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悪役令嬢、推しを生かすために転生したようです
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なんて尊いのでしょう? 神様、本当にありがとうございます。あぁ、眼福ですわ!
そう思いながら我が婚約者であるマッテルオ王国のカーラン・デ・パルール・マッテルオ第一王子を見つめた。
昨日まであれほど疎ましく思っていた婚約者を、これ程愛おしく思う日がくるとはヴィヴィアン・フォン・キャッツウェル公爵令嬢は思ってもみなかった。
それは、突然の出来事だった。日頃からヴィヴィアンは自分に見向きもしない婚約者にいつも苛立ちを覚えていた。
それに優秀で、容姿だって悪くないのにいつも自信がないのか控えめで目立たない存在なのも、苛立つ原因のひとつだった。
第二王子であるデュランは明るく人当たりもよい素晴らしい王子であらせられるのに、なぜ自分の婚約者である第一王子はこんなに嫌なやつなのだろう?
そう思い、会えばいつも憎まれ口を叩いた。
キャッツウェル家は名の知れた公爵家で、国王にすら意見できるほどの家柄であった。だからこそヴィヴィアンが第一王子の婚約者に選ばれてしまったのだろう。
その日、城内でいつものように婚約者と罵り合っていたときだった。
「なんで貴方がこの私の婚約者なのでしょう? キャッツウェル家では貴方のような明るく快活でいらっしゃる王子とはとても釣り合いが取れませんわねぇ」
カーランの方も相手がヴィヴィアンでは不満があるのだろうが、それでも政治的な婚約とはいえ形だけでも愛そうとしてくれてもよいはずである。
それが会えばいつも決まって侍女のアンの話をする。そんな婚約者に対し不満しかないのは当然で態度も悪くなるというものだった。
カーランはそんなヴィヴィアンを見て、不満そうに返す。
「私も同感だ。そんなことを言うような君のようにとても品行方正な公爵令嬢より、侍女のアンの方が私には似合いだろう」
「侍女が似合うだなんて、あら~、そんなにご自身を卑下なさらないでくださいませ。第一王子にも、探せばいいところはございますわ」
ヴィヴィアンはそう言って微笑み返した。
そのときだった、庭師が置き忘れたスコップに足を取られ、ヴィヴィアンは思い切り後方に転倒し頭を強打した。そうして気を失い、気がつけば自室のベッドの上にいた。
そして目覚めた瞬間、前世の記憶が甦っていることに気づいたのだった。
この世界はヴィヴィアンが前世でやった乙女ゲームの世界だった。
ゲームの世界ではヴィヴィアンはヒロインである侍女のアンのライバル令嬢であり、最後にはあまりの素行の悪さに断罪されてしまう悪役令嬢だった。
ヴィヴィアンの婚約者であるカーランは物語の途中、誰のルートをたどっても死んでしまう不幸なキャラで、陰からアンを一途に思う薄幸の王子でもあった。
実はカーランだけ母親が違っており、カーランの母親であるスキラはすでに亡くなっている。現在の王妃であるリーデルはもとは側室だった。
スキラはカーランが亡くなったら開封してもよいという、条件付きの遺言状を残しておりその遺言状開封のため、ストーリー上ゲーム内でカーランは亡くなる運命を余儀なくされる。
ゲーム内でカーランが亡くなることで、遺言が開封されると、そこには侍女として雇われているヒロインが隣国の王女の娘だと書かれているのだ。
どういうことかと言うと、隣国の王女が一介の兵士との間に子を身ごもり、父親に追放されてしまう。
その事情を知るとその身の上を不憫に思ったスキラが、こっそり匿い侍女として側に置くことにしたのだ。
だが、それが国王に知られて自分の息子であるカーランになにかあってはいけないといった思いから、誰にも言わずにそのことは黙っていた。
隣国の王女はアンが幼い頃に先に亡くなり、またスキラも病に倒れたときアンの行く末を案じ、その遺言が残されることとなった。
ゲーム内ではカーランが亡くなり遺言状が開封されると、隣国の国王が娘を追放してしまったことを酷く後悔して探していたことがわかり、アンは晴れて王女として生きる。そんな内容だ。
ゲームをやっていた当初、カーラン推しで何度もカーランが助かるルートがないか攻略し続けていたヴィヴィアンは、これぞ神の啓示に違いないと思った。
絶対にカーランを助ける。そのためには自分はどうなってもよいとさえ思えた。
ヒロインであるアンは、すでにゲーム開始の年齢を越えている。ということは、現状カーランはいつ死んでしまってもおかしくはないということだ。
これからはどんなことがあっても、カーランの側にいて全ての脅威から彼を守らなければ。ヴィヴィアンはそう決意し、次の日から早速行動に移した。
「お前、私の顔など見たくもないのではないのか? 私もできることなら、朝から不快な思いはしたくないのだが?」
朝からカーランを見つめ感動していると、カーランに気づかれてしまい憎まれ口をたたかれる。
「あら、私がいるところへ貴方がいらしたのでは? これは事故ですのに、とやかく言われる筋合いはありませんわね。本当にお互い朝から運がありませんこと」
そう言って微笑み返すと、横を通り過ぎた。自分は断罪されるかもしれない。大切なカーランを自分のようなこんな令嬢と関わらせてはならないのだ。会話はなるべく避けなければならない。
そうしてカーランからさっさと離れ隠れるとカーランを見守る。確かカーランは謎の暗殺者にも狙われていた。ゲームの中では、おそらく現在の王妃の手の者だろうと言われていた。なので、城内でも安心はできない。
ヴィヴィアンは父親の権限で城内に勝手に入れる立場をフルに生かすことにして、カーランをマークした。
あとをついて行くと突然カーランは立ち止まり、中庭を掃除しているアンを見つめた。ヴィヴィアンはその姿を切なく思いながら見つめていると、不意にここで頭上から植木鉢が落ち死んでしまったというゲーム内のセリフが脳裏によぎった。
ヴィヴィアンは思い切りカーランを突き飛ばした。カーランは前面に転倒し、その瞬間ヴィヴィアンの顔の横を植木鉢が落下していった。
カーランにそれがバレる前に素早く割れた植木鉢をペチコートで膨らんだドレスの下に隠す。
転倒し打った膝の土を叩きながらカーランはヴィヴィアンを睨んだ。
「お前、なにをする!」
「あ~ら、ごめんなさい。足元の石につまずいてしまいましたの。紳士でしたら、レディが転びそうになったときに身を挺して守ってくださるのは当然のことですわよね。さすが第一王子ですわ~、ご立派ですわね~」
微笑んでそう答えると、カーランは苦笑しその場を去っていった。
ヴィヴィアンはカーランが見えなくなるまでまつと、鋭く痛みを感じた腕を確認する。どうやら植木鉢の破片が腕をかすったようで、内出血と擦り傷ができていた。
「こんな擦り傷、大したことはありませんわね。これぐらいでカーランの命を救えたのだから、安いものだわ」
そう呟くと、近くにいた従者に植木鉢を片付けるように言って、すぐにカーランを追いかけた。
こうして、カーランを守る日々が始まった。そして守っていて一つ法則を見つけた。
カーランを守ると必ずヴィヴィアンが怪我をするのだ。どうやってうまく守ったとしてもそれは変わらなかった。
ヴィヴィアンはこれはカーランを守った代償なのだと受け止めることにした。
