上 下
8 / 46

8

しおりを挟む
 前回ドミニクに頼って不正をしていたアドリエンヌは、テストに対して苦い思いを持っていた。だが、それらはすべて自分の弱さのせいであることも承知していた。

 無言で過去の苦い経験を思い出していると、心配したルシールがアドリエンヌの顔を覗き込む。

「アドリエンヌ、緊張してるの? 大丈夫よ。あれだけ練習したじゃない」

 自分も緊張しているはずなのに優しく励ましてくれるルシールに感謝しながら、アドリエンヌはぎこちなく微笑む。

「ありがとう、ルシール。テストとか大勢の前でやるのとても苦手で。でもあれだけルシールと練習したんですものね。きっと大丈夫ですわね」

 そう言って自分たちの順番を待った。

 テストは二回、役割分担を変えて行われる。まず最初はアドリエンヌが水の担当で、ルシールはティーポット担当、そのつぎに担当を逆にして同じことを行う。

 アレクシはシャウラとペアを組んでいた。これに関して、なぜ婚約者と組まずに他の女性と組むのかと苦言を呈する者もいたが、実力があるもの同士で組むのは当たり前だと言う者もいた。

 アドリエンヌとしては、二人が仲良くなって周囲からも認められる土台ができるのだから願ったり叶ったりの状況だった。

 アレクシとシャウラのペアがアドリエンヌたちよりも先にテストを受け、二人とも完璧に課題をこなした。

 シャウラはテストが終わるとアドリエンヌを見つめて余裕たっぷりに微笑んだ。

 嫌味のつもりなのかもしれないが、今のアドリエンヌにはなんの嫌味にもならず、アドリエンヌもシャウラに余裕の笑みを返しておいた。

 シャウラはそれが気に入らないのか、一瞬嫌そうな顔をした。

 それを見てなぜここまでシャウラがアドリエンヌを敵視するのか訳がわからないと思った。そんなやり取りをしているうちに、アドリエンヌたちの順番が回ってきた。

 今回のテストは、一人で行うテストではない。わざと失敗するようなことがあればルシールに迷惑がかかるのであえて完璧にこなすことにした。

 アドリエンヌたちの順番になり、ルシールのパートで一滴だけ跳ねてこぼしてしまったものの綺麗にお茶を淹れることができた。

 そして、交代して同じことを繰り返す。次はお互いに何一つ失敗することなくこなすことができた。

 テストが終わるとルシールは一滴跳ねてしまったことをとても悔やんでいた。

「ごめんなさい、せっかくアドリエンヌがあれだけ練習して完璧に課題をこなしたのに、私が失敗をするなんて」

「なに言ってますの? あんなのミスに入らないですわ、絶対に合格よ。やりましたわね! わたくしたちは最高のペアですわ!!」

 アドリエンヌがそう言ってルシールに抱きつくと、ルシールは少し戸惑ったあと微笑んだ。

「そうよね、ありがとうアドリエンヌ」

 こうして二人は課題をなんとかこなすことができたことをお互いに祝いあった。

 今回のテストは減点法で、よほどの失敗がなければ合格する。この時点で大きな失敗もなかったアドリエンヌたちの合格は決まったようなものだった。

 合格発表は翌日、学園のエントランスに合格者たちのみ順位が張り出されることになっており、そこに名がない者は一週間後にもう一度テストを受ける必要がある。

 そこでも合格しなければまた一週間後にテストを行い合格するまで先に進めず、これを繰り返すことになる。

 要するに一定の能力に達しなければこの学園を卒業することはできない仕組みになっているのだ。

 そう考えると、前回アドリエンヌがやった不正は許されることではなかったとあらためて自分の過去の行いを恥じた。

 次の日エントランスにテスト結果を見に行くと、アドリエンヌとルシールのペアは二十八位だった。順位はともあれ、合格したことにアドリエンヌはルシールと喜びあった。

 シャウラとアレクシのペアも当然合格しており、順位は一位となっていた。あれだけ完璧にこなしたのだから当然のことだろう。

 これでますますシャウラが注目され、婚約解消に一歩近づくことになるとアドリエンヌは素直に二人が一位になったことも喜んだ。

 合格者はこの日から、生活魔法に加え攻撃魔法を学ぶことになった。

 さらに攻撃魔法を学ぶのと平行して防御魔法も治療魔法も覚えなければならず、合格した生徒たちもここから先は手こずる者たちが増える。

 今は戦争もなく、森に住むモンスターたちもこちらが積極的に関わらなければ攻撃してくることはないので戦闘することはほとんどなかったが、それでも稀にモンスターと遭遇することがあり攻撃魔法を覚えるのは必須だった。

 実践講堂に集まった合格者たちは、ニヒェルの講義を聞く。

「さて、合格者諸君。生活魔法を初めて使ってみたことで、諸君らは自分がどの属性魔法が得意なのかわかったであろう? 攻撃魔法は自分のもっとも得意な属性魔法を特訓するのが基本になる」

 ニヒェルはそう言うと、手前に座っていたエメ・ル・ロワ伯爵令息に訊く。

「エメ君、君はそれがなぜだかわかるかな?」

 エメは突然質問されたにもかかわらず、戸惑うことなくすぐに答える。

「攻撃魔法は攻撃力が高くなければ、効果がありません。ですから得意な属性を特訓し、その威力を高める必要があるからです」

「素晴らしい、その通りだ」

 そう言ってニヒェルは満足そうに頷く。

「これは最初に基本でまなんでいるからして、聡明な諸君らには簡単な質問だったかな?」

 ニヒェルがそう質問すると、エメは苦笑しながら軽く首を振った。それを見てニヒェルは微笑むと続ける。

「もちろん、色々な属性の攻撃魔法を使えればそれにこしたことはない。だが、広く浅くで威力の弱い攻撃魔法を習得したところで相手にダメージを与えられないのでは、攻撃魔法を習得する意味がないからの」

 すると他の生徒が手を上げた。ニヒェルはそちらに向きなおる。

「どうしたね、エヴァンス君」

「はい、治療魔法が一番得意な者はどうすれば良いでしょうか?」

「うむ。モンスターたちは邪気を餌に生きている。だが、体内にあるその邪気を治癒魔法で消したとしたら? モンスターは存在ができなくなるであろう? すなわちそれは攻撃となる」

 これは基礎で習っていたことだった。

「さて、他に質問はあるかの?」

 講堂内は静まり返った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

処理中です...