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第百五十七話 アドニス
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「なぜそう思うのですか?」
アルメリアは前世の話をしようとして躊躇った。誰かが中庭に来ないとも限らなかったからだ。
それをさっしたアドニスが、微笑むと言った。
「大丈夫ですよ、ここに来るつもりでいたので事前に人払いをしていますから。それに、よほど大きな声でなければ建物まで声は届きませんよ」
そう言って話の先を促され、アルメリアは口を開いた。
「それは、おそらくダチュラのことを指した伝承だと思うからですわ。私の知る物語にその伝承が出てくると言いましたわね、その物語の中で伝承の差す乙女とはダチュラだと言及していますの」
「ですが、それはその物語の話ですよね。貴女の知るその物語とこの世界は違っている。そう仰ったでしょう?」
確かに言われてみればそうかもしれない。伝承では特定の人物を指しているのではなく、救国する乙女が現れると抽象的に言っているに過ぎないからだ。
「でも、だとしたら私は彼の地へ去らなければならなくなりますわ」
冗談めかしてそう答えてアドニスを見ると、アドニスはいつにもなく真剣な眼差しでアルメリアを見つめていた。
アルメリアはどきりとして思わず目を反らした。アドニスはそんなアルメリアを見つめたまま言った。
「そうです、私は貴女がどこかへ行ってしまうのではないかと心配しているのです」
「どこへも行きませんわ。私はクンシラン領から離れたくありませんもの」
アルメリアが慌ててそう返すと、アドニスは苦笑して答える。
「私もあの特使が皇帝だと知らなければ、この伝承を信じたりはしませんでした」
アルメリアは思わずアドニスの顔をまじまじと見つめる。
「それは、どういう意味ですの?」
「わかっているでしょう?」
アドニスはそう答えると優しく微笑んだ。
「貴女は彼を愛している。ずっと貴女を見てきたのですからわかりますよ、私は貴女に関してはどんな些細なことも見落としたりはしません」
自分自身でも認めたくないこの感情を、アドニスにはっきりと言われアルメリアは動揺し黙り込んだ。
その様子を見て、アドニスは悲しげに微笑むと話を続ける。
「彼の存在がなければ、私もこんなに苦悩することはなかったでしょう。貴女と殿下との婚約を聞いたときですらそんなに動揺はしませんでした。なぜなら、私は殿下をよく知っているからです。実は殿下は私たちと約束していたのです。貴女に関しては貴女の意思に従い恨みっこなしだ、とね。彼は約束を破るような人間ではありません。なので、貴女が婚約したと聞いたときも、貴女の気が変われば婚約を白紙に戻すだろうと知っていたのです」
そんな約束をしていたということに驚きつつ、確かに殿下は約束を違えたりする人物ではないとアルメリアは思った。この先本気でアルメリアが婚約を拒否するようなことがあれば、ムスカリは無理に引き留めず上手い言い訳をして、婚約を白紙に戻してくれるだろう。
「アドニス、貴男は私が帝国へ行ってしまうと?」
アドニスは無言で頷いた。
「貴女が殿下と婚姻するならまだ我慢ができます。近くにいられるのですから、それからでも狙うことができますしね。その中でゆっくりと愛を育んでもいい、そんなことまで考えていました。ですが貴女が帝国へ行ってしまうのならば話が別です」
そう言うと、アドニスはアルメリアの手を取った。
「きっと貴女はこの一連の騒動が終わったら私たちから離れて行ってしまうのでしょう。だから、貴女が私たちから離れてしまう前にはっきり言わなければならないと思ったのです」
「アドニス?」
「アルメリア、初めて会ったときに貴女に恋をした。そして、今は心から貴女を愛しています。貴女が誰を愛そうと、私にその気持ちが向けられないとしても、どんな形になったとしても私は貴女一人をこの先ずっと愛し続けるでしょう。それは、貴女のそばにいれなくとも変わることはありません」
そう言って、唖然としているアルメリアの頬にそっと口づけた。
アルメリアは驚いてアドニスを見つめた。アドニスはそんなアルメリアを愛おしそうに見つめ返すと言った。
