい」
嘘つき。
心の中で呟き、差し出されたフォルトナム公爵令息の手を取る。
「ありがとうございます」
なんとか極上の微笑みを作って見せた。
だが、舞踏会の会場に近づくにつれ小説内での主人公とフォルトナム公爵令息との会話が思い浮かんでは消え、胸が押し潰されそうな気持ちになった。
二人は深く愛し合っていた。男爵令嬢と言う障害がいなければもっと早くに結びついていたはずだ。
会場につくとサファイアの膝はガクガクと震えだした。
その場になって、私は言えるだろうか? 小説内で男爵令嬢がフォルトナム公爵令息に向かって言った『愛しているからこそ、身を引きましょう』と言うセリフを。
いよいよ顔色の悪くなったサファイアを心配したカールは、サファイアを気遣う。
「顔色が悪い、テラスに行って外の空気を吸うといいよ」
そう言ってサファイアをテラスへエスコートした。だが、その場所こそリアンがカールに思いの丈をぶつけ、サファイアこと男爵令嬢がカールに別れを告げる場所だった。
サファイアは目眩で倒れそうなのをこらえ、カールに支えられながらテラスへ向かう。
テラスへ出ると、その先にリアンが佇んでいるのが見えた。その姿を見て、ついにこの瞬間がやってきた、運命は変えられないと覚悟する。
サファイアは自分を鼓舞し、立ち止まる。
そして振り返るカールの手を離しながら小説の中のセリフを言おうとした。が、身を引きましょうという言葉がどうしても言えず、なんとか言った言葉は
「心よりお慕いしております。貴方との日々は一生の宝物にします。どうかお幸せに」
だった。
言い終わるか終わらないかの瞬間、リアンが後ろからカールに抱きつくのが見えた。そんなリアンを見つめるカール。
サファイアは涙で目が滲んで二人の姿も、カールがどんな表情をしているのかも、ハッキリとは見えなかった。
それはサファイアにとって唯一の救いだった。
その後は後ろも振り返らずにひたすら人をかき分け、エントランスホールに向かって走った。
さよなら愛しい人。
サファイアは涙が止まらなかった。走って靴はボロボロ、涙で顔はグチャグチャで小説の中での男爵令嬢はこうはならなかったかもしれない。そんなことを思いながらエントランスから外へ出ると、馬車へ辿り着き、御者に声をかけ飛び乗る。
御者が鞭打ち、馬が走り出した。馬車の中でサファイアは自分で自分を抱きしめる。そして、大丈夫、頑張ったね、大丈夫、忘れられる、と自分を励まし、慰め、言い聞かせる。
その間にも小説の中の話の続きが頭の中を巡る。狂おしいぐらいに抱き合う二人、永遠の愛を誓い合い、幸せそうに微笑むカール。
全てが終わった。
これで良かったのだ、間違ったことはしていない。涙がとめどなく溢れ、声を出して泣き始めた。
そこで外が騒がしいことに気づいた。窓からそっと外を覗くと、カールがドアを叩いていた。
サファイアは慌ててドアの鍵を開けてカールを馬車に乗せる。
「フォルトナム公爵令息、なぜここに? パシュート公爵令嬢はどうしたのですか!?」
せっかく決心したのに、二人がくっつかなければ苦労が水の泡ではないか。そんなことを思いカールを見つめていると、カールは息を切らせながら言った。
「逆に私が聞きたいよ、何故君は私とのことを思い出にしてしまうんだ」
サファイアは意味がわからなかった。
「何をおっしゃってますの? フォルトナム公爵令息の昔からの想い人であるパシュート公爵令嬢が貴方を選んだのですよ? 断る理由などないではありませんか。私は貴方の幸せを願ってあの場を離れたというのに」
カールは相当急いで来たのか、まだ息を切らせていた。
「なんだって!? 冗談じゃない、私の婚約者は君だ。公爵令嬢に乗り換える訳がないだろう」
一瞬期待したが、その言葉で婚約している責任から追いかけてきたのがわかり、がっかりしながら言った。
「フォルトナム公爵令息、義務で私と夫婦になっていただいてもきっと後悔することになりますよ? まだ間に合います。馬車を会場に戻しますから、今からでも公爵令嬢のもとにお戻りになられて下さい」
