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 アドリエンヌは鳥と分離した小さな瘴気の結晶を持ち帰るため、結晶を直接くるむように結界を張った。少し調べたい気持ちもあったからだ。

 こうしてこの日は、大きな結晶を浄化して消滅させたあと騎士団に正体がばれないよう、頭にベールをかぶって城下町へ向かっているモンスターをすべて浄化して回った。

 それらがすべてすむと屋敷へもどった。

 翌朝、学園に行くといつものようにアトラスに出迎えられる。

「アドリエンヌ、昨夜の活躍が騎士団の間で話題になっています」

 挨拶もそこそこに開口一番にそう言われアドリエンヌは面食らったが、なんとか気を取り直しとぼけて見せる。

「昨日の活躍、ですの? ごめんなさい、わたくし昨日は疲れて早く寝てしまいましたの。アトラスがなんのことを言ってるのかさっぱりわかりませんわ」

 アトラスはそれを聞いて微笑む。

「なるほど、わかりました。秘密にしておきますね」

 そう答えるとアトラスはアドリエンヌに尊敬の眼差しを向ける。アドリエンヌは恥ずかしくなり、妙な居心地の悪さを感じながら講堂へ向かった。

 講堂へ入ると、先にきていたルシールとエメに挨拶した。

「アドリエンヌ、おはようございます。今日はゆっくりだったのですね」

 エメがそう言うとその横でルシールも挨拶し、アドリエンヌをエメの隣に座らせるため横にひとつ席をずれて言った。

「本当、アドリエンヌが私よりも遅く来るなんてあまりないものね」

 アドリエンヌは開けてもらった席に座りながら苦笑した。

「ただの寝坊ですわ」

 すると、エメが微笑む。

「寝坊、ね。昨夜はさぞ忙しかったんでしょうね」

 エメも気づいているかもしれない。そう思いながら、アドリエンヌは話を逸らす。

「今日は先生も遅刻かしら?」

 そう言ってからルシールに今日の予定を話していると、机をトントンと叩く音がした。

 なにかと思いながらそちらを見ると、そこにはアレクシが立っていた。

 慌てて立ち上がり膝を折ると、アトラスがアレクシに質問する。

「アレクシ、なにか用か?」

 アレクシは真っ直ぐアドリエンヌを見据えると言った。

「アドリエンヌに話がある。来てくれ」

「承知いたしました」

 そう答えると困惑しつつアレクシの後を追って廊下へ出た。そこでアレクシが突然立ち止まり振り返ってアドリエンヌに手を差し伸べる。

 アドリエンヌはその手を見つめ質問する。

「なんでしょうか?」

 すると、アレクシは咳払いをして言った。

「君をエスコートしようと思ったのだが、必要ないか?」

 今までアレクシがそんなことをしたことは一度もない。今さらなにを言っているのかと思い苦笑する。

「そうでしたの。なにか渡さなければいけないのかと思いましたわ。わたくしごときにエスコートなんて気を使う必要はありませんわ、それよりどこへ行くのですか?」

 アレクシは差し出した手を下した。

「そうか、わかった。応接室なら誰にも聞かれずに話ができるだろう。来てくれ」

 そう言うと、アドリエンヌに背を向けたのでそれに続いて歩く。応接室に入るとアレクシは前置きなしに本題に入った。

「渓谷のモンスターを浄化したのは君か?」

 昨日の今日である。アドリエンヌはなぜばれたのかわからないまま慌てて答える。

「な、なんのことですの?」

「私の知る限り、あんなことをできるのは君だけだ。君なのだろう?」

「騎士団の方が浄化したのでは?」

 すると、アレクシは大きくため息をつく。

「騎士団の連中でも、モンスターを浄化できる者はいない。それに、モンスターが浄化できると知っているものもほとんどいない」

「浄化のことは、わたくしも知りませんわ。今王太子殿下がそう仰ったから……」
  
「それにしても、浄化と聞いて驚かないこと事態がおかしい」

 どうとぼけてもきっとアレクシはこんな調子でこちらが認めるまで追及してくるだろう。アドリエンヌはそう考え誤魔化すのを諦めた。

「わかりましたわ。そうだとしてそれがどうしたというのですか?」

「まず、最初に言っておきたいことがある。今度から危険なことをする時はまず私に相談してほしい。君になにかあったらどうするつもりだったんだ」

 アドリエンヌは戸惑いながら答える。

「でも大丈夫でしたわ」

 するとアレクシはため息をついた。

「今回は大丈夫だったが、もし君になにかあったらと考えると落ち着いていられない」

 今までまったく興味がなさそうにしていたのに今さら心配しているふりをするなんて、どういう風の吹き回しなのか。

 アドリエンヌはアレクシがなにを考えているのかさっぱりわからないと思いながら、とりあえず返事を返す。

「殿下がそう仰るなら、わかりましたわ」

 不満そうなアドリエンヌの様子を見てアレクシは真剣な眼差しで見つめた。

「アドリエンヌ、私はこれでも本当に君を心配しているんだよ?」

