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 不思議に思ってアレルに質問する。

「彼女になにを仰ったのですか?」

「周囲を見てごらん、みんな大切な場で礼儀も知らず大声で叫ぶ令嬢を好奇の目で見ているよ? とね。あれでは彼女が礼儀知らずと周囲に言われても仕方がないと思う」

 ジョゼフィーヌは苦笑しながらも思う。こうしてアレルとマリーが接触して、今後恋愛に発展して行くのだろう。

 そんなジョゼフィーヌを見てアレルも笑っていたが、それが落ち着くと少しためらいながら真剣な眼差しでジョゼフィーヌに言った。

「ところで、社交界では王太子殿下とある令嬢との噂で持ちきりと聞いています」

「そうなんですのね、それならばわたくしの婚約者候補としてのお役目はもうそろそろ卒業ですわね。王太子殿下には幸せになっていただきたいものですわ」

 そう言って微笑む。ヒロインも今は不安定で礼儀を欠いたことをしてしまっているかも知れないが、これからは落ち着くだろう。

 そんなジョゼフィーヌをアレルは不思議そうに見つめた。

「ジョゼフィーヌ、君は王太子殿下と婚約したかったのではないのですか?」

 ジョゼフィーヌはゆるゆると横に首を振る。

「いいえ。だって無理ですもの」

「なぜそう思うのですか?」

「王太子殿下がわたくしを選ぶということが絶対にないからですわ」

 アレルはそう答えるジョゼフィーヌの真意を探るように瞳の奥をじっと見つめると言った。

「それは、私との婚約を前向きに考えてくださっていると考えてもよろしいでしょうか?」

 ジョゼフィーヌは思わず失笑した。

「あら、公爵令息もそのうち意中の方が現れますわ」

 ジョゼフィーヌはそう言ってあしらうと、サミュエルに挨拶をするためにアレルに断ってその場を離れた。

 婚約者候補一人一人がサミュエルの前に出て、挨拶を交わす。顔合わせなので、挨拶以外はほとんど言葉を交わさずにすむのはありがたかった。

 細かな彫刻の装飾に、よくなめした革張りのアームチェアにゆったり座っているサミュエルの前に進み出ると、膝を折った。

「やぁ、ジョゼフィーヌ」

「こんにちは、王太子殿下。本日はお招きありがとうございます」

 それだけ言うと前の令嬢にならって、ジョゼフィーヌは顔をあげ少し微笑んでその場を去ろうとした。

 だが、サミュエルはそんなジョゼフィーヌに声をかける。

「ジョゼフィーヌ、先ほどアレルと何を話していた?」

 足を止め驚きながら振り向きサミュエルの方へ向き直ると、質問に答える。

「ご挨拶をしてました」

「そうは見えなかった」

 そう言うサミュエルは口元は笑っているが、目が笑っていなかった。きっと変な噂でも聞いて誤解しているに違いないと思いながら答える。

「立場をわきまえず誤解を与えるような振る舞いをしてしまい、大変申し訳ありませんでした。今後はそのような軽率な行いはいたしません」

 サミュエルはジョゼフィーヌをじっと見つめたあと、視線を逸らした。

「それはもういい」

「はい」

 ジョゼフィーヌはもう下がって良いのだと思い、もう一度頭を下げると立ち去ろうとするが再度呼び止められる。

「待て、まだ話が終わっていない。一つ質問がある」

「なんでしょうか?」

「そのドレスは誰からプレゼントされたものだ?」

 予想していなかった質問に一瞬驚いたが、慌てて答える。

「これはプレゼントされたものではありません。以前新調したものを着てまいりました」

「そうか、アレルからのプレゼントではないのだな。ならいい。私もドレスのプレゼントが間に合わなかったしな」

 なにを言っているのだろう? それよりも早くこの場を去らなければ、他の令嬢に逆恨みされかねないわ。

 そう思いながらちらりと後ろを見ると、案の定待っている令嬢たちが鬼の形相でジョゼフィーヌを睨んでいる。

 ジョゼフィーヌは慌てて頭を下げる。

「では、失礼いたします」

 そう言うとその場から退くと、素早く人混みに紛れた。

