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 シャウラはリオンを見て唖然とし、信じられないという顔をした。

「そんな、アドリエンヌが『フィリウスディ』だなんて……」

 そこでアレクシがアドリエンヌに声をかける。

「アドリエンヌ、あまり騒ぎたくはなかったが、シャウラに追い討ちをかけるなら今しかないだろう。証人を呼んでも?」

「そうですわね、仕方ないですわ。呼びましょう」

 その返事を聞いてアレクシは頷くと、一歩前に出て言った。

「みんな予想はしていると思うが、課題でデビルドラゴンが出た件も感謝祭のモンスター騒ぎも、ブロン子爵親子が犯人だ」

 するとシャウラはアレクシを憐憫の眼差しで見つめる。

「そんな、アレクシ殿下まで騙されてしまいましたのね?!」

 ここまできてなおしらを切るシャウラを無視して、アレクシは続ける。

「本来、この喜ばしい場所でこのような不快なことをするつもりはなかったが、ここまで話を大事にされれば、それに対する反証をしなければならないと思う。その証拠としてここに証人を呼ばせてもらおう」

 アレクシがそう言って部下に合図すると、彼らの案内でシルヴェストルとカミーユが入ってきた。

 二人の姿を見ると、周囲はざわついた。それも当然である。一人はブルードラゴンでもう一人はあの英雄と言われたカミーユだったのだから。

 そんな中、シャウラは信じられないものを見るような目で二人を見つめていた。

 アレクシは二人をホールの中央に招き入れると言った。

「紹介しよう、ドラゴン族のシルヴェストルと英雄カミーユだ」

 名前を聞くと周囲はさらにざわめいたが、それを遮りアレクシは続ける。

「二人ともある人間たちによってモンスターに変えられて利用されていた」

 その時カミーユがシャウラを指差して叫んだ。

「魔女だ! 三百年前私に呪いをかけモンスターに変えたのはこの魔女だ!!」

 シャウラは驚きながらそれを否定する。

「なに言ってますの?! わたくしがそんな昔にいるわけありませんわ!」

「嘘をつけ! その上、モンスターとなった私を結界で閉じ込め力を取り出し、己の私利私欲のために利用した。私はそのお陰で三百年も……」

 その横でシルヴェストルも穏やかに言った。

「あなたたち親子は私のこともモンスターに変えましたね。私は運良く神の子に浄化され、もとの姿にもどることができましたが。何人かの仲間は犠牲になりました」

 そう証言されてもブロン子爵はなんの反応もなく、ただ一点を見つめていた。だが、シャウラはアドリエンヌを睨み付けるとアレクシに言った。

「それはおかしいですわ。その証人はアドリエンヌが用意した偽物の証人に違いありません。なぜなら、誰かをモンスターになど変えられるはずがないからです」

 アレクシはシャウラの視線からアドリエンヌを体で遮るように背中に隠すと、アトラスに目で合図を送った。

 するとアトラスは無言で一つの書物を手に前に一歩踏み出る。シャウラは目を見開いて驚き、その書物を見つめて呟く。

「なぜそれを……」

 それを聞いてアトラスは冷たくシャウラを見つめる。

「この禁呪の書かれている本はお前のものだな?」

 そう問われ、シャウラは苦虫を噛み潰したような顔をして目を逸らした。その態度はアレクシが言ったことが事実だと物語っていた。

 アトラスはあらためてその本を掲げると説明し始める。

「ここには、生き物をモンスターに変えたり瘴気を操る禁呪が書かれている。ブロン子爵令嬢が力を持っていたのはこの禁呪を使用したからだろう。そうして自分を『フィリウスディ』だと偽った」