日々生傷を増やしながら、カーランの前に姿を現すことが以前より多くなったヴィヴィアンを見て、さすがにカーランも怪しく思ったようで直接ヴィヴィアンに尋ねることがあった。
「最近君とよく出会す気がするのだが? それに君のその怪我はなんだ? なにか企みごとをしているのではないだろうな」
「あら、第一王子ともあろうお方が令嬢の心配ですの? ありがとうございます」
「確かに、君がなにを成そうとしているのかは心配しているな」
そう言うと、鼻で笑った。
そんな中ヴィヴィアンは自分一人でカーランを守るのは限界があると感じ、父親にカーランが狙われていることを話した。
だが、父親は今まで我が儘放題で傲慢だった娘の言うことなど父親は信じてくれなかった。
そんなある日、暗殺者がカーランを狙って隠れているのを発見した。
このころは、カーランを守るのも慣れてきたところで、誰かが近くに潜んでいるとすぐにわかるようになっていた。
従者たちに視線をやると、城内ということもあり完全に油断しているようだった。
ヴィヴィアンは暗殺者がカーランを狙って背後から飛び出そうとしたその瞬間、横から思い切りタックルをかました。
こんなこともあろうかと、ヴィヴィアンはいつ固めのコルセットを身につけている。
そして、その暗殺者に馬乗りになると自分が切りつけられるのもかまわず、手にもっていたハイヒールで容赦なく暗殺者をひたすらぶん殴った。
幸いすぐに兵士たちが駆け寄ってきてくれたお陰で、そこまで深い傷を負うこともなく暗殺者を捕らえることができた。
カーランの方をちらりと見ると、危険から守るため、使用人たちが慌ててカーランを向こうへ連れていってくれているところだった。
ヴィヴィアンは安心して暗殺者を兵士たちへ引き渡した。
この件がきっかけで、ヴィヴィアンの父親もカーランの命が狙われていることに気づき、本腰を入れて調べてくれることになった。
この結果にヴィヴィアンは満足していたが、ここへきて不思議に思うことがあった。
暗殺の内容が微妙にゲームの話と違ってきているのだ。
しかも、見守っていて気づいたのだが、冷徹な王妃であるはずのリーデル王妃殿下は、とても素晴らしい女性で、分け隔てなく王子たちに愛情を注いでいることが端から見ていてもわかるほどだった。
とてもカーランの命を狙うようには見えませんわ。
そんなことを考えながら、いつくるかわからない暗殺者たちに対抗するため、油断できない状況の中今日もカーランを見守っていた。
すると今度はカーランが立ち寄った図書室で、突然本棚がカーランの方向へ倒れてきた。
図書室へ入った瞬間、本棚が倒れてくるのではないかと予想していたヴィヴィアンは、いつ本棚が倒れても守れるようにブックカートを押しながら歩いていた。
やっぱりそうきましたわね!
ヴィヴィアンは、本棚が倒れた瞬間にブックカートでカーランを突き飛ばしつつ、本棚の下へカートを押し込む。
完全に本棚が倒れるのは阻止できたが、その空間にカートごと入り込んだヴィヴィアンの上に大量の本が降り注いだ。
あまりの痛さに動けずにいると、どこにいたのか向こう側からアンの声がする。
「カーラン、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「いや、私は大丈夫だが……、誰か本棚の下敷きになったのではないか? 早く、早く本棚をどかせ! 本の下を探せ!」
ヴィヴィアンはその声を聞いて、カーランってばなんて優しいのかしら? 自分が狙われたというのに、と思いつつ、今自分が見つかってしまったらきっと暗殺者の犯人にされてしまうだろうことに気づいた。
駆け寄ってくる足音に、見つけられてしまったらどう言い訳をするか考えを巡らせていると、アンがカーランに優しく言った。
「大丈夫です。誰も下敷きになんかなっておりません。それよりここは危険かもしれませんから、早く移動いたしましょう」
「本当か? 本当に誰もいなかったのか?」
「はい、だから安心して下さいませ」
ヒロインナイスアシストですわ! ありがとう!
内心そう思いながら、ヴィヴィアンは息を殺してカーランたちが去っていくのを待った。
しばらくして、使用人たちが本を片付け始めたので、ヴィヴィアンは本の山から上半身を出した。
「うば!!」
その様子を見た使用人が叫ぶ。
「うわ! なんだ? ば、化け物!」
「いや、違うぞ人間だ。こんなところに人がいたのか!」
「これは……、キャッツウェル公爵令嬢?! だ、大丈夫ですか? お怪我は?」
ヴィヴィアンは澄まし顔で答える。
「なんともありません」
そう言って立ち上がりドレスの埃を叩くと、使用人たちに言い放った。
「そこをどいてくださる?」
ヒロインと一緒とは言え、カーランが狙われないとは言いきれない。
早くカーランを追いかけねば。
そう思いながら、使用人たちの驚きの視線を無視してカーランを追った。
やっと追い付き遠目で二人を確認すると、アンが笑顔でカーランに話しかけていた。
名前で呼びあっているし、あれだけ仲が良いのだから、もしかしたらカーランが生き残ることによってあの二人のルートもあり得るかもしれませんわね……。
ヴィヴィアンにとってカーランが幸せになるのは嬉しいことであったが、そう考えると胸の奥が締め付けられた。
そんな中、王宮でお茶会が開かれることとなった。これはゲーム内でのイベントと変わりなく、ゲーム内ではアンは招待されるのにヴィヴィアンは招待されず、憤慨するのだ。
だが、お茶会でカーランが毒殺されると、出席しなかったことで自分に疑いの目が向けられなくて良かったと胸を撫で下ろすのだ。
前世でゲームをしていたとき、このときほどゲーム内のヴィヴィアンを憎らしく思ったことはなかった。
だが、今のヴィヴィアンはカーランを毒から守るために動いている。世の中わからないものだと思った。
ヴィヴィアンはカーランを守るためになんとしてでもお茶会に参加せねばならなかった。なので招待状が送られてこないのなら、直接カーランに招待状をもらいに行けばいいと考えた。直接言われればさすがに断りにくいだろう。
だが、それでもらえなくとも勝手に出席するつもりではいた。
「第一王子、少しお話がありますの」
そう言ってカーランに話しかける。するといつもなら嫌なものでも見るようにヴィヴィアンを見るカーランが、突然ヴィヴィアンの手を取るとまじまじと腕を見つめた。
ヴィヴィアンは慌てて手を引っ込めた。
「あら、ごめんあそばせ。突然のことで驚いてしまいましたわ。さすが第一王子ですわね、レディに対するマナーが素晴らしいですわ」
そう嫌みを言うと、カーランは真剣な顔で答える。
「新しい傷が増えていた。君はあのとき図書室にいたのではないか?」
ヴィヴィアンはカーランが自分を疑っていることに気づいた。
「なんのことですの? そんなことより、今度のお茶会のことですわ。私これでも第一王子の婚約者ですのよ? その私を招待しないなんて……」
そこまで話したところでカーランが招待状を差し出した。ヴィヴィアンは驚いて、その招待状とカーランの顔をまじまじと交互に見つめた。
カーランは微笑んだ。
「どうした? これが欲しかったのではないのか?」
ヴィヴィアンは差し出された招待状を受けとる。
「珍しく、第一王子の察しがよろしくて助かりましたわ。では、貴方にはもう用はありませんから、これで失礼致しますわ」
そう言うとヴィヴィアンは、これ以上追求を受けないようさっさと踵を返すと、いつもの見守りの立ち位置に戻った。