サファイアは御者に戻るように合図をした。だが、カールはそれを制すると叫んだ。
「だからなぜそうなる!」
そして、少し考えたあとサファイアに尋ねる。
「もしかして君は、私がパシュート公爵令嬢を、今でも愛してると思っているのか?」
思っているというか、事実ではないか。そう思いながらサファイアは頷く。
「お二人はあんなにも相思相愛でしたのに、ちょっとしたすれ違いでこうなってしまいました。もうお互いに我慢する必要もありません。私は婚約解消しても大丈夫です。フォルトナム公爵令息には想い出をたくさんいただきましたから」
そう言うと、なんとか微笑んだ。カールは大きくため息をつく。
「道理で、君が私を愛してくれているのに、いつも憂い表情を浮かべていた訳だ。そんな勘違いをしていたとは」
そして、サファイアの手を取る。
「いいかい? 私はパシュート公爵令嬢を今は愛していない。昔はそんな時期もあったが彼女の打算的な考え方に気がついてしまったからだ。彼女は王太子殿下と私を天秤にかけようとしていた。私は、女性はもう信じられないと思った。だがそんな時に一人だけ打算もなく、私の側でいつも純真な瞳で見つめてくれる存在を思い出した」
カールは切なそうにサファイアの頬を優しく撫でると続ける。
「君だよ。信じられるのは君しかいないと思った。君が何処かの誰かに嫁いでしまう前にと、私はすぐに両親に伝え、君と婚約することにした」
そう言うと微笑む。
「強引に婚約の話を進めてしまい、申し訳なかったね」
そして、頭を下げしばらく沈黙したあと口を開く。
「婚約してからは、私が贈った宝石よりも私の使ったボタンをおねだりし、愛用する君にますます夢中になった。今日の黒いドレスを見たときは、君からの何かしらのメッセージだろうと警戒した。それが公爵令嬢のことだったとはね。何度でも言おう、私には君しかいないよ、お願いだ、私を諦めないで」
カールはサファイアを引き寄せ肩を抱いた。サファイアは顔を上げカールを見つめた。
「私でよろしいのですか? このまま貴方を愛し続けてもよろしいのですか?」
カールは頷くと更に力強くサファイアを抱き締めた。
「もちろん、私は君に永遠の愛を誓うよ」
そして、ゆっくりサファイアに顔を近づけた。サファイアが目を閉じると、カールはサファイアにくちづけた。
サファイアは天にも昇る心地だった。
「二度と私のもとから離れないこと。いいね?」
サファイアは頷く。
「はい。カール様、愛しています。もう二度と離れません」
そう答えると、もう一度二人は抱き合った。
その後リアンは王太子殿下と婚約することもなく、どこかの侯爵家へと嫁いでいった。サファイアは今が幸せ過ぎて公爵令嬢のその後のことなど、正直どうでも良かった。
カールの希望で本来よりも早くフォルトナム公爵家とスペンサー男爵家の婚礼は執り行われた。
「君を誰かにとられるのではないかと心配でね、早く君を私のものにしてしまいたかった。嫉妬深い夫ですまない」
婚礼のあと、カールは恥ずかしそうにそう言って微笑んだ。
二人は格差を超えた真の愛で結ばれた二人、と後々まで語られる、仲睦まじい夫婦として知れ渡ることとなった。
こうして小説の話とは違うサファイアの物語は幸せのうちに幕を閉じたのだった。
カールは公爵令息とはいえ気さくな性格で、誰にでも分け隔てなく優しく接する人物だった。もちろんサファイアにもとても優しく接してくれた。
とはいえカールは公爵家の生まれであり、男爵家のサファイアとは釣り合いが取れず、どんなに想いを寄せていてもこの恋は成就しないことはサファイア自身が一番よくわかっていた。
ところが、サファイアが十四になった頃、突然フォルトナム家からカールとサファイアとの婚約の話があがった。
フォルトナム家からの説明では、かねてからサファイアの兄であるオニキスとカールが親しくしており、スペンサー家とフォルトナム家の両家が懇意にしているから婚約を結びたい。というなんとも曖昧なものであった。
