奇妙な夢の話 短編集

みゅー

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第四話 『異世界』

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 前職の引き継ぎのため、冴子に付き合ってもらって前の職場に来ていた私は、まだ待ち合わせの時間までに余裕があったので少し外で買い物をした。

「ここら辺、少し来てないあいだにだいぶ変わったな~」

 私がそう呟くと冴子は興味なさそうに答える。

「へ~」

 なんだか冴子の様子が変だと思いながらも、そうして暇を潰してから建物に入った。

 エレベーターホールを見ると、誰かがエレベーターに乗ろうとしていた。私は慌てて駆け寄り、振り向いて冴子に声をかける。

「冴子、早く乗っ……」

 だが、そこに冴子の姿はなかった。

 冴子を探して向こうにあるもう一台のエレベーターの方向を見ると、ちょうどドアが閉まるのが見えた。

 私は冴子がそれに乗ったのだと思った。

「なんだ、一人で乗っちゃったんだ。声かけてくれてもいいのに」

 そう呟くと慌てて目の前のエレベーターに乗った。

 行き先階ボタンを押そうとするが、なぜかボタンには番号ではなく『誰だ』『横の』『早く』『含む』などと書かれたボタンが並んでいる。

 なにこれ?! これじゃ行き先がわからないじゃない! とりあえず、どこかの階に降りて変な階だったら階段で行けばいっか。

 そう思いながら、一緒に乗った人を待たせてはいけないと思い適当なボタンを押した。

 まもなくエレベーターは動き始め、一緒に乗った人物はすぐ上の階で降りていった。この建物は十階建ての建物で、私の前の職場は八階にある。

 ここで降りるにはまだ早い。そう考えどこかの階でエレベーターが止まるまで乗り続ける。

 エレベーターが止まりドアが開いたのでそこへ降りると、前の職場の二階ほど上のフロアだった。二階ぐらいなら階段ですぐに降りられる。そう思いながら非常階段を降りた。

 そうして二階降りたところで非常階段の重い扉を開けると、なぜか改装中のフロアに出た。

 しかも改装中なのにも拘わらず、誰もいない。

 不思議には思ったが改装すると以前聞いていたので、ここはちょうどそのエリアなのかもしれないと考えた。

 私は反対側のエリアに出られるルートを探した。だが、そこからは反対側のエリアには行けそうになかった。

 もう一度階段に戻り、下の階からエレベーターを使うことにした。エレベーターは向こうのエリアにあったはずだ。

 そう考えて、私は非常階段でもう一つ下のフロアに降りた。そして、扉を開けて中を見た瞬間にとても驚いた。

 そこは今まで見たこともない、知らない場所だったからだ。

 部屋は真っ赤なライトで照らされており、遊具が置いてあったりアトラクションがあったりと、どこかのテーマパークのような場所だった。自分はそのテーマパークの中にいた。

 ここのフロアはいつからテーマパークになったのだろうか? 

 そう不思議に感じつつ、出口を探す。とりあえずここを出てエレベーターに乗らなければならないからだ。

 そうしてやっと出口をみつけたが、本来このテーマパークに入るにはチケットが必要らしく、出るとしてもそのチケットがないと出られないらしい。

 仕方がないので、私は非常階段へ戻った。

 知っているフロアに出た方がいいかもしれない。そう考え、私は三階上のフロアに戻ることにした。

「行ったり来たりで疲れちゃう」

  そう呟きながらなんとか階段を登りきり、扉を開けるとそこには青空が広がっていた。どうやら屋上に出てしまったようだった。

 ここで少しおかしいと思い始める。そもそも、最初のエレベーターのボタンに行き先階の数字ではなく文字が書いてあったのも変だ。

 とにかく自分の行きたいフロアに行くため、改装中でも構わないから非常階段でもう一度二階下へ降りることにした。

 ところが二階下へ降りて扉を開くと、今度はデパートのような場所に出てしまった。

 ここで、自分はいつの間にかどこか知らない場所に来てしまったのではないかと考えた。

 そのデパートのようなフロアは、家具やカーテン、布類が売られており何人か首からメジャーをかけたパタンナーのような人物がいた。

 私はここがどこなのかを確認するためにそのうちの一人に声をかける。

「すみません、ここはどこですか? 山本商事に行きたいのですが、迷ってしまって」

 そう言うと、そのパタンナーははっとしたような顔をしたあと微笑んだ。

「もう大丈夫ですよ、安心してください。さぁ、こちらに」

 そう言って応接室のような場所へとおされるとしばらく待たされた。そこへ、背広を着たとても物腰の柔らかい温和な感じの男性が部屋に入ってきた。

「お待たせいたしました、私はここの責任者の狩野と申します」

「狩野さん、ですか? あの、私は迷ってしまっただけで、山本商事への行き方を教えていただければすぐに帰ります」

 すると狩野は優しく微笑んだ。

「心配なさらなくても大丈夫です。たまにあなたのような方がいらっしゃる」

「私のようなって、迷子ですか?」

 狩野は頷く。

「そうですね、迷子というかこちらの世界に迷い込んでしまう人、ですね」

「こちらの世界?」

「やはり気づいていませんでしたか、ここはあなたのいた世界とは違う『異世界』です」

 異世界と言われても、と私は戸惑った。私の知っている異世界転移は自分の知っている小説の世界や、ゲームの世界へ転移するものだ。

 けれども、本当の異世界転移とはこういったものなのだろうか?

