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 その時ルシールが遠慮がちに言った。

「あの、やっぱり婚約者と一緒に出る方がよろしいですよね?」

 それを聞いてアドリエンヌは慌てた。

「ルシール?! そんなことありませんわ! 一緒に参加しましょう!」

 今度はエメが大きく咳払いをした。

「実は僕は一緒に参加する相手がいないのです。アトラスもだよね?」

 アトラスは無言で頷く。それを見てエメは話を続ける。

「だからみんなで一緒に参加しませんか? アドリエンヌはアレクシ殿下の婚約者ですから、もちろんアレクシ殿下も一緒の方がよろしいでしょう。それでよろしいですか?」

 アレクシは残念そうに答える。

「そうだな、本来ならアドリエンヌと二人で参加したかったが、ルシールと約束しているのなら仕方がない」

 アレクシが譲歩してくれたことに驚きながら、ついでに婚約解消の件がどうなったか気になり質問する。

「そうですわ、殿下。わたくしと殿下との婚約解消についてはどうなりまして?」

 その瞬間、エメの笑顔が凍りついた。ルシールも心配そうにアドリエンヌとアレクシの顔を交互に見つめている。だが、アレクシは特になにも気にしていない様子で答える。

「待たせてすまない。婚約解消についてはワーストの件が片付いてからでかまわないか?」

「そうですわね、わかりましたわ」

 本来はこの帰還祭までには婚約を解消したかったが、今はそれどころではないということはアドリエンヌも理解していた。

 それに次の婚約者候補に、と思っていたシャウラには疑惑があり、アドリエンヌが『フィリウスディ』だと知られてしまった今、簡単には婚約解消してもらえないかもしれない。

 それでもこの場で婚約解消の話を出したのは、プライドの高いアレクシがこれだけみんなの前で婚約解消をこわれれば、了承してくれるかも知れないと考えたからだった。

 だが、最近優しく接してくるアレクシに対し、アドリエンヌは少し複雑な気持ちを抱いていた。

 それでもやはりアレクシの本音がわからず、婚約は受けられないというのが正直なところだった。




 帰還祭前日、やっとドレスが仕上がったので屋敷にルシールを呼び二人でドレスの確認をした。

 完成したものを見てアドリエンヌはそのできの良さに感動し、ファニーにお願いしてよかったとしみじみ思った。

 当日慌てることのないように、ルシールにはアドリエンヌの屋敷に泊まってもらうことにした。

 宝飾品は明日届くとのことで、アドリエンヌとルシールは帰還祭に胸を膨らませ、夜はなかなか眠ることができず色々なことを話して過ごした。

 翌朝、エミリアに起こされ朝食を取るとルシールと共に準備に追われた。

 すべての準備が整ったところで、ファニーがルシールとアドリエンヌの宝飾品を持ってやってきた。

「遅くなってごめ~ん。ちょっとしたサプライズがあってさ~。ギリギリまで隠してたってわけ」

 そう言うと、ファニーはアドリエンヌにアクセサリーケースを手渡す。

 サプライズとはなんだろうと思いながらアクセサリーケースを開けると、そこには見覚えのあるサンタアクアマリンのネックレスが入っていた。

 アドリエンヌはルシールの顔を見つめる。

「これって、城下町のお店で見たものですわよね。ルシールがこれを?」

 ルシールは首を振るとアドリエンヌの背後を見つめる。その視線を辿るように振り返ると、そこにはアレクシが立っていた。

 しかもアドリエンヌと揃いの衣装に、揃いのサンタアクアマリンのカフスボタンを着用している。

 驚いて見つめているとアレクシは照れ笑いをした。

「ルシールから聞いてね。ファニーに相談してこのアクセサリーに合わせたドレスのデザインをたのんだんだ」

 そう言うと、唖然としているアドリエンヌの手からアクセサリーケースを抜き取り、ネックレスを手に取りアドリエンヌに装着した。

「似合っている。まぁ、君が選んでくれたものだから似合わないはずもないが」

 そうして、じっとアドリエンヌを熱っぽく見つめると続いてイヤリングも装着する。

「私はこれでも、今日をとても楽しみにしていたんだ。では行こう」

 そんなことまで言われ、一瞬どうすればいいか戸惑ってルシールを振り返る。

 ルシールは笑顔で頷いていた。

 差し出された手をそっと取ると、アレクシはアドリエンヌの手を力強く握り返し自分の方へ引き寄せ腰をつかんだ。

 アドリエンヌは気恥ずかしい気持ちになり無言で俯いていると、アレクシは続けて言った。

「君はあまり望みを言わないから、私もどうしてよいか迷った」

 そうしてアレクシにエスコートされるまま屋敷のエントランスを抜け玄関に出ると、そこに王宮の馬車が待っていた。

 以前ならこんなことは絶対になかった。

 アドリエンヌは促されるまま王宮の馬車に乗り込み、何が何やらわからぬままアレクシと共に王宮で行われている帰還祭の会場へと向かうことになった。

 こうしてエスコートされてもなお前回の虚しい帰還祭のことが思い出され、会場についたら直ぐにでもルシールと共に行動を取るつもりでいた。

 だが、会場に着いた後もアレクシはそばを離れず、がっちりアドリエンヌの腰に手を回し離すことはなかった。

 予想もしなかったアレクシの反応に、恥ずかしくなり思わず強がりを言った。

「殿下、殿下はこういったことにはまったく興味がありませんでしたわよね? 無理をなさらなくてもわたくしルシールと行動しますから大丈夫ですわ」

 するとアレクシは悲しそうに微笑み返してアドリエンヌに囁く。

「興味がない訳ではない。君にも帰還際にも。ただ、今までこういったことをちゃんと楽しめる自分に気づけていなかっただけだ。わかるか? それに気づかせてくれたのは君だ。君は私にとってなくてはならない存在なんだよ」

 そう言うと、まるでアドリエンヌ以外なにも目に入らないかの如く、ずっとアドリエンヌを見つめる。

 アドリエンヌはそれが恥ずかしくて視線を逸らすが、気になりアレクシの顔を見上げる度にその熱い視線にぶつかりどうしたらよいかわからなくなった。

 こうしてアドリエンヌは戸惑いながらずっとアレクシの隣で過ごすことになった。

 周囲にいる令嬢たちは嫉妬のこもった目でアドリエンヌを見つめるか、アレクシをうっとり見つめる者に二分され、令息たちはアドリエンヌに熱のこもった視線を向けていた。
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