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 その一言で冷静になったアドリエンヌは、抵抗を止めてアレクシの胸の中から顔を見上げた。すると、間近でアレクシの優しい眼差しとぶつかり、ドキリとして思わず目を逸らす。

 アレクシはアドリエンヌを抱きしめたまま、シャウラを見ると言った。

「私たちは上手くやれているから心配には及ばない」

 アドリエンヌはそっとアレクシの体の影からシャウラを覗き見る。するとシャウラは悔しそうに顔を歪めており、目が合うとアドリエンヌを睨みつけた。

 ところが、シャウラは突然声をだして笑いだした。

「わかりましたわ! 『上手くやっている』そういうことですのね、わたくし安心しましたわ!」

 そう言うと立ち去っていった。

 アドリエンヌはシャウラがまたなにか変な勘違いをしたのではなかろうかと、去っていくシャウラの背中を見つめた。

 そこでエメが咳払いをする。

「殿下、アドリエンヌ、いつまで抱き合っているのです?」

 そう言われ現状に気づくとアドリエンヌは急に恥ずかしくなり、慌ててアレクシから離れた。そして周囲の者に微笑んで言った。

「みなさん、誤解なさらないでくださるかしら? 王太子殿下は争いが起きないようにわたくしいさめようとしてくださっただけですのよ? 好意があるとかそういうことではありませんわ」

 そう説明したが、それを信じる者はいなかった。




 残る課題は、一人で森へ行き魔力の結晶を五個集めることだった。

 方法は二つある。モンスターを倒し稀にドロップするものを集めるか、森に落ちているものを採集するかである。

 これは、最終テストでありこれがクリアできないといつまでも学園を卒業することはできない。

 ここまで問題なく課題をクリアしてきた者たちは、この課題にクリアするとあとは予備日となり、ゆっくり過ごすことができた。

 学園は生徒たちに解放されているので、演習場で自分の魔力や魔法の技術力を上げても良かったし、そのまま先生に弟子入りして学園に残るものや、カミーユ魔法騎士団の入団テストに向けて励むものもいた。

 アドリエンヌは次の課題に向けての訓練よりも、カミーユ帰還祭と次の社交シーズンに向けて準備に追われることになった。

 前回はカミーユ帰還際も社交シーズンもどれもとても楽しめる気分ではなかったが、今回は楽しみで仕方がなかった。

 ワーストのことも気がかりではあったが、今のところ動きがなかったのでとりあえず何かあってから対処することにした。

「ルシール、最終課題をクリアすれば帰還際ですわ。楽しみですわね」

 そうルシールに言うと、ルシールは少し浮かない顔をした。

「そうね……」

「ルシール? どうしましたの?」

 そう尋ねると、ルシールは少し悲しそうに微笑んだ。

「アドリエンヌは貴族だもの、ドレスとかそんなに困らないかもしれないけれど、私の家はドレスの準備なんてできるかどうか……」

 そう言ってため息をついた。

「あら、そんなの男性からプレゼントしてもらえばよろしいですわ」

「無理よ、相手がいないもの」

 アドリエンヌはそれを聞いて良い案を思いついた。

「ならわたくしと一緒に出ませんこと? ペアで出ると言っても、なにも男性と女性がペアになる必要ありませんもの。相手に対する感謝の気持ちが大切なんですわ」

 ルシールはぎょっとした顔をしてアドリエンヌをしばらく見つめると言った。

「アドリエンヌは王太子殿下がいらっしゃるじゃない」

「大丈夫よ、婚約は解消する予定ですもの。それに、婚約を解消した後だからと言ってその直後に他の男性と一緒に出るのも気が引けますわ」

「そうかもしれないけど、それまでに婚約を解消するかもわからないじゃない」

 不安そうにそう訴えるルシールに、アドリエンヌは微笑む。

「もしも婚約を解消できていなかったとしたら、チームのメンバーで出ればいいんですわ! エメやアトラスに相手がいなければの話ですけれど」

「い、いいのかな……」

「いいに決まってますわ! それにルシールのことはわたくしが誘ったんですもの、当然ドレスはわたくしから贈らせてもらいますわ」

「えっ? そんな、そこまでは」

 アドリエンヌはルシールの手を取って見つめた。

「ルシールは知らないかもしれませんけれどわたくし、昔ルシールにとても良くしてもらったことがありますの。だからこれはそのお礼ですわ」

 ルシールは不思議そうな顔でアドリエンヌを見つめ返す。

「昔? なんのことを言っているの?」

「誰もがわたくしに背を向けたとき、それでもそんなわたくしを心配してくれて、今こうして友達になってくれたことですわ」

「えっ? どういうこと?」

「とにかく、ドレスは贈らせてもらいますわね! ルシールだってドレス、着たいのではなくて?」

 そう聞かれてルシールは少し考えると、頷いてはにかんだ。

「本当にいいの?」

「もちろんですわ!」

 こうしてアドリエンヌはルシールにプレゼントするドレスを作ることになった。

 ありがたいことに、ルシールの両親は商人をしており特に布の交易を得意としていたので、布はルシールの両親から購入することにした。

 あとはデザイナーを選らばなければならなかったが、アドリエンヌが気に入ったデザイナーがなかなか見つからなかった。

 そんなある日、アドリエンヌの屋敷にデザイナーが訪ねてきた。

 エミリアは困惑顔でアドリエンヌに報告した。

「お嬢様、デザイナーを名乗るお客様がおいでなのですが」

 アドリエンヌはどうしたのだろうかと思いながら尋ねる。

「なにかありますの?」

「それが『世界一の天才デザイナー』と仰っていて、その、派手な見た目の方で……」

 その報告を聞いて一瞬戸惑ったものの、一人でも多くのデザイナーに会いたかったアドリエンヌは、そのデザイナーを通すように言った。

 客間に行くと、ソファに座っていた人物が突然飛び跳ねるように立ち上がった。

「やぁ!! ハニー!! お初にお目にかかります僕は天才デザイナーのファニーと申します。以後お見知りおきを~!」

 そう言ってファニーは、大きなピンクの羽が装飾されたこれまたピンクのシルクハットを脱ぐと胸に当て頭を下げる。

 ファニーと会って先ほどエミリアが困惑していた意味がわかった。

 ファニーは金髪碧眼でとても整った容姿をしていたが、ピンクの燕尾服を着ていた。こんなに全身ピンクの人物をアドリエンヌは初めて見た。
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