「行かないでほしい、そばにいてほしい。姿だけでも見ていたいのです。そう言って貴女にすがりつき懇願することは容易です。そうすれば優しい貴女は自分を殺してまでもそれを叶えようとするでしょう。ですが、私は決してそんなことを望んでいるわけではありません。愛する貴女には、本当に心から望んだ相手と幸せになってほしいのです」
アルメリアは首を振る。
「アドニス、でも私は……」
そんな、アルメリアをアドニスは制した。
「アルメリア『でも』はなしです。約束してください、自分の幸せだけを考えると」
アルメリアは無言で頷き俯いた。アドニスはアルメリアの頬を撫で、顎を上げて自分の方へ向かせると言った。
「私は貴女が遠く離れていても、ずっと貴女を思っています。この気持ちだけは伝えておきたかった」
そして、優しく微笑む。
「さて、もうそろそろ戻らなければ。リカオンがここまで来るかもしれません。さぁ、戻りましょう」
そう言って立ち上がると、アルメリアに手を差しのべた。アルメリアは少し躊躇ったのちその手をつかんだ。
そのままアドニスのエスコートで執務室へ戻ると、アドニスはアルメリアに微笑んだ。
「私のためにお時間をいただいて、ありがとうございました。では、ここで失礼しますね」
そう言っていつもと変わりない様子で去っていった。
「お嬢様、なにもされませんでしたか? 大丈夫ですか?」
そう心配するリカオンに苦笑して返した。
数日後アブセンティーで、リアムから報告があった。
「あの令嬢が父に接触してきまして、アルメリアについて調べてほしいとこんな書類を持ってきました」
アルメリアはその書類に目を通すと、大きくため息をついた。
「なんですの? これ」
「君が商人から買った宝飾品および、ドレスの領収書ですね。しかも請求が王宮宛になっています」
ゲームの中でのアルメリアは、確かに王宮のお金を散財していた。それの再現だろう。
「ダチュラは物語通りに話を進めるために、こんなものまで偽装しましたのね」
「そうですね、この領収書事態はとても精巧に作られたものだと思いますよ。アルメリア、貴女のこのサイン、本物と区別がつきません」
そう言ってリアムは、他にも何枚かの偽装された領収書を他のものに渡した。
アルメリアは前世の話をしようとして躊躇った。誰かが中庭に来ないとも限らなかったからだ。
それをさっしたアドニスが、微笑むと言った。
「大丈夫ですよ、ここに来るつもりでいたので事前に人払いをしていますから。それに、よほど大きな声でなければ建物まで声は届きませんよ」
そう言って話の先を促され、アルメリアは口を開いた。
「それは、おそらくダチュラのことを指した伝承だと思うからですわ。私の知る物語にその伝承が出てくると言いましたわね、その物語の中で伝承の差す乙女とはダチュラだと言及していますの」
「ですが、それはその物語の話ですよね。貴女の知るその物語とこの世界は違っている。そう仰ったでしょう?」
確かに言われてみればそうかもしれない。伝承では特定の人物を指しているのではなく、救国する乙女が現れると抽象的に言っているに過ぎないからだ。
「でも、だとしたら私は彼の地へ去らなければならなくなりますわ」
冗談めかしてそう答えてアドニスを見ると、アドニスはいつにもなく真剣な眼差しでアルメリアを見つめていた。
アルメリアはどきりとして思わず目を反らした。アドニスはそんなアルメリアを見つめたまま言った。
「そうです、私は貴女がどこかへ行ってしまうのではないかと心配しているのです」
「どこへも行きませんわ。私はクンシラン領から離れたくありませんもの」
アルメリアが慌ててそう返すと、アドニスは苦笑して答える。
「私もあの特使が皇帝だと知らなければ、この伝承を信じたりはしませんでした」
アルメリアは思わずアドニスの顔をまじまじと見つめる。
「それは、どういう意味ですの?」
「わかっているでしょう?」
アドニスはそう答えると優しく微笑んだ。
「貴女は彼を愛している。ずっと貴女を見てきたのですからわかりますよ、私は貴女に関してはどんな些細なことも見落としたりはしません」
自分自身でも認めたくないこの感情を、アドニスにはっきりと言われアルメリアは動揺し黙り込んだ。