 そこでアドリエンヌは気づく。モンスターを浄化できるような人間をアレクシは失いたくないのだと。

「わかりましたわ。わたくしは国にとって必要な人材ですものね、以後気をつけます」

 するとアレクシはしばらく無言でアドリエンヌを見つめた。

「そういう意味ではないんだが。まぁ、いい。それと昨日何があったのか教えてほしい」

 そう言われ仕方なしに何があったのかすべて話すと、鳥から分離した瘴気の結晶をポケットから取り出して見せた。

 アレクシはアドリエンヌからそれを受けとると質問する。

「すごいな、結界を張って瘴気がでないようにしているのか。ところで他のモンスターを浄化した時の結晶は?」

「こんなもの、何個も持っていたくありませんもの。すべて浄化してしまいましたわ」

 そう答えて、今度はアドリエンヌからアレクシに質問する。

「ところで、どうして国は瘴気によって生き物がモンスター化するということを隠してますの?」

 アレクシはしばらくしてから答える。

「まだ君には話せない」

 自分はこちらの話を聞き出しておいて、話せないだなんて! やっぱり腹黒王子ですわ!

 そう心の中で悪態をつくと、深呼吸して自分を落ち着かせてから笑顔で言った。

「それもそうですわね。この瘴気結晶は王太子殿下にプレゼントしますわ。それではもう話すこともありませんし、わたくしは失礼します」

 そう言うと、アレクシを残して講堂へ戻った。席に着くとルシールが笑顔で尋ねた。

「アドリエンヌ、王太子殿下となんのお話をされたの?」

 ルシールはきっと、アドリエンヌとアレクシの間になにか恋愛的なことがあったのではないかと思っているようだったので、アドリエンヌは思い切りそれを否定する。

「ただの尋問ですわ」

「えっ?! なんて?」

「だから、西の渓谷のモンスターについてなにか知らないかただ尋問されただけですわ」

 そう言うと頬杖をついて、もうなにも答えたくないとばかりに正面を見つめた。

 すると、また机をトントンと叩く音がしたのでまさかと思いながらそちらを見ると、そこには先程と同じようにアレクシが立っていた。

「君は逃げ足が早いな。私の話はまだ終わっていない」

「王太子殿下、でもわたくしすべて話しましたわ」

 そんなやり取りを見て、エメがアドリエンヌの隣の席をアレクシに譲り、アレクシはそこへ座ると話を続ける。

「話はあれだけじゃないし、君はなにをしでかすかわからなくて心配だ。だからこれからは君を監視することにした」

「は? なにを仰ってますの? 監視だなんて……」

 そう不満を言っているアドリエンヌを無視してアレクシはエメに言う。

「そういった訳で、今日からこのチームに入れてもらうことになるが構わないな?」

 エメは少し戸惑いながら答える。

「僕は構いませんが、みんなはどう?」

「私はいいと思います!」

 そう答えたルシールは少し楽しそうにしている。

「ルシール、本当に王太子殿下が同じチームでいいんですの?!」

 そう訊かれルシールは心配そうにアドリエンヌを見つめた。

「ねぇ、アドリエンヌ。私はこのさいだから親睦を深めてお互いに話し合った方がいいと思うの」

 そんなことを言われアドリエンヌは助けを求めるようにアトラスに訊く。

「アトラスはどう思いまして?」

 少し困ったようにアトラスは答える。

「私はアドリエンヌの意向を最優先にすべきだと思います。ですが、婚約を解消するのならしっかりその内容は話し合った方がいいのではないでしょうか」

 すると、それを聞いていたアレクシがゆっくり振り返りアドリエンヌを見つめ微笑む。

「なぜアトラスは君と私が婚約を解消すると?」

「な、違いますの。ほら、王太子殿下にはシャウラ様がいらっしゃるでしょう。そう、そうですわ! 王太子殿下がこちらのチームに入られたら、シャウラ様はどうなりますの?」

「問題ない。この前も言ったが彼女とは別に約束をしているわけではないよ。勝手につきまとっていたからそのままにしていただけだ」

 それを聞いてアドリエンヌは、以前自分もこう思われていたと思うと腹を立てた。

「そんなの失礼ですわ。シャウラ様だって、王太子殿下のことを思って行動してますのよ?!」

 するとエメが驚いた顔をした。

「アドリエンヌ、君はあれだけブロン子爵令嬢に嫌味を言われているのに、彼女をかばうの?」

 ルシールも大きく頷きながら言った。

「なんだかんだ言って、アドリエンヌって優しいのよね」

「や、ち、違いますわ。わたくしも昔は同じような立場だったから……。もう、いいですわ」

 そう言ってもう一度頬杖をつくと前方を見つめた。ルシールはそんなアドリエンヌを見てクスクスと笑った。

 調度その時ニヒェルが講堂に入ってきたのでこの話はそこで終わりとなった。
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