こんなに簡単に招待状を渡してくるなんて、カーランは一体なにを考えているのだろうか。もしかしたらゲーム内のカーランも、直接話せば招待状を渡すつもりでいたのかもしれない。
あんなに薄情なヴィヴィアンに招待状を渡そうとしていたなんて、やっぱりカーランは優しい人なのだとヴィヴィアンはしみじみ思った。
お茶会当日、早めに会場に着くとカーランの横にはアンが立っていた。
だが、ドレスは着用しておらずいつもの制服を着ている。ヴィヴィアンはこれも前世の話とは違うと思ったが、そもそも侍女が招待されること事態おかしなことだったし、アンは王宮で働いているのだから招待されずとも出席できる。これが普通なのだと考え直した。
なぜかカーランはしきりに周囲を見てなにかに警戒している様子だったので、ヴィヴィアンは近づかないよう、カーランに気づかれないよう細心の注意を払って立って見ていた。
ゲームの中ではリーデル自ら入れたお茶をすすめられ、カーランは嫌な予感がしつつも断ることができずに口をつけると、それに毒が入っていたというストーリーだった。
なので、ヴィヴィアンはリーデルがカーランに話しかけお茶の準備をしているのを確認すると、背後からそっと近寄った。
そして、カーランがティーカップを手にするその瞬間、テーブル手前でわざと転び思い切り強くそのテーブルクロスを引っ張った。
「あーれー!」
少しわざとらしい叫び方になってしまったと思いながら、クロスを引き抜くとものすごい音と共にカップやティーポットが宙に舞い、今度はヴィヴィアンめがけて落ちてきた。
カップやポットがぶつかるのも痛かったが、それより中身のお茶が全身にかかって熱く、先日暗殺者を捕らえたときの治っていない怪我にお茶がかかり、とても痛かった。
あまりの痛さに少しその場でうずくまっていると、周囲は何事かと大騒ぎとなっていた。
カーランが慌ててヴィヴィアンに駆け寄ろうとしたが、他の使用人に引き留められていた。
危ない令嬢には近づかせないようにしたのだろう。
ヴィヴィアンはなんとか立ち上がると、言い放つ。
「なによ! 気分が悪いですわ! 私失礼しますわ」
そう吐き捨てるように言うと、急いでその場をあとにした。
会場出口に差し掛かると、なぜか突然視界がグニャリと歪んだ。そして、立っていられなくなったヴィヴィアンはついに膝をついてしまった。
出口はすぐそこですのに、早く馬車に乗らなくては……
そう思ったが体が思うように動かせず、ついに意識を手放した。
カーランは王宮の一室でベッドの上に横たわる婚約者の手を取り、彼女が助かるよう祈った。
婚約者のヴィヴィアンが、自分を助けようと奔走していることに気がついたのは、ある日父親である現王のヴィルヘルムにこう言われたからだった。
「さすがお前が自分で選んだ婚約者だけはあるな、お前を陰から守り挙げ句暗殺を阻止し、暗殺者を捕らえてしまうとは」
カーランは自分の耳を疑った。
まさかあのヴィヴィアンが?
「どういうことですか?」
「どういうもなにも、お前は気がつかなかったのか? 今言った通りだ。使用人に聞いてみるがいい」
だが、確かに最近のヴィヴィアンは生傷が絶えず、顔を見れば嫌みを言う割りにはいつもそばにいるような気がした。
カーランは改めて後日使用人たちにその件を確認することにした。そんなとき、不意に立ち寄った図書室で自分めがけて本棚が倒れてくるという事故に遭遇した。
その瞬間、確かに自分を助けるようになにかに前方へ押された。
なにがあったのかわからぬまま振り向くと、倒れた本棚の下に先ほどまでなかったブックカートがあるのが見えた。
その瞬間、カーランは先日父親が言っていたことを思い出す。あれが本当のことならば、もしかしてヴィヴィアンが下敷きになっているかもしれない。
駆け寄り確認したかったが、なぜかそこにいた侍女のアンに危ないと諭され、他の使用人たちにも囲まれその場から移動させられてしまった。
カーランはアンが色々話しかけてきても、ヴィヴィアンが心配でほとんど頭に入ってこなかった。
数日後、使用人たちに話を聞くと彼らはヴィヴィアンが落ちてくる植木鉢からカーランを守ったり、図書室でも倒れた本棚の下から発見され、怪しいと疑いをかけ図書室の管理者に確認すると、逆にヴィヴィアインが身を挺して守ったことで本に埋もれていたと証言があったことを話してくれた。
このままだと、ヴィヴィアンの方が危険なのでは?
カーランは不安になった。話を聞こうと思っているところへ、ちょうどヴィヴィアンの方から訪ねてきた。
カーランは今までのことを問い詰めるつもりでいたが、ヴィヴィアンにそれをあっさりかわされ彼女は招待状だけ受けとると、逃げるように去っていってしまった。
きっと呼びだしても、訪問してもヴィヴィアンのことなので憎まれ口を叩いて逃げてしまう気がした。
そう考えるとお茶会はいい機会だった。
お茶会のときになんとしてでも二人きりになり、今までの無礼な態度を謝まろう。もし許してくれなくとも、許してくれるまで何度でも謝ろう。そうして彼女の許しを乞うことしか、今の自分に残された道はないのだと思った。
カーランはお茶会の日、早めに会場入りしてヴィヴィアンを待った。だが、彼女はなかなか現れなかった。
正直お茶会など本当にどうでも良かった、とにかく早くヴィヴィアンに会いたかった。
カーランは初めてヴィヴィアンに会ったときから彼女を好ましく思っていた。なぜなら、ほとんどの令嬢が次期国王になるのではないかと噂されている第二王子のデュランに興味を示すなか、ヴィヴィアンだけはカーランに興味を示しずっとそばにいてくれたからだ。
時が経ち、たまたま侍女のアンをヴィヴィアンの前で褒めたら、ヴィヴィアンが嫉妬したような態度をとった。それが嬉しくてアンを追いかけ始めたらそれが止められなくなり、憎まれ口を言い合うようになってしまった。
だがその実、カーランは昔からヴィヴィアンのことしか考えられなかった。
いつか必ずこんな関係は修復しなければ、どんどん彼女に嫌われてしまう。そう思い焦っていたがタイミングを逃し続けてきた。
その絶好の機会が今日なのだろう。
カーランはそう考えながら会場内のどこかにいるはずのヴィヴィアンをずっと探し続けていた。
落ち着かないカーランを心配してか、継母のリーデルがカーランにお茶をすすめてくれた。
カーランがそのティーカップを取ろうとした瞬間背後から芝居がかった
「あーれー!」
というヴィヴィアンの声がしたと思うと、目の前に置かれていたティーカップは宙に浮いていた。
いや、ティーカップどころかテーブルの上に置いてあったもの全てが宙に舞い、ある一点に向かって飛んで行った。
その先に視線を向けるとそこにはヴィヴィアンがいた。
そのまま、テーブルの上のもの全てを全身にかぶってしまったヴィヴィアンは痛むのかうずくまってしまっている。
カーランは慌てて近づこうとするが、横にいたアンやリーデル、そして護衛に引き留められた。
そうこうしているうちにヴィヴィアンは一人ですっくと立ち上がると、怒った様子で会場を去って行こうとした。
今追いかけなければ、この先一生彼女を失ってしまうかもしれない。
そんな焦燥感に襲われたカーランは護衛やアンを振り切り、全力でヴィヴィアンを追いかけた。
すると悲鳴がした。
「キャッツウェル公爵令嬢が倒れたぞ!!」
その言葉にカーランは恐怖し、血の気が引いた。恐れていたことがついに起きてしまったのだ。
本当に彼女がいなくなってしまう!
