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第百七十五話 最初にもどる

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 その場にいるものは全員言葉を失い、しばしアルメリアを熱のこもった目で見つめた。

 アルメリアはその視線にいたたまれなくなり、話を反らす。

「ところで殿下、これからわたくしはどのようにすればよろしいのですか?」

 すると、我に返ったようにムスカリは言った。

「そうだったな、こんな予定がなければ君をもっと愛でていたかったのだが仕方ない」

 ムスカリはため息をついて、アルメリアに微笑みかけると改まって言った。

「今日の舞踏会、私はあの令嬢をエスコートせねばならない。かといってあの令嬢を欺くためには、アドニスやリアムにその役をまかせるわけにもいかない。そこでリカオン、君にアルメリアのエスコートをしてもらうことにする」

 リカオンは恭しく一礼した。

「その役を賜り、大変光栄に存じます」

「忌々しいが仕方あるまい。アルメリアをよろしく頼む」

 そう言うと、ムスカリは全員に向けていった。

「アルメリアが捕らえられ、少し準備に手間取ったが計画は当初予定した通りで問題ない」

 そして一言付け加える。

「私はとにかくアルメリアに無意識で微笑みかけてしまわないように気をつけなくてはならないな」

 それにリアムが答える。

「今回の計画ではそれが一番難しいことかもしれません」

 アドニスも頷く。

「本当に、心してかからなければなりませんね。気をつけていないとどうしてもアルメリアを目で追ってしまいますし、微笑みかけてしまいますから」

 ムスカリはそれに頷いて返すと、まじまじとアルメリアを見つめた。

「それにしても、私は君があのピンクのドレスを着たところを見たかったんだが」

 そう言って残念そうに微笑んだ。それにリアムが反応する。

「ビンクのドレスの予定だったのですか? 今のドレスもとてもお似合いですが、そのドレスを着ているアルメリアも見たかったですね。見られないことがとても残念です」

 ムスカリは頷いた。

「そうだ、可憐な花のようで気に入っていた。アルメリアの屋敷から持ち出そうとしたのだが、教会のものたちが嫌がらせのつもりか紛失してしまったようでね。あとでそれについても言及しなければならないな」

 それを聞いてアルメリアはあのドレスを気に入っていたし、まだ袖に手を通してもいなかったのに、と残念に思った。

「さて、時間がない。王太子殿下自らあの令嬢をお出迎えして、おもてなしをしなければならないらしいからな」

 そう皮肉を言うと、ムスカリは鼻で笑いアドニスたちを見回して言った。

「お前たちも、取り巻きとしてついてこなければならないのだろう?」

 その問いに、アドニスは苦虫を噛み潰したような顔をしたあと大きくため息をついて答える。

「大変不本意ではありますがね、これも相手を追い詰めるためと思えばこそです」

「その通りだ」

 そう答えると、ムスカリはアルメリアに言った。

「ではアルメリア、私たちはひと足先に行ってくる」

「はい、殿下」

 ムスカリは全員の顔を見回す。

「わかっているな、失敗は許されない」

 全員が頷くと、ムスカリはアドニスとリアムを引き連れて部屋を出ていった。その背中を見送ったあとリカオンがアルメリアの前に跪く。

「では我々も行きましょう」

 アルメリアは差し出されたリカオンの手を取ると、立ち上がり恭しくお辞儀をした。

「本日は宜しくお願いいたします」

「お嬢様、こちらこそよろしくお願いいたします」

 そう答えてリカオンもゆっくり立ち上がった。
 こうしてアルメリアは、リカオンにエスコートされ会場へと向かった。




 アルメリアが会場へ入ると、周囲の貴族がひそひそと遠巻きに何事か囁いているのが聞こえた。

「クンシラン公爵令嬢がきている。たしか教会のものに捕らえられたのでは?」

「殿下のエスコートではないな、どういうことだ?」

 教会が公爵令嬢を捕らえたのは異例なことだった。しかもそれが殿下の婚約者ともなれば、社交界ではその話題で持ちきりとなっただろう。

「お嬢様、大丈夫です。僕がついてますよ」

 リカオンがアルメリアに微笑んだ。アルメリアはそれをとても心強く感じた。
 なるべく平静を装い、貴族たちに当たり障りなく挨拶をすると目立たぬように壁際に移動することにした。

 すると、後方からざわめき声が聞こえた。何事かと振り向くと、そこにムスカリとその腕に手を絡ませているダチュラが目に入った。

 驚いたことにダチュラは、なぜかムスカリがアルメリアにプレゼントしたあのピンクのドレスを着ている。
 ムスカリが明らかに作り笑顔をしているのが遠目でもわかった。と、ダチュラがアルメリアに気づきやりと笑い、こちらに視線を寄越したままムスカリに何事か耳打ちした。

 すると、ムスカリはアルメリアを目に止め、一瞬今まで見たこともないつらそうな顔をすると、アルメリアのもとに真っ直ぐ歩いてくる。
 このときアルメリアは突然色鮮やかに思い出した、これは断罪のイベントのままだった。あのピンクのドレスも、自身が着ている薄紫のドレスも。

 その事実に驚きながらアルメリアはムスカリを見つめた。

 ムスカリはアルメリアの前で立ち止まると、アルメリアを指差して言った。

「アルメリア、お前との婚約を破棄させてもらう!」

 ムスカリは後ろに貴族令息たちを従え、片方の腕にはダチュラが手を絡ませ身体を寄せている。

 アルメリアは心の中で、やはりこうなってしまうのか、と呟いた。

 他の貴族たちが遠巻きにこちらを伺っているなか、こうしてアルメリアの断罪イベントが始まった。
 
「殿下、それは一体どういうことですの?」

「どういうこともなにもないだろう。君は自分が置かれている立場がわかっていないのか?」

「まったくわかりませんわ」

 そこでダチュラが一歩前に出るとアルメリアに言った。

「貴女どうやって教会から抜け出しましたの? ここにきても惨めになるだけですのに、公爵令嬢として恥ずかしくありませんの?」

 アルメリアは正面からダチュラを見据える。

わたくしなにも悪いことはしておりませんもの、恥ずかしいことなんてひとつもありませんわ」

 すると、ダチュラはアルメリアの耳元で囁く。

「なにそれ『ひとつもありませんわ!』キリッ! ってマジウケるんですけど。だいたい悪役令嬢のくせにヒロイン気取り? 頭の中がお花畑ちゃん」

 そう言うと、突然涙をポロポロとこぼし始めた。
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