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第百六十三話 月夜
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発表会が終わると、他の貴族からフランチャイズに関しての問い合わせが数件あり、アルメリアはその対応に追われた。
全てをおもてなし部門に任せてしまってもよかったが、流石に最初はアルメリアが顔を出して説明した方が、相手が安心するのでその方法を取った。
そうして対応していたライオネル伯爵をおもてなし部門に引き継いだあと、屋敷に戻る途中でお使いに出ていたルーファスに遭遇した。
「アルメリア、こんなところで会えるとは思いませんでした。屋敷までご一緒させていただいてもよろしいですか?」
そう声をかけられ断る理由もないので、屋敷まで一緒に歩いた。
「その後、ダチュラはどうですの?」
するとルーファスは困惑した顔をして答える。
「それが、以前は私に対してお気に入りの部下にでも接するような態度だったのですが、最近はなんと言うか……突然私に媚を売るような、その、誘惑するような行動を取りはじめまして。どう対応してよいかわからず、とりあえずのらりくらりとかわしている状態なのです」
アルメリアは即座に答える。
「その誘惑に乗ってください」
「はい?」
「ルフスにはその誘惑に乗ってほしいんですの」
ルーファスは驚いた様子でアルメリアを見つめて言った。
「あまり気乗りがしないのですが……。そもそもなぜその様な必要が?」
明らかに戸惑っているルーファスに、アルメリアは先日みんなで話し合ったダチュラの対応についての内容を伝えた。
「なるほど、そういったことならば協力します。正直に言いますと、かの令嬢は貴女のことを酷く言うので一緒にいると気分が悪いのですが、それもこれも貴女のためを思えばこそ……ですね」
「ルフス、ありがとう」
「いいのです。私にはこれぐらいしかできそうにありませんから」
そう言うと、なにかを思い出したように言った。
「それと、もうひとつお伝えしなければならないことがありました。あの令嬢についてなのですが、あの令嬢なぜか私に皇帝のことを執拗に訊くのです。その上、ロベリア国の腐敗ぶりを熱心に訴えてきましてね、意味がわかりません」
ルーファスも困惑していたが、これにはアルメリアも困惑した。
ルーファスと帝国にはなんの接点もないのに、なぜ皇帝のことを聞くのか。それに、なぜロベリア国を陥れるような行動を取るのか。
そんなことを続けていればダチュラ自身の立場も危うくなってしまうのは目に見えている。
しかも教皇を切り捨てるために教会の腐敗を訴えるならまだわかるが、なぜロベリアが腐敗しているなどとルーファスに訴えるのか。
「本当にダチュラに関しては、私もわからないことだらけですわ」
ルーファスは苦笑する。
「そうですよね」
そして大きくため息をつくと話を続ける。
「とにかくあの令嬢のご機嫌を損ねないように行動しますね。今日ここで貴女からその話を聞いていなければ、流石にあの令嬢のことを邪険に扱っていたかもしれません」
「ごめんなさい、そんなに酷いものなんですの?」
「えぇ、まぁ。でも貴女が謝る必要はありませんよ、貴女が悪いわけではないのですから。逆に私は貴女に嫌なことを聞かせてしまったかもしれませんね、配慮が足りませんでした」
アルメリアは微笑むと言った。
「でも彼女の言っていることは嘘でたらめなのでしょう? それならばかまいませんわ」
「アルメリア、それは違いますね。傷つかないはずがないのです。私たちは、貴女がそのように強がりを言う方だと知っています。そしていつも貴女が人知れずそうして傷ついていることも」
すると、背後に控えていたリカオンが口を挟む。
「ルーファスも少しはお嬢様のことを理解されているようですね。その通りです。それが見抜けない奴はお嬢様の近くにいる資格もない。貴男はその点合格のようです」
アルメリアはあわててリカオンを制した。
「リカオン?! ルフスに失礼ですわ!」
ルーファスは首を振った。