カーランは、慌ててヴィヴィアンに駆け寄ると抱き上げた。
「早く! 誰か侍医を呼べ! こぼれたお茶に毒が入っていないか調べろ!」
すると視界の端でアンがこっそり逃げようとしていることに気づき、兵士に叫ぶ。
「その侍女を捕らえよ!」
そして、素早くヴィヴィアンを城内の一室へ連れていくと、侍医に見せた。
侍医によると、お茶に含まれていた毒物が怪我から入り込んでしまったのではないかということだった。
毒物がなんなのかわからない現状、解毒は難しいが飲んだわけではないので助かる確率が高いとのことだった。
改めてヴィヴィアンの腕を見ると、あちらこちらに怪我や内出血がありカーランは自分の不甲斐なさを呪った。
ヴィヴィアンの意識は朦朧としており、うわ言を言うことがあった。
そんな中、ヴィヴィアンはうなされながら目を開けるとカーランを見つめた。
「カーラン? 何故そんなに悲しそうなの?」
「ヴィヴィアン?! 私がわかるか?! とても心配した。ヴィヴィアン、愛している私のために生きてくれないか?」
そう答えると、ヴィヴィアンは微笑んだ。
「これは夢ね、だってカーランは私のこと嫌いですもの……」
そう呟くとヴィヴィアンはまた目を閉じてしまった。
「ヴィヴィアン、君はずっとそう思っていたんだね……。いや、そう思わせていたのはこの私なのだ。すまない、本当にすまない。違うんだ、私は君を愛している。お願いだ、私を置いて行かないでくれ君を心から愛しているんだ……」
カーランはヴィヴィアンの手をぎゅっと握った。
ヴィヴィアンは誰かに呼ばれているような気がして、なんとか目を開いた。
そこには見知らぬ天井、そして大粒の涙を流すカーランの顔があった。
「ヴィヴィアン、愛している。愛しているよ」
カーランは繰り返しそう呟いている。
現状が理解できず、夢でも見ているのだろうかとしばらくぼんやりしていると、これが夢ではないことに気がついた。
ヴィヴィアンは大きく目を見開くと、思わず叫んだ。
「カーラン、無事ですのね?!」
そう言って起き上がる。
「君は……こんな目に遭ったのに、まだ私を心配しているのか?!」
そんなヴィヴィアンを見てカーランは泣き笑いをした。
「どういうことですの? 一体なにがどうなって?」
困惑していると、カーランがゆっくりとお茶会で倒れてからのことを説明してくれた。
毒が腕の傷から入ったこと、犯人は侍女のアンだったこと。
アンは自分は隣国の王女でカーランが死なないとその事実が公表されない、と主張したそうだ。
それが本当なら、裁くことができないので仕方なくスキラの遺言書を開くと、確かにその内容が書き記されていた。
だが、隣国の国王はとても厳しいことで知られている。今後アンは隣国へ引き渡されることになるが、第一王子暗殺の罪で死刑になるのは間違いないとのことだった。
「そうですの、カーランにはつらいでしょうね。愛しの侍女に殺されかかった上に、愛するものをなくすなんて……」
そう答えるとカーランはヴィヴィアンの手を両手で包み込んだ。
「いや、確かに彼女に気がある態度を取っていたし、そこは酷いことをしてしまったと思うが、彼女は私を何度も殺そうとした。ときに暗殺者まで雇ったんだ。今は可愛そうとは思わない。実際に彼女の反省せず全てを他人のせいにするあの態度を見れば、同情する気も失せるというものだ」
カーランがここまで言うのだから、アンは相当とんでもないことを言ったのかも知れない。
そう思っていると、カーランがヴィヴィアンを熱っぽく見つめて言った。
「それに私の愛しい人はこうして助かったのだから、問題ない」
ヴィヴィアンは顔を赤くした。
「な、急になにを仰ってますの? そんなことを仰るなんて、第一王子の方が体調が悪いのではなくて?」
「照れているの? 君がこんなに可愛らしい一面を持っているなんてね」
そう言って今度はヴィヴィアンの手のひらにキスした。
そして、改めて話し始めた。
「今まで君にはつらい思いをさせてしまった。私は昔から君が好きだった。幼稚だった私は君の気を引くためにアンのことが好きだと偽って君の気を引こうとしたのだ。君との婚約を望んだのは私なのに、婚約者である君を差し置いて他の女性に気がある態度を取るなんて、不誠実な真似をして本当に申し訳なかった」
カーランは深々と頭を下げた。そしてヴィヴィアンの腕の傷をそっと指でなぞりながら話す。
「君が私を助けようと奔走してくれたことは知っている。この傷、これは全て私を助けるために負った傷なのだろう? つらかっただろうね。そんな思いをさせてしまうなんて本当に自分が不甲斐ない、申し訳なかった」
ばれてしまっているのなら仕方がない。ヴィヴィアンは黙って頷いた。
カーランはその傷ひとつひとつを見つめると優しく撫でた。
「体を張って助けてくれて、いつも見守ってくれてありがとう。君のお陰で私はこうして生きていられるんだ」
その言葉に、ヴィヴィアンは涙が溢れた。カーランはその涙を優しく拭って言った。
「こんなに情けない私を、それでも君は愛してくれるか? 許してくれるだろうか。許してくれなくとも、一生をかけて君には償いをしたい」
ヴィヴィアンが頷くと、カーランは嬉しそうに目を見開いた。
「本当に? 本当に君はこんな私を許してくれるというのか?」
ヴィヴィアンは二度三度と頷く。
「ありがとう」
そう言うと、カーランは優しくヴィヴィアンを抱き寄せた。しばらく抱きしめたあと、少し体を離すとじっとヴィヴィアンを見つめ、優しくキスをした。
そして、少し唇を離すと甘く囁く。
「これからは私が君を守る。そのためにももっと強くなるから待っていてくれ。ヴィヴィアン、本当に心の底から愛している」
「はい。私も心からカーランを愛しております」
そうヴィヴィアンが答えると、二人は深く口づけを交わした。
こうしてヴィヴィアンの体を張った奮闘のお陰で、カーランは助かることができた。
カーランはもともと優秀だったので、やる気を出してからは頭角を表し国王からも一目置かれる存在となり、次期国王として選ばれることになった。
それと後日、何故ヴィヴィアンがカーランが暗殺者に狙われているのかを知っていたのか、カーランから直接問い詰められ、信じてもらえないだろうと思いつつヴィヴィアンは前世の話をした。
だが、ヴィヴィアンの予想に反してカーランはあっさりヴィヴィアンの言うことを信じてくれた。
「君が私に嘘をつくはずがないからね、それが真相なのだろう。よく話してくれたね。だが、これからはどんなことでも一人で抱え込まずに、まず相談してほしい。いいね?」
そう言ってカーランはヴィヴィアンの頭を撫でた。
それに、カーランは今までの反動か毎日のようにヴィヴィアンに愛を囁いた。それと同時に、毎日のようにヴィヴィアンに言い聞かせることがひとつだけあった。
膝の上にヴィヴィアンを横抱きにしながら、こう囁くのだ。
「いいか? 私が生きていたとしても、君がそばにいなければ私の人生は意味のないものになるだろう。君は私を愛しそばにいると言ってくれたのだから、今度からは自分の身を守ることも忘れないでくれ。これで私の愛が伝わったかな?」
周囲の者はそんな二人を微笑ましく見つめていたが、ヴィヴィアンは恥ずかしくていつも俯いてしまうのだった。
「ほら、わかったのなら顔を上げて? 私はいつでも君の顔を見ていたいのだから」
そう言ってカーランはヴィヴィアンの顎に手を当てると上を向かせ何度もキスをするのだった。
カーランの強い希望で結婚式が早められ、二人はすぐに結婚した。
こうしてヴィヴィアンの奮闘の結果、二人は幸せになることができたのでした。
めでたし、めでたし。
そう思いながら我が婚約者であるマッテルオ王国のカーラン・デ・パルール・マッテルオ第一王子を見つめた。
昨日まであれほど疎ましく思っていた婚約者を、これ程愛おしく思う日がくるとはヴィヴィアン・フォン・キャッツウェル公爵令嬢は思ってもみなかった。
それは、突然の出来事だった。日頃からヴィヴィアンは自分に見向きもしない婚約者にいつも苛立ちを覚えていた。
それに優秀で、容姿だって悪くないのにいつも自信がないのか控えめで目立たない存在なのも、苛立つ原因のひとつだった。
第二王子であるデュランは明るく人当たりもよい素晴らしい王子であらせられるのに、なぜ自分の婚約者である第一王子はこんなに嫌なやつなのだろう?