 そんなことを考えていると、狩野が安心させるように言った。

「大丈夫です。あなたの世界に戻れるように、わたくしたちは精一杯サポートさせていただきます」

 だが、私はそのときなぜか思い付く。

 もしかすると、今まで行った場所を逆の順から遡っていけば、元の世界に帰れるのではないだろうか? と。

 そう思い付いた私は狩野の申し出を断ることにした。

「いいえ、大丈夫です。なんとか自分で元の場所に戻ってみますから」

 すると狩野は心配そうに私を見つめて言った。

「どうか、遠慮しないでおまかせください」

 そう答えると、少し待つように言って部屋を出ていった。

 私は自力でなんとかしたかったので、とりあえずダメだったときにはここへ戻って来るつもりでその部屋を出た。

 デパートのようなフロアを抜けると非常階段に戻ってきた。

 そして、今までたどった階を遡っていく。

 まずは三階上の屋上に行くことにした。これで三階上に行って、まったく違うフロアに出たらお手上げだ。

 意を決して三階上へ上がり扉を開く。と、そこはさっき見た屋上があった。

 やっぱり思った通りだ。そう安心していると、着ぐるみを着たキャラクターがいる。それも自分がよく見知ったキャラクターだった。

 自分が知っているキャラクターに出会えて、ほっとした私はその着ぐるみに駆け寄る。

「私、このキャラクター好きなんです。嬉しいなぁ、こんなところで出会えるなんて」

 なるべく大きな声で、中の人に聞こえるように私がそう言うと、そのキャラクターは可愛らしい動きをしながら言った。

「なんで、さっきの人たちのところから逃げだしたりしたの?」

「えっ? 逃げたりなんかしてないよ。自分で出口を探そうと思って……」

「君がそう思っていても、向こうは君が逃げたと思ってるよ。早くしないと君、殺されちゃうよ?」

 あんなに親切にしてくれていた人が、まさかそんなことで殺すわけないと思いながら、こんな可愛らしいキャラクターがそんな物騒なことを言うなんてと、少し恐怖を覚え後退りすると、急いで非常階段にもどる。

 来た順番を遡るなら、この後三階下へ戻らなければならないが、もし自分の考えが間違っていたら先ほどのデパートのようなフロアに出てしまうかもしれない。

 今屋上でキャラクターから『殺されちゃうよ』と、不穏なことを聞いたばかりでそのフロアに降りるのは勇気がいったが、私は意を決して下の階へ降りていった。

 そして、扉を開く。すると、そこは赤いライトに照らされたあのテーマパークのようなフロアだった。

 ほっとしながら私は一旦そのフロアに出ると非常階段に戻った。

 そのとき、非常階段の下の方から狩野の声がしたので、息をひそめる。

「やはり、さっきの女はただの迷子ではなくて、向こうの世界から来たスパイだったんだ。早く捕まえないと不味いことになるぞ!」

 狩野がそう言ったあと、階段を下る足音がした。

 私はしばらくその場でその足音が遠ざかるのを待つと、一つ上の階へ向かう。

 扉を開くと改装中のフロアに出た。よし、ここまでくればあと二階上がるだけ。本当に異世界へ迷い込んだなら、きっとここもまだ異世界のはずだ。

 そもそも、最初についたフロアはもう異世界だったのかもしれない。そう考えると、異世界への入り口は一番最初に乗ったあのエレベーターなのではないだろうか?

 私は非常階段に戻ると、二つ上のフロアへ駆け上がって行く。そのとき下から誰かが階段を駆け上がって来る足音がした。

 きっと、私を追いかけている狩野に違いない。

 私は慌てて二つ上のフロアの扉まで行くと、フロアに出る。

 そこはエレベーターで一番最初に降りた階で間違いなかった。慌ててエレベーターの方へ走り出す。

 ちょうどエレベーターの扉が開くところだったので、私はそれに飛び乗った。

 ボタンには相変わらず変な文字が書いてあったがとにかく一番下にあるボタンを押し、閉まるボタンを連打した。

 閉まる直前、非常階段の扉が開き階段から出てくる狩野と目が合った。

 間一髪でエレベーターが動きだし、下へ下へと降りていく。ほっとしながらドアが開くのを待つ。

 そうしてドアが開くと、そこは自分の知っている場所だった。

 エレベーターを出て、このエレベーターはなんだったのだろうかと振り返ると、そこには壁しかなかった。

 そもそもそこにはエレベーターなど存在しなかったことを思い出した。

 やっぱり、私は異世界へいっていたのかもしれない。とにかく、無事に戻って来ることができてよかった。

 そう思いながら出口に向かっているところで目が覚めた。

 私は寝汗をかいており、しばらく放心する。変な夢だった。

 時計を見ると、もう起きなければいけない時間だったので、起きて身仕度を始めた。

 いつものように出社すると、受付の前で冴子に会う。

「冴子、おはよう」

「あっ、おはよう! 今日早いね」

「ちょっとね、変な夢見ちゃって早く目が覚めたから」

 そんなことを話しながら、エレベーター前まで着た。

 私はなんとなく、エレベーターに乗るのが躊躇ためらわれた。私の働いているフロアは五階にある。なんとかすれば階段で行けないこともない。

 立ち止まっていると、冴子が心配そうに話しかける。

「どうしたの? エレベーター行っちゃうよ?」

「うん、私さ今ダイエットしてるから階段で行くわ」

 そう言いながら非常階段を指差す私に向かって、冴子はにやりと笑うと言った。

「なんで逃げだしたりしたの?」

 昨日のキャラクターが言った台詞。私は驚いて冴子の顔を見つめた。すると、冴子はいたずらっぽく笑った。

「そんなに恥ずかしい? 彼氏とエレベーター乗るの」

 そう言うと、冴子は黙って私の後ろを指差す。振り向くとそこには山田が立っていた。

「えっ?! なに、お前、俺と一緒にエレベーター乗るのいやなん?」

「ち、違う違う!」

 そんな私たちのやり取りを見ながら、冴子は意味ありげに笑った。
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