いくらなんでも息子達が親しいからと釣り合わない家の娘を婚約者としてもらうなど、ありえない話だ。
だが、サファイアの両親は反対する理由もなく、すぐに婚約を受ける返事を出した。
トントン拍子に話が進み、婚約は早急に取り交わされることとなり、スペンサー家はフォルトナム家に招待された。
両家の両親と当人同士が集まり書類にサインをし、契約を交わすその瞬間にサファイアは妙な既視感を覚えた。
私はこのシーンや会話の内容を知っている、読んだことがある。でもどこで? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった。
カールはそんなサファイアの様子に気づき、声をかけてきた。
「緊張したのだろう? 顔色が悪い。君は少し休んでおいで」
そう言って、空いている部屋にサファイアを案内し休ませてくれた。ソファーに腰掛け猛烈な目眩と戦いながらも既視感の原因を頭の中で探っていると、突然霧が晴れたように前世での記憶が流れ込んできた。
そして気づく、この世界は前世で読んだライトノベルのスピンオフの短編の世界だということを。
そのライトノベルの物語のあらすじはこうだ。主人公であるリアン・ディ・パシュート公爵令嬢は、幼馴染のカールとお互い好き合っていたが、ある日カールらリアンが王太子殿下と近々婚約するとの噂を聞いてしまう。
カールは絶望し、なかば自棄糞で昔から知っている、親友の妹の男爵令嬢に婚約の申し入れをしてしまう。
それにショックを受けたリアンは、本当に王太子殿下と婚約してしまいそうになる。だが、やはりカールを諦めきれずに思いの丈をぶつけ、お互いが愛し合っていることを再確認する。
それを見ていた男爵令嬢は愛しているフォルトナム公爵令息のため自ら身を引き、二人はハッピーエンド。と言う話だった。
前世では二人のすれ違う恋心が刺さって、どハマリした小説だった。だが自分が男爵令嬢の立場だと思うと一気に気分が沈んだ。
王太子殿下が可哀想だ、と王太子殿下の人気が一番高い中サファイアはそれでもフォルトナム公爵令息推しであった。
なのに、自分はその最推しに土壇場で捨てられる男爵令嬢なのだ。
せっかく転生したのによりによって当て馬モブの、名前すらないキャラクターに転生してしまうなんて。
サファイアは愕然としたが、どうやってもこの現実は変えられないだろう。
それならば婚約者として生で推しを愛でられる現状を思う存分堪能しながら、婚約解消のあとのことを考えよう。と、頭を切り替えるように努めた。
それに小説の中でも、優しいカールはちゃんと男爵令嬢を愛そうと努力していた。そんな優しさも知っていたので、彼には幸せになって欲しかった。
婚約を交わしてからのカールは、更にサファイアのことを大切にしてくれた。流行のお菓子があればそれを取り寄せ、休みの日には必ずデートに誘ってきた。
もちろん誕生日にはたくさんの宝石や花のプレゼントにメッセージカードももらった。サファイアは全てが嬉しくて、花は全てドライフラワーにしてとっておいた。
結局振られてしまうのだから、今のうちにこの大切な思い出を、一つ一つ心に刻んでおこうと決めていた。
ある日、二人でお茶をしながら、サファイアは、うっとりとカールを見つめていた。それに気づいたカールはサファイアを見つめ返した。
「君はいつも私を見つめているだけで、なぜなにも要求しないんだ? たまには我儘を言ってくれてもいいんだよ?」
そう言って優しく微笑んだ。
サファイアは、キャー! カール様優しい! 素敵すぎる! もうその存在が尊いです! と、心の中で叫びながらも、この先のことを考えると胸の奥が締め付けられた。するとフォルトナム公爵令息はそんなサファイアを心配そうに見つめた。
「ほら、またそんなに悲しい顔をして。どうしたら私は君を笑顔にできるのか……」
そして、サファイアの頬を優しく撫でた。サファイアは自分でも顔が赤くなるのを感じながら思う。
とんでもない! なにもしなくとも、カール様はやっぱり最高です! 大丈夫です! これを思い出に生きていきますから!