そう思い、会えばいつも憎まれ口を叩いた。
キャッツウェル家は名の知れた公爵家で、国王にすら意見できるほどの家柄であった。だからこそヴィヴィアンが第一王子の婚約者に選ばれてしまったのだろう。
その日、城内でいつものように婚約者と罵り合っていたときだった。
「なんで貴方がこの私の婚約者なのでしょう? キャッツウェル家では貴方のような明るく快活でいらっしゃる王子とはとても釣り合いが取れませんわねぇ」
カーランの方も相手がヴィヴィアンでは不満があるのだろうが、それでも政治的な婚約とはいえ形だけでも愛そうとしてくれてもよいはずである。
それが会えばいつも決まって侍女のアンの話をする。そんな婚約者に対し不満しかないのは当然で態度も悪くなるというものだった。
カーランはそんなヴィヴィアンを見て、不満そうに返す。
「私も同感だ。そんなことを言うような君のようにとても品行方正な公爵令嬢より、侍女のアンの方が私には似合いだろう」
「侍女が似合うだなんて、あら~、そんなにご自身を卑下なさらないでくださいませ。第一王子にも、探せばいいところはございますわ」
ヴィヴィアンはそう言って微笑み返した。
そのときだった、庭師が置き忘れたスコップに足を取られ、ヴィヴィアンは思い切り後方に転倒し頭を強打した。そうして気を失い、気がつけば自室のベッドの上にいた。
そして目覚めた瞬間、前世の記憶が甦っていることに気づいたのだった。
この世界はヴィヴィアンが前世でやった乙女ゲームの世界だった。
ゲームの世界ではヴィヴィアンはヒロインである侍女のアンのライバル令嬢であり、最後にはあまりの素行の悪さに断罪されてしまう悪役令嬢だった。
ヴィヴィアンの婚約者であるカーランは物語の途中、誰のルートをたどっても死んでしまう不幸なキャラで、陰からアンを一途に思う薄幸の王子でもあった。
実はカーランだけ母親が違っており、カーランの母親であるスキラはすでに亡くなっている。現在の王妃であるリーデルはもとは側室だった。
スキラはカーランが亡くなったら開封してもよいという、条件付きの遺言状を残しておりその遺言状開封のため、ストーリー上ゲーム内でカーランは亡くなる運命を余儀なくされる。
ゲーム内でカーランが亡くなることで、遺言が開封されると、そこには侍女として雇われているヒロインが隣国の王女の娘だと書かれているのだ。
どういうことかと言うと、隣国の王女が一介の兵士との間に子を身ごもり、父親に追放されてしまう。
その事情を知るとその身の上を不憫に思ったスキラが、こっそり匿い侍女として側に置くことにしたのだ。
だが、それが国王に知られて自分の息子であるカーランになにかあってはいけないといった思いから、誰にも言わずにそのことは黙っていた。
隣国の王女はアンが幼い頃に先に亡くなり、またスキラも病に倒れたときアンの行く末を案じ、その遺言が残されることとなった。
ゲーム内ではカーランが亡くなり遺言状が開封されると、隣国の国王が娘を追放してしまったことを酷く後悔して探していたことがわかり、アンは晴れて王女として生きる。そんな内容だ。
ゲームをやっていた当初、カーラン推しで何度もカーランが助かるルートがないか攻略し続けていたヴィヴィアンは、これぞ神の啓示に違いないと思った。
絶対にカーランを助ける。そのためには自分はどうなってもよいとさえ思えた。
ヒロインであるアンは、すでにゲーム開始の年齢を越えている。ということは、現状カーランはいつ死んでしまってもおかしくはないということだ。
これからはどんなことがあっても、カーランの側にいて全ての脅威から彼を守らなければ。ヴィヴィアンはそう決意し、次の日から早速行動に移した。
「お前、私の顔など見たくもないのではないのか? 私もできることなら、朝から不快な思いはしたくないのだが?」
朝からカーランを見つめ感動していると、カーランに気づかれてしまい憎まれ口をたたかれる。
「あら、私がいるところへ貴方がいらしたのでは? これは事故ですのに、とやかく言われる筋合いはありませんわね。本当にお互い朝から運がありませんこと」
そう言って微笑み返すと、横を通り過ぎた。自分は断罪されるかもしれない。大切なカーランを自分のようなこんな令嬢と関わらせてはならないのだ。会話はなるべく避けなければならない。
そうしてカーランからさっさと離れ隠れるとカーランを見守る。確かカーランは謎の暗殺者にも狙われていた。ゲームの中では、おそらく現在の王妃の手の者だろうと言われていた。なので、城内でも安心はできない。
ヴィヴィアンは父親の権限で城内に勝手に入れる立場をフルに生かすことにして、カーランをマークした。
あとをついて行くと突然カーランは立ち止まり、中庭を掃除しているアンを見つめた。ヴィヴィアンはその姿を切なく思いながら見つめていると、不意にここで頭上から植木鉢が落ち死んでしまったというゲーム内のセリフが脳裏によぎった。
ヴィヴィアンは思い切りカーランを突き飛ばした。カーランは前面に転倒し、その瞬間ヴィヴィアンの顔の横を植木鉢が落下していった。
カーランにそれがバレる前に素早く割れた植木鉢をペチコートで膨らんだドレスの下に隠す。
転倒し打った膝の土を叩きながらカーランはヴィヴィアンを睨んだ。
「お前、なにをする!」
「あ~ら、ごめんなさい。足元の石につまずいてしまいましたの。紳士でしたら、レディが転びそうになったときに身を挺して守ってくださるのは当然のことですわよね。さすが第一王子ですわ~、ご立派ですわね~」
微笑んでそう答えると、カーランは苦笑しその場を去っていった。
ヴィヴィアンはカーランが見えなくなるまでまつと、鋭く痛みを感じた腕を確認する。どうやら植木鉢の破片が腕をかすったようで、内出血と擦り傷ができていた。
「こんな擦り傷、大したことはありませんわね。これぐらいでカーランの命を救えたのだから、安いものだわ」
そう呟くと、近くにいた従者に植木鉢を片付けるように言って、すぐにカーランを追いかけた。
こうして、カーランを守る日々が始まった。そして守っていて一つ法則を見つけた。
カーランを守ると必ずヴィヴィアンが怪我をするのだ。どうやってうまく守ったとしてもそれは変わらなかった。
ヴィヴィアンはこれはカーランを守った代償なのだと受け止めることにした。
日々生傷を増やしながら、カーランの前に姿を現すことが以前より多くなったヴィヴィアンを見て、さすがにカーランも怪しく思ったようで直接ヴィヴィアンに尋ねることがあった。
「最近君とよく出会す気がするのだが? それに君のその怪我はなんだ? なにか企みごとをしているのではないだろうな」
「あら、第一王子ともあろうお方が令嬢の心配ですの? ありがとうございます」
「確かに、君がなにを成そうとしているのかは心配しているな」
そう言うと、鼻で笑った。
そんな中ヴィヴィアンは自分一人でカーランを守るのは限界があると感じ、父親にカーランが狙われていることを話した。
だが、父親は今まで我が儘放題で傲慢だった娘の言うことなど父親は信じてくれなかった。