 これにはブロン子爵に賛同していた貴族たちも驚いた様子だった。

 シャウラは慌てて叫ぶ。

「そんな本知りませんわ! それもアドリエンヌのでっち上げです」

 そう言われてもアトラスは表情一つ変えなかった。

「残念だが、この本は君の部屋から見つけたものだ。騎士団の騎士たちが証人だ、言い逃れはできない」

 そこでアレクシが言った。

「ブロン子爵それにシャウラ、なにをやったかわかっているだろうな。そして、それを支持している者たちも同類だ。極刑は免れないと思え」

 アレクシが騎士団に合図を送ると、一斉にシャウラとブロン子爵、その支持者たちを取り囲む。

 暴れるかと思っていたが、シャウラもブロン子爵もおとなしく連行されていった。ただ、シャウラは連行されるその間もずっとアドリエンヌの方向を睨み続けていた。

 正直、あそこまでシャウラに恨まれる理由がアドリエンヌにはさっぱりわからなかった。

 シャウラたちが連行されたあと、アレクシが仕切り直しをする。

「今日は祝いの席で、嫌な思いをさせて申し訳ない。お詫びとして、この後王宮の晩餐会に招待しよう」

 するとその場の全員が声を上げて大喜びした。

 アドリエンヌはみんなのそんな様子を見て、やっとすべてが終わった。これで心から今日の卒業を祝える。そう思って胸を撫で下ろした。

 そんなアドリエンヌの横で、続けてアレクシは言った。

「それと、申し訳ないがもう一つだけ残念な知らせがある」

 そう言うと、アレクシはアドリエンヌの手を取る。

「私ことアレクシ・コル・レオニス・カルノーサとアドリエンヌ・デュ・ゲクラン公爵令嬢との婚約を今日この場をもって解消する」

 驚いてアレクシの顔を見つめると、アレクシはアドリエンヌに向かって微笑んだ。

 その微笑みを見て、自分から言い出したとはいえ、結局アレクシに最後まで愛されることはなかったのだと少なからずショックを受けた。

 ところが突然アレクシは素早くアドリエンヌの前に跪く。

「アドリエンヌ、聞いてほしいことがある。君とは幼少の頃占い師によって婚約を決められて以来、しっかり向き合えていなかった。君と婚姻する。それは当然のことと思って私は甘えていたんだ。だが、君が離れそうになりようやく向き合うようになって気づいた。私は君以外の相手は考えられない。だから一から始めたい」

 そう言うと手を差し出す。

「アドリエンヌ・デュ・ゲクラン公爵令嬢、私はあなたを心から愛しています。これからの人生を私はあなたなしには生きられません。婚約は解消してしまいましたが、私と真剣にお付き合いしていただけないでしょうか?」

 アドリエンヌはアレクシが緊張から少し震えていることに気づくと、その真剣な眼差しを見つめ返す。

 プライドの高いアレクシが大衆の面前でここまでしてくれたという事実にもおどろいたが、その真剣な瞳に嘘偽りはないように見えた。

 今のアレクシなら信頼できるとアドリエンヌは思い、差し出されたその手を取ると頷く。

 するとアレクシはアドリエンヌを力強く抱きしめ、耳元で囁いた。

「愛してる。きっと君を世界一幸せな王妃にしてみせる」

 アドリエンヌはそれに笑顔で答える。

「それはこれからお付き合いしていく中で、本当かどうか判断させていただきますわ」

「わかった。もう一度チャンスをくれてありがとう」

 そう言ってアレクシはアドリエンヌを抱き上げ大きな声で言った。

「今日はみんな好きなだけ、思う存分楽しむがいい」

 突然の王太子殿下のサプライズの告白を見て、卒業生も教師も親たちも先ほどのシャウラのことなどすっかり忘れ大興奮だった。その場は祝いの言葉で溢れた。

 そのまま会場を王宮に移して、この日はアドリエンヌとアレクシを囲んで大騒ぎとなった。

 あまりの熱気にやられ、少しテラスに涼みに出るとアドリエンヌは気がつけばテラスでアトラスと二人きりになり、なんとなく気まずい雰囲気になった。

「暑いですわね。それにしてもみんなはしゃぎすぎですわ」

 アドリエンヌはなにかはなさなければと思い適当に話題をふった。

「みんなで卒業できて本当によかったですわ」

「そうですね」

「エメもルシールも楽しんでいるかしら?」

「はい、先ほど楽しそうにしているのを見ました」

「そうですの……」

 会話が弾まず沈黙が続いた。そうしてしばらくしてから、アトラスは突然テラスに寄りかかり前方を見つめたまま言った。

「初恋でした」

「えっ? 誰がですの?」

 その問いにアトラスはアドリエンヌの方を向く。

「あなたです。あなたは私の初恋だった」

 アドリエンヌはなんと答えて良いかわからずに無言になる。するとアトラスは優しく微笑み、アドリエンヌから視線を外すと前方を見つめる。

「でも、それを自覚したころにはあなたはもうアレクシの婚約者でした。だから諦めていたんです。でも、あなたが婚約解消を望んでいると聞いた時少しだけ私にも希望があるかもと」

「アトラス……」

 アトラスはアドリエンヌを見つめ、悲しそうに微笑んだ。

「もともと望みのない恋でした。だからあなたが気にする必要はありません。ただ、気持ちは知っていて欲しかった。それに今は婚約を解消している」

 アトラスはそう言ってアドリエンヌをじっと見つめた。アドリエンヌは戸惑い視線を逸らす。

 そこへアレクシがやって来ると、アトラスとアドリエンヌの間に割り込んだ。

「アドリエンヌ、待たせたね」

 するとアトラスがアレクシに言った。

「アレクシ、君たちは婚約を解消した。私はアドリエンヌを諦めない。アドリエンヌが王妃になることを望むなら、その地位も奪う覚悟だ」

「わかった。だが、私もそう易々とアドリエンヌを渡すつもりはない。好きなだけやるがいいさ」

 それを聞くとアトラスはアドリエンヌに微笑んでその場を去っていった。

「アトラスとなにを話したんだ?」

「子どものころのことを話してましたの」

「そうか」

 しばらく沈黙が続いたあと、アレクシは静かに話し始めた。

「本当は感謝祭の日に婚約を解消し、思いを告げるつもりだった。だが、あの騒ぎで今日になってしまった」
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