心にそう誓っていると、カールは追い討ちをかけるように言った。
「顔を赤くして、可愛いね」
そう甘く囁きサファイアの髪を一束すくうとそこにキスをした。
ひぃーっ! と、思いつつサファイアはなんとか答える。
「か、可愛くないです! それにフォルトナム公爵令息様のほうがかっこ良くて素敵すぎます!!」
カールは苦笑した。
「お褒めに預かって嬉しいよ。だが、私たちは近い将来夫婦となるのに、その他人行儀な呼び方はやめないか? カールでいい」
その一言にサファイアは現実に引き戻された。カールの言っている『近い将来』はやって来ないことを、サファイアは知っているからだ。
サファイアは一気に気落ちし、落ち着きを取り戻すと微笑んだ。
「はしたないところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。名前をお呼びするのは、結婚してからの楽しみにしておきますわね」
カールも微笑み返すとサファイアに尋ねる。
「君がそう言うなら。それにしても、楽しみにしておくってことは、君も私たちの結婚について、楽しみにしてくれていると考えていいんだよね?」
「もちろんですわ」
と答え、それが本当に実現するのなら、と心の中でつぶやく。
その時不意に、カールのジャケットの袖口の小さなくるみボタンが一つ取れてなくなってしまっているのが目に入った。
「フォルトナム公爵令息、袖口のボタンが……」
そう言うとカールは自分の袖口を見て、サファイアに視線を戻しはにかんだ。
「これは、恥ずかしいね。実はこのジャケットを気に入っていてね、何度も着ているから取れてしまったのだろう。ボタンを全て替えなくては」
そんな照れ笑いの笑顔も眩しい。サファイアはそう思いながら、カールに訊いた。
「あの、恥を承知で申し上げるのですが、ボタンを替えるのなら使ったあとのボタンをいただけないでしょうか?」
カールは怪訝な顔をした。
「使用済みを? このボタンが気に入ったのなら、新しいものを君の邸宅まで届けさせよう」
サファイアは首を振る。
「フォルトナム公爵令息の使用されてたものが欲しいのです!!」
言ったあと、とてつもなく恥ずかしいことを言ってしまったことに気づき、顔を赤くして俯く。
「は、はしたないことを言ってしまいました。忘れて下さい……」
だが、カールは嫌な顔ひとつせず微笑んだ。
「いいよ、わかった。交換したら使用したものを君の屋敷へ届けさせるよ」
サファイアはフォルトナム公爵令息が寛容な人で良かったと、胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます、大切にします」
カールはそんなサファイアの顔をまじまじと見つめる。
「そんなものでいいのか? 私は君が欲しいと言うなら夜空の月ですら手に入れる努力を惜しまない」
サファイアは、カール様、私を殺す気ですか! 嗚呼、興奮してぶっ倒れそう……と、思いつつ答える。
「ありがとうございます。ボタンがいいのです。それを側に置き、いつもフォルトナム公爵令息を感じていたかったので」
そう言って満面の笑みを返した。言った後でカールが引いてしまうのではないかと心配したが、彼は笑顔を返すのみで気にしている様子はなかった。
後日、言っていた通りくるみボタンが屋敷に届いた。黒地に刺繍が施されており、合わせようと思えば何にでも合いそうだった。
両親にこのボタンを使ってドレスやそれに合わせた小物を作りたいとおねだりすると、父親は難色を示したが母親は優しく微笑んだ。
「あら、まぁ、なんて可愛いこと。サファイアもお年頃ですものね、ふふふ。私は良いと思いますわ」
そう言って父親を説得してくれた。早速懇意にしている針子を呼んで色々相談しながら、お散歩用のドレスに髪飾りのリボン、日傘やバッグにボタンをアレンジして作るように依頼した。
恥ずかしいので、カールと出かける時にボタンが使用されているものを身に着けることはなかったが、突然カールが屋敷へ訪れサファイアを散歩に誘うこともあり、何度か身に着けているのを見られたことがあった。
そんな時、カールはただ一言だけ
「ボタン、気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」
と、言うだけだった。
そんな優しい日々の中でも、サファイアは自分に言い聞かせる。