そんなある日、暗殺者がカーランを狙って隠れているのを発見した。
このころは、カーランを守るのも慣れてきたところで、誰かが近くに潜んでいるとすぐにわかるようになっていた。
従者たちに視線をやると、城内ということもあり完全に油断しているようだった。
ヴィヴィアンは暗殺者がカーランを狙って背後から飛び出そうとしたその瞬間、横から思い切りタックルをかました。
こんなこともあろうかと、ヴィヴィアンはいつ固めのコルセットを身につけている。
そして、その暗殺者に馬乗りになると自分が切りつけられるのもかまわず、手にもっていたハイヒールで容赦なく暗殺者をひたすらぶん殴った。
幸いすぐに兵士たちが駆け寄ってきてくれたお陰で、そこまで深い傷を負うこともなく暗殺者を捕らえることができた。
カーランの方をちらりと見ると、危険から守るため、使用人たちが慌ててカーランを向こうへ連れていってくれているところだった。
ヴィヴィアンは安心して暗殺者を兵士たちへ引き渡した。
この件がきっかけで、ヴィヴィアンの父親もカーランの命が狙われていることに気づき、本腰を入れて調べてくれることになった。
この結果にヴィヴィアンは満足していたが、ここへきて不思議に思うことがあった。
暗殺の内容が微妙にゲームの話と違ってきているのだ。
しかも、見守っていて気づいたのだが、冷徹な王妃であるはずのリーデル王妃殿下は、とても素晴らしい女性で、分け隔てなく王子たちに愛情を注いでいることが端から見ていてもわかるほどだった。
とてもカーランの命を狙うようには見えませんわ。
そんなことを考えながら、いつくるかわからない暗殺者たちに対抗するため、油断できない状況の中今日もカーランを見守っていた。
すると今度はカーランが立ち寄った図書室で、突然本棚がカーランの方向へ倒れてきた。
図書室へ入った瞬間、本棚が倒れてくるのではないかと予想していたヴィヴィアンは、いつ本棚が倒れても守れるようにブックカートを押しながら歩いていた。
やっぱりそうきましたわね!
ヴィヴィアンは、本棚が倒れた瞬間にブックカートでカーランを突き飛ばしつつ、本棚の下へカートを押し込む。
完全に本棚が倒れるのは阻止できたが、その空間にカートごと入り込んだヴィヴィアンの上に大量の本が降り注いだ。
あまりの痛さに動けずにいると、どこにいたのか向こう側からアンの声がする。
「カーラン、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「いや、私は大丈夫だが……、誰か本棚の下敷きになったのではないか? 早く、早く本棚をどかせ! 本の下を探せ!」
ヴィヴィアンはその声を聞いて、カーランってばなんて優しいのかしら? 自分が狙われたというのに、と思いつつ、今自分が見つかってしまったらきっと暗殺者の犯人にされてしまうだろうことに気づいた。
駆け寄ってくる足音に、見つけられてしまったらどう言い訳をするか考えを巡らせていると、アンがカーランに優しく言った。
「大丈夫です。誰も下敷きになんかなっておりません。それよりここは危険かもしれませんから、早く移動いたしましょう」
「本当か? 本当に誰もいなかったのか?」
「はい、だから安心して下さいませ」
ヒロインナイスアシストですわ! ありがとう!
内心そう思いながら、ヴィヴィアンは息を殺してカーランたちが去っていくのを待った。
しばらくして、使用人たちが本を片付け始めたので、ヴィヴィアンは本の山から上半身を出した。
「うば!!」
その様子を見た使用人が叫ぶ。
「うわ! なんだ? ば、化け物!」
「いや、違うぞ人間だ。こんなところに人がいたのか!」
「これは……、キャッツウェル公爵令嬢?! だ、大丈夫ですか? お怪我は?」
ヴィヴィアンは澄まし顔で答える。
「なんともありません」
そう言って立ち上がりドレスの埃を叩くと、使用人たちに言い放った。
「そこをどいてくださる?」
ヒロインと一緒とは言え、カーランが狙われないとは言いきれない。
早くカーランを追いかけねば。
そう思いながら、使用人たちの驚きの視線を無視してカーランを追った。
やっと追い付き遠目で二人を確認すると、アンが笑顔でカーランに話しかけていた。
名前で呼びあっているし、あれだけ仲が良いのだから、もしかしたらカーランが生き残ることによってあの二人のルートもあり得るかもしれませんわね……。
ヴィヴィアンにとってカーランが幸せになるのは嬉しいことであったが、そう考えると胸の奥が締め付けられた。
そんな中、王宮でお茶会が開かれることとなった。これはゲーム内でのイベントと変わりなく、ゲーム内ではアンは招待されるのにヴィヴィアンは招待されず、憤慨するのだ。
だが、お茶会でカーランが毒殺されると、出席しなかったことで自分に疑いの目が向けられなくて良かったと胸を撫で下ろすのだ。
前世でゲームをしていたとき、このときほどゲーム内のヴィヴィアンを憎らしく思ったことはなかった。
だが、今のヴィヴィアンはカーランを毒から守るために動いている。世の中わからないものだと思った。
ヴィヴィアンはカーランを守るためになんとしてでもお茶会に参加せねばならなかった。なので招待状が送られてこないのなら、直接カーランに招待状をもらいに行けばいいと考えた。直接言われればさすがに断りにくいだろう。
だが、それでもらえなくとも勝手に出席するつもりではいた。
「第一王子、少しお話がありますの」
そう言ってカーランに話しかける。するといつもなら嫌なものでも見るようにヴィヴィアンを見るカーランが、突然ヴィヴィアンの手を取るとまじまじと腕を見つめた。
ヴィヴィアンは慌てて手を引っ込めた。
「あら、ごめんあそばせ。突然のことで驚いてしまいましたわ。さすが第一王子ですわね、レディに対するマナーが素晴らしいですわ」
そう嫌みを言うと、カーランは真剣な顔で答える。
「新しい傷が増えていた。君はあのとき図書室にいたのではないか?」
ヴィヴィアンはカーランが自分を疑っていることに気づいた。
「なんのことですの? そんなことより、今度のお茶会のことですわ。私これでも第一王子の婚約者ですのよ? その私を招待しないなんて……」
そこまで話したところでカーランが招待状を差し出した。ヴィヴィアンは驚いて、その招待状とカーランの顔をまじまじと交互に見つめた。
カーランは微笑んだ。
「どうした? これが欲しかったのではないのか?」
ヴィヴィアンは差し出された招待状を受けとる。
「珍しく、第一王子の察しがよろしくて助かりましたわ。では、貴方にはもう用はありませんから、これで失礼致しますわ」
そう言うとヴィヴィアンは、これ以上追求を受けないようさっさと踵を返すと、いつもの見守りの立ち位置に戻った。
こんなに簡単に招待状を渡してくるなんて、カーランは一体なにを考えているのだろうか。もしかしたらゲーム内のカーランも、直接話せば招待状を渡すつもりでいたのかもしれない。
あんなに薄情なヴィヴィアンに招待状を渡そうとしていたなんて、やっぱりカーランは優しい人なのだとヴィヴィアンはしみじみ思った。
