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 アンナやメイドたちが慌ただしく荷物をまとめ、帰る当日となり、別荘の前に立つとアリエルはここを去るのが名残惜しい気持ちになった。

 建物を見上げオパールに向き直ると言った。

「オパール、招待してくださってありがとう。とても楽しく過ごせましたわ」

わたくしもとても楽しかったですわ!」

 そう答えるとオパールはいいことを思い付いたとばかりに言った。

「毎年この時期に一緒に別荘に来ましょうよ! ねぇ、いいでしょう?」

 腕にしがみついておねだりするオパールの頭を撫でるとアリエルは微笑んだ。

「もちろん、そのお誘い喜んでお受けいたしますわ」

「本当ですの? 約束ですわよ?」

 まるで子供のようにオパールははしゃいでいだ。
 目を細めてそれを眺めると、アリエルはもう一度別荘へ視線を戻し、しばらく別荘をながめた。

「さぁ、お姉様! 帰りましょう」

 そう言ってオパールが腕を引っ張ったので、アリエルは馬車へ向かった。






 屋敷へ戻るとエントランスホールで待っていたアラベルが笑顔で出迎える。

「アリエルお姉様、お帰りなさいませ。あのあと楽しく過ごせました?」

 アリエルは帽子とコートを脱ぐのをアンナに手伝ってもらいながら微笑んで返す。

「とっても楽しかったですわ。貴女が途中で帰ってしまったのは残念でしたけれど」

 心にもないことを言うと、アラベルは悲しげに微笑んだ。

わたくしがちゃんとお父様に伝えずに出てきてしまったのがいけなかったんですわ。それに、屋敷内で物が無くなることに関してオパール様が色々心配してくださったから、その件を早くなんとかしなければと思いましたの」

 アリエルはそれを聞いて別荘でのことを思い出すと頭に血が上るのを感じた。早くアラベルから離れようと自室へ向かいながら振り向きもせずに言った。

「そう。悪いけど今日はわたくし疲れてしまっているの。話は明日にしてくれるかしら?」

「そうですの? わたくし証拠を見つけましたのよ? それをお父様に渡しましたわ。後でお父様からアリエルお姉様にお話があるかもしれませんわね」

 それを聞いてアリエルは立ち止まった。

「どういうことですの?」

 そう言って振り向くと、アラベルがアリエルに憐憫れんびんの眼差しを向けて言った。

「それはアリエルお姉様の方がよくわかってらっしゃるのではないのですか? きっとオパール様もエルヴェも、ヴィルヘルム様もこの事を知ったら悲しみますわ」

 アリエルは憎しみに囚われそうになるが、それをこらえる。

「なんのことだかよくわかりませんわ」

 なんとかそう答えてそのまま自室へ戻ると、室内用のドレスに着替え椅子に座り頬杖をつくとしばらくぼんやりした。

 ここ数日別荘での毎日が楽しすぎてすっかり気を抜いていたが、アラベルが他にも偽の証拠を仕掛けているかも知れず、だとすれば対応が遅れたかもしれない。

 そんなことを考えているうちに大きなため息が漏れた。

 ノックの音にハッとして顔をあげるとドアに向かって返事をした。するとドアの向こうからフィリップの声がしたため、慌てて迎え入れる。

 アリエルはフィリップになにを言われるのかと身構えた。

「アリエル、無事でよかった」

 部屋に入ってきたフィリップは、アリエルの姿を見るなり強く抱き締めた。

「お父様?!」

「王太子殿下から話を聞いている。お前は馬に蹴られて死にそうになったそうじゃないか」

 アリエルはフィリップから体を少し離すと顔を見上げた。

「でも、殿下が助けてくださったので大丈夫ですわ。それよりも大切な話があるのではないのですか?」

 フィリップは首をかしげた。

「お前の命より大切な話があるものか。本当に助かってよかった。殿下にはお礼をせねばなるまいな。まぁ、お前が殿下と婚姻するのが一番のお礼になりそうだが」

「お、お父様?!」

 フィリップは動揺するアリエルを見て朗らかに笑った。アリエルは大きく咳払いをすると、フィリップから体を離して言った。

「そうではありません。アラベルの持ち物がわたくしの部屋から見つかった件でお話があるのではないのですか?」

「あぁ、その件についてか。そんな些末さまつなことお前は気にする必要はない。なんと言っても将来の王妃なのだから、お前は王太子殿下と国のことだけを考えていなさい。いいね?」

 そう言うとアリエルの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「もう! お父様ってば髪が乱れてしまいますわ!」

「すまん、すまん。久しぶりにお前の顔を見たら嬉しくてな」

 フィリップは膨れっ面で髪をいじっているアリエルの顔をじっと見つめた。

「そうしていればまだまだ子どもなのにな。もう婚姻の話が出る年頃なのか……嬉しいことだが、やはり寂しいものだ」

 しんみりとそう言うと、はっとした。

「そうだ、お前に渡しておかなければならないものがあった。これなんだが」

 懐から封筒を取り出しアリエルに差し出した。

「王妃殿下から直々にお前にお茶会の招待状だ」

 それを両手で受け取るとひとつ質問をした。

「これにアラベルは来ますの?」

「まぁ、そうだな。なんだ? 浮かない顔をして。そう言えば先日来た商人がお前が注文した品物を明日持ってくるそうだ。気が乗らないならついでにその商人から買い物でもして気晴らしをしたらどうだ?」

「そうなんですのね、お父様ありがとうございます。そうさせていただきますわ」

 無理に笑顔でそう答えたが、アリエルはお茶会のことを考えただけで憂鬱ゆううつな気分になった。

 前回このお茶会でエルヴェには『なぜ来たのか?』と言われ、そんな姉を同情するアラベルはその場にいた貴族たちを味方につけた。

 その結果“王太子殿下に嫌われているにも関わらずお茶会へ出席する恥知らずな姉のアリエル”と“それを同情する心優しい妹のアラベル”と周知されることとなったのだ。その時の惨めな記憶が思い出されていたたまれなくなった。





 翌朝、約束どおりの時間に行商人が来た。

「アリエルお嬢様、お嬢様の仰るとおりにサファイアを私も購入したのですが……」

「値段が高騰し始めましたでしょう?」

「はい、お陰さまでわたくしも大変潤いました。そこでお礼と言ってはなんですがわたくし知り合いに王宮直属のデザイナーがおりまして、そのデザイナーを紹介させていただこうと思っております」

 そう言われアリエルはどう反応してよいか戸惑った。他の令嬢ならば喜んだだろうがアリエルはそういったことにまったく興味がなかったからだ。

「そうなの、でもわたくしあまりそういったものに興味がなくて……」

 そう返事をすると、行商人は焦ったのか早口で話し始める。

「このデザイナーは紹介で、なおかつ相手を気に入らないとデザインを引き受けないという、少々変わり者な奴なのですが、彼のデザインのドレスを身にまとえばあっという間に社交界での主役になれること間違いなしです」

 アリエルは慌てる商人の様子がおかしくて失笑すると言った。

「わかったわ、そのデザイナーを紹介してもらえる? でも、そのデザイナーがわたくしを気に入るとは限らないわよ?」

 そう釘を刺した。すると商人は嬉しそうに手を揉むと後ろにいるメイドに視線を送った。
 と、勢いよく扉が開かれ、ピンクの塊が部屋に飛び込んできた。アリエルが驚いてそれを凝視すると、それは大きな羽のついたピンクのシルクハットに、ピンクの燕尾服を着た金髪碧眼の男性だった。
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