この人はどんなに私に優しくても、今この瞬間もリアンを思っているのだ。それを忘れてはならない。
それに、今までは活字の中の存在だったのが、目の前にいてこうして触れることもできるのだ。こんなに贅沢なことはないのだから、これ以上求めてはいけないのだ、と。
それでも、カールの優しさにもしかして本当に私を愛してくれているのではないか? と、時々勘違いしそうになった。
そんな日々も終わりに近づいていた。
ついに、サファイアが婚約解消を告げられる舞踏会の招待状が届いたのだ。招待状の中をメイドが読み上げると母親が言った。
「サファイア、きっとフォルトナム公爵令息にも招待状が届いているでしょうね。ドレスの相談をフォルトナム公爵令息となさいな」
惨めに婚約解消されるというのにカールと衣装を合わせるなど、とてもできたものではないと思った。
サファイアはなるべく感情を表に出さぬように答える。
「お母様、この舞踏会は私の婚前に参加する最後の舞踏会ですわ、揃いではないのですがどうしても着てみたいドレスがありますの」
母親は一瞬困った顔をしたが微笑むと言った。
「しょうのない子ね」
基本サファイアに甘い母親に内心感謝した。
舞踏会当日、サファイアが着たのは黒いドレスだった。迎えに来たカールはドレスを見ると一瞬ハッとしたが微笑んだ。
「君は今日も美しい」
嘘つき。
心の中で呟き、差し出されたフォルトナム公爵令息の手を取る。
「ありがとうございます」
なんとか極上の微笑みを作って見せた。
だが、舞踏会の会場に近づくにつれ小説内での主人公とフォルトナム公爵令息との会話が思い浮かんでは消え、胸が押し潰されそうな気持ちになった。
二人は深く愛し合っていた。男爵令嬢と言う障害がいなければもっと早くに結びついていたはずだ。
会場につくとサファイアの膝はガクガクと震えだした。
その場になって、私は言えるだろうか? 小説内で男爵令嬢がフォルトナム公爵令息に向かって言った『愛しているからこそ、身を引きましょう』と言うセリフを。
いよいよ顔色の悪くなったサファイアを心配したカールは、サファイアを気遣う。
「顔色が悪い、テラスに行って外の空気を吸うといいよ」
そう言ってサファイアをテラスへエスコートした。だが、その場所こそリアンがカールに思いの丈をぶつけ、サファイアこと男爵令嬢がカールに別れを告げる場所だった。
サファイアは目眩で倒れそうなのをこらえ、カールに支えられながらテラスへ向かう。
テラスへ出ると、その先にリアンが佇んでいるのが見えた。その姿を見て、ついにこの瞬間がやってきた、運命は変えられないと覚悟する。
サファイアは自分を鼓舞し、立ち止まる。
そして振り返るカールの手を離しながら小説の中のセリフを言おうとした。が、身を引きましょうという言葉がどうしても言えず、なんとか言った言葉は
「心よりお慕いしております。貴方との日々は一生の宝物にします。どうかお幸せに」
だった。
言い終わるか終わらないかの瞬間、リアンが後ろからカールに抱きつくのが見えた。そんなリアンを見つめるカール。
サファイアは涙で目が滲んで二人の姿も、カールがどんな表情をしているのかも、ハッキリとは見えなかった。
それはサファイアにとって唯一の救いだった。
その後は後ろも振り返らずにひたすら人をかき分け、エントランスホールに向かって走った。
さよなら愛しい人。
サファイアは涙が止まらなかった。走って靴はボロボロ、涙で顔はグチャグチャで小説の中での男爵令嬢はこうはならなかったかもしれない。そんなことを思いながらエントランスから外へ出ると、馬車へ辿り着き、御者に声をかけ飛び乗る。
御者が鞭打ち、馬が走り出した。馬車の中でサファイアは自分で自分を抱きしめる。そして、大丈夫、頑張ったね、大丈夫、忘れられる、と自分を励まし、慰め、言い聞かせる。
その間にも小説の中の話の続きが頭の中を巡る。狂おしいぐらいに抱き合う二人、永遠の愛を誓い合い、幸せそうに微笑むカール。
全てが終わった。
これで良かったのだ、間違ったことはしていない。涙がとめどなく溢れ、声を出して泣き始めた。
そこで外が騒がしいことに気づいた。窓からそっと外を覗くと、カールがドアを叩いていた。
サファイアは慌ててドアの鍵を開けてカールを馬車に乗せる。
「フォルトナム公爵令息、なぜここに? パシュート公爵令嬢はどうしたのですか!?」