お茶会当日、早めに会場に着くとカーランの横にはアンが立っていた。
だが、ドレスは着用しておらずいつもの制服を着ている。ヴィヴィアンはこれも前世の話とは違うと思ったが、そもそも侍女が招待されること事態おかしなことだったし、アンは王宮で働いているのだから招待されずとも出席できる。これが普通なのだと考え直した。
なぜかカーランはしきりに周囲を見てなにかに警戒している様子だったので、ヴィヴィアンは近づかないよう、カーランに気づかれないよう細心の注意を払って立って見ていた。
ゲームの中ではリーデル自ら入れたお茶をすすめられ、カーランは嫌な予感がしつつも断ることができずに口をつけると、それに毒が入っていたというストーリーだった。
なので、ヴィヴィアンはリーデルがカーランに話しかけお茶の準備をしているのを確認すると、背後からそっと近寄った。
そして、カーランがティーカップを手にするその瞬間、テーブル手前でわざと転び思い切り強くそのテーブルクロスを引っ張った。
「あーれー!」
少しわざとらしい叫び方になってしまったと思いながら、クロスを引き抜くとものすごい音と共にカップやティーポットが宙に舞い、今度はヴィヴィアンめがけて落ちてきた。
カップやポットがぶつかるのも痛かったが、それより中身のお茶が全身にかかって熱く、先日暗殺者を捕らえたときの治っていない怪我にお茶がかかり、とても痛かった。
あまりの痛さに少しその場でうずくまっていると、周囲は何事かと大騒ぎとなっていた。
カーランが慌ててヴィヴィアンに駆け寄ろうとしたが、他の使用人に引き留められていた。
危ない令嬢には近づかせないようにしたのだろう。
ヴィヴィアンはなんとか立ち上がると、言い放つ。
「なによ! 気分が悪いですわ! 私失礼しますわ」
そう吐き捨てるように言うと、急いでその場をあとにした。
会場出口に差し掛かると、なぜか突然視界がグニャリと歪んだ。そして、立っていられなくなったヴィヴィアンはついに膝をついてしまった。
出口はすぐそこですのに、早く馬車に乗らなくては……
そう思ったが体が思うように動かせず、ついに意識を手放した。
カーランは王宮の一室でベッドの上に横たわる婚約者の手を取り、彼女が助かるよう祈った。
婚約者のヴィヴィアンが、自分を助けようと奔走していることに気がついたのは、ある日父親である現王のヴィルヘルムにこう言われたからだった。
「さすがお前が自分で選んだ婚約者だけはあるな、お前を陰から守り挙げ句暗殺を阻止し、暗殺者を捕らえてしまうとは」
カーランは自分の耳を疑った。
まさかあのヴィヴィアンが?
「どういうことですか?」
「どういうもなにも、お前は気がつかなかったのか? 今言った通りだ。使用人に聞いてみるがいい」
だが、確かに最近のヴィヴィアンは生傷が絶えず、顔を見れば嫌みを言う割りにはいつもそばにいるような気がした。
カーランは改めて後日使用人たちにその件を確認することにした。そんなとき、不意に立ち寄った図書室で自分めがけて本棚が倒れてくるという事故に遭遇した。
その瞬間、確かに自分を助けるようになにかに前方へ押された。
なにがあったのかわからぬまま振り向くと、倒れた本棚の下に先ほどまでなかったブックカートがあるのが見えた。
その瞬間、カーランは先日父親が言っていたことを思い出す。あれが本当のことならば、もしかしてヴィヴィアンが下敷きになっているかもしれない。
駆け寄り確認したかったが、なぜかそこにいた侍女のアンに危ないと諭され、他の使用人たちにも囲まれその場から移動させられてしまった。
カーランはアンが色々話しかけてきても、ヴィヴィアンが心配でほとんど頭に入ってこなかった。
数日後、使用人たちに話を聞くと彼らはヴィヴィアンが落ちてくる植木鉢からカーランを守ったり、図書室でも倒れた本棚の下から発見され、怪しいと疑いをかけ図書室の管理者に確認すると、逆にヴィヴィアインが身を挺して守ったことで本に埋もれていたと証言があったことを話してくれた。
このままだと、ヴィヴィアンの方が危険なのでは?
カーランは不安になった。話を聞こうと思っているところへ、ちょうどヴィヴィアンの方から訪ねてきた。
カーランは今までのことを問い詰めるつもりでいたが、ヴィヴィアンにそれをあっさりかわされ彼女は招待状だけ受けとると、逃げるように去っていってしまった。
きっと呼びだしても、訪問してもヴィヴィアンのことなので憎まれ口を叩いて逃げてしまう気がした。
そう考えるとお茶会はいい機会だった。
お茶会のときになんとしてでも二人きりになり、今までの無礼な態度を謝まろう。もし許してくれなくとも、許してくれるまで何度でも謝ろう。そうして彼女の許しを乞うことしか、今の自分に残された道はないのだと思った。
カーランはお茶会の日、早めに会場入りしてヴィヴィアンを待った。だが、彼女はなかなか現れなかった。
正直お茶会など本当にどうでも良かった、とにかく早くヴィヴィアンに会いたかった。
カーランは初めてヴィヴィアンに会ったときから彼女を好ましく思っていた。なぜなら、ほとんどの令嬢が次期国王になるのではないかと噂されている第二王子のデュランに興味を示すなか、ヴィヴィアンだけはカーランに興味を示しずっとそばにいてくれたからだ。
時が経ち、たまたま侍女のアンをヴィヴィアンの前で褒めたら、ヴィヴィアンが嫉妬したような態度をとった。それが嬉しくてアンを追いかけ始めたらそれが止められなくなり、憎まれ口を言い合うようになってしまった。
だがその実、カーランは昔からヴィヴィアンのことしか考えられなかった。
いつか必ずこんな関係は修復しなければ、どんどん彼女に嫌われてしまう。そう思い焦っていたがタイミングを逃し続けてきた。
その絶好の機会が今日なのだろう。
カーランはそう考えながら会場内のどこかにいるはずのヴィヴィアンをずっと探し続けていた。
落ち着かないカーランを心配してか、継母のリーデルがカーランにお茶をすすめてくれた。
カーランがそのティーカップを取ろうとした瞬間背後から芝居がかった
「あーれー!」
というヴィヴィアンの声がしたと思うと、目の前に置かれていたティーカップは宙に浮いていた。
いや、ティーカップどころかテーブルの上に置いてあったもの全てが宙に舞い、ある一点に向かって飛んで行った。
その先に視線を向けるとそこにはヴィヴィアンがいた。
そのまま、テーブルの上のもの全てを全身にかぶってしまったヴィヴィアンは痛むのかうずくまってしまっている。
カーランは慌てて近づこうとするが、横にいたアンやリーデル、そして護衛に引き留められた。
そうこうしているうちにヴィヴィアンは一人ですっくと立ち上がると、怒った様子で会場を去って行こうとした。
今追いかけなければ、この先一生彼女を失ってしまうかもしれない。
そんな焦燥感に襲われたカーランは護衛やアンを振り切り、全力でヴィヴィアンを追いかけた。
すると悲鳴がした。
「キャッツウェル公爵令嬢が倒れたぞ!!」
その言葉にカーランは恐怖し、血の気が引いた。恐れていたことがついに起きてしまったのだ。
本当に彼女がいなくなってしまう!