 しばらくしてすべての令嬢と挨拶を終えたサミュエルは、早速令嬢たちに囲まれていた。ジョゼフィーヌはぼんやりそれを見つめながら思う。

 どの令嬢も自分の人生がかかっているのですもの、必死なんですわ。わたくしも昔はあの令嬢たちと同じでしたけれど。

 するとサミュエルの横に立っていたマリーと目が合った。マリーはサミュエルの腕に手をからめるとニヤリと笑った。

 ジョゼフィーヌは二人の仲が深まっていると認識し、微笑んで返した。

 この前サミュエルはとても悩んでいる様子だったが、自分の中で答えが見つかったのだろう。あとはそれを邪魔せず後押しするのみだと考えた。

 先ほどサミュエルに婚約者候補としての立場をわきまえるようたしなめられたばかりだったジョゼフィーヌは、仕方なしに壁際でひとり誰にも話しかけられないよう俯いてやり過ごしていた。

「どうしたんだこんなところで。なにかあったのか?」

 声の主を見上げると、サミュエルが立っていた。周囲には婚約者候補の令嬢たちとマリーもいる。自分が話しかけられたことに驚きながら、慌てて膝を折る。

 そこでマリーが口を挟んだ。

わたくしがいけないのですわ。先ほどアルシェ侯爵令嬢にご忠告申し上げましたの。あまり端ないことはなさらない方が良いって」

 ここでマリーに言い返せば面倒臭いことになるだろうと思ったジョゼフィーヌは、その話に乗ることにした。

「そうなんですの。ですから、王太子殿下に気にかけてもらえる立場にありませんわ」

 すると、マリーは上機嫌で答える。

「あら、そんなこと仰らないで? わたくし怒っている訳ではありませんのよ? 貴女も楽しんで?」

 マリーが男爵令嬢でありながら、侯爵令嬢であるジョゼフィーヌに礼儀知らずなものの言い方をすることにも腹が立ったが、それを今咎めてしまえば後でなにを言われるかわからないと思ったジョゼフィーヌは、グッとこらえた。

 そして、これを口実にして今日は帰ることにした。

「オドラン男爵令嬢ありがとうございます。でも、なんだか不快にさせてしまったようですから、わたくしは失礼しますわね」

 そう言って微笑んでそのまま会場をあとにした。争いは避けるに限る。





 次の日、朝起きるとエントランスがやけに騒がしかった。何事かと降りて行くと、プレゼントが次々に運び込まれていた。

 驚いてその場にいたメイドに話しかける。

「これはどなたから?」

「お嬢様、大変です! 王太子殿下からプレゼントがこんなに!!」

「これ、王太子殿下からですの?!」
  
 なぜ突然プレゼントを?!

 しばらく考えて婚約者候補全員に贈り物をしているのだと思い至る。

 ジョゼフィーヌはとりあえず失礼のないようお礼状を書くために、プレゼントに添えてある手紙に目を通す。

 そこには『愛するジョゼフィーヌへ、心を込めて』と、歯の浮くような内容と共に明後日、散歩に行こうとお誘いが書かれていた。

 名前と日付を変えて一体何人の令嬢たちにこの内容の手紙を書いたのだろう? 大変だったに違いない。

 そんなことを思いながら、プレゼントの内容を確認する。その中にはドレスも含まれていたので、散歩にはこれを着てこいということなのだろう。

 プレゼントのドレスの中から、散歩の時に身につける一式を選ぶと明後日はこれを着ることをサニアに伝えた。

 散歩の当日、待ち合わせ時間より早く屋敷に来たサミュエルを見て、失礼のないように早めに準備していて良かったと胸を撫で下ろす。

 サミュエルはジョゼフィーヌに気づくと、優しく微笑んで言った。

「待っていた」

「お待たせいたしました」

 そう答えて差し出された手をとると、王太子殿下はじっとジョゼフィーヌを見つめて言った。

「そのドレス、やはり思った通り君に似合っている。君はとても愛らしい」

 社交辞令がうまいと思いながら微笑む。

「ありがとうございます。わたくしもとても気に入ってますの」
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