「いえ、確かにその通りなのでかまいませんよ。さて、そこを曲がれば貴女の屋敷ですね。私は反対方向ですからここで失礼いたします」
そう言って微笑んで軽く手を振ると、ルーファスは反対方向へ歩きだした。アルメリアはその去って行くルーファスの背中を見つめ、改めて自分が仲間に恵まれていることを実感した。
その夜、アルメリアが屋敷に戻り夕食を取るとペルシックがテラスで食後のお茶を飲むようすすめてきた。
最近だいぶ暖かかったので、テラスで食後のお茶もたまにはいいだろうと思いテラスへ出ると、そこにアウルスがいた。
「突然訪ねてきてすまない。なんだか君に会いたくて」
そう言ってアウルスは微笑んだ。アルメリアは最初は戸惑ったが、微笑むと答える。
「ダチュラや教皇が見張っているかもしれませんものね」
「そうだね」
そう呟いたあと、しばらくお互いに無言になった。先に口を開いたのはアウルスだった。
「君とムスカリの正式な婚約発表が先日あって色々考えてしまってね、気がついたらここにいた。すまない」
アルメリアは無言で首を振った。そして、静かに夜空を見上げた。すると、アウルスも夜空を見上げると言った。
「今宵は月がとても美しいね」
「そうですわね……」
静寂の中、虫の鳴き声だけがした。
「アンジー」
「なんですの?」
「全てが終わったら、君には話さなければならないことがある」
アルメリアはシェフレラのことだろうと思った。
「わかりましたわ。実は、私もアズルに話さなければならないことがありますの」
ルクのことを、アウルスには話さなければならないと思った。
「わかった。では全てが終わったら、必ず君を迎えに来るよ」
そう言ってアウルスはアルメリアに微笑んだ。アルメリアも微笑み返す。
その後二人は無言で、ただ月を眺めていた。
数日後、帝国の特使からの正式な招待状が届いた。なぜアウルスの名前で招待状がこないのか不思議に思いながらも、招待状に目を通すと『報告したいことがあるので正式に取引相手として晩餐に招待したい』とのことだったので、受けることにした。
こそこそと会うよりも、ダチュラに渡した偽の書類の信憑性を高めるためにも、こうして正式に表だって繋がりを持った方がよいのだろう。
全てをおもてなし部門に任せてしまってもよかったが、流石に最初はアルメリアが顔を出して説明した方が、相手が安心するのでその方法を取った。
そうして対応していたライオネル伯爵をおもてなし部門に引き継いだあと、屋敷に戻る途中でお使いに出ていたルーファスに遭遇した。
「アルメリア、こんなところで会えるとは思いませんでした。屋敷までご一緒させていただいてもよろしいですか?」
そう声をかけられ断る理由もないので、屋敷まで一緒に歩いた。
「その後、ダチュラはどうですの?」
するとルーファスは困惑した顔をして答える。
「それが、以前は私に対してお気に入りの部下にでも接するような態度だったのですが、最近はなんと言うか……突然私に媚を売るような、その、誘惑するような行動を取りはじめまして。どう対応してよいかわからず、とりあえずのらりくらりとかわしている状態なのです」
アルメリアは即座に答える。
「その誘惑に乗ってください」
「はい?」
「ルフスにはその誘惑に乗ってほしいんですの」
ルーファスは驚いた様子でアルメリアを見つめて言った。
「あまり気乗りがしないのですが……。そもそもなぜその様な必要が?」
明らかに戸惑っているルーファスに、アルメリアは先日みんなで話し合ったダチュラの対応についての内容を伝えた。
「なるほど、そういったことならば協力します。正直に言いますと、かの令嬢は貴女のことを酷く言うので一緒にいると気分が悪いのですが、それもこれも貴女のためを思えばこそ……ですね」
「ルフス、ありがとう」
「いいのです。私にはこれぐらいしかできそうにありませんから」
そう言うと、なにかを思い出したように言った。
「それと、もうひとつお伝えしなければならないことがありました。あの令嬢についてなのですが、あの令嬢なぜか私に皇帝のことを執拗に訊くのです。その上、ロベリア国の腐敗ぶりを熱心に訴えてきましてね、意味がわかりません」
