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第百五十五話 アルメリアの思惑

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「いいえ、それより兵舎での生活はどうですの?」

「最初はここの連中のガサツさや、あの横柄な態度には面食らいましたが、今ではこちらに慣れてしまって社交界に戻れるか心配しているほどです」

 そう言って微笑んだ。以前はいかにも貴族の令息といった感じだったが、今は真面目な剣士といった雰囲気に変わっていた。
 アルメリアはルーカスの変貌に驚いたが、以前よりも目が生き生きしているように感じられ、スパルタカスに紹介してよかったと内心ほっとした。

「なんだか楽しそうですわね」

「はい。こういった機会に恵まれたのは私にとって素晴らしいことだったと思います。剣術や体術、それと日々の鍛練、どれをとっても今までにない経験ですから、ここで教わったことはすべて吸収するつもりで取り組んでます」

 そう言ってルーカスは目を細めた。そして、はっとして言った。

「そう言えば今日はなにか用件があったのでは?」

「そうでしたわ。でも、そんなに大層なことではありませんの。ルーカスは教会派でしたわよね、でしたら教会の専門用語にも詳しいんじゃないかと思ったんですわ」

「専門用語、ですか? 聞いてみないとわからないですね、どんな言葉ですか?」

「『ヨベルのネ』と『ヨベルのボワ』ですわ」

 ルーカスは少し考えると答えた。

「あぁ、『ヨベル』は楽器のことですね。雄羊の角でできたラッパです。それか羊そのものを指しているのかもしれませんね、そうすると意味が通りますから。『ネ』は鼻『ボワ』は角のことですから、それらを当てはめると『ヨベルのネ』は羊の鼻『ヨベルのボワ』は羊の角ということになります」

 アルメリアは、ルーカスがあっさりこの暗号のような言葉を解いたことに驚く。

「よくご存知ですわ、どちらの言葉ですの?」

「チューベローズの聖典にこれらの言葉が単語で出てくるのです。ですが『ヨベル』は主に楽器を指して使用されていますし、まして『ヨベルのネ』や『ヨベルのボワ』と言う言葉では使われていません」

「そうなんですのね、知りませんでしたわ……」

「それはそうでしょう。興味がなければ、聖典を読むこともないでしょうしね。それで、それがなにか?」

 あの箱のことや、中の重要な書類について話すわけにはいかなかったので、アルメリアは適当にごまかすことにした。

「それが、今回のことで少しでも教会を知るために、教会に関係した本を読むことにしたのですわ。その本の中にこの言葉が入った文章があって、わからなかったので気になって調べてみようと思ったんですの。でも、意味がわかってもよくわからない文章になりそうですわ」

 ルーカスは声を出して笑った。

「確かに、教会のそういった文章は外部のものには読み解くのは難しいでしょう。抽象的で曖昧、どうとでも解釈できる内容のものも多い。各々が感じたように受け止める、ということも大切とされていますから。そう難しく捉えない方がよいかもしれませんよ」

「ありがとう、ルーカス。そうしますわ」

 すると、ルーカスは突然少しつらそうな顔をすると微笑んで言った。

「ところで……、殿下との御婚約おめでとう御座います。あまりにも急な話で驚きました」

 アルメリアは突然現実に引き戻された気がしたが、それを顔に出さないようにして答える。

「ありがとう、ルーカス。わたくしも驚いていますのよ。でも正式な発表はまだですし、この先どうなるかもわかりませんわ」

 そう答えると、ルーカスはため息をついた。

「貴女のような女性を手放す男性はいません。本当はもっと喜んで祝福せねばならないのでしょうが、今の私にはそれはできそうにありません」

 そこでリカオンが口を挟む。

「愛が足りませんね。お嬢様が幸せになることを考えればよいのです」

 ルーカスはリカオンを一瞥して答える。

「なるほど、君は大層できた人間なんだな。私はそこまでは……」

 そのとき、アルメリアは横から言った。

「婚約者となったわたくしがこんなことを言うのはどうかと思いますけれど、エミリーが婚約者として選ばれなかったことは、わたくしも残念に思ってますの。でも、こんなに心配してくださる家族がいるんですもの、きっとエミリーは大丈夫ですわ」

「『はい?』」

 リカオンとルーカスは同時にそう言うと、お互いに顔を見合わせた。そして、アルメリアの方へ向き直るとルーカスが困惑した顔で答える。

「あの、エミリーはとっくに殿下との婚約は諦めていますから、大丈夫ですよ?」

 続けてリカオンが言う。

「お嬢様、今の話の流れでどうしてフィルブライト公爵令嬢の話になるのです? お嬢様がそういう方なのは十分承知してはおりましたけれど、いえ、そこが魅力ではあるのですが……」

「えっ? ごめんなさい。わたくしなにか勘違いしてしまいましたのね。あの、ごめんなさいルーカス。それでどういう意味だったのかしら?」

 リカオンとルーカスはもう一度顔を見合わせると、二人で声を出して笑った。

「な、なんですの?」

 なおも困惑しているアルメリアをよそに、ルーカスはリカオンに向かって言った。

「彼女はいつもこうなのか?」

「はい、そうです。他のご令嬢と違い、これがお嬢様の素晴らしいところなのです。それらを知っているからこそ、僕はこうしておそばにいると決めたのです」

「そうか、リカオン。君はそれを選んだのだな」

「はい」

 そんな会話をしている二人を交互に見ていたアルメリアは、わけがわからず質問した。

「ごめんなさい、本当にわからないのですけれど。なんですの?」

「申し訳ない、君を馬鹿にしているわけではないのです」

 そう言うとルーカスは改めてアルメリアを見据える。

「君にははっきり言わないとダメなようだ。私はそんなことも知らなかった」

「いいえ、違いますわ。ルーカスの言ったことが理解できないのはわたくしの問題ですわ。ごめんなさい、気をつけますわ」

 ルーカスは慌てた。

「君を責めたつもりはありません、惚れた女性のこともまるで知らない自分の不甲斐なさに愕然としただけなのです」 
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