カーランは、慌ててヴィヴィアンに駆け寄ると抱き上げた。
「早く! 誰か侍医を呼べ! こぼれたお茶に毒が入っていないか調べろ!」
すると視界の端でアンがこっそり逃げようとしていることに気づき、兵士に叫ぶ。
「その侍女を捕らえよ!」
そして、素早くヴィヴィアンを城内の一室へ連れていくと、侍医に見せた。
侍医によると、お茶に含まれていた毒物が怪我から入り込んでしまったのではないかということだった。
毒物がなんなのかわからない現状、解毒は難しいが飲んだわけではないので助かる確率が高いとのことだった。
改めてヴィヴィアンの腕を見ると、あちらこちらに怪我や内出血がありカーランは自分の不甲斐なさを呪った。
ヴィヴィアンの意識は朦朧としており、うわ言を言うことがあった。
そんな中、ヴィヴィアンはうなされながら目を開けるとカーランを見つめた。
「カーラン? 何故そんなに悲しそうなの?」
「ヴィヴィアン?! 私がわかるか?! とても心配した。ヴィヴィアン、愛している私のために生きてくれないか?」
そう答えると、ヴィヴィアンは微笑んだ。
「これは夢ね、だってカーランは私のこと嫌いですもの……」
そう呟くとヴィヴィアンはまた目を閉じてしまった。
「ヴィヴィアン、君はずっとそう思っていたんだね……。いや、そう思わせていたのはこの私なのだ。すまない、本当にすまない。違うんだ、私は君を愛している。お願いだ、私を置いて行かないでくれ君を心から愛しているんだ……」
カーランはヴィヴィアンの手をぎゅっと握った。
ヴィヴィアンは誰かに呼ばれているような気がして、なんとか目を開いた。
そこには見知らぬ天井、そして大粒の涙を流すカーランの顔があった。
「ヴィヴィアン、愛している。愛しているよ」
カーランは繰り返しそう呟いている。
現状が理解できず、夢でも見ているのだろうかとしばらくぼんやりしていると、これが夢ではないことに気がついた。
ヴィヴィアンは大きく目を見開くと、思わず叫んだ。
「カーラン、無事ですのね?!」
そう言って起き上がる。
「君は……こんな目に遭ったのに、まだ私を心配しているのか?!」
そんなヴィヴィアンを見てカーランは泣き笑いをした。
「どういうことですの? 一体なにがどうなって?」
困惑していると、カーランがゆっくりとお茶会で倒れてからのことを説明してくれた。
毒が腕の傷から入ったこと、犯人は侍女のアンだったこと。
アンは自分は隣国の王女でカーランが死なないとその事実が公表されない、と主張したそうだ。
それが本当なら、裁くことができないので仕方なくスキラの遺言書を開くと、確かにその内容が書き記されていた。
だが、隣国の国王はとても厳しいことで知られている。今後アンは隣国へ引き渡されることになるが、第一王子暗殺の罪で死刑になるのは間違いないとのことだった。
「そうですの、カーランにはつらいでしょうね。愛しの侍女に殺されかかった上に、愛するものをなくすなんて……」
そう答えるとカーランはヴィヴィアンの手を両手で包み込んだ。
「いや、確かに彼女に気がある態度を取っていたし、そこは酷いことをしてしまったと思うが、彼女は私を何度も殺そうとした。ときに暗殺者まで雇ったんだ。今は可愛そうとは思わない。実際に彼女の反省せず全てを他人のせいにするあの態度を見れば、同情する気も失せるというものだ」
カーランがここまで言うのだから、アンは相当とんでもないことを言ったのかも知れない。
そう思っていると、カーランがヴィヴィアンを熱っぽく見つめて言った。
「それに私の愛しい人はこうして助かったのだから、問題ない」
ヴィヴィアンは顔を赤くした。
「な、急になにを仰ってますの? そんなことを仰るなんて、第一王子の方が体調が悪いのではなくて?」
「照れているの? 君がこんなに可愛らしい一面を持っているなんてね」
そう言って今度はヴィヴィアンの手のひらにキスした。
そして、改めて話し始めた。
「今まで君にはつらい思いをさせてしまった。私は昔から君が好きだった。幼稚だった私は君の気を引くためにアンのことが好きだと偽って君の気を引こうとしたのだ。君との婚約を望んだのは私なのに、婚約者である君を差し置いて他の女性に気がある態度を取るなんて、不誠実な真似をして本当に申し訳なかった」
カーランは深々と頭を下げた。そしてヴィヴィアンの腕の傷をそっと指でなぞりながら話す。
「君が私を助けようと奔走してくれたことは知っている。この傷、これは全て私を助けるために負った傷なのだろう? つらかっただろうね。そんな思いをさせてしまうなんて本当に自分が不甲斐ない、申し訳なかった」
ばれてしまっているのなら仕方がない。ヴィヴィアンは黙って頷いた。
カーランはその傷ひとつひとつを見つめると優しく撫でた。
「体を張って助けてくれて、いつも見守ってくれてありがとう。君のお陰で私はこうして生きていられるんだ」
その言葉に、ヴィヴィアンは涙が溢れた。カーランはその涙を優しく拭って言った。
「こんなに情けない私を、それでも君は愛してくれるか? 許してくれるだろうか。許してくれなくとも、一生をかけて君には償いをしたい」
ヴィヴィアンが頷くと、カーランは嬉しそうに目を見開いた。
「本当に? 本当に君はこんな私を許してくれるというのか?」
ヴィヴィアンは二度三度と頷く。
「ありがとう」
そう言うと、カーランは優しくヴィヴィアンを抱き寄せた。しばらく抱きしめたあと、少し体を離すとじっとヴィヴィアンを見つめ、優しくキスをした。
そして、少し唇を離すと甘く囁く。
「これからは私が君を守る。そのためにももっと強くなるから待っていてくれ。ヴィヴィアン、本当に心の底から愛している」
「はい。私も心からカーランを愛しております」
そうヴィヴィアンが答えると、二人は深く口づけを交わした。
こうしてヴィヴィアンの体を張った奮闘のお陰で、カーランは助かることができた。
カーランはもともと優秀だったので、やる気を出してからは頭角を表し国王からも一目置かれる存在となり、次期国王として選ばれることになった。
それと後日、何故ヴィヴィアンがカーランが暗殺者に狙われているのかを知っていたのか、カーランから直接問い詰められ、信じてもらえないだろうと思いつつヴィヴィアンは前世の話をした。
だが、ヴィヴィアンの予想に反してカーランはあっさりヴィヴィアンの言うことを信じてくれた。
「君が私に嘘をつくはずがないからね、それが真相なのだろう。よく話してくれたね。だが、これからはどんなことでも一人で抱え込まずに、まず相談してほしい。いいね?」
そう言ってカーランはヴィヴィアンの頭を撫でた。
それに、カーランは今までの反動か毎日のようにヴィヴィアンに愛を囁いた。それと同時に、毎日のようにヴィヴィアンに言い聞かせることがひとつだけあった。
膝の上にヴィヴィアンを横抱きにしながら、こう囁くのだ。
「いいか? 私が生きていたとしても、君がそばにいなければ私の人生は意味のないものになるだろう。君は私を愛しそばにいると言ってくれたのだから、今度からは自分の身を守ることも忘れないでくれ。これで私の愛が伝わったかな?」
周囲の者はそんな二人を微笑ましく見つめていたが、ヴィヴィアンは恥ずかしくていつも俯いてしまうのだった。
「ほら、わかったのなら顔を上げて? 私はいつでも君の顔を見ていたいのだから」
そう言ってカーランはヴィヴィアンの顎に手を当てると上を向かせ何度もキスをするのだった。
カーランの強い希望で結婚式が早められ、二人はすぐに結婚した。
こうしてヴィヴィアンの奮闘の結果、二人は幸せになることができたのでした。
めでたし、めでたし。
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