ルーファスも困惑していたが、これにはアルメリアも困惑した。
ルーファスと帝国にはなんの接点もないのに、なぜ皇帝のことを聞くのか。それに、なぜロベリア国を陥れるような行動を取るのか。
そんなことを続けていればダチュラ自身の立場も危うくなってしまうのは目に見えている。
しかも教皇を切り捨てるために教会の腐敗を訴えるならまだわかるが、なぜロベリアが腐敗しているなどとルーファスに訴えるのか。
「本当にダチュラに関しては、私もわからないことだらけですわ」
ルーファスは苦笑する。
「そうですよね」
そして大きくため息をつくと話を続ける。
「とにかくあの令嬢のご機嫌を損ねないように行動しますね。今日ここで貴女からその話を聞いていなければ、流石にあの令嬢のことを邪険に扱っていたかもしれません」
「ごめんなさい、そんなに酷いものなんですの?」
「えぇ、まぁ。でも貴女が謝る必要はありませんよ、貴女が悪いわけではないのですから。逆に私は貴女に嫌なことを聞かせてしまったかもしれませんね、配慮が足りませんでした」
アルメリアは微笑むと言った。
「でも彼女の言っていることは嘘でたらめなのでしょう? それならばかまいませんわ」
「アルメリア、それは違いますね。傷つかないはずがないのです。私たちは、貴女がそのように強がりを言う方だと知っています。そしていつも貴女が人知れずそうして傷ついていることも」
すると、背後に控えていたリカオンが口を挟む。
「ルーファスも少しはお嬢様のことを理解されているようですね。その通りです。それが見抜けない奴はお嬢様の近くにいる資格もない。貴男はその点合格のようです」
アルメリアはあわててリカオンを制した。
「リカオン?! ルフスに失礼ですわ!」
ルーファスは首を振った。
「いえ、確かにその通りなのでかまいませんよ。さて、そこを曲がれば貴女の屋敷ですね。私は反対方向ですからここで失礼いたします」
そう言って微笑んで軽く手を振ると、ルーファスは反対方向へ歩きだした。アルメリアはその去って行くルーファスの背中を見つめ、改めて自分が仲間に恵まれていることを実感した。
その夜、アルメリアが屋敷に戻り夕食を取るとペルシックがテラスで食後のお茶を飲むようすすめてきた。
最近だいぶ暖かかったので、テラスで食後のお茶もたまにはいいだろうと思いテラスへ出ると、そこにアウルスがいた。
「突然訪ねてきてすまない。なんだか君に会いたくて」
そう言ってアウルスは微笑んだ。アルメリアは最初は戸惑ったが、微笑むと答える。
「ダチュラや教皇が見張っているかもしれませんものね」
「そうだね」
そう呟いたあと、しばらくお互いに無言になった。先に口を開いたのはアウルスだった。
「君とムスカリの正式な婚約発表が先日あって色々考えてしまってね、気がついたらここにいた。すまない」
アルメリアは無言で首を振った。そして、静かに夜空を見上げた。すると、アウルスも夜空を見上げると言った。
「今宵は月がとても美しいね」
「そうですわね……」
静寂の中、虫の鳴き声だけがした。
「アンジー」
「なんですの?」
「全てが終わったら、君には話さなければならないことがある」
アルメリアはシェフレラのことだろうと思った。
「わかりましたわ。実は、私もアズルに話さなければならないことがありますの」
ルクのことを、アウルスには話さなければならないと思った。
「わかった。では全てが終わったら、必ず君を迎えに来るよ」
そう言ってアウルスはアルメリアに微笑んだ。アルメリアも微笑み返す。
その後二人は無言で、ただ月を眺めていた。
数日後、帝国の特使からの正式な招待状が届いた。なぜアウルスの名前で招待状がこないのか不思議に思いながらも、招待状に目を通すと『報告したいことがあるので正式に取引相手として晩餐に招待したい』とのことだったので、受けることにした。
こそこそと会うよりも、ダチュラに渡した偽の書類の信憑性を高めるためにも、こうして正式に表だって繋がりを持った方がよいのだろう。
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