せっかく決心したのに、二人がくっつかなければ苦労が水の泡ではないか。そんなことを思いカールを見つめていると、カールは息を切らせながら言った。
「逆に私が聞きたいよ、何故君は私とのことを思い出にしてしまうんだ」
サファイアは意味がわからなかった。
「何をおっしゃってますの? フォルトナム公爵令息の昔からの想い人であるパシュート公爵令嬢が貴方を選んだのですよ? 断る理由などないではありませんか。私は貴方の幸せを願ってあの場を離れたというのに」
カールは相当急いで来たのか、まだ息を切らせていた。
「なんだって!? 冗談じゃない、私の婚約者は君だ。公爵令嬢に乗り換える訳がないだろう」
一瞬期待したが、その言葉で婚約している責任から追いかけてきたのがわかり、がっかりしながら言った。
「フォルトナム公爵令息、義務で私と夫婦になっていただいてもきっと後悔することになりますよ? まだ間に合います。馬車を会場に戻しますから、今からでも公爵令嬢のもとにお戻りになられて下さい」
サファイアは御者に戻るように合図をした。だが、カールはそれを制すると叫んだ。
「だからなぜそうなる!」
そして、少し考えたあとサファイアに尋ねる。
「もしかして君は、私がパシュート公爵令嬢を、今でも愛してると思っているのか?」
思っているというか、事実ではないか。そう思いながらサファイアは頷く。
「お二人はあんなにも相思相愛でしたのに、ちょっとしたすれ違いでこうなってしまいました。もうお互いに我慢する必要もありません。私は婚約解消しても大丈夫です。フォルトナム公爵令息には想い出をたくさんいただきましたから」
そう言うと、なんとか微笑んだ。カールは大きくため息をつく。
「道理で、君が私を愛してくれているのに、いつも憂い表情を浮かべていた訳だ。そんな勘違いをしていたとは」
そして、サファイアの手を取る。
「いいかい? 私はパシュート公爵令嬢を今は愛していない。昔はそんな時期もあったが彼女の打算的な考え方に気がついてしまったからだ。彼女は王太子殿下と私を天秤にかけようとしていた。私は、女性はもう信じられないと思った。だがそんな時に一人だけ打算もなく、私の側でいつも純真な瞳で見つめてくれる存在を思い出した」
カールは切なそうにサファイアの頬を優しく撫でると続ける。
「君だよ。信じられるのは君しかいないと思った。君が何処かの誰かに嫁いでしまう前にと、私はすぐに両親に伝え、君と婚約することにした」
そう言うと微笑む。
「強引に婚約の話を進めてしまい、申し訳なかったね」
そして、頭を下げしばらく沈黙したあと口を開く。
「婚約してからは、私が贈った宝石よりも私の使ったボタンをおねだりし、愛用する君にますます夢中になった。今日の黒いドレスを見たときは、君からの何かしらのメッセージだろうと警戒した。それが公爵令嬢のことだったとはね。何度でも言おう、私には君しかいないよ、お願いだ、私を諦めないで」
カールはサファイアを引き寄せ肩を抱いた。サファイアは顔を上げカールを見つめた。
「私でよろしいのですか? このまま貴方を愛し続けてもよろしいのですか?」
カールは頷くと更に力強くサファイアを抱き締めた。
「もちろん、私は君に永遠の愛を誓うよ」
そして、ゆっくりサファイアに顔を近づけた。サファイアが目を閉じると、カールはサファイアにくちづけた。
サファイアは天にも昇る心地だった。
「二度と私のもとから離れないこと。いいね?」
サファイアは頷く。
「はい。カール様、愛しています。もう二度と離れません」
そう答えると、もう一度二人は抱き合った。
その後リアンは王太子殿下と婚約することもなく、どこかの侯爵家へと嫁いでいった。サファイアは今が幸せ過ぎて公爵令嬢のその後のことなど、正直どうでも良かった。
カールの希望で本来よりも早くフォルトナム公爵家とスペンサー男爵家の婚礼は執り行われた。
「君を誰かにとられるのではないかと心配でね、早く君を私のものにしてしまいたかった。嫉妬深い夫ですまない」
婚礼のあと、カールは恥ずかしそうにそう言って微笑んだ。
二人は格差を超えた真の愛で結ばれた二人、と後々まで語られる、仲睦まじい夫婦として知れ渡ることとなった。
こうして小説の話とは違うサファイアの物語は幸せのうちに幕を閉じたのだった。
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