その様子を見て、アドニスは悲しげに微笑むと話を続ける。
「彼の存在がなければ、私もこんなに苦悩することはなかったでしょう。貴女と殿下との婚約を聞いたときですらそんなに動揺はしませんでした。なぜなら、私は殿下をよく知っているからです。実は殿下は私たちと約束していたのです。貴女に関しては貴女の意思に従い恨みっこなしだ、とね。彼は約束を破るような人間ではありません。なので、貴女が婚約したと聞いたときも、貴女の気が変われば婚約を白紙に戻すだろうと知っていたのです」
そんな約束をしていたということに驚きつつ、確かに殿下は約束を違えたりする人物ではないとアルメリアは思った。この先本気でアルメリアが婚約を拒否するようなことがあれば、ムスカリは無理に引き留めず上手い言い訳をして、婚約を白紙に戻してくれるだろう。
「アドニス、貴男は私が帝国へ行ってしまうと?」
アドニスは無言で頷いた。
「貴女が殿下と婚姻するならまだ我慢ができます。近くにいられるのですから、それからでも狙うことができますしね。その中でゆっくりと愛を育んでもいい、そんなことまで考えていました。ですが貴女が帝国へ行ってしまうのならば話が別です」
そう言うと、アドニスはアルメリアの手を取った。
「きっと貴女はこの一連の騒動が終わったら私たちから離れて行ってしまうのでしょう。だから、貴女が私たちから離れてしまう前にはっきり言わなければならないと思ったのです」
「アドニス?」
「アルメリア、初めて会ったときに貴女に恋をした。そして、今は心から貴女を愛しています。貴女が誰を愛そうと、私にその気持ちが向けられないとしても、どんな形になったとしても私は貴女一人をこの先ずっと愛し続けるでしょう。それは、貴女のそばにいれなくとも変わることはありません」
そう言って、唖然としているアルメリアの頬にそっと口づけた。
アルメリアは驚いてアドニスを見つめた。アドニスはそんなアルメリアを愛おしそうに見つめ返すと言った。
「行かないでほしい、そばにいてほしい。姿だけでも見ていたいのです。そう言って貴女にすがりつき懇願することは容易です。そうすれば優しい貴女は自分を殺してまでもそれを叶えようとするでしょう。ですが、私は決してそんなことを望んでいるわけではありません。愛する貴女には、本当に心から望んだ相手と幸せになってほしいのです」
アルメリアは首を振る。
「アドニス、でも私は……」
そんな、アルメリアをアドニスは制した。
「アルメリア『でも』はなしです。約束してください、自分の幸せだけを考えると」
アルメリアは無言で頷き俯いた。アドニスはアルメリアの頬を撫で、顎を上げて自分の方へ向かせると言った。
「私は貴女が遠く離れていても、ずっと貴女を思っています。この気持ちだけは伝えておきたかった」
そして、優しく微笑む。
「さて、もうそろそろ戻らなければ。リカオンがここまで来るかもしれません。さぁ、戻りましょう」
そう言って立ち上がると、アルメリアに手を差しのべた。アルメリアは少し躊躇ったのちその手をつかんだ。
そのままアドニスのエスコートで執務室へ戻ると、アドニスはアルメリアに微笑んだ。
「私のためにお時間をいただいて、ありがとうございました。では、ここで失礼しますね」
そう言っていつもと変わりない様子で去っていった。
「お嬢様、なにもされませんでしたか? 大丈夫ですか?」
そう心配するリカオンに苦笑して返した。
数日後アブセンティーで、リアムから報告があった。
「あの令嬢が父に接触してきまして、アルメリアについて調べてほしいとこんな書類を持ってきました」
アルメリアはその書類に目を通すと、大きくため息をついた。
「なんですの? これ」
「君が商人から買った宝飾品および、ドレスの領収書ですね。しかも請求が王宮宛になっています」
ゲームの中でのアルメリアは、確かに王宮のお金を散財していた。それの再現だろう。
「ダチュラは物語通りに話を進めるために、こんなものまで偽装しましたのね」
「そうですね、この領収書事態はとても精巧に作られたものだと思いますよ。アルメリア、貴女のこのサイン、本物